ライブを行うためには何が必要か。
最低限の要素は「アーティスト」「会場」この2つだ。「客」がどれだけ入るかはそのアーティスト次第。そして、残酷な現実を言えば無人ライブも起こり得る。その点からして、最低限の要素は2つだけになる。
だがウタはそこには当てはまらない。ウタにはすでにファンがいる。集客は確実だ。
「問題は城への客の運搬方法なんだが……」
「そこが問題になるのはどうなんだ!?」
「リフトの数自体は増えているんだが、何往復もしないといけないからね」
「そこは時間かけても良いとして、ライブ会場はどうするんですか?」
「ゴードン氏の指揮の下、朝から会場作りを始めている。私としては、別のことに気がかりがあるのだが」
「ウタですか? 問題ないでしょう。起きた時からライブのことに集中してますよ」
「それは何よりだが……、そうだな。君にも先に話しておこう。ゴードン氏には昨日話したことだ」
「?」
ウタは借りている部屋からまだ出てこず、セットリストについて考えている。朝食はベルナートが部屋まで運び、食べ終わるところまで見届けたので問題はない。
ウタがまだ出てこないのならと、ドルトンはこの国の
「彼女が海賊嫌いであることは私も耳にしたところだ。この国の国旗は城に掲げられているのだが、それが実は髑髏マークでね」
「はい? どこかの海賊の縄張り……ってわけじゃないですよね?」
「それは誓って違う。……過去に偉大な医者がいたんだ。その医者が信念の象徴として掲げていたのが髑髏でね。彼への敬意を表し、それを使っている」
「変わった医者がいたんですね。あ、失礼」
「ははっ、いやその通りさ。彼はヤブ医者だったからね」
「??? ますます謎が深まるんですが」
「その話はいずれ話そう」
「まぁ、言いたいことはわかりましたよ。ウタへのフォローとか、可能ならその国旗が見えないようにしろってことですよね? ライブ期間中は外すとかできないんですか?」
「場所にいろいろと問題があってね。危険な高さにあるんだ。普段その城には1人の医者しか住んでいないから、そのままにしているんだよ。魔女と呼ばれている医者だ」
「また疑問増えちゃったよ。いいや、ウタとそこに行ってからでなんとかなるでしょ」
「意外とそこはテキトウなのか」
「人に事情があるように国にも事情はある。一旦受け止めてから考えるようにしてるんです。それよりドルトン王、ゴードンさんとライブ代の話しました?」
「王はよしてくれ。そういう立場にはなったものの、まだ慣れていなくてね」
「わかりました」
「それでライブ代だが、チケットがない以上こちらから纏まった金額を支払おうと思っている。映像の発信もあるのなら、その形の前例を作っておくべきだろうと」
「助かります」
入場料という形にすると、映像を見ている人との差が出てしまう。もちろん生か映像かの違いだと言えるのだが、有料と無料の差は大きい。
それならば、国から纏まった金額を渡すのはどうだろうとドルトン側からゴードンに提案した。これから先も「国から」という形を取れるかはさておき、「ライブ代の支払い」の前例が作れるのは大きい。これならば、町や村単位でも可能である。
「ベルナートお金取るの?」
ちょうど話が聞こえていたのか、2人の会話にウタも混ざった。外に出るつもりだったらしく、コートもすでに着ている。
「そりゃ取るだろウタ。無償ライブは話が良すぎる」
「私商業目的でツアーをするわけじゃないんだよ。ファンのみんなに会う! これが目的なの!」
「それは知ってる。でもなウタ。……うちには金がない!」
「……へ?」
「お前の歌を金集めに利用する形なのは悪いと思ってる。だがオレの金は漂流の一件でほとんど消えた! 賞金稼ぎをやってたこともあるが、ウタとゴードンさんを危ない目に合わせるわけにもいかないから、それもできない! オレたちの生活のためにもこれは必要なことなんだ!」
「……ちなみにあとどれくらい?」
「距離にもよるが、次の島までの食料買ったら終わり」
「思ってたよりないね……」
「そんなわけで、ライブ代は必要だ。これから先のためにもな」
「そもそも物事には必ず対価が支払われる。国民も文句など出ないさ。それどころか、価格設定が低過ぎると戸惑う者もいるくらいだ」
「いくらに設定したの?」
「ひとり頭1000ベリー。倍以上払うと言ったのだが、ゴードン氏曰く『その額だとウタが納得しない』とのことでね」
「ははは、さすがゴードンさんだ」
「まったくだよ。この話を私が聞くことも含めてその値段設定なんだろうから。……でもこの国は新しくできたばかりなんでしょ?」
「前王がいなくなり、名前を改めて再出発しただけさ。その気持ちだけありがたく受け取っておくよ」
もう決まっていることであり、ウタも半分ほどは納得している部分がある。何と言おうと覆らないことはウタにも理解できて、気持ちを切り替えるためにも当初の予定通り外に出た。
セットリストは決めた。サインも考えた。
あとは気持ちを120%ライブに向けるだけ。
「ドルトンさんとの話はいいの?」
「今話さないといけないことは話終わってる。数日は滞在するしな」
「そっか」
「ウタ」
「うん?」
「時間はまだまだあるけど、城の方に行かないか?」
ドラムロッキーの頂へと登るリフトは、残念ながら貸し切りにはできない。登る分はともかく、そのリフトを戻すための漕ぎ手が必要になるからだ。
それでも貸し切りに近い状態にするため、人数は最低限にしてもらい、ベルナートとウタは城へと向かっていく。
「すごい! どんどん上がってく!」
(紐の上を走った方が早そうだな)
「ほらベルナート! 一望できるよ!」
「見えてるって。いい景色だな」
「今日は晴れてるからかな! 雪が反射してきらきらしてる!」
ウタがはしゃいで身を乗り出しそうになれば、ベルナートが引っ張って戻させる。子ども扱いするなとウタは文句を言うも、到着まで結局繰り返された。
「おじさんありがとう!」
「どういたしまして。ライブ楽しみにしてるよ」
「うん! ぜっったい楽しめるライブにするね!」
別れを告げて階段を駆け上がれば、そこはこのドラム島で最も高い山の頂上。そこにそびえ立つ城は雪を纏い、幻想的な美しさを放つ。
しばらくそれに見惚れているウタの手を、ベルナートが引いて入り口の方へ。段々と上がっていたウタの視線も、それで正面へと戻された。
「どこに行くの?」
「会場の下見は必要だろ?」
それもそうかと歩いていると、入り口の大扉の近くに門番が立っていた。正確には門番のように立っている巨大な動物か。
「うさぎかな?」
「うさぎっぽいな。あとこのうさぎ強いぞ」
「こんなかわいいのに?」
「かわ……え?」
「かわいいでしょ! どこからどう見ても! 触ってもいいのかなー、もふもふしてそう!」
顔に傷を負っている巨大なうさぎは、どう見ても獰猛そうなのだが、ウタの感性ではかわいいらしい。
そのうさぎに駆け寄ったウタは、目を輝かせて一心不乱に見つめる。いきなり抱きついたりしないのは、危なそうだからとかではなく、それは失礼だと思ったからだ。
「ねぇ触ってもいい?」
「……」
真っ直ぐに純粋な瞳でうさぎを見つめ、やがてそのうさぎは手の爪を背に隠した。「襲わない」という表明だ。その様子にベルナートもほっとして、いつでも抜けるようにしていた刀から手を離す。
「うわ~~すごーい!! 柔らかくてあったかーい! ずっとぎゅーってできちゃう!」
「そりゃなによりだ」
「連れて帰ってもいいかな」
「駄目だ」
「ちゃんと世話するから!」
「そういう問題じゃねぇ! そいつ用の部屋もないし、うちの船には大き過ぎる。本来餌もないようなこの場所にいるのも理由があるんだろ。連れ出せないって」
「はぁぁ、ざーんねん」
「ヒッヒッヒッ。ラパーンをペットにしたがるとは変わった小娘だね」
「ラパーンって言うんだ。お婆さんは誰?」
「なんだい若さの秘訣かい?」
「聞いてねぇよ!?」
「ううん違う。それよりその格好で寒くないの?」
城の内側から出てきたのは、グラスをかけた年寄りだった。年寄りと言えど、よぼよぼではない。シワこそあれどその言動は若者に劣ることなく、衰えを知らないのではと思わされるほどだ。
それでも、この冬島でラフな格好をしているのは理解に苦しむが。まるで「ここは春島だが?」みたいな服装である。
「寒くなんてないさね。自分の生まれ育った環境だよ。むしろ若いもんが情けないね」
「うわっ、すっげー年寄り臭いこと言ってら」
「喧しい小僧だね。あたしゃまだ艶々の140歳だよ!」
「140!? 全然そう見えない!」
「ふん、小娘の方はまだ話がわかるみたいだね。そっちがウタだね。ここでライブするんだって?」
「あ、うん。お名前は?」
「あたしのことはDr.くれはと呼びな。ここを住処にしてる医者だよ」
ライブ会場の下見をするつもりだったのだが、会場を貸してくれる人間と出会ったのならそっちが優先される。お礼を言わないわけにはいかない。
それもあってウタとベルナートは、Dr.くれはの後ろをついていき、暖炉のある一室へと移動した。
本棚に置かれているのは医学書ばかり。部屋にあるものは生活感があるものが少々と、それ以外はどれも治療に必要なもののようだ。毛の先まで医者ということか。
「人の部屋をじろじろ見るんじゃないよ。失礼な奴らだね」
「すみません。あ、コーヒーもらっていいですか?」
「そこにあるやつを勝手に使いな。あたしゃ医者であって給仕じゃないんだ」
「ではお言葉に甘えて。ミルクと砂糖あります?」
「砂糖はその瓶の中。ミルクなら窓のそば」
「天然の冷蔵庫ってわけですか」
コップも拝借し、ベルナートは2人分のコーヒーを淹れた。1つは自分用で、もう1つはウタ用だ。そちらにはミルクと砂糖が淹れられている。
「この城にはいつから住んでるんですか?」
「バカな前王が逃げていった時からさ。ドルトンは城より住み慣れた村が良いらしいんだがね。国王らしく住めばいいものを」
「そういうところが、国民に好かれる所以では?」
「あたしには理解しがたいね。ふん、その手配書が気になるのかい? ウタ」
この部屋は一見、必要なものだけが置かれているように見える。しかしその中に1つだけ異質なものがあった。
それこそがウタが今席から見ている手配書。飾るかのように壁に貼られている1枚のそれだ。
「ツッコミどころ満載な手配書ですね……」
「ヒッヒッヒッ! 額なんてどうでもいいさね。謳歌してる顔が見られりゃあね」
「Dr.くれははこの海賊を知ってるの?」
「知ってるも何も、そいつにはあたしの医術を叩き込んだ弟子。麦わらの小僧に付いて行ったばか息子だよ」
「麦わら……」
「息子……思いっきりペット扱いされてますけど……」
「そこは海軍の勝手だろうね。そのばか息子、チョッパーはヒトヒトの実を食べたトナカイだ」
「それでペットか。懸賞金50ベリー……これ懸賞金付ける意味あるのか?」
「ヒッヒッヒッ! 海賊も海賊だけどね、海軍の考えることも分からないね」
「なんで、海賊になることを止めなかったの?」
「ん? ……臆病な息子が固く決意したんだ。それをいったい誰が止められるって言うんだい? 送り出してやるのが親の務めさね」
「でも!」
「それに。チョッパーはあのヤブ医者の心を継いでる。優しい子だ、海賊になろうと医者は医者。そこに患者がいて見捨てるような医者を、ヤブ医者もあたしも育てた覚えないね」
「Dr.くれは、よかったら聞かせてくれませんか? そのヤブ医者の話を」
誰にだって事情はある。理由がある。
午後にライブを控えているが、この状態で行うよりも一度この国の話をしっかり聞いたほうがいい。そう判断したベルナートは、この国の礎となった偉大なるヤブ医者の話をDr.くれはに頼んだ。
「……仕方ないね」
酒瓶をぐびっと仰いだその医者は、思い出すように語りだした。
この国を病気だと言い、その病を救おうと奮闘したヤブ医者の話を。
◇
──Dr.くれはに頼みがあります
──破格の値段でライブを行う彼女たちを、ただ送り出すのは忍びない
──そこでその出航に合わせて
「まったく人使いの荒い我侭国王になったねドルトン。記念祭で使えるように作れと頼んでおきながら、1人のアーティストのために使うとは」
再量産は進めている。定期的に作るのも手間だからと一挙量産体制にも入っていた。使用自体は可能だ。
だがそれを使うかどうかは別である。城の武器庫にある砲台も、便宜上はDr.くれは所有のもの。判断は彼女の手に委ねられている。何よりも、城の一部を提供しているだけでも既に大きく譲歩しているのだ。
これより上は、ただのお願いでは通らない。
会場となっているホールのその上層。観客やステージを見下ろせる位置でDr.くれははウタのライブを見届ける。
「聴かせてみな。ゴードンが賞賛したその天使の歌声ってやつを」