たった1つの笑顔   作:粗茶Returnees

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魚人島①

 

 魚人島に行くためには船をコーティングしないといけない。コーティング船は船が本来持つ浮力を無くし、深海へと沈んでいくものだ。船をシャボンで覆うため、人間が水圧で潰されることもない。空気もある。ただし深海で外に出れば人間は生きられないが……。

 

「風の代わりに海流を帆で受けて進む。気をつけるのは大型の魚類に食われることと、岩礁とかにぶつけること。この辺は即死コース」

 

「海の中が綺麗だけど、怖さはやっぱあるんだね」

 

「そりゃあな。今回は案内人がいるから大丈夫。こちら、魚人空手の師範のハックさん」

 

「よろしくねハックさん」

 

「うむ。皆を無事に魚人島へと案内させてもらおう。今はまだ海底が遠い。光が届く内に海の神秘を楽しむといい」

 

「うん! ありがとう!」

 

「シャボンに張り付きすぎるなよー。外に飛び出すと危ないからな」

 

「はーい」

 

 返事は良いもののウタはシャボンに張り付いて外をガン見している。不安が拭えないベルナートは、ゴードンに頼んでウタの側にいてもらうことに。舵を握るのはハックだ。

 

「……まったく、まさかこういう形で連絡を受けるとは思わなかったぞ」

 

「今はまだしも、深海は光が届かなくて危険だから。打てる手は打っておきたいしさ」

 

「そこはわかるがそういうことではない。こちらの話を断っておきながら話を通すのは虫が良すぎると言いたいのだ」

 

「争いとか好きじゃないんだよ。……今は、ウタの夢にかけたい」

 

「……そうか。だが覚えておけベルナート。時代は待たないぞ」

 

「その時はその時。どうせ革命軍(そっち)が本格的に動くことになれば、世界がうねることになる。なおさらウタの側を離れるわけにはいかない」

 

「はぁ。仕方ない。お前の勧誘は諦めるとしよう。ボスは一度話をしたいと言っていたがな」

 

「話をする日も来るかもな」

 

 ウタがいるため明確な組織名を出していないが、ハックは革命軍に所属している魚人だ。そして以前にベルナートと接触し、革命軍へのスカウトを行ったメンバーの1人でもある。

 その際に連絡先をベルナートに渡しており、ベルナートはそれを使ってハックに魚人島への案内役を頼み込んだのである。

 なんだかんだで来てくれるハックはとてもいい人だ。

 

「ねえベルナートも一緒に見ようよ!」

 

「行ってやれ。それと今回ので貸し1つだぞ」

 

「覚えとく」

 

 腕を振って呼びかけてくるウタに応え、ベルナートも船の端へと寄った。舵の近くからでも見えていたわけだが、海の中から見る大自然は壮大だ。能力者であるために泳げないウタにとっては、その感動もひとしおと言ったところか。

 

「あれってシャボンディ諸島の根っこなんだよね?」

 

「そうだな。ヤルキマンマングローブの根っこ。大型の魚とかも普通にいるな」

 

「すっごいな~。見てるだけでどきどきする」

 

「オレも初めて見た時はそうだったな」

 

「今だって初めてでしょ」

 

「いや初めてじゃないって。何回目だっけな……」

 

 指を折って数えていると、それを遮るようにウタの手が重ねられる。

 

「私と見るのは初めてでしょ?」

 

「……それはたしかに」

 

 数えるのはやめて手を下げる。手の内には曲げていた指ではなく、温かな手があった。

 

「段々暗くなっていくね」

 

「深海は太陽の光さえ届かなくなるからな」

 

「海底1万メートル。想像できないや。……魚人島ってもしかしてお化け屋敷みたいに暗いの?」

 

「はははは! 普通考えたらそうなるよな」

 

「むぅ、笑わなくたっていいじゃん! 私は初めて行くんだから!」

 

「ごめんごめん。大丈夫、魚人島は明るいよ」

 

「なんで?」

 

 光の届かない深海にありながら、なぜその島は明るいのか。

 それに答える前に、ベルナートはハチから貰ったたこ焼きをゴードンから受け取り、それをウタの口に運んだ。出来たてではないがまだ温かい。世界一美味しいたこ焼きにウタも蕩けた。

 

「魚人島のある場所に、陽樹イブってのがあるんだよ」

 

「たしか陽の光をそのまま海底に届ける樹だったか。昔文献で読んだことがある」

 

「ん。ゴードンも知ってたんだ。海底に光を届けるって凄いね」

 

「上が夜になれば海底も夜になる。魚人島はそういう場所だ」

 

「へ~。あ、空気は?」

 

「魚人島にもシャボン文化がある。本島は全体をシャボンに覆われてて陸地もある。じゃないと人間が滞在できないしな」

 

「そういうふうになってるんだ。楽しみだな~」

 

「そうそう。今のうちに上着を用意しとこう」

 

「寒くなるの?」

 

「そうか。寒流に変わるのか」

 

「?」

 

 ゴードンは察することができたが、ウタはわからなかった。その場で佇み首を傾げている。

 

「今いる場所は暖流。深海は寒流。お湯が上に来て冷たい水が下にある風呂と同じだ」

 

「えーっと、魚人島は深海にあって、深海は冷たい水が流れてるから……あ~そういうことなんだ」

 

 理解したウタは自室へと上着を取りに行く。ゴードンもベルナートも、それに続いてそれぞれの上着を取りに行くのだった。

 

 暖流が流れる層と寒流が流れる層は、基本的には目視できるものではない。明確な線があるわけがないのだから当然だ。しかし表層から深層へと入るためのスポットなら話が別。まるで巨大な滝のように、海水が深層へと流れ込んでおり、それは目視することができる。

 そんな大自然から深層に突入。光さえ届かないこの深層での航海は、危険そのもの。魚人島へと向かっていく船の7割が到達できないと言われているのは、こういった致命的な視覚情報の無さにも由来してるだろう。

 しかしベルナートたちはその点の心配がいらない。ハックに案内を頼んでいるからだ。

 

「真っ暗闇でもわかるの凄いね」

 

「フフッ、魚人の子どもでも、魚人島からシャボンディ諸島までは行き来するからな。これぐらいお手の物だ」

 

「子どもでも!?」

 

 外の世界というものには、やはり惹かれるものがある。海賊たちが行き来する島ならなおさらだ。子どもたちは刺激を受ける。

 特に魚人島の子どもたちの憧れとなるのは、シャボンディ諸島にあるシャボンディパークだ。そこで遊ぶのは、一生の夢と言っても過言ではない。

 

「人間と魚人の歴史は……まぁまた今度で」

 

「ベルナートがそう言うなら……。ところでどこにいるの? 暗くて見えないんだけど」

 

「声が届く距離にはいる」

 

「そうだけど」

 

 ベルナートはこの船にいる全員の居場所をピンポイントに把握できている。しかしウタはそうもいかない。覇気に覚醒めているわけもなく、声が聞こえる方を見ても、やっぱり暗闇しか見えない。体感的には、はたして自分が今目を開けられているのかすら疑わしいほどだ。

 そんなウタの側に寄ったベルナートは、少し悩んでからウタの手を握る。ビクッと小さく驚いたものの、ウタはそれがベルナートだとわかってほっと息を吐いた。

 

「びっくりした」

 

「先に声かけた方がよかったな」

 

「うん。でも許してあげる」

 

 見えないだろうが関係ない。ウタはふわりと笑って、手をそっと握り返した。

 

 

 魚人島の近くまで行けば明るくなる。二重の巨大なシャボンによって包まれている島。それが見えると、ウタは目を輝かせて船首へと駆け出した。

 船が出入りできる場所は決められており、そこで入国審査を受けることになる。海賊も受け入れている島なのだから、よっぽどその場で暴れない限り入国は可能だ。

 ハックは難なくと船をそこに入港させ、警備隊が中から出てくる。

 

「お待ちしておりましたハック殿。彼らをお迎えにあがっていたんですね」

 

「そうだ。全員の身元は私が保証する。入国するのは私を除いて3人だ」

 

「では3人の写真を撮らせていただきますね」

 

「写真?」

 

「写真がある方が、どんな人が入国してるか管理しやすいだろ」

 

「そういうことか。うーん、どういうふうに撮ってもらおうかな」

 

「あの……できれば正面で撮らせていただけると……ってベルナート殿!?」

 

「オレの分はいらなさそうだな」

 

 こうなることは見越していたベルナートは、予想以上の反応にけらけらと笑う。前半と後半の海の行き来が、立場上実質的に1つしかないことを考えれば、何度か魚人島に訪れているベルナートのことを覚えている人がいてもおかしくない。

 それはそれとして、単純に顔と名前を覚えられているだけではなさそうだなと、ゴードンもウタも思った。

 

「何やらかしたの?」

 

「何でやらかした前提なんだよ……。悪いことはしてないって」

 

「むしろ彼は我々にとって恩人の1人です」

「彼のご友人でしたらお連れの方も写真は結構です」

「全責任はベルナート殿が取りますので」

 

「それ職務怠慢じゃないか!? それでいいけど」

 

「いいんだ」

 

 最低限の形すらもなくなった入国審査を受け、いざ入国だと思いきやそういうわけにもいかない。

 出鼻をくじかれたウタは少し不満そうだ。

 

「ベルナート殿。しばらくここでお待ちください。王子たちが来られるとのことなので」

 

「わざわざ来るか……」

 

「王子!? ベルナートはここで何したの!?」

 

「特にはなにも」

 

 ベルナートにとっては、本当に大したことはしていない。しかしこの国の人たちにとっては、それは大きなことだった。この国の王族とベルナートに関わりがあるのも、その辺りの事情による。

 

「15分ほどお待ちいただければ、王子たちもこちらに到着します」

 

「それはいいけど、船はどうすればいい?」

 

「我々の方で大切に管理させていただきます」

 

「なるほど。2、3日すれば新世界に行くからよろしく」

 

「かしこまりました」

 

「ねえベルナート。何したのか教えてよ」

 

「これは別に話すようなことでもないし……」

 

 なかなか渋る。どうやったら聞き出せるのだろうか。ぐるぐると考えていると、ウタはあることに気づいた。

 ベルナートが自分自身のことをあまり話さないということだ。冒険の話はよく聞いた。でもそこにベルナート個人の話はない。本人の経験談なのだが、語り方はそうではなかった。それ以外の時もそうだ。具体的な話は避けがちである。

 天竜人が絡んだあの時だけ。その1回ぐらいでしか、まともにベルナート自身の話を深く聞いたことがない。

 それは本人の性格によるものなのか。なんにせよ、それなら食い下がるのも程々にしておこう。

 ウタは自分の興味を抑え込んだ。

 

「魚人島で人気な場所とかってある?」

 

「そうですね。人間のお客さんですと、マーメイドカフェに行く方が多いですね」

 

「マーメイドカフェ! ベルナートそこ行こう!」

 

「明日になら行けるんじゃないか?」

 

「今日じゃないんだ……」

 

「たぶん今日は無理だな」

 

「え~。じゃあ出発は早くても明後日にしてね。明日は目一杯遊ぶんだから!」

 

「それぐらいはもちろん」

 

「あとライブもやりたい」

 

「この後その話はする」

 

「そっか! いい感じに予定が決まってきたね」

 

 今から魚人島を満喫することは叶わなさそうだが、明日以降で自由に過ごせるなら文句もなくなる。他の種族の人と触れ合うのは、ウタにとって手長族以来だ。楽しみが増してきたことに胸が膨らんでいく。

 そうして待っていると、王族が乗る大型のリュウグウノツカイがやってきた。シャボンを使うことにより、魚や魚人族は空を海のように泳ぐ。

 

「アッカマンボ。アッカマンボ。お~! 久しぶりだなベルナート~!」

 

「また会えたことが喜ばしいラシド~」

 

「この人たちが王子?」

 

「そう。マンボシとリュウボシ。それで、もう1人がフカボシ」

 

「王子を付けろベルナート」

 

「構いませんよハック殿。いろいろと話したいこともある。そちらの2人も連れて竜宮城に来てほしい」

 

「竜宮城? お城?」

 

「そう。王族の住む城」

 

「……」

 

 今日は観光できないと言ったのは、これを見越してのことである。

 なぜ城に招待されるのか。聞きたい気持ちもあったのだが、ウタは「でもベルナートだし」と適当な理由をつけて納得することにしたのだった。

 

 

 

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