たった1つの笑顔   作:粗茶Returnees

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騒乱の魚人島⑤

 

 バンダー・デッケンの呪いを防ぐ方法はいくつかある。ベルナートがやったように"投擲されたものを破壊する"か、ルフィやヤマトがやったように"勢いを殺す"か。これ以外にも能力者を気絶させる、あるいは殺害するといった手段もあれば、上書きさせるという手段もある。

 デッケンが右手で1人目を触ったとして、その後に右手で2人目に触った場合、1人目はマトマトで狙われる心配がなくなる。

 

「バホホホホ。人間が海の中に出てくるとはな」

 

「能力者のお前も同じ条件だろデッケン。ノアはシャボンのおかげで空気もある」

 

「おれとしらほしの仲を引き裂こうってんならァ。お前から消えてもらおうかァ!」

 

 靴に仕込まれていたナイフが突き出される。その足を掴んだベルナートは、何周か振り回してから船室がある方へとデッケンを投げ飛ばす。

 ベルナートとしらほしが即座に決めた作戦はシンプルだ。このノアはしらほし目掛けて()()()()()もの。しらほしがいる方向へと進むのだから、まずはしらほしが魚人島から離れることで、ノアの衝突という最悪の事態を避ける。それを達成した後に、()()()()()()()()()()()()()()()()()ことで上書きさせる。

 これを達成するために、ベルナートはまだデッケンを倒すわけにもいかなかった。しらほしをデッケンの魔の手から守り、時間を作る。それが最優先事項となる。

 

「お前は距離がある方が厄介だ。どこからともなくターゲットを狙えるからな。だが逆にこうして顔を見合わせられる距離ならその脅威も薄れる」

 

 なにせデッケンの近接戦闘は素人も同然。下手すれば新魚人海賊団のただの戦闘員にすら負けかねない。

 

「言ってくれるじゃねェか。なら、こいつはどうだ」

 

 ノアを飛ばしてはいるが、他にも武器は用意してある。デッケンは右手で何本もの矢を鷲掴みにし、それを宙に軽く放り投げる。

 

「狙いが甘過ぎるぞ」

 

「バホっ!?」

 

 ノアを誘導するしらほしへと放たれた矢は、ベルナートの頭上を通った順に例外なく斬り落とされた。続けて飛ばしてみても同じこと。1対1のこの状況で、目の前で放たれる単純な攻撃などベルナートには通じなかった。

 

「お前にはこのまま、ノアが魚人島を離れるまで付き合ってもらおうか」

 

「ぐぬぬぬぬ……! 貴様ァァ!」

 

 ノアの上にいるのはベルナートとデッケンだけだったが、ノア周辺となるともう少し人数が増える。

 ノアを誘導しているしらほしと、その援護に回ったリュウボシにマンボシ。シャボンの外へと出てきたホーディとそれを追いかけたルフィ。そのルフィにフカボシが助太刀している。

 ベルナートが懸念していた通り、戦いはシャボンの外にまで広がった。控えていた王子たちはすぐに駆けつけ、ネプチューン軍は広場への参戦を始めている。

 

「そのグローブはもういらないだろ」

 

 しらほしへの投擲を諦めたデッケンが、右手にグローブをつけなおそうとすると、ベルナートが遠距離からそれを切断。

 これによりデッケンは、ある意味右手を封じられることになった。能力のメモリーは上書きされる。素手で誰かを触るわけにもいかず、10年もストーカーをしているデッケンは潔くそのメモリーを捨てることもできない。

 

「バホ。やってくれる……。つくづくおれの邪魔をしたいらしいな!」

 

「自分勝手に相手を苦しめる。オレの嫌いなタイプだからな」

 

「こっちだって願い下げだ! 人の恋路に横槍を入れるんじゃねェ!」

 

「一方通行だろ」

 

「おれがしらほしを殺せば、しらほしが最後に目にするのはおれだ。そしてしらほしもまたおれの中で永遠に生き続ける! のはずだ」

 

「お前がオレに勝てればの話だがな」

 

「随分とイキがってるな。人間」

 

「なんだ。麦わらから逃げてきたのか? ホーディ・ジョーンズ」

 

 ノアの上へと乱入してきたのは、ルフィと対峙していたはずのホーディだ。ルフィは今フカボシと共にノアから離れているようで、その間にホーディがこちらに来たのだろう。

 

「あんな男などあとでも消せる。海の中で何もできないような人間が、おれ達より上等なわけがねェ」

 

「……人間を識ってから物を言え」

 

 デッケンへと寄ろうとするホーディの前に斬撃を飛ばす。未来視で最悪の展開が見えた。それをさせるわけにはいかない。

 

「よく知っているさ。人間がクズで下等だってことはな!」

 

 ノアにあるシャボンを裂こうと方針転換するホーディに、先程の牽制よりも威力を込めて斬撃を放つ。だがホーディは、斬られようともそれで怯まずにそのままシャボンを引き裂く。

 それによりノアにあったシャボンは破壊され、空気が上へ離れていく。

 

「どういうつもりだ兄弟!」

 

「敵の不得意な戦場を用意しただけだ。能力者だろうと溺れて死ぬわけじゃないだろ、デッケン」

 

 悪魔の実の能力者は、カナヅチになって泳げなくなるだけ。魚人の特性が消えることはない。救援されなければ海中でただ呼吸するだけの存在に成り下がるが、ホーディとしてはそっちの方が都合がいい。

 ノアの上を海中に変えられたことでデッケンは身動きが封じられた。動かない大木と成り果てたデッケンにホーディは近づき、三叉に分かれている槍を構える。

 

「バホッ!? なんの冗談だ!」

 

「冗談じゃねぇさ。ノアでおれごと魚人島を潰そうとしたのはお前だぞデッケン」

 

「おれが狙ったのはしらほしだ!」

 

「おれが魚人島にいるのを知っていた上でな! だが、この案は悪くねェ。本島が消えようと魚人街がある。なァデッケン。お前が死ねばこの船は落ちるよな?」

 

「させるか」

 

「っ!?」

 

 海を蹴って移動したベルナートが、そのままホーディを蹴り飛ばして距離を作らせる。剣で斬ってはまた耐えながらデッケンを刺していたからだ。

 

(空気を用意しないと)

 

 シャボンを作り出してその中に入り込む。上がっていた息を整えながら、デッケンを確保するために動く。

 しらほしがノアを誘導してくれてはいるが、まだ魚人島の上から離れ切ってはいない。最低でも今の位置からもうさらに半分は動かしたい。

 

「麦わらとフカボシが戻ってくるな」

 

 今のホーディの遊泳速度は世界最速とされる人魚族をも凌ぐ。フカボシがルフィを連れてくる前に、もう一度だけ対峙する必要があった。ホーディの狙いもまたデッケンだ。ノアで島ごと潰してしまえば、島に残っている麦わらの一味も一気に倒せる。

 一発逆転のチャンス。その鍵がデッケン。

 

「……ふぅー。よし!」

 

「ジャハハハ! 自分から空気を捨てやがった!」

 

(シャボンだと遅いからな)

 

 大きく息を吸っておいて再度海中へ。

 ホーディとの距離が縮まるとすぐさま槍が突き出される。覇気も纏われていないただの槍だ。精巧な作りでもない。難なく見切ったベルナートはそれごとホーディを両断する。

 

「……ッ、チィッ! 生意気に足掻きやがッ!」

 

(桜嵐!)

 

 斬った後に続けざまに技を叩き込む。螺旋を描く斬撃がホーディを襲い、そのままノアから引き剥がされた。

 ベルナートはシャボンを掴むとそれを引き下げたままデッケンの前へ移動し、シャボンの中に戻ってからデッケンを担ぎ上げる。ホーディをルフィたちに任せればいいのだが、距離を取らせておいても損はない。

 海中で動けないデッケンは大人しくベルナートに担ぎ上げられるしかない、のだが……シャボンというものは押し込まれ続けると、対象を中や外に移す性質がある。デッケンの体も重力に従ってシャボンを圧迫し、やがて中に入った。

 

「バホホホ。間一髪で助かったぜェ……のはずだ。お前には一応感謝してやる」

 

「いらねぇよ。あと中に入ってくるな。追い出して足引っ張ってやる」

 

「うぉぉぉ!? 外に追い出されたらまた何もできなくなるじゃねェかバキャ野郎!! 追い出そうとするんじゃねェ! ……あ……しぃぃまったァァァ!! おれのしらほしへの愛がぁぁ!!」

 

「は? ……何してくれてんだこのバカ! それは今じゃねぇよ!」

 

「お前のせいだからなァ!」

 

「この状況の元凶がお前だろうが! 擦り付けてんじゃねぇストーカー野郎!」

 

「おいベル男! 船が落ち始めてるぞ!」

 

「わかってる! それはオレがなんとかする!」

 

 メモリーの更新が行われたことで、ノアは動力を失った。あるいはベルナートへと目標が移ったのかもしれないが、ベルナートの居場所自体がノアだ。目標達成となったのかもしれない。

 だが今は真相を探っている暇はない。このままでは魚人島が崩壊する。そこにいるウタやヤマトも失いかねない。

 ベルナートはデッケンを連れてシャボンから飛び出した。なかなか空気のある環境で落ち着けないものである。

 海中に入ってしまえばデッケンは抵抗も何もできない。ベルナートはデッケンの右手首を掴んで落下していくノアを追いかける。触る場所はどこでもいい。この巨大さだ。

 ノアに追いつくとデッケンの右手をノアに押し付け、それを()()()()()

 こうすることでノアが再度動力を得て、今度はベルナートを追いかけるようになる。

 

(ノアが近すぎる。斜め上に行くか)

  

 ノアに触れて"当たった"と判定されては話しにならない。魚人島から離れつつ、ノアを傷つけさせないためにはその方向しかない。

 落下していたノアと違って、ベルナートが使っていたシャボンは上昇している。泡のように上がっていることから、シャボンが傷ついてしまったのだろう。思い当たる節はデッケンのみ。

 とことん余計なことしかしない男だが、その能力がこの上なく面倒でしかない。デッケンを気絶させてもノアは落下するだろう。手を出すわけにもいかず、ベルナートはデッケンの足を掴んで可能な限り素早く海を蹴る。

 

(息は持たないな。魚人島から離れさせたとしても、ノアを海底に突っ込ませると壊れかねない)

 

 もはや賭けに出るしかない。息の問題がなければ、ノアを海底にうまく誘導し、わざとぶつかることで被害の少ない不時着を狙えた。

 だがベルナートは人間。それを狙う余裕はない。

 

「ベルナート!」

 

「ノアの狙いがしらほしから逸れたミファソ~。君へと上書きされているな? 一度空気のあるところへ!」

 

 外で控えてはいたが、シャボンは用意できていなかった。極力魚人島へとノアを近づけないようにしながらベルナートに空気を与えるには、国境を目指すしかない。

 それをベルナートは首を横に振って拒否した。たんにそこまでの時間がない。魚人顔負けの速度で海中を移動できるのも、しっかりと空気を吸ってこそ。その後の行動次第で活動限界の差が出てくるわけだが、ベルナートの限界は近かった。

 

「オレとこいつを連れて魚人島から離れるのを続行してくれ」

 

「何を言ってるんだ……! そんなことをしたら君は!」

 

「そもそも喋るな! ……くそ……!」

 

 デッケンをリュウボシに任せて、ベルナートは静かに目を閉じた。体から力が抜けてふわりと羽毛のように浮いた。

 

「ベルナート……様……?」

 

 その姿を、しらほしは大きな瞳で見つめるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──あらベルナート。女の子を悲しませたら駄目じゃない

 

 

 

 外で起きた経緯を聞かされたウタは、広場で横になっているベルナートの手をただ握り締めていた。少し離れた位置では、ジンベエからルフィへの輸血が行われている。リュウグウ王国の法では禁じられていることだが、海賊であるジンベエはその立場を利用して快諾したのだ。

 

「チョッパー。ベルナートは?」

 

「できる限りのことはしてるんだけど、長く海にい過ぎだ。身体が冷えきってるし、生身で深海1万mの水圧に耐えれてただけでも常識破りだよ」

 

「そこはベルナートだし。体に空気が足りてないなら僕が吹き込むよ」

 

「おとことくちづけはごめんだ」

 

「そんな事言ってる場合じゃ……って、え……? えええぇぇぇ!? なんで起きれてるんだ!?」

 

「ベルナート!」

 

 ひょっこり上体を起こしたベルナートにウタが飛び込む。それを受け止めつつ、ベルナートは何度も咳き込んでから深呼吸を繰り返して落ち着く。

 これにはヤマトも呆れたが、すぐに嬉しそうに笑って背後から飛びついた。ウタを心配させた罰として、そのまま首に腕も回しているが戯れ程度だろう。

 

「ふぅ、案外仮死状態って自力でどうこうできるもんだな。ごめんなウタ。心配かけた」

 

「できねぇよ普通! どうなってんだお前!」

 

「ベルナート様ご無事でよかったです……! (わたくし)、本当に……ほんとうに……!」

 

「目を覚したのかベルナート! 気になることも諸々あるだろうが、君を想うものに涙を流させた罰は受けてもらうぞ」

 

 友人たるフカボシも広場に現れ、腕を組んで言い放つ。

 ベルナートは大人しくそれを受け入れることにした。楽しそうに絡んでくるヤマトはともかく、鼻をすすっているウタを見ると言い返す言葉もない。

 戦いは何一つ問題なかったが、生物上の限界はある。海には勝てない。

 

「麦わらの一味もだ」

 

「え!? おれたちもか!?」

 

「罰って……あ、おれら不法入国してたな」

 

「ふふっ、そう身構えないでほしい。すでに父上たちも了承済みだ」

 

「?」

 

「ベルナートたちも、そして麦わらの一味も纏めて! 竜宮城へと招待させてもらう! 我々の感謝の気持ちを受け取ってくれ!」

 

「よっしゃあああ! 宴だぁぁぁ!!」

 

「輸血中なんだから安静にしてろよバカ野郎!」

 

「ごめんなさい……」

 

「……フカボシ」

 

「……ふふ、前回のように逃れられると思わないことだ。今度こそ直接礼をさせてもらうからな」

 

 礼を受けてもらう。それがベルナートへの罰だった。

 

 

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