王下七武海に名を連ねるにはある程度の条件を満たす必要がある。1つは「強いこと」。他の海賊たちへの抑止力となるのだから、この条件が付けられるのは当たり前だ。もう1つが「知名度」。その名を知られていないような海賊が、王下七武海になるのは難しい。その名の格を損なわせてしまうからだ。
しかし、この2点の両方を兼ね備えて七武海になった者だけで構成されているわけではない。クロコダイルの後釜として加わった黒ひげは、火拳のエースを捕らえることで「強さ」を見せた。
事件として報じれば「知名度」は後からついてこよう。なにせ白ひげ海賊団の2番隊隊長を捕らえたのだから。
バギーはその逆パターンだ。
頂上戦争でその名を世界に知らしめたバギーは、インペルダウンの囚人たちを従えていることで勢力もある。政府側はそこに着目して指名した。
海賊王ロジャーの船員の1人だったこと。四皇赤髪のシャンクスと兄弟分であること。インペルダウンでの大規模脱獄の主犯の1人であること。
キャリアと実績はバギーという男の脅威度を引き上げた。自身の経歴を表に出さず、東の海で過ごしていたのも「海軍の目を欺くため」と取られた。
そんなバギーは、その実戦闘が強いわけでもない。政府側はおそらくそこを把握していない。それ故にバギーは唯一「知名度のみ」で王下七武海になった海賊と言えよう。
「千両道化のバギー、か」
「バギー……聞いたことあるようなないような……」
「王下七武海の1人だ。今は自分の部下たちを派遣して戦わせる会社を作ってる。傭兵派遣みたいなもんだな」
「政府側……ではあるんだよね」
「一応な。でも海賊は海賊だ。……なんか歓迎されてるけど」
「ウタって有名人なんだね」
「一応ね」
バギーからの使者に誘導され、ベルナートたちは船を岸に着けた。ゴードンは船に残り、上陸するのは残りの3人。
歓迎されている理由たるウタはもちろんのこと、ベルナートも付き添いに上陸。初めての他の島に感動しているヤマトも言わずもがな。
駆け出して行きそうな興奮状態のヤマトは、ベルナートに手を掴まれて大人しくしていた。とはいえきょろきょろと物珍しそうに周りを見ている。まるで犬の散歩状態だ。
「脱獄囚ってことはここにいる人たち、悪いことしてた人たちなんだよね?」
「ほとんどはそうですが、全員というわけでもねーんですよ。バギー座長が七武海になってから加入した奴もいますし、座長の元々の船員もいますからね」
「へ~。でも海賊ではあるんだよね」
「そうっすね」
素直に答えてくれるし、ノリもいい。しかしそれはウタだからであり、バギーが丁重に招待しろと言っているからだ。
ここにいる者たちは荒くれ者ばかり。賞金首も多く、極刑にされても文句を言えない者ばかりだ。略奪行為を好んで行う者も中にはいる。財宝があれば特に。
そういう者たちであっても、バギーが七武海だから罪はなかったことにされ、略奪行為も合法とされる。同じ七武海といえど、ミホークとは大きな違いだ。むしろ単独のミホークの方が特殊なのだが。
「座長の部屋はこの奥の扉です」
「うん。ありがとう」
通路の奥へと進み、バギーのいる一室へと入る。いつもならバギーは幹部たちとホールにいるのだが、今回は自分の部屋で他に誰もいない状況を作った。
「よく来た。……テメェはいなくてもよかったがな天喰い」
「生憎と極悪犯の巣窟にウタ1人を送り込むほど、あんたらを信じてないからな」
「ケッ。おれは政府側の人間だぜ? んで、そっちのは?」
「僕? 僕はヤマト。カイドウの息子だよ」
「はァ!? 女だろどう見ても!」
「このバカ! それは名乗るなって昨夜話しただろうが!」
「痛っ! ウタぁ! ベルナートがぶったー!」
「ベルナートも悪いけどヤマトも悪いんじゃない?」
頭を叩かれたヤマトはそこを手で押さえ、若干涙目になりながらウタを巻き込む。喧嘩両成敗としてウタは2人の頬を軽くぺちんと叩いた。
「シャンクスの娘にカイドウの娘たァ。テメェどんな巡りあわせしてやがんだ。次はビッグマムか?」
「狙ってこうなったんじゃない」
「僕は男だ!」
「一旦抑えてヤマト。ねぇ、なんで私のこと知ってるの?」
「頂上戦争の後に少し話す時間があってな。その時に聞いた。その様子じゃまだ会ってねえみてーだな。あのハデバカ野郎め」
「シャンクスと何を話したの? シャンクスは私に会う気がないってことなの!?」
「待て待て落ち着け」
瞳を揺らしながら詰め寄るウタを、バギーは冷静に落ち着かせた。話す時間があったとしても、そんなに長く話したわけではない。縁こそあれど、バギーは未だに悪魔の実の件を許してはいないのだ。
軽く話を聞いて、思ったことをど直球でぶつけてただけである。
「おれが勝手にベラベラと話せることでもねェ。だが、シャンクスは会う気がない、なんてことはない。会う気はあるようだが、どの面下げて合うか決心がつかねェってとこだろうな」
幼いルフィに怒鳴っていたほど、シャンクスにとっても苦渋の選択だった。それが正しかったのか何度も自問したことだろう。答えは出ないから、そうであると信じるしかない。
「おれから言わせりゃあ、あいつは未だに甘ちゃんだ。四皇になろうと何も変わっちゃいねェ」
「たしかにシャンクスは子どもみたいなとこ多いけど……」
「だが、これだけは断言しとくぞ。あいつは娘を捨てるような男じゃねェ。愛さなかったわけがねェ。誰よりもウタの幸せを願ってやがる。そこに偽りはねェんだよ」
「じゃあ……、じゃあなんでシャンクスは私を置いていったの!? 私は赤髪海賊団の音楽家だったのに! みんなは家族で! シャンクスのことを本当の父親のように思ってたのに!!」
「……あいつの考えそうな理由は思い当たるが、それは憶測でおれが言うことじゃねェな。悪いがシャンクス本人に聞いてくれ。……その想いも、あの派手バカにぶつけてやれ」
「…………そう、だね」
「それと、シャンクスと会った後も、身の振り方は考えるんだな。歌声の人気だけじゃなく、ウタワールドに惹かれてる連中もいやがる。中には、ウタは救世主だって言う輩もいるようだな」
「救世主? ウタが?」
世間もウタのことも知らないヤマトには、ウタが救世主だと言われても理解し難い話だった。一方でウタ本人とベルナートは、その話に納得がいくために重く受け止めている。
「海賊嫌いってイメージだけじゃなくてな、天竜人の件もあるからそれで拍車がかかってんだろ。今のこの世界、時代に苦しむ者たちの味方で、心の拠り所になる。だから救世主なんだとよ」
馬鹿馬鹿しそうに言っているが、それの重さをバギーは察せている。世界から注目され、それを一身に受ける。時代を背負う。その偉大な背中をバギーはその目で見ていた。
だからこそ分かる。その偉大な男とウタは違うということを。彼はそれを楽しんで、笑い飛ばしながら精一杯自分の想いに正直に生きていた。言い換えれば、
「まだ尻の青い小娘にアドバイスしてやるとすれば、
「……ぇ?」
意外そうなウタの反応に、バギーはやっぱりそうかと内心で呟く。
ウタは責任感が強い。周りの声にしっかりと耳を傾ける。それ自体が悪いとは言わないが、要はバランスの問題だ。
「どうするかじゃねぇ。どうしたいかだ。自由に生きるってのはそういうことなんだよ」
「どうしたいか……」
「さっすがバギ次郎。良いこと言うね!」
「だァれがバギ次郎だ! ……って! なんでその呼び方知ってやがる!」
「僕は光月おでんでもあるからね!」
「はぁ!? 何言ってやが…………カイドウの息子って言ってたな」
カイドウの本拠地はワノ国になっている。そしてヤマトが名乗っている光月おでんとは、
ロジャーの船で見習いをしていたシャンクスとバギーは、当然面識がある。
「おでんさんは?」
「……現将軍とクソ親父に嵌められて処刑された……!」
「……やっぱそうか」
「僕は話したことはないけど、彼の生き様を少しだけ見た。伝説の1時間を見て感動して、憧れてる。バギ次郎のことは、光月おでんの航海日誌で知ったんだ」
「おでんさんの航海日誌だぁ!? 言われてみりゃあたしかに何か書いてたらしいが……、それをベラベラ話すんじゃねぇぞバカ野郎め!」
光月おでんを知っている者は、今の時代となっては少ない。伝説の時代に彗星の如く現れ、そしてパタリとその名を聞かなくなった男だ。語り継がれでもしない限り、彼の名は広まらない。
だが、今の海の大物海賊たちはその時代を知っている。光月おでんのことも見聞きしたことがある者ばかりだ。その航海日誌ともなれば宝の地図より価値が高い。知られでもしたら、命を狙われてもおかしくないのだ。
バギーのその説明にヤマトは頷いていたが、ベルナートはそんなヤマトを信用できなかった。ノリで言いかねない怖さがある。
「もし狙われたら、その時はよろしくねベルナート」
「そうならないようにしてくれよ……。ウタのツアーが主目的なんだから」
「たしかにそうだったね!」
「その日誌って、シャンクスのことも書かれてるの?」
「少しはね。赤太郎って呼ばれてたみたい」
「そっか。……シャンクスも海賊王の船にいたんだね」
「思い出してみると懐かしいもんだぜ。ほとんどの奴らはどこで何してんのか知らねぇけどよ」
双子岬にいるクロッカス。シャボンディ諸島にいるレイリー。そして頂上戦争で出会ったシャンクス。かつてロジャー海賊団にいて、バギーが再会したのはこの3人だけだ。他の者たちの行方は不明。
それでも、どこかで生きてんだろうなという信頼はあった。死ぬ姿など想像もできない。
「フン。柄にもなく話し込んじまった。この島に寄ったのは大方食料の確保だろ? 町に行きゃあ買える。海賊共も寄り付かねぇから安心しな」
「海賊が住み着いてるからな」
「やかましいわ! ライブもしたけりゃやるといい。警備と観客を兼任でウチの連中をつかせてやる」
「ライブするとなると配信もするけど、七武海的に大丈夫なの? 私天竜人に追われてる立場だけど」
「アレの言うことを聞く義理はねェな。海軍大将とは違って、七武海は天竜人の駒じゃねェからよ。全員に招集がかかってた頂上戦争が異常なんだよ」
「へ~。じゃあ明日にでもお願いしようかな。今日は冒険の日だから」
それを聞いたヤマトがうずうずし始め、ウタはくすりと笑ってヤマトを手招いた。早速行こうということなのだろう。ベルナートとしても、ヤマトならウタのことも任せられる。久しぶりに単独行動ができそうだ。
そう思って退室しようとすると、バギーがベルナートだけを呼び止めた。嫌そうな顔をするとバギーも嫌そうな顔で返す。本人も不本意らしい。
「分かってると思うが、あの2人の価値は高いぞ。四皇の子どもってだけでまず狙われるのに、ウタは世界的な歌姫になってきてやがる。ヤマトもおでんさんの日誌を持ってる」
「わかってるよ。四皇のどこかと黒ひげが本腰を入れて狙ってこない限りは、どうにかできる。ありがたいことに新世界ならシャンクスさんがいるし、前半にも頼れる人がいる」
「数が必要ならウチに連絡しろ。派遣してやる」
「商売上手かよ」
「ギャハハハ! 売り込み時に宣伝は当たり前だろ!」
バギーが渡してきた名刺を、ベルナートは一応受け取っておいた。この先いつ何が起こるかわからないのだ。人脈は広げておく方がいいし、取れる手も増やしておいて損はない。
「んじゃまたな」
「待てこのスットコドッコイ! 本題は今からだ」
「本題?」
「また柄にもねェことを言ってやる。
「……」
「さっきウタには"どうしたいか"って言ったが、テメェにはそれじゃ駄目だ。好きに生きるために
「っ!」
「誰かのために強くなるのは結構なこった。誰かを想うのも美しいもんだろうよ。だが、テメェの生き方はテメェの中で決めろ。そこに誰かを挟んじゃいけねェ。理解したら2人を追いかけてやるんだな」
こくりと頷いたベルナートは、思案顔になりながら部屋を出て行った。静かになった座長室にて、バギーは体を掻きむしる。
「あァもう体が痒いったらありャしねェ! こんなのおれ様のやることじゃねェってのによ! どいつもこいつも余分に重く抱えやがって!」
人生の先輩モードは、もう限界に達していたようだ。
ヤマトは初めての冒険に終始心が浮かれ、ウタはできないと思っていた新世界でのライブができたことに、たしかな満足感を得るのだった。