たった1つの笑顔   作:粗茶Returnees

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魚人島③

 

 魚人島を知っている人間たちは、その名を聞いたらシャボンに包まれている姿を想像するだろう。人間が過ごせる範囲はそこなのだから、実際それで合っているのは合っている。

 しかし魚人島がそれで全てかというとそうでもない。シャボンに包まれている本島とは別に、今では荒廃してしまったスラム街がある。その名を魚人街。ギャングや魚人の海賊など、荒くれ者たちはこちらで生活している。

 今そこを纏めているのは、ホーディ・ジョーンズを船長とした新魚人海賊団だ。

 

「歌姫ウタがライブを行う、か。胸くそ悪い話だ」

 

「邪魔するんドスか? ネプチューン軍が会場警備を行うって話ドスン」

 

「いいや。ライブは行ってもらうさ。だが……天誅を下すにしてもまだ時期が早えな」

 

「キャッキャッ! なら捕まえるか?」

 

「ウィ~~。何をするにしてもネプチューン軍が邪魔だな」

 

 新魚人海賊団とは、人間との交流すら許容しない者たちの集まりだ。人間から受けてきた差別の歴史。先人たちが受けてきた悪意や復讐心を受け継いだ者たち。

 そんな彼らからすれば、ウタが行うライブは目障りでしかない。魚人街にその歌声が届くことはないが、そういう問題ではない。それが行われること自体が彼らの癪に障る。そして何よりも、それを受け入れているネプチューン王家と国民たちが、彼らにとって苛立ちの原因だ。

 

「……亀裂を入れておくか」

 

「亀裂っヒ?」

 

「新聞にも乗るほどの女だ。最大限利用できるが、計画を始める時期じゃねぇ。だから国民の脳裏に刻んでやるのさ。友好なんて馬鹿げてけるってな!」

 

「おれの仕事というわけか」

 

「そうだゼオ。お前が忍び込んでおいて、盛り上がり始めたところで撃ってやれ。死なない程度に1発な」

 

「了解した」

 

 これにより入るのは、人間と魚人の間の亀裂だけではない。オトヒメ王妃の願いを引き継がんとする王子たちと国民の間にもその亀裂を入れられる。賛同者が再度増えており、多くの署名も集まってきているこの時期に、世界会議(レヴェリー)を来年に控える今、ネプチューン軍が警備する中で事件を起こす。

 それが決まれば、それは国民によるネプチューン王家への「裏切り」。絶望に落とし込むことができよう。

 しかし計画自体はまだ始められない。だから隠密で動けるゼオのみに任せる。

 

「明日の夜は良い酒が飲めそうだな」

 

 魚人街に潜むその悪意と闇を、本島の者たちは見ていない。

 

 

 

 

 

「ここがケイミーが働いてるっていうマーメイドカフェか~。ケイミーいないけど」

 

「人気スポットだな。特に男から」

 

「ベルナートも好きそうだもんね。人魚」

 

「他意はないけど好きだよ。ここのメニューも美味しいし」

 

「パンケーキある?」

 

「ある」

 

 メニューを開く前に注文内容が1つ決まった。ひとまずそれを先に注文しておいて、他に何を頼むかメニューを開いた。

 

「魚人島で有名なデザートとかってあるの?」

 

「ここのスイーツ系はどれも美味しいぞ。ビッグマムもお菓子目当てでここを縄張りにしてるからな」

 

「四皇お墨付きってある意味説得力強いね」

 

「日持ちするやつもあるし、そういうのは土産に買えばいいよ。新世界はまだ安定してない。1か所寄る場所があるけど、その次はシャンクスさんに会うから」

 

「じゃあ今回は新世界でライブできないんだ?」

 

「シャンクスさんのとこでやるかどうか、ぐらいだな」

 

 ウタの海賊嫌いは知られている。そしてウタのツアーがエレジアから出航して、エレジアで終わることも知られている。しかも世間的には、エレジアを滅ぼしたのが赤髪海賊団だ。

 ウタにとって因縁の相手だと世間は思うだろう。そんな海賊の側でライブをするのは、大きな混乱を招くことになる。

 現実的に考えると、今回新世界ではライブができない。

 

「今回、ね」

 

「うん。……あのね、私は何回でもツアーをしたい。世界をもっと見たい。だから…………これからも一緒にいようよ……!」

 

「わかった。いいぞ」

 

「……ぇ、か、軽っ!? 誘ってなんだけどそんな軽い調子でいいの!?」

 

「いいも何も、相棒(パートナー)だからな。可能な範囲ならどこにだって一緒に行くよ」

 

「……。そっ、か……えへへ、ありがとうベルナート」

 

 期限なんて決めてない。世界は広いから、何年かけてでもツアーをしたい。

 それに誘うということは、ベルナートのこれから先の何年もの時間、あるいは10年以上もの時間を貰うかもしれないということ。人生の選択にもなりうるこの誘いは、ウタにとって勇気が必要なことだったことは内緒である。

 今もどくどくと強く早く鳴っている鼓動が、ウタの耳に届いている。

 

「それはそうと、他に何を注文するか決めたか?」

 

「あ、待って。まだだから。ベルナートは決めた?」

 

「オレは無難にケーキを食べるよ」

 

「私はパンケーキ選んじゃってるから……パフェにしようかな。マーメイドスペシャル!」

 

「そんなメニューできてたんだ……」

 

 追加注文をしたあと、先にウタの好物たるパンケーキがきた。これも配信できればなと呟くウタに、ベルナートはカメラを渡した。

 

「写真を撮っておいたら、あとでそれを見せながら配信できるだろ」

 

「ベルナートはお見通しだね」

 

 満面の笑みでカメラを受け取り、どの角度からがいいかを探る。いいポイントを見つけると、そこでパシャリとシャッターを切った。

 

「よしっと。いただきま~す!」

 

 ウタは子供のようにリアクションを取りながら、魚人島のパンケーキを堪能する。どう美味しいのかベルナートに伝え、相槌が返ってくるも子供扱いしているのが見え見えだ。

 それが少し不満だったウタは、食べれば気持ちがわかるとして、一口サイズに切ったパンケーキをベルナートの口に押し込んだ。

 

「んっ。……危ないだろ」

 

「どう? 美味しいでしょ?」

 

「美味しかったけど」

 

「もう一口食べる?」

 

「ウタの注文なんだから、ウタが食べろよ」

 

「ベルナートにも食べてほしいな~って」

 

「あとであげ過ぎたとか言うなよ」

 

「言わないよ。たぶん」

 

 釘を刺されてなかったら、後になってから言っていたかもしれない。その辺りの自信はなかった。

 そうやってゆっくりと時間を過ごしていると、追加で注文しておいたケーキとパフェが運ばれてくる。ケーキはいたって普通の大きさなのだが、パフェは想像よりでかかった。サッカーボールほどの大きさの器に、これでもかとスイーツが入れられている。

 これにはウタも顔が引き攣っていて、ベルナートにアイコンタクトで助けを求めた。

 

「胸焼けしそうだな……。とりあえず一口目はウタが食べろよ」

 

「それはそうだね」

 

 これも写真を撮ったところで、ウタの口にベルナートのケーキが入れられた。

 

「ほぇ?」

 

「さっき貰ったお返し」

 

「なるほど? ……このケーキも美味しいね。甘過ぎないし、口の中に残る感じもなくて爽やか」

 

「パフェ用にこれは後回しにするか」

 

「あはは……そうしてくれると嬉しいかな」

 

「午後からはライブがあるんだから、食べ過ぎるなよ」

 

「ベルナートが半分食べてくれるから大丈夫」

 

 手伝うどころか共同戦線だったらしい。ベルナートのケーキは、2人分の口直し用になることが確定した。

 

 このマーメイドカフェは、マダムシャーリーという人魚がオーナーを務めている。彼女は占い師もやっており、その的中率の高さは予言レベルともされる。過去には人魚姫の誕生、大海賊時代の幕開け、直近では白ひげの死を的中させている。

 そういった"大きな事"の予言は、彼女本人も好んではいないようで、占い師としての定番の仕事の方が好みらしい。

 

「ベルナートも会って占ってもらう?」

 

「オレは興味ないからいいよ。パフェで疲れたからちょっと外出てる」

 

「それなら私だけ会ってくるね。この店で待っとくから迎えに来てね」

 

「わかった」

 

「約束?」

 

「約束だ」

 

 差し出された細い小指に、自分の小指を絡ませる。男にとって、約束は誓いに等しい。これぐらいのことでは大げさな話だが、ウタの過去を知る身からすれば、小さなことでもない。

 手を振って別れてから向かうのは、ライブ会場となるギョンコルド広場。会場の警備体制を現地で確認するネプチューン軍の様子を確認し、周囲の状況も探る。

 それが終わると、ベルナートはそこからさらに移動を開始した。進んでいるのは、ギョンコルド広場と魚人街を直線で結んだその上。そうして着々と魚人街に近づいたところで、ベルナートは足を止めた。

 

「隠れてないで出てこい。生憎と透明になられたところで把握できる」

 

「……噂には聞いていたが、貴様は桁違いの強者のようだな」

 

 サンゴと同化していたゼオだったが、ベルナートを相手にやり過ごすことはできなかった。大人しく同化を解いて、ベルナートの前にその姿を現した。

 

「狙いはウタだろ? あいつのライブを台無しにするつもりなら、お帰り願おうか。ここでのライブを楽しみにしてるんだよ、ウタは」

 

(嘘をついたところで見破られるか)

「断る、と言ったら?」

 

「今ここで斬り伏せる。諦めが悪ければ、息の根を止めるしかないな」

 

 実力差は歴然としていた。正面から挑んでも勝てないことは、ゼオにもわかっている。しかし、だからといって大人しく帰る選択肢もない。ホーディーはそれを認めないだろうし、何よりもゼオ自身にそんな選択を取る気がない。

 ゼオは魚人街の貴族を自称するほど、プライドの高い男である。そんな彼に、撤退も作戦中止もあり得ないのだ。

 

「勝てなくとも出し抜くくらいはやってみせるさ」

 

 目の前で透明化を開始する。常人が相手ならそれでゼオを見失う。ゲームセットに繋がる。奇襲の成功率を跳ね上げられる透明化は、それだけ強力な技だ。

 人は視覚から得られる情報を重視する。脳がそれに重きを置く。ならばその視覚を疑うような現象が起きれば、強者とて隙を生じさせる。

 そこに目をつけるゼオは、頭がキレると言えよう。しかし相手が悪い。そして覇気を知らないことが、彼のそれを()()へと変えさせる。

 

「馬鹿が」

 

 刀を振るう。飛ばされた斬撃はサイクロンのように渦を巻きながら、地面を刳りつつゼオを拾い上げた。

 

「な……っ……! がふっ!」

 

 ダメージを負ったからか透明化が解け、空中に浮かされたゼオは無防備だ。

 

「魚人街に戻してやるよ。桜嵐(おうらん)

 

 一撃目と同じように。しかし威力は数段上がっているそれをゼオにぶつけた。致命傷には至らない程度、それでいて()()()()()()ベルナートたちの魚人島滞在中には復帰できないほどの重傷。絶妙に調整されたそれを一身に受けながら、ゼオは本島から弾き飛ばされ魚人街へと叩きつけられるのだった。

 

「……あ。今のやつ捕まえてた方がよかったか?」

 

 明らかな不穏分子だったが、今さら手遅れである。しかもゼオはまだ、捕まえられるような犯罪行為はしていない。少なくとも明るみには出ていない。

 罪状を用意できてない以上、捕まえたところでネプチューン軍に差し出しても仕方ないだろう。

 

「一応、魚人街に気をつけろとは言っとくか」

 

 短な期間だが、また鍛錬に付き合うのもいいかもしれない。過密なスケジュールになりそうだが、たまにはそれもいい。

 

 マーメイドカフェに戻ってみると、どんな占いをして良い結果が出たのか、大変機嫌の良いウタと合流。

 ライブまでの時間は他の店を2人で周り、そしてライブはここでも大成功を収めるのだった。

 

 

 

 




 滞在中にしたしらほしとの会話も占いの内容も、女性陣の秘密です。
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