「雷鳴八卦!!」
「がっ!」
全力で振りぬかれた棍棒は、大の大人を軽々と吹き飛ばし、巨岩へとその体をめり込まさせた。
「ベルナート!!」
歌姫の悲痛な声が響く。
その吹き飛ばされた者こそベルナート。
「君なら必ず一発は殴られる覚悟があるとわかってた。だから本気で殴った。言い訳があるなら聞く。聞いてやる。だから答えろ!
棍棒を地面に叩きつけながら叫ぶのは、四皇カイドウの実の子供。白ひげ海賊団2番隊隊長だったエースの友人である光月おでん……もといヤマトである。
■
時は遡ること魚人島の後。
新世界まではハックが案内したことで、一行は難なく深海航海を達成。自分の組織へと戻っていくハックを見送り、ベルナートたちが向かったのはワノ国である。
世界政府非加盟国であり、そこにいる侍たちが強過ぎるがために海軍も放置を決め込む国家。そこは今悪政を敷く将軍とその協力者百獣のカイドウにより支配されている。
「なんでそんなとこに行くの? カイドウってシャンクスと同じ四皇だよね」
「新世界は前半の海と違って強い奴らが多い。オレ1人だと不安も出てくるから、そこにいるやつに同行してもらう」
「君が信頼できるほどの人物か」
「相当強いですよ」
「ふーん」
「……どうかした? 同行者増やすの嫌だった?」
「別にー。ベルナートが必要だと判断したんだし、異論があるわけじゃないよ」
「ならなんで不満そうなんだよ」
「気にしなくていいよ~」
「ええ……」
ベルナートが
そのどれでもなく、ベルナートが対等だと思えて且つ信頼している人物なのだ。しかも
「ええっと、んで、ワノ国に行くとなると四皇の本拠地に乗り込むことになる。ここは気づかれないように慎重に行きたい」
「何か考えがあるんだね?」
「はい。そもそもワノ国近辺の海は海流も荒い天然の要塞。正規の港があるけどそこはカイドウ側が牛耳ってる。まず使えない」
「じゃあどうするの?」
「滝を登る方法もあるらしいけど、帰りのことを考えるとそれも不安が残る」
「……滝を登る……!?」
「おおっと?」
「これはまずいね」
目がキラキラと輝いている。面白そうだと顔にはっきりと書かれている。余計な情報を出してしまったと気づいてももう遅い。ウタはにこにこと楽しそうにしながらベルナートに顔を寄せた。
「登っちゃおうよ!」
「ゴードンさん……」
「諦めるしかない……」
こうなったウタは止められない。こちら側が対応するしかない。ベルナートとしても、自分の都合を通すのだ。それぐらいは応えるしかないかと諦めが早い。
滝を登ること自体はまだいい。問題はワノ国を出る時だ。正規の港を使えない以上、出国時は命懸けになる。
「出国用の備えはしとくか」
そもそも滝を登るとなると、それ用の準備も必要だ。ワノ国にたどり着くまでに並行して行わないといけない。ベルナートはそれらに奔走することになった。
ワノ国の近海に着くまでに準備を終わらせ、その海域に入ると舵取りを交代する。荒れる海域を難なく抜けた後は、滝へと寄っていく。鯉たちがそこを登っていくタイミングに合わせて、パウリー仕込みのロープを鯉2匹に括り付けた。
「すごい……! 本当に滝を登ってる……!」
「感動するのはいいけど、登ってからは気を引き締めてくれよ」
「大丈夫!」
「本当か……?」
「この後は船を滝の近くに留めておけばいいんだったな。その間に君は潜入し、話をつけて帰ってくると」
「そういうことです。船を頼みます」
「ああ」
登りきった後も油断ならない。滝の近くにいればその勢いに船が引き寄せられていくからだ。
海流の流れが穏やかになる上で、島に近づき過ぎない距離。そこまで船を進ませたところで、ベルナートはゴードンに舵を任せる。
大事なのはスピードだ。気づかれないように潜入はするが、ここは四皇の本拠地。何が起きてもおかしくない。最速で島に行き、話をつけてすぐに戻って出国。
その第一歩を踏み出そうとするベルナートに、ウタがしがみついた。
「私も行くね」
「はぁ!? 何言ってんだ!」
「見ておきたいから。四皇っていう大海賊に支配されるのがどういうことかを」
「……本島には行かないから、来ても見たいものは見れないぞ」
「空気には触れられる」
惜しいのは時間だ。これ以上は割けられない。ベルナートは説得を諦め、ウタの背と膝裏に腕を回して抱き上げる。
出せる限りの最速で、ベルナートは本島ではなくカイドウの居城、鬼ヶ島へと忍び込んだ。
島についてもウタは下ろさない。抱えたまま気配を探る。徐々にその範囲を広げていき、目的の人物の居場所を見つけるとそこへひとっ飛び。幸いにも周囲には百獣海賊団の一員がいない。
「……前より速いからどきどきしちゃった」
「ウタは少し離れててくれ」
「え?」
ウタを下ろしてトンっと軽く押す。強引に距離を取らせると、目的の人物がベルナートに気づいて猛烈な速さで駆けてくる。
「ベルナートぉぉぉ!!」
再会の挨拶は強烈な一撃なのだった。
■
そんな流れで今に至る。
ベルナートは岩から抜け出し、流れた血が目に入らないように拭いながら静かに歩く。
「ぇ……ぁぁ……べるなーと、ちが……!」
「これぐらいなら大丈夫だウタ。心配いらない」
「でも……!」
「……仕方ないな。先に止血させてあげる」
そう言ってヤマトは社から救急箱を持ち出し、ガーゼやら包帯やらを取り出す。それらをウタに渡すと、ウタは慌てるようにベルナートの下へと走っていった。
「じっとしてて。まずは消毒からしなきゃ」
「ウタってこういうことの心得あんの?」
「……ちょっとだけなら。コケて血が出たときとか、よく手当してもらってたから」
転んでできる擦り傷と、殴り飛ばされてできる傷は異なるのだが、それを言うのは野暮だろう。「そのうち血も止まるだろ」とか思っているベルナートも、必死に手当しようと奮闘するウタの姿に言葉をしまった。
「これでよし!」
「なにが?」
任せてみたものの、ウタは治療の心得があるわけではない。傷口の消毒をしたらそこにガーゼを押し当て、その上から包帯を巻いただけだ。そして包帯はその長さをそのまま全て使い切っている。
ベルナートは首から上が包帯で巻かれまくった状態だ。目、口、鼻、耳を避けてはいるが、それ以外が完全に包帯で真っ白である。
「包帯男になったね」
「おかげさまでな。……ヤマト。オレが戦争に行かなかったのは、表舞台に出る覚悟がなかったからだ。戦争という殺戮現場に、向き合う度胸もなかった。それだけだ」
「それで納得なんて……悪いけど僕にはできない。君があの場にいればと、何度もそう思ったからね」
「……後悔はしてるさ。なんでオレはそこに行かなかったんだって。麦わらはそこに行った。だがオレは、シャボンディ諸島で映像を見てるだけだった」
「僕が君なら、僕も行ったさ。でも僕はこの手錠のせいで外に出られない。……エースのことを知ったのだって、全てが終わった後だった。あの日、エースのビブルカードが跡形もなく消失して、その後に新聞で知った」
この閉ざされた島では、外のことを知るのも一苦労だ。ヤマトの立場ならなおさらそうである。カイドウも、全てが終わった後だからこそ新聞を渡したのだろう。
「……はぁぁ。ベルナートと再会すれば、僕は君を許せずに殴り続けると思ってたのに。とてもそんな気にはなれないね」
「どデカいの叩き込んだくせに」
「それはそれさ。ベルナート、君は死なないでくれよ。何もできない場所で、何も知らないまま友人を失うのは……僕はもう嫌だ」
「死なねぇよバーカ。それと、嫌って言うならヤマトが外に付いて来い。その話のためにオレは来たんだ」
ベルナートのその言葉に、ヤマトはぽかんと口を開けた。
ヤマトの現状をベルナートだって知っている。ワノ国の事情だって少なからず知っている。
それを踏まえた上で、ベルナートはヤマトを誘った。
「……それは無理だって知っているだろ?」
ジャラっと鎖の音を鳴らしながら、ヤマトは主張するように手錠を見せつけた。
それに疑問を呈したのは、何も知らないウタだ。
「その手錠ファッションかと思ったけど違うの?」
「僕にそんな趣味はないよ!? これはクソ親父が付けた手錠さ」
「奴隷が付けられるものと同じで、無理に外そうとしたり逃げ出すと爆破する」
「なんでそんな物を実の子供に!?」
「……クソ親父が僕をここに縛り付けるためさ。道具として見てるんだよ。これがあるせいで僕は自由じゃない。外に出られないんだ」
「先に聞いとくけどヤマト。それ外したらオレたちと来るか?」
「何言って……」
「ここに長居はできない。今すぐ決めてくれ」
ヤマトが憧れている男のことを知っている。侍が好きなことも知っている。ヤマトが、この国のために戦いたいと思っていることも。
だがそれは今ではない。まだその時ではないのだ。
ならば今この国に居続ける理由もない。戦いたいのなら、その時にまた戻ってくればいい。
「……本当に外せる?」
「無理なら来てない」
「時が来たらこの島に戻らせてくれる?」
「約束する」
「……正直頭がぐちゃぐちゃだよ。エースのことだってまだ残ってるのに。……でも、外に行けるのなら僕は行きたい!」
「成立だ」
ヤマトの両手に付けられている手錠を、両方同時に潰す。起爆する前にそれを投げ飛ばし、ヤマトとウタの腰に腕を回した。
「逃げるぞ」
爆発と同時に鬼ヶ島を駆け抜ける。騒がしくなる前に海へと飛び出し、空中を駆け抜ける。
「ベルナートはこんなこともできるんだ……」
「ヤマトも鍛えたらできるぞ。あと殴られた傷が痛い。骨にひび入った」
「ひびで済むのもおかしいよ。自信なくしそうだよ」
「覇王色纏いながら殴りやがって」
「だからそれは君が!」
「もう! 2人ともそんな物騒な話しないで! ベルナートはあとでちゃんと安静にして!」
「「ごめんなさい」」
唸るように怒っているウタに2人とも謝罪し、ゴードンの待つ船へと着地。すぐに船を出して滝の方へ。
「まさか飛び降りる気!? 早速僕後悔しそうだよ!」
「港は抑えられてるんだから仕方ないだろ! 黙って船にしがみついとけ!」
ウタとゴードンには船室に入るように指示した。その扱いの差にヤマトが抗議するも、ベルナートは聞く耳を持たない。今はそれどころじゃない。
「滝から降りるのは自殺行為だよ!」
「そうならないように準備はしてる!」
船のルートが確定するまでは舵を握り、調整を終えるとベルナートは急いで船の後方へ。用意してあったものは、タイミングが重要なものだ。敵の本拠地から逃げている今なら余計に。
船が落下を始め、勢い良く高度を下げていく。そのタイミングを見計らって、ベルナートは
「ぶへっ! ……落下が遅くなってる?」
「即席の帆を上に広げてる。これで落下速度を抑えられるから、船も壊れずに着水可能だ」
「なんでそんな備えが」
「ガレーラのおかげだな」
「ベルナート。その人のこと紹介してよ」
「そうだったそうだった」
安定して高度を下げ始めたことで、ウタもゴードンも船室から出てきた。今回はスピード勝負だったため、鬼ヶ島で紹介をしていない。
「私はウタ。こっちがゴードン。私たちは音楽家ね」
「よろしく2人とも。僕はヤマト。光月おでんでもあり、カイドウの息子だ」
「その胸で息子は無理でしょ。娘でしょ」
「光月おでんという偉大な男がいてね。僕は彼に憧れていて、彼が男だから男になることにしたんだ」
「そんなわけでヤマトは男だ」
「……へー」
ウタは考えることを辞めた。
ベルナートの秘密
本当は骨折れてる。ウタがいるから強がってる。