旅の一行にヤマトが加わったことは、戦力面でとても大きい出来事だ。ベルナートもそこを第一に見て誘った。
そんなヤマトの加入の副産物となるのは、ベルナートが行う夜間の見張りの負担軽減である。ゴードンも行うのだが、それは仮眠時間の確保のため。海の上にいる間は、ベルナートが長時間寝ることはなかった。
しかしそれはヤマトの加入により変わる。2人の交代制となり、これでベルナートも海の上で長時間睡眠が可能となった。
「あれ? どうしたの? 寝ないの?」
周囲への警戒をしながら、船の舵を保っていたヤマトが後方の気配に気づいて声をかける。甲板に出てきていたのは、夜風対策にとカーディガンを部屋着の上から羽織っているウタだ。
「……ちょっとね」
「ベルナートは寝てると思うけど」
「寝ててもいいの」
「あ、添い寝?」
「違う!」
「え!? 夜這い!?」
「もっと違う! ……私の気休めのためだから、気にしないで」
「え~気になる」
「あのね……」
じとっと見つめるとヤマトは軽く笑って流した。1つ1つが新鮮なのかもしれない。楽しそうに過ごすヤマトの今の姿は、ちょっぴり羨ましかった。
「ヤマトは……ベルナートの特別だよね」
「ただの友人だよ」
「だってヤマトの手錠を壊したアレ。詳しくは知らないけど、覇気ってやつなんでしょ? それも難しいやつ。それを使えるようになったのは、ヤマトのため」
「そうなら嬉しい話だね」
ベルナートは理不尽が嫌いだ。先のことではなく、1人の友人のことだけを考えて身につけた可能性は高い。ウタはそれを可能性ではなく、そうだと断言できる自信があった。ベルナートとは、そういう人間だから。
「ベルナートに用があるんだろう? 行きなよ。風邪でもひいたら彼に心配をかけちゃうよ」
「風邪ひいたことないけどね」
ウタが船室に入ったことを、扉の音で判断した。また1人になったヤマトは、船上から見る夜に浮かぶ星に心を踊らせる。
「……ウタほど、ベルナートが特別扱いしてる人はいないと思うけどね……」
他人の部屋に入る時はいつもノックをする。それは常識的なことでウタはこれを徹底してきたが、今回は行わなかった。ベルナートはもう寝ているとヤマトも予想していたし、ドアの隙間からも部屋の灯りが漏れてなかったからだ。
ベルナートの部屋に入るのは慣れているのに、ドアのノックを省くだけで心持ちが変わる。なぜか緊張し始めて、半開きにするとまずは顔を覗かせて中を伺った。
「何してんだウタ?」
「ひゃあ!?」
「夜に忍び込まれて驚きたいのはこっちなんだが……」
驚いたウタは勢い余って壁に頭をぶつけた。涙目になりながらも部屋の中に入り、ベルナートも部屋にあるランプを灯した。
「……エレジア以来かな」
「ん? ……あ~、そうだな」
ベルナートが椅子に座っていて、ウタがベッドに腰掛ける。この構図で話をするのは、思い返せばたしかにエレジア以来だった。今ではもう懐かしさすら感じる。
「考え過ぎて寝れないか?」
「あはは、お見通しだね」
「救世主、か」
「うん……。正直どうしたらいいかわからないんだ」
「その件で思うことはある。けど、オレが話してウタがそうしたら、それはウタの選択じゃなくなる」
「だからねベルナート。
「……!」
これまでなら、ウタはベルナートの話を聞いてから決めていた。それはウタが世間を知らなかったから。天竜人の件もあったから、ツアーへの影響や航海中の配信も、ベルナートの意見を優先していた。
そんなウタが、今回はベルナートに相談する前に自分で考えて意見を持ってきた。自分自身のことだから、というのもあるだろう。
真っ直ぐな眼差しを向けるウタは、まず結論から話していく。
「私ね、
「……それはまたなんで?」
「なろうと思ってもなれないっていうのもあるかな。……私はエレジアを滅ぼした女だよ? 救世主を名乗る資格もないし、そんなの私が許せない」
「正直……意外だな。ウタならファンのそういう声に応えると思ってた」
「もちろん考えた。そう思って、寄りかかってる人たちがいることも。だから私は、救世主じゃなくて拠り所になる」
「救うんじゃなくて寄り添うのか」
「うん。私の力なら、ウタワールドでみんなを幸せにすることはできる。怪我も病気もない世界に、みんなをいさせてあげることができる」
その言葉に、しかしベルナートは反応しなかった。今のウタにはその気がないと伝わってきているからだ。
ウタは幸せに肉体は関係ないという考えを持っている。肉体がなくとも、空想の世界で、ウタワールドで、幸せになれるから。その世界は常に楽しいからだ。
しかしその考え方に、今は矛盾する思想が生まれている。ベルナートに出会ったからだ。
空想の世界では、ベルナートに会うことができなかった。共に冒険した日々、その思い出。いくつもの島での出会い。それらはウタの想像を超えてくる。現実が、肉体での経験が、"楽しさ"や"幸せ"に繋がっている。
そのことを、自分自身が身を持って経験しているのだ。今はもう、肉体は必要ないとは言えない。
「私、ベルナートと出会えて幸せだなって思ってる」
「恥ずかしいこと言うな……」
「あはは、照れてるなんて珍しいね」
「人のこと言えないだろ」
「まあ、ねー。……だからさ、辛い現実から逃してあげたい気持ちもあるけど、現実を捨ててほしくないとも思ってるんだ」
「……そういう人のことについては、世界規模での課題だ。ウタ1人で背負うな」
「わかってる。だからこそ、拠り所になってあげるんだ。導くんじゃなくて、休ませてあげる」
それがウタが自分自身で決めたウタの在り方。救世主だと言われても、それにはならない。ファンの声には極力応えたいが、すべては拾いきれない。
だからといって見捨てるつもりもない。
これからだって、自分の好きな歌で、音楽で支えていく。
「電伝虫がない島もあるから、配信じゃあ限界もある。やらないよりは断然いいんだけどね。それで、ツアーでそういう島にも行きたい」
「迷ってるって言うわりには、結構考えが固まってないか?」
「私はこう思うけど、ベルナートはどうかなって思って。迷ってるのは、ちょっと別のやつだね」
「……ウタのその考えでいいと思うぞ。救世主になるって言われたら反対するつもりだったし、それならオレは何も口を挟む余地がない」
「よかった。……ふふっ」
「どうかした?」
「ううん。救世主になるって言ったら反対するだろうな~って思ってたから。本当にそうだったなって思って」
「考えを読まれたのか……」
そんなにわかりやすいのかと悩む姿も、なんだかウタにはかわいらしく見える。
「そういや別の悩みって?」
「……私がエレジアを滅ぼしたって話をどうしようかと思って」
「今さら公表しても混乱を招くだけじゃないか?」
「でもファンのみんなを騙してることにもなるでしょ? 私はそんな清廉潔白な人間じゃないのに」
「嘘をついてるわけじゃないだろ。なんならウタは騙された側だぞ」
「それはシャンクスたちが私を庇ったからだよ。それに甘えて自分だけ背負わないなんて……そんなの都合が良すぎるでしょ」
「ウタはもう背負ってるだろ」
そう言ってベルナートは、ウタの前にしゃがみこむと彼女の両手を握った。
「罪を背負わないってのは、それを意識してないってことだ。ウタはそれに向き合ってる。罪の意識を持ってる。オレはそれで十分だと思うぞ」
「十分……?」
「今のウタは、この両手じゃ抱えきれないほどの想いを持ってるんだ。赤髪海賊団の人たちやゴードンさんの想い、ファンのみんなの想い、そしてエレジアの人たちの想い」
たしかに滅びた。起因はウタだった。それは事実だ。真実を知ったウタは、もうそこから目を逸らせない。
あの日、滅びゆくエレジアで、厄災の只中で、ウタのことを恨んだ人もいるかもしれない。
しかしそれを知るすべはない。可能性を肯定も否定もできない。
だったら、エレジアの人たちの音楽への情熱と愛を知ったからこそ、ウタは音楽の道を歩み続ければいいのだ。
「その人たちの分まで、エレジア国王ゴードンに育てられたウタが、エレジアの音楽を知らしていくんだ」
「そんなの……やっぱり都合がよすぎるよ……」
「なら、その辺はゴードンさんともう一度話すしかないだろ。エレジア唯一の生き残りなんだから」
「……うん」
「聞くけどウタ。仮に公表したとして、それからどうするつもりだったんだよ。ツアーに影響出るぞ」
「だから悩んでたの。……ありがとうベルナート。おかげで胸が軽くなったよ」
「そりゃよかった。じゃあそろそろ寝るか」
「うん! でもその前にこれ見て~!」
「マーク?」
1枚の紙に描かれていたのは、ウタが考えたマークだった。UTAの文字があり、ひと目でそれがウタのマークだと分かるようになっている。
「覚悟は固まってきてるから、これを船に掲げるのはどうかなーって。簡単にバレちゃうからひっそりツアーには向いてないと思うけど」
「考えたなら掲げるか」
「相変わらず軽いなーベルナートは」
「ウタのツアーを本格的に考えたら、マークはあった方がいいからな」
「やった! それじゃあ今度こそ寝よっか」
「そうだな。……、…………おや? ウタさん???」
すべてを解決できたわけではないが、話をしたことで整理もできた。気持ちが楽になったウタは、にこにことしながらベルナートのベッドに座り続ける。
「部屋に戻ってくれないか?」
「今日ぐらいいいじゃん。一緒に寝ようよ」
「いやいやおかしいだろ!?」
「なんで? しらほしと一緒に3人で寝たじゃん」
「それは3人だしあそこは広かったし!」
「ヤマトとも寝てた」
「不可抗力……!! あとヤマトは男だからセーフ!」
「ふーん? 私のことは女として見てるんだ?」
「……ズルいぞ! どう答えても駄目なやつじゃん!」
「ね、いいでしょ1回だけ。ベルナートのことなら信じられるんだから」
羽織っていた上着を脱いだウタは、寝間着だけになってベッドの奥に寝転んだ。シーツも肩までかけて、ちらりとベルナートを見やる。
絶句して固まっていたが、深く息を吐いてから諦めたようにウタの横に並んだ。
「えへへ、どきどきするね。一緒に寝たことあるのに」
「あの時はしらほしがいたから別だろ」
「それもそうだね」
横を見れば相手の顔が近くにある。それは心を乱す原因にもなり、ウタは大きく脈打つ心臓の音に、顔を赤く染めていった。ベルナートには見せまいと背を向けている。
「ねえベルナート」
深呼吸で落ち着こうとしながら、ウタは背にいる相棒の名前を読んだ。
しかし言葉は返ってこず、数秒後にそれを不思議に思ったウタは、意を決して振り返った。
「……寝てる!? こんなに早く!?」
そこにいたのは、もう就寝していたベルナートだった。
頬をつんつんと突付いてみるも、反応が何もない。本当にもう寝ているらしい。
「……はぁぁ。……ふふっ、いつもありがとうベルナート。ベルナートと隣にいてくれて、これからも一緒にいてくれるって言ってくれて、本当に嬉しかったんだよ?」
頬にそっと手を伸ばした。
「いつか私も、ベルナートの隣に立てるようになるから。もう少し待っててね」
翌朝、ニヤニヤとしていたヤマトはベルナートに殴り飛ばされたとか。
□
「お頭ー! 前方から妙な船!」
「妙な船? どこの船だ」
世界政府、海軍、海賊なら旗にマークを掲げている。そうでないなら基本的に商船になるわけだが、その船はどれでもなかった。
「旗にUTAって描いてある!」
「UTA…………ウタ……!?」
およそ11年ぶりの娘との再会を前に、四皇とその幹部たちは威厳の欠片もなく動揺を見せるのだった。
ベルナートとヤマト
喧嘩に発展したためウタワールドに引き込まれて両成敗された。