シャンクスがいる場所には、ビブルカードを使うことでたどり着くことができる。しかしビブルカードでわかることは方角だけだ。距離はわからない。
魚人島を後にして最初にワノ国に入ったことで、目下最大の問題が発生している。食料問題である。魚人島で多めに積んだものの、あと何日でシャンクスに会えるかわからない。食料を再補充できるのならしておきたい。それが本音だ。
そんなわけで、島が見えたらそこに寄ろうというざっくりした方針を取りつつ、ベルナートたちは航海中である。
「ふあぁぁ~。おはよぅゴードン」
「おはようウタ。ベルナートたちを起こしてきてくれ。朝食にしよう」
「はーい」
昨晩の見張りはベルナートが行っていた。早朝に起きてきたゴードンに後を任せ、現在は仮眠中。ゴードンも今日の朝食は簡単なものにしており、見張りと調理の両方をこなしていた。ワールドツアーにより、さらっとスペックが上がっている。
朝食の匂いは食欲をそそり、ウタのお腹が鳴る。甲板に出ていたおかげで、誰にも聞かれてはいなさそうだ。
ベルナートの部屋は前方甲板の下。そしてヤマトの部屋も同様である。ウォーターセブンにて改装も頼んでいたらしく、2人分の私室がそこに備わっていた。その分個々人の部屋は、以前のベルナートの部屋より狭くなっている。
「ヤマト~」
こんこんとノックしながら声をかけてみるも、中から返事はない。まだ寝ているのかなとあたりをつけ、今度はベルナートの部屋へ。
ベルナートは時間を決めておけばその時間に起きるのだが、そうではない時は簡単には起きない。それをこれまでの旅で知ったウタは、一応ノックをしてから部屋に入った。こうするのは一度や二度ではない。もう何度も勝手に足を踏み入れている。
「ベルナート朝ご飯できた……よ……?」
まだ眠たいウタは眼を擦りながら声をかけ、毛布に手を伸ばしたところで固まった。
そのベッドで寝ていたのは、ベルナートではなくヤマトだった。毛先がエメラルドに染まっている長く白い髪。本人曰く生まれつきらしい角。ウタに劣らぬ淡麗な容姿。眠っている顔は可愛らしい。
起ききってはいなかった脳が段々と覚醒していく。一度目を閉じて頬を叩いてみるも、やはりそこにいるのはヤマトだ。ベルナートがよっぽどうまく変装していない限りヤマトだ。
「部屋こっちじゃなかったっけ?」
間違えたかなと一旦退室。もう1つの部屋に入ってみるも、そちらはこれと言った荷物がない。ベルナートが書いている日誌も机の上にない。
首を傾げてもう一度ヤマトのいる部屋に戻ると、その部屋の机にはベルナートの日誌があった。他にも部屋の中にあるものを確認すると、それらはベルナートのものである。
「ん??」
この部屋は間違いなくベルナートの部屋だ。それなのになぜヤマトがここにいるのか。そして部屋主たるベルナートはどこにいるのか。
とりあえずウタはヤマトの肩を揺らし、起きるように促す。ワノ国特有の衣装はウタも見たことがないもの。いつか着てみたいなと思っていると、ヤマトの服がはだけて思わずドキッとする。
「ん、んんー。……あれ……ぼくいつのまにねてたんだろ……」
ゆっくりと体を起こしてあくびするヤマトに、何事もなかったように「おはよう」と声をかけた。ウタに気づいたヤマトも挨拶を返し、はだけている服に気づいてそれを直した。
「ヤマトはなんでここにいるの? ベルナートはどこ?」
「えーっと……ベルナートと話をしてて。ほらワノ国ではあまり話す時間もなかったから! それでここで話してたらそのまま寝ちゃったみたいで! ベルナートは……」
機嫌を損ねていることはヤマトにもわかった。弁明するように慌てて説明し、肝心のベルナートがどこにいるのかで言葉が詰まる。ヤマトも寝落ちしたのだ。ここにいないのならどこにいるのか見当がつかない。
「……ヤマト。起きたなら
「へ? ……うわっ!?」
「うわっじゃねぇよ! こっちは潰されてたんだからな!」
ベルナートの居場所はこの部屋。同じベッド。ただし、ヤマトの下にいた。
「どんな寝相してんだよまったく」
明らかに寝不足そうな調子で悪態をつくベルナートだったが、部屋にウタがいることに気づくと石のように固まった。
別に何も後ろめたいことをしてたわけじゃない。ヤマトが言った通り、積もりに積もった話を夜通ししてただけで、いつの間にか2人揃って寝落ちしただけだ。寝づらいなと思って先に起きてはいたが、それもヤマトの寝相に巻き込まれたせいである。
だから、それだけならベルナートも何事もなかったように振る舞えた。ウタが怒っても弁明できた。しかしベルナートが固まったのは、ウタの反応がそうじゃなかったからだ。
引いているわけでもない。引き攣った顔をしてるわけでもない。
ただ、悲しそうに……いや、はっきり言えば傷ついたような、そんな表情だ。
「えっと……ウタさん?」
「……」
あまり刺激しないように声をかけるも、ウタは無言のまま部屋を出た。残されたのはダラダラと冷や汗をかいているベルナートと、気まずそうに頬を掻いているヤマトだけ。
「あとで謝っとくね」
「オレもそうしよう」
自分用の朝食をゴードンから受け取ったウタは、自室へと戻っていった。その様子にゴードンは声をかけることもできず、後から話を聞いてため息をついたとか。
自室の窓から外を眺め、ぽつぽつとゆっくり朝食を食べる。
実はウタも、自分のことがわかっていなかった。自己分析してみるも、頭ではあの場面は自分なら怒ると答えが出る。しかし現実は違う。
なぜ、あの場から無言で出て行ったのか。思い出すと胸の内がざわつく。
「はぁぁー」
ゴードンがニュースクーから受け取っていた新聞に視線を落とす。歌う気分にもならないから、せめて気を紛らわせようとしてのことだ。
そうしたかったのに、内容がまったく頭に入ってこない。読むという行為も億劫だ。
「もうなんなのこれ」
答えはまだ見えない。
ベッドに身を放り投げて、天井を見つめる。まだご飯食べ切ってないなと思い出すも、あとで食べようと先送りした。
柔らかなクッションを抱き締めてみる。心地良い感触で、昔からこういうものは好きだった。それでも、ざわめきを落ち着かせるには足りない。
悶々としていると、部屋の扉がノックされた。ガバッと勢い良く体を起こす。
「ベルナート?」
「ああごめん。ベルナートじゃなくてヤマトだよ。入ってもいいかな?」
「…………いいよ」
迷いはしなかったが、その言葉を出すのに時間は要した。
ヤマトが部屋へ入ってくると、ウタはクッションを元に戻した。ベルナートが相手なら、抱きかかえたままだったかもしれない。
「早食い勝負したら僕が勝ったから先に来たんだ。ベルナートも後でくるよ」
「……そう」
勝負という単語が、重しのようにウタの胸に圧をかけた。若干の息苦しさを感じるも、それは表に出さない。
「さっきのことを謝りたくて。ウタからすれば、僕は見ず知らずの人間だ。それなのにベルナートと一緒に寝てたのは、配慮が足りてなかった。わざとではないんだけど、本当にごめん」
「謝らなくていいよ。そこは……思うこともあったけど怒ってるわけでもないし」
「そうなの?」
綺麗な角度で頭を下げていたヤマトが、姿勢を戻して首を傾げる。思い違いの謝罪は、かえって相手を苛つかせかねない。どうしたものかとヤマトは考えを張り巡らせる。
「ベルナートと友だちなんでしょ? 話をしたかったってのもわかるし、寝ちゃったのも仕方ないと思う」
「……」
「ヤマトは男だって言うし、ベルナートもそう扱ってるわけだし。そもそもヤマトが女でもベルナートは何もしないと思うけど」
ウタの中ではヤマトは女なのだが、ややこしくなるから一旦置いておく。
そう、ベルナートが仮にヤマトを女扱いしていても、何も起きやしない。ウタはそう信じている。驚きもするし、怒ることもあるが、許せることなのだ。
今ウタの中で引っかかっているのは、そこではない。
「じゃあ仮に僕が今後もベルナートと寝るとしたら」
「それは話が違うから駄目」
「だよね」
即答だった。
「ウタってベルナートのこと好き?」
「え? うん。ヤマトもでしょ?」
「まぁそうだね。……そういうやつなんだ」
「どういうこと?」
「ううん。僕が思うには、ウタのと僕のは別な気がするなってだけ」
「別? ……そりゃあヤマトは友だちで、私は
「そっか」
そういうことならいいかとヤマトも納得した。ヤマトはワノ国でしか生きていない人間だ。交友関係も狭い。人間関係の在り方も、いろいろあるんだなと思っているところだ。
己が無知だと自覚してるが故に、信用できる相手を疑わない。
そんなヤマトと話していて、ウタは自分の中の靄が薄れていることに気づいた。ヤマトとも友達になれるからだろうか。
その真相まではわからないが、呼吸の詰まりも和らぐ。
「ウタ。ヤマトくん。島が見えてきた。そこに寄るとベルナートくんが言っていたよ」
「島!? 上陸するのかい!? ほら、ウタも見に行こう!」
「へ、ちょっと!」
眩しいほどに目を輝かせるヤマトに手を引っ張られ、ウタも部屋から飛び出す羽目に。
勢い良く開いたドアに、ゴードンの心臓は高まり鼻はぶつけた。ヤマトは後ほどベルナートに説教される。
「ベルナート上陸するんだよね!? ね!?」
「食料調達のためにな」
「冒険は!?」
「冒険はしない」
「えええーー!!! なんでさ! 上陸だよ!? 冒険しないなんて勿体無いよ!」
「……誰かの縄張りかを調べてからな」
「やったー!! ありがとうベルナート!」
「ごめんなウタ。明日には出るから」
「……」
「ウタ?」
「……え? あぁ、うん。いいよ、ヤマトの初めての上陸なんだし」
ウタの様子が気がかりだが、ベルナートはその島へと舵を取るしかなかった。
□
新世界では、四皇の縄張りとなっている島が多い。しかしそれはすべてに及ぶわけではない。誰の支配下でもない島もあれば、四皇ではなく王下七武海の拠点となっている島もある。
前半ではクライガナ島にいるミホーク、女ヶ島のハンコック。
新世界では、ドレスローザで国王にもなっているドフラミンゴ。そしてこの島、カライ・バリ島を拠点としているバギー。
と言っても、バギーの場合はこの島を支配しているわけではない。この島にある街の一角をバギー街へと改名し、そこに海賊派遣会社を設置しているのである。
バギーは頂上戦争の後、王下七武海になっていた。それ故に彼の下につく海賊たちも政府側という扱いになる。彼を慕うインペルダウン脱獄囚は多く、それらを纏めて政府の駒とするのは中々に良策だったかもしれない。
「座長! 1隻船がこっちに向かってきてます!」
「どこの馬の骨だ! 海賊なら沈めてやれ! カタギなら手出すんじゃねぇぞ!」
「海賊ではないんですが……あれは……」
「あァん? はっきり言いやがれ!」
「天喰いが乗ってます! あと美女2人! うち1人は歌姫ウタです! 羨ましいです!」
「あの野郎美女侍らしてるとは良い身分だなぁ! ……あァ? 今歌姫ウタっつったか?」
「はい! 間違いなくあれは歌姫ですかわいい! どうしますかバギー座長?」
指示を仰がれたバギーは、渋い顔をして何やら思案している。それが終わると、バギーはバラけさせていた体を元に戻した。
「座長?」
「お前らその船には手を出すんじゃねぇぞ。おれ様の部屋に丁重に案内しろ」
王下七武海の1人。千両道化のバギー。
彼は四皇赤髪のシャンクスと兄弟分でもあるのだ。