シャボンディ諸島は、数多くの海賊が寄る場所ではあるが観光地でもある。ボンチャリやコーティング船のように、シャボン文化は世界を見渡しても珍しい。それ自体を目的として来る者もいれば、海賊好きだからこそ前半の海で暴れたルーキーを一目見ようとする者もいる。
政府の中枢が近いのに、諸島の半分ほどが無法地帯なのは悲しい現実か。人間の闇の歴史、人身売買。それを黙認するともなれば、無法地帯が放置されるのも納得だ。
それはさておき、諸島の外縁部のほとんどは安全だ。軍の駐屯地、ホテル街、民間の出入り口に職人街。そしてシャボンディ諸島を代表する名所シャボンディパーク。
「ゆうえんちって何?」
それがあるということを聞いたウタがベルナートに聞く。響きからして面白そうと思っているようで、わからないのにわくわくした表情だ。
ソファに寝転んでいたベルナートは体を起こし、半覚醒状態の頭でどう説明するか考える。
知らないのなら、話しても想像がつきづらいだろう。実際に見たほうが早い。
「いろんなアトラクションがあって、それに乗って遊ぶとこだ。行くか?」
「今から? いいの?」
諸島に入る時にはフードを深く被らされた。自分の存在を知られないためにだ。
それを理解しているからこそ、コーティング作業の間はこの店に滞在し続けると思っていた。外に出ることはないと。そのことにも納得していたから、ベルナートのその誘いにウタは目を丸くする。
「ずっとここにいても退屈だろ? 出かけよう。今ならなんとでもなるからな」
「やった! ありがとうベルナート! すぐに準備するね!」
「急がなくていいぞー。ゴードンさんはどうします?」
「私も行こう。乗るかは別としてね」
ゴードンも準備しようと席を立つのと同時に、奥にある扉が勢いよく開きウタが飛び出した。
「行こう!!」
「「早過ぎ!!」」
結局出発したのは、そこから10分後のことだった。
シャボンディパークは32、33、34番グローブの3つを使用して建設されている大型の遊園地だ。
観覧車やジェットコースターなど、定番のアトラクションはどれも揃えてある。中には店もあり、この遊園地の中で食事を済ませるのも可能。正真正銘、1日遊び倒せる夢のような場所だ。
ボンチャリでそこにたどり着くと、はやる気持ちを抑えられなくなったウタがベルナートの腕を引っ張る。
「早く入ろうよ! 時間が勿体ないよ!」
「全部回る時間はあるから引っ張るなって……」
「あそこで入場券買えるみたい!」
「話聞いてないな!?」
引っ張られるがままにベルナートも駆け足となり、入場券を3人分購入する。支払いを済ませるとウタが3枚の入場券を持ち、またベルナートを引っ張る。ゴードンと合流してすぐさまシャボンディパークへと入場した。
「すご~~い!! 面白そうなのがいっぱい!! どれからにするか迷うな~!」
「ぐるっと一周回って、片っ端から乗ればよくないか?」
「それはなんか面白くないからやだ」
そのやり方だと、どこか作業感がある。ウタはそれを却下して、最初に目に入ったアトラクションへ向かうことに。
そのアトラクションは船に乗り込むもの。航海するのではなく、起点を中心に大きく揺れるものだ。俗に言うバイキングである。
「まずはこれね!」
「どういうやつか知ってるのか?」
「ううん。知らない! でも船だから楽しいと思う!」
「船への信頼度高いな!?」
最初の1つ目ということもあり、3人でそのアトラクションに乗ることに。待機列に行ってみると、何やら見たことのある顔がそこにはあった。
「あ、どうも」
「たしかガープさんとこにいた2人だよな?」
「はい。鍛えてもらってるんです。僕はコビーと言います。こちらはヘルメッポさんです」
「海兵なんだ。なんでここにいるの?」
「新世界に行く前に、休養がてらこの島に寄ってるんです。ガープ中将のはからいで」
「おいコビー。そんなペラペラと喋んなよ」
ゴードンとウタ相手ならまだしも、この場には賞金首のベルナートもいる。本来なら相容れない相手だ。今が非番だからといっても、海兵が自分たちの動向を言うべきではない。
「すみませんヘルメッポさん。ウタさんに聞かれたのでつい」
「気持ちはわかるけどよ……」
そんなことを言っているヘルメッポだが、彼も歴としたウタのファンである。ウタが目の前にいるからこそ、立派な海兵たらんとしてコビーに注意しているのだ。立場を忘れていいのなら、ヘルメッポがめちゃめちゃウタに話していただろう。
「お互いにお忍びってわけだね。騒がれないようにしようね~」
「騒ぎが起きるとしたらそっちだろうけどな。頼むから起こしてくれるなよベルナート」
「オレかよヘルモップ」
「ヘルメッポだよ!」
「も~。わざと人の名前間違えるのはよくないよ?」
「いひゃいれす」
ウタがベルナートの頬を引っ張り、それに免じてヘルメッポも流した。
順番が回ってきてアトラクションに乗り込む。安全バーが固定されたのをスタッフが確認すると、緩やかに動き出した。
「案外緩やかなものだね。私としてはこれぐらいがありがたい」
「え~。私はもっと動いてほしい」
ゴードンの期待を裏切るためか、それともウタの期待に応えるためか。どのみち同じことではあるが、船の揺れは加速度的に大きくなっていく。
「あはははは! すごーーい!!」
「……」
「ゴードンさん大丈夫ですか?」
「ああ。ノックアップストリームほどではないからね」
空島の経験がこんな形で役に立つとは。世の中わからないものである。
ゴードンの好みは緩やかなもののようだが、それはそれとしてこれも楽しむことができる。ベルナートはその事に安心し、ウタの方に目を向けてぎょっと驚く。いや、むしろもっと早く気づくべきだった。ベルナートも遊園地に浮かれていた。
ウタの今日の服装はワンピースタイプである。しかも裾が短め。つまり、風で捲れてしまう。そして絶賛アトラクションを楽しんでいるウタは気づいていない。
「ったく!」
ウタに言うと水を差してしまうことになる。ベルナートはウタに気づかれないように、ウタのスカートを手で押さえる。体に当たると気づかれるし、かと言って手を離しすぎると意味がない。そのバランスにベルナートは終始気を使うことになった。
「うーん! やっぱり船だから面白かったね!」
「船だからか……?」
「船だからだよ! ね、次はあれ乗りたい! あの速く動いてるやつ!」
「ジェットコースターか」
「私は待っておこう」
「ゴードンも行こうよ!」
「……席の大きさが合わないだろう」
「「あぁ……」」
バイキングならなんとかなったが、ジェットコースターではそうもいかない。体の大きなゴードンではなかなかに狭い。
至極真っ当な意見にウタも引き下がり、ベルナートとともにジェットコースターへ。これもまた待機列があるが、回転率が高い。長時間待たされるようなことはない。
「これなら大丈夫か?」
「なんの話?」
「オレ口に出してた?」
「うん。何が大丈夫なの?」
「こっちの話。ウタが気にすることじゃないぞ」
気にしたところでもう手遅れなのだから。着替えも持ってきているわけがない。それならば今日1日ウタは気づかずに遊び倒して、心底楽しんでいてほしい。ベルナートの今日の目標が定まった。
しかしそう言われると気になってしまうのが人の性。ウタはじーっとベルナートの目を見つめる。
「…………まあいいや。聞かないであげる」
「助かるよ」
不満そうにはしているものの、これまでも無理に聞き出すことはしなかった。子供っぽいのにこういう時に大人っぽさも出る。ウタの良いところだ。
順番となり、スタッフの指示に従って2人で並んでコースターに乗る。発進して最初はゆっくりと上っていくだけだ。
「ねぇねぇベルナート」
「どうした? 怖くなってきたとか言う?」
「それはないよ。そうじゃなくて、勝負しようよ」
「どうやって!?」
「度胸勝負! どっちの方が長くバーから手を離して、手を上げていられるか!」
「子どもかよ」
「子どもじゃない! それともそれが負け惜しみ? もう降参?」
「そんなわけあるか。負けても泣くなよ」
「こっちの台詞」
果たしてその結果は、無論ウタの圧勝である。ベルナートに勝ち目などない。降下が始まるのと同時にベルナートは片手をカモフラージュのために安全バーへ。反対の手でウタの裾を守っていた。勝負には負けたが試合には勝っていると言えよう。
その後はゴードンと合流し、食事を挟んだりコーヒーカップやメリーゴーランド。お化け屋敷などを楽しみ尽くして最後に観覧車へ。
「遊園地って楽しいね!」
「そうだな。他の島でもなかなかないからな」
「そうなんだ。ふふっ、コーヒーカップの出禁は笑っちゃったね」
「ははっ、そうだな。まさか麦わらが出禁リストにいるとは」
「回し過ぎて壊しちゃったって……。ルフィらしいっちゃらしいけどね。……相変わらず子供なんだから」
「……」
「何か言いたそうだね」
「いえ別に」
ウタも子供だけどなと言うと頬をつねられる。見聞色を使わずとも見える未来をベルナートは回避した。
そう思われてるんだろうなとは、ウタもわかっているのだが、頬を膨らませるだけで済ませる。けれどそんな小さなことは別に良いのだ。ささっと水に流して、ウタは柔らかな笑顔を浮かべる。
「ありがとうベルナート。遊園地に連れてきてくれて」
「なんだよ急に」
「だってすっっごい楽しかったし、すっっっっごい嬉しかったんだもん」
「楽しいはわかるけど……嬉しい?」
「うん! 初めて来たんだよ? 嬉しいに決まってるじゃん!」
「……それもそうだな。ウタがそれだけ喜んでくれてるならオレも嬉しいよ」
(嬉しいのは、それだけじゃないけどね)
向かい合って座っていたところを、ウタはベルナートの隣に移動してニッと笑う。その意味は掴めなかったが、なんだかくすぐったくてベルナートはゴンドラの外へと目を向けた。
(私が遊べるようにしてくれてたんだもんね)
誰から聞いたわけでもない。しかしウタはその事に気づいている。
この島には人攫いがいることを聞かされていた。それなのに今日、ベルナートはボンチャリを漕いでいる時も周りを気にしなかった。無法地帯を抜けていくにも拘わらずだ。
それは警戒の必要がないとベルナートが知っているから。それではなぜ知っているのか。買い出しから帰ってきた時、少し気疲れしていたのもそこに繋がる。
点と点しかなかったが、ウタは直感でそれを結びつけて確信を得た。
「ベルナート」
「なに?」
「呼んだだけ~」
「なんだそりゃ」
不器用なところがあるその優しい
最初に決めた時よりも、もっと深くウタはそう思った。