竜宮城は魚人島の上に位置する。そこへの通行手段は通路が1つだけ。しかも開閉式であり、そのスイッチは竜宮城側にある。高い防衛性能を持つこの城には王族が住み、大臣や護衛の兵士たちが行き来する。
「よく来たのじゃもんベルナート」
「でっかい人魚。このもじゃってしてる人が王様?」
「そう。このもじゃもじゃがネプチューン王」
「2人とも無礼だぞ」
開口一番に失礼な発言をする2人にゴードンが注意する。初対面だろうとそうでなかろうと、外見的特徴から口にするのはやはり失礼にもあたる。
しかし当の本人、ネプチューン王は軽快にそれを笑い飛ばした。気にするようなことではないと。2人に悪意があるわけでもない。それがわかるからこそ、ネプチューンも寛大な対応を取りやすい。
「前回はお主にろくに礼ができなかったのでな。今日はその分歓迎させてもらうんじゃもん!」
「宴会の席を用意させてもらう。その間にしらほしに会ってもらいたい」
「あのストーカーまだ捕まらないか。うまく逃げてるな」
「奴の能力上場所は関係ないからな。この広い海では特定し切ることも難しい」
「たしかに。本人が島に来ない限りは無理か」
ベルナートは王族たちに一旦別れを告げ、硬殻塔へと向かう。ウタもそこに同行し、ゴードンはネプチューンと話をすることに。
竜宮城の中をベルナートはある程度は把握している。硬殻塔への道も、案内がなくともたどり着ける。
「しらほしって誰?」
「この国の王女。人魚姫だよ」
「部屋にいるんだよね。恥ずかしがり屋なの?」
「いや全然。ただ、ストーカーに狙われてるせいで外に出られないんだ」
「ストーカー……能力がどうのって話してたし、悪魔の実の能力者なんだよね」
「そう。触れた相手をマークして、物を投げると必ずその相手へと進んでいくって能力。昔の大事件の時にしらほしは触れられてて、それ以降物を投げられてんだよ」
初めは意味不明なラブレターだらけだった。しかし次第にそれはエスカレートしていき、今では大型の斧が投げられている。
いつそれが飛んでくるかわからないから、しらほしは外に出ることができない。他の王族たちも軍を率いて捜索しているが、捕らえることができていない。そんなこんなでしらほしは、10年間硬殻塔で生きている。
「それもうストーカーというか、殺人未遂犯だよね」
「指名手配してはいるけど、有効な解決策は見当たらないな」
硬殻塔は頑丈な作りとなっている。今でこそしらほしの部屋となっているが、その頑丈さから考えれば元の用途が別にあったことが伺える。
その硬殻塔が見えてくると、ウタもその光景に絶句した。塔に突き刺さる斧や剣。その数の多さと、それを上回る塔に刻まれている傷。どれほど長い月日に渡って投げ続けているのかが語られている。
「ドアを空ければいいんだけど……。ウタ少し離れてて」
「? うん」
ベルナートが刀を抜いて跳躍する。それを見ながらウタは後ろに下がり、ベルナートの視線を追った。
その先にあるのは、今まさに飛来してきている斧だ。塔と斧の間にベルナートが割って入り、それを小さな欠片にまで切り刻む。勢いを失ったその欠片たちは力尽きるように落下した。
「これでよしと」
「相変わらずすごいねベルナート」
「そりゃどうも。それじゃ、中に入るぞ」
今度こそ大きなドアを開け、硬殻塔の中へ。ノックもなにもせずに入るベルナートに、ウタは女性を代表して頬をつねった。
「いひゃいれす」
「どちら様でいらっしゃ……ぇ、ベルナート様……?」
「……なんで様付けで呼ばれてるのかしら?」
「いひゃいいひゃい!」
ウタに手を離させて頬を擦りつつ、ベルナートは説明した。しらほしは、誰に対しても様付けで呼ぶということを。別にベルナートと何か親密な関係があるわけではない。
それを聞いてウタも、ならいいやと溜飲を下げた。
「ほぼ1年ぶりくらいか」
「はい! ご無沙汰しております。それでそちらの方は?」
「私はウタ。ワールドツアー中の音楽家だよ」
「音楽家様でいらっしゃいましたか!
「様付けじゃなくていいんだけど……そういう性格ならいいか」
「ベルナート様がお友達を連れて来られるのはお久しぶりですね。今回はゆっくりしていかれるのですか?」
「いや今回も短い滞在になる」
「そう、ですか……。1ヶ月くらいでしょうか?」
「それ長いだろ」
「うぅ……。お話聞きたいです」
「あ~、ベルナートはいろんなとこ行ってるもんね。いつも話してあげてるんだね」
「まーな」
「なら1週間くらいここにいようよ」
「ぜひお願いします!」
ウタとしてもせっかくの魚人島だ。ゆっくり滞在したい。しかもここの王族とベルナートが親しい。ライブだって思う存分行える。それこそ、当初掲げていた「みんなに聴いてもらう」という目標をまた再開できるかもしれない。
この国の人口は知らないが、何日も滞在できるのならそこは問題にもならない。そしてしらほしのお願いにも応えられる。しばらく滞在することは、まさに一石二鳥なのだ。
「1週間ならまあ……。それ以上は滞在できないぞ。あとウタ。配信はやめといて」
「それは残念」
「ベルナート様、本日はここにお泊りになってください。いっぱいお話したいです」
「わかったわかった。あと、そうだ。食事の席にはしらほしも行こう。バンダーデッケンがなんかしてきても対処するから」
「はい! ありがとうございます!」
一国の王女と同じ部屋で一夜を過ごすのは駄目だろと、それはウタでも思うことだった。しかし2人の様子を見ていると、特に心配する必要も感じられない。
そもそもウタはベルナートを信じている。「おもしろそうだから私も混ざろうっと」とか考えている真っ最中だったりする。
「あれ? ベルナートがいるなら城の外に行くこともできるんじゃないの?」
「その辺は他の王族の判断だ。あとバンダーデッケンの件は国中に知られてる。国民が気を遣って疲れるだろうし、なかなかできないもんなんだよ」
「そうなんだ。なかなか簡単にはいかないんだね」
「
「……」
どこに行きたがっているのかはベルナートも知っている。そこに何があるのかも。しかしそれはまだ叶わない。もしベルナートがもっと強引な性格だったら、それはとっくに叶っているだろう。良くも悪くも、いつも一定のラインを保つ人間だ。
だから外に連れ出すことはないし、やったとしても城内のみ。根本的な解決が最も望ましい。
「……いつか行ける日が来るさ。本当に待ち切れなくなったら、その時は同行する」
「……! ありがとうございます。ベルナート様」
「そういうとこがベルナートって感じだよね」
「? なにが?」
「ううん。なーんでもない」
「あの、お二人はどういう関係でいらっしゃるのですか?」
「「
2人は口を揃えて即答したが、しらほしはそれを飲み込みきれずに戸惑った。ベルナートは冒険家を名乗っており、ウタは音楽家だ。それぞれ分野が違う。それなのに
「わかりやすく言うと特別、かな。あはは、こう言うとなんか照れくさいね」
「特別……。それはとても素敵だと思います」
「ありがとう。ねぇ、しらほしはベルナートとどう知り合ったの?」
「
ウタの興味が完全にしらほしへと移った。それを見て判断したベルナートは、女性だけの時間を作るために硬殻塔を出る。
(そこまで気を使わなくていいのに……)
やれやれと首を竦め、そのことを頭の隅へと追いやる。今はしらほしの話に集中だ。
しらほしにとっても、ベルナートはある意味特別な存在だ。その相手の話をできることが嬉しいようで、しらほしの口は止まらない。
曰く、ベルナートはしらほしを守ったことがある。初めてバンダーデッケンから凶器を飛ばされた日、それを防いだのがベルナートだ。しばらくラブレターが飛んでこなかった頃があり、油断してしまって城の外に出た時のことだった。
「今でもはっきり覚えているんです。魚の群れみたいに飛んできたナイフを、すべて弾いてくれたベルナート様のことを」
「王族と仲良くなったのはそれがあるからなんだ」
「
「……え、最初?」
「
「いろいろやってるね。ネプチューンさんがお礼できなかったって言ってたけど、それはいつのこと?」
「戦争の後のことです。ベルナート様が守ってくださっていたのですが、ある日他の四皇の方が来られたのです」
「四皇ってシャンクス?」
「いえ、ビッグマム様です。ご本人は来られなかったそうですが、今この島はその方の縄張りとなっていて、それで治安が守られているのです」
そして四皇ビッグマムは、ベルナートが唯一接触したことがない勢力である。ビッグマム海賊団の情報力は随一だ。ベルナートの存在自体は知られている。そしてベルナートも、ビッグマムの癇癪等は知っていた。
関わりを持ちたくない相手であり、その時も接触を避けたことで、ネプチューン王家はベルナートに礼をするタイミングをのがしたのである。
「国が海賊の縄張りっていうのは、なんだかもやもやするけど。……それが必要なくらい、この島には海賊が来るんだもんね」
「はい……」
「……ま、その話は置いとこっか。しらほしは国の外にも行けるようになったら何をしたい?」
「国の外でございますか?」
「そう! しらほしは大っきいし、何よりもかわいいから目立つだろうけど」
「かわ……! い、いえ
「こーらっ。自分をそういうふうに卑下にしない! 自信持ちなよ」
「む、むずかしいでございます……」
「あはは、まあすぐにはできないよね」
話しながら1つ納得する。彼女は純粋な心を持っていて、それでいて健気で謙虚だ。立場に甘んじている様子もない。これならたしかに、ベルナートも甘めの対応になる。
(ベルナートも男だね~)
「あ、あの……」
「うん?」
「外に出ることができましたら……お森に行ってみたいです」
「森?」
「はい。魚人島には海の森がございますが、地上のお森はもっと木々が多いとお母さまが仰っていましたので」
「森か~。そこもいいね」
「ウタ様はどこかおすすめの場所がございますか?」
「私のライブ」
迷うことなくそう言ってみて、ウタは「ちょっと待って」としらほしの反応を止めさせる。10年間ここに住んでいて、国の外にも行ったことがない少女が相手だ。それ以外の答えを言うのが道理だろう。
「……難しいな。一番はいろんな島に行けることだと思うし」
「ウタ様はワールドツアーをされておられるのでしたよね」
「うん。それもベルナートのおかげだけどね。……私もね、10年間ずっとエレジアにいたんだ」
「エレジア?」
「音楽の島って呼ばれてた島。……今はもう国が滅んでて、いろいろ事情があって、私は育ての親と2人で10年そこにいたの。そうやって生活してたら、ある日ベルナートと出会って、ツアーをすることにしたんだ」
10年間、外のことをろくに知らずに生きてきた。その点だけを見れば、しらほしとウタは似た者同士だろう。
ベルナートに出会わなければ、ウタは今もエレジアにいた。冒険の楽しさを思い出した今では、戻りたいとは思えない生活だ。
「
「身長よりは立場じゃないかな……」
身分を知らなければ連れ出すこともあったかもしれない。しかし一国の王女を連れ回すようなことを、ベルナートはしない。王族の許可がなければだが。
「ウタ様もお冒険をされているのですよね? お話を聞かせてもらってもよろしいですか?」
「もちろん! 友だちに話せるの楽しいし!」
「おともだちですか? よ、よろしいのですか?」
「私は友だちだと思ってる。嫌だった?」
「いいえ、いいえ! ふつつか者ですがよろしくお願いします、ウタ様!」
「友だちなんだからもっと対等でいいのに。こちらこそよろしくねしらほし」