研究所へ向かうルフィたちを見送り、その場に残るのはチョッパーとナミとウソップとウタの4人。
ウタは持ち前の歌唱力を存分に披露しており、子どもたちから莫大な人気を集めていた。拘束されている茶ひげも、聴こえてくるその歌声に耳を傾けている。
「魚人島でも思ったけど、ウタの歌声綺麗よね~」
「世界の歌姫って肩書に相応しいよな」
「おれ来月のお小遣いで医学書とウタの
「それいいなチョッパー。どの歌のを買うか教えてくれよ。おれが別のやつ買うから」
「本当かウソップ! おれが今悩んでるのは~」
「ふふふっ、ルフィも幼馴染の人気がこれだと鼻が高いわね。そういうタイプじゃないでしょうけど」
だがナミは知っている。魚人島でウタのステージを見ていたルフィが、心底嬉しそうにしていたことを。
12年ぶりの再会というのも大きいのだろうが、それだけではなさそうだった。ウタが歌手活動していることへの喜び。さらにはルフィに語った夢へと進んでいるその姿。そういったものも含めて、ルフィは嬉しかったのだろう。
音楽が好きで、じっと大人しくすることが苦手なルフィが、あの時ばかりは静かにステージを見ていた。
ウタの歌が好きであること。そしてルフィにとってそれだけ大きな存在であることの証だった。意外に思えたその姿に、ナミは強い印象を受けたものだ。
「ウタもルフィに影響を与えてたのかもね」
「そうなのか?」
「
「そういや、船医より先に音楽家欲しがってたとか言ってたな。ブルックが仲間になった時のはしゃぎようも納得だ」
「そうだったのか~」
(聞こえてるんだけどなー。……ルフィが音楽家を欲しがってたって……。私が関係してるなら、嬉しいけど恥ずかしくもあるね)
ナミたちの話が聞こえていたウタは、胸の内がむずむずと痒くなりながらも、子どもたちには気づかれないように笑顔で接し続けている。心底音楽を愛して楽しんでいるウタなのだが、営業スマイルも身についている。
そうやって過ごしているウタたちの耳に爆発音が届き、大きな振動が伝わってくる。子どもたちが悲鳴を上げ、落ち着くようにチョッパーが声をかける。
「ヒャホッ! 助けが来たな! ここは雪山、あの2人に違いない!」
「あの2人って?」
「謎に包まれてる殺し屋イエティCOOLブラザーズ。巨大な獣人であり声は低く、名はスコッチとロック。雪国出身の25歳」
「いろいろわかってるじゃない!」
「砲撃ってことはまだ距離はあるよな。おれが外の様子を見てくる! チョッパー、ナミ、ここは任せた!」
「お、おう!」
偵察のためにウソップが外に飛び出し、屋根の上へと移動する。吹雪の中では視界が悪いが、巨体であると言うなら目立つはず。ゴーグルも使いながらウソップは周辺を見渡した。
「ウソップさん大丈夫かな……」
「あの音なら少なくともルフィたちも気づいてくれるはず。それまで時間を稼げればいいし、ウソップなら大丈夫よ」
「おれたちもせめて自分の体だったらな……」
「おねーちゃんこわいよ……」
「そうよねモチャ。私も怖い!」
「「えええぇぇぇ!!」」
「ふふっ、でも今はみんな一緒でしょ? 私たちは1人じゃない」
「みんな近くのお友だちと手を繋いでみて」
ウタの言葉に従って子どもたちは手を繋ぎ始める。それはやがて1つの輪となり、前を見ても横を見ても友だちの顔が見えるようになる。
怖さはある。だが手を繋いでいることで孤独感は消え、恐怖心が和らぐ。自然と緊張も緩み、笑顔が浮かび始めた。
「やるじゃないウタ。……っ!」
「……あはは、実は私も怖いんだけどね」
「なら、私たちも手を繋ぎましょう。チョッパーも」
ウタの右手をナミが、左手をチョッパーが握る。小さな震えがそれで止まった。
一度は止んだ爆撃音が、再度響き始める。先ほどとは違い、今度のは戦闘音だ。ウソップが外で奮闘しているのだろう。だがウソップは1人で、対するはスコッチとロックの2人組。人数不利だ。
「無駄な抵抗だぞ。あの2人は依頼を必ず成功させるプロだ。お前らはもう殺しのリストに入ってんだ!」
「お前もそのリストに入っている」
「なんて大きさ……!」
「え!? シンドあれ見て!」
「あ! あれは……! 伝説の雪男!?」
「すごーい!! 本物だー!!」
「ねぇねぇ雪男って何食べるのー?」
「どうやって生活してるのー?」
「仕事中だから後にしなさい子どもたち」
「面倒みいいんかい!!」
大男たちの銃ともなると、それはもはや大砲と変わらない。その銃口を茶ひげに向けているスコッチは、子どもたちを離れさせると狙いを定め直した。と言っても至近距離。外すほうが難しい。
「き、聞き間違いか? 助けに来たんじゃないのか?」
「お前はもう用済みだそうだ」
そう言ってスコッチはシーザーとのやり取りを再生させる。ウタたちは知る由もないが、茶ひげと子どもたちはその声を知っている。間違いなく
そして、その音声は疑う余地もないほどに、はっきりと茶ひげも始末しろと指示を出していた。
「うそだ……! マスターぁぁぁぁ!!」
敬愛していた存在からの裏切り。絶望に突き落とされた茶ひげは、拘束されているせいで抵抗することすらできない。とめどなく溢れ出す涙を見ようと、殺しのプロは一切の情をかけない。
そう
「えっ!?」
「大男が勝手に倒れたぞ!? なんでだ!?」
「ナミさん、チョッパーちゃん。茶ひげさんの鎖を外してあげるから手伝って」
「ウタ?」
「ベルナートがここには闇があるって言ってた。子どもたちと今のを見たら私でもわかる。
「でもそいつだって海賊なんだぞ!? ウタは海賊が嫌いなんじゃ……!?」
「私が嫌いなのは、略奪や強奪をする人たち。虐げる人たちだよ。茶ひげさんもそうしてたのかもしれない。だけど、この人の中にある優しさは本物だよ。私はそれを信じたい」
心が寸分の狂いもなく悪に染まっているのなら、優しさを持ち合わせていないのなら。今の大泣きはできない。人を信じられるのは、優しさを持つ証だ。
ウタのその言葉に茶ひげがさらに大泣きし、拘束が解かれたあともしばらく泣いていた。
茶ひげを縛っていた鎖は、今度はスコッチを捕らえるために使われている。
「スコッチさんには眠ってもらってるけど、これは私の能力でウタワールドに精神を移させただけ。その世界の維持に体力を使うし、私が寝るとその世界が解けるから、その後のことはお願いね」
「そういやそういう能力だったな。でもそれならなんでおれたちは無事なんだ? 歌を聴いた人が対象のはずだろ?」
「スコッチさんにだけ狙いを定めたからね。ベルナートとヤマトに能力の制御訓練に付き合ってもらって、できるようになったの」
「ウタはすげぇな~!」
「ありがとう。……本当はこういう使い方、したくないんだけどね。でもそれ以上に許せないって気持ちもあったから」
共に信望を集めているという点だけは、ウタとシーザーは同じだ。意図してそう振る舞ってきたのか否か。その違いこそあれど、築かれた形はそう変わらない。周りが勝手にそうしているだけ。
しかしそれ以外は全く違う。茶ひげたちがなぜシーザーを慕っていたのか。それを聞いたあとでこの仕打ちは、ウタの逆鱗に触れていた。
◇
「……? 茶ひげはどこに消えた? 大勢いた子どもたちも」
「ここにはいないよ。いるのはスコッチさんと私だけ」
「歌姫ウタ。お前には手を出すなと指示されている。邪魔をしないでもらえるか」
「それは難しいかな。茶ひげさんがあんな仕打ちされて、黙って見過ごすことはできないよ」
「あの男もお前の敵のはずだが?」
「敵じゃないよ。一緒に歌を楽しんだ仲で、私のファン。酷いことをするって言うなら、私がファンを守る」
真っ直ぐ力強い眼差しでスコッチを見上げてそう宣言した。
仕事内容からして、現場での独断ではウタへの対応を変えられない。スコッチはどうするべきかと腕を組んで考え始める。
ここには他の誰もいないと言われた。間違いなく研究所の跡地なのに、たしかに他に人がいない。ウソップと戦闘中のロックの砲撃音すら聞こえてこない。
わりとお手上げだ。
「スコッチさんは音楽好き?」
「COOLなものならな」
「COOLか~。うん、じゃあそういう系統の曲を歌ってあげる」
「は?」
「スコッチさんは依頼を受けてるだけだから、スコッチさんに怒りをぶつけるのは筋違いでしょ? だから歌を聴かせてあげる」
「何も繋がっていなかったが……」
「殺し屋とか辞めてほしいけど、そこまでは私が強制させることでもないし」
「言うことを聞く義理もないからな」
「そうだね。だから、ここでどう時間を使うか考えてみて、歌しかないなって」
「許可が下りていれば、その必要もなかったわけだが」
「この世界じゃ私には勝てないよ。なんだったら、試してみる?」
体格差もある。得物を使わなくてもいい、なんならその方が寸止めもできて、依頼内容の違反にはならない。
この世界という発言から、現実とは別なのだろうと推察はできた。いつ解かれるかもわからない世界だ。ちょっとした暇つぶしとして、興じてもいい。
そう判断したスコッチは敢えてウタのその提案に乗り、見事に完敗することになる。
◇□
ウタたちの下に刺客が送られてからさらに後。ベルナートは炎の土地に再度足を踏み入れていた。その土地にいる者たちの気配を頼りにその場所へと趣き、何かが閉じ込められている扉の前までたどり着く。
そこにはケンタウロス部隊の一部がおり、シーザーの指示に従ってまさに扉を開けるとこである。
「何者だお前! 止まれ!」
「……お前ら今すぐにここから逃げた方がいいぞ」
「は? 何を言って」
「ギャアアア!!」
「なんだこの怪物!!」
「おいお前らどうし……た……?」
ベルナートに銃を向けていた男が背後を見ると、そこにはなんとも形容しがたい半液状の怪物が現れていた。
その姿に絶句している男の横を、強風が過ぎ去る。その風は巨体の怪物に直撃し、背から倒れさせる。怪物から溢れ出すガスも風で吹き払い、ベルナートはケンタウロス部隊に走れと言い放つ。
「す、すまねぇ! 誰だか知らねぇが助かった!」
「お前ら、もし防護スーツがあればそれを着とけ。仲間にも絶対に脱ぐなと言え。あれはベガパンクが作ったスーツだ。毒ガスも防ぐ」
「そうなのか!? だがあれはおれ達は持ってねぇんだ! それよりお前なんでそんなこと知ってるんだよ!?」
「いいからさっさと行け。オレを信じるか、シーザーを信じるかはお前たち次第だ」
持ってないのなら自力で逃げるしかない。そのスタートを稼がせるため、最難関たる湖を超えさせるために、ベルナートはケンタウロス部隊1人1人を風で吹き飛ばした。
要領は斬撃飛ばしと同じ。ただし何も斬らないように刃をコントロールして行っている。
全員分が終わると今度は再度怪物へ。こんな存在を相手するのはベルナートも初めてだ。風でガスを後退させつつ、探り探りに打てる手を考える。
「海に叩き落としても海がやられそうだな」
燃やすのもいいのかもしれないが、この土地で燃え続いている炎では火力不足なのだろう。この巨体に通じているようには見えない。
「……あいつらが研究所に逃げ切れるまで稼げればいいか」
終わりが見えないし、ここにずっといる気もない。タイムリミットの設定は不可欠であり、ベルナートはそれを決めると時間稼ぎを再開する。
いっそこの土地の端まで追い込んでやろうか、とも考えて攻撃の手を加速。前進しようとする怪物をむしろ後退させていると、電伝虫が鳴き始めた。
「持ち出した記憶ないんだけどな……」
モネがベルナートのポケットに忍ばせていたのだろう。片手間に怪物の相手をしながら応答すると、電話主はやはりモネだった。
『ベルナート今すぐに研究所へ戻って!』
「やばそうな怪物のことなら、今丁度相手してるとこなんだけど」
『怪物……スライムのこと? 出かけたと思ったらあなた……。いえそれよりも重要なことよ。
「……は?」
『危害が加わらないようにするけれど、あなたは早くもどっゔッ……!』
「モネ……? モネ!!」
電話が切れる。子電伝虫は何事も知らないのだとすやすや眠っている。
──ブチッ
ウタとモネ。2人の身に何か起きたと知ったことで、ベルナートは自分の中で何かが切れる音がハッキリと聞こえた。