ウタウタの実の能力は歌を聴いた者全員がウタワールドへと引き込まれるもの。そしてその世界の終わりは、現実世界の
この点を考慮して設立されるライブ会場とは、ライブ中の観客の肉体の安全確保。そしてライブ後のウタを観客の目に映させない。この二点をクリアできるものになる。
今回のライブ会場、冬島たるサクラ王国でのライブともなれば、観客が凍死しかねない。必要なのは会場内の暖を確保するもの。ライブ後のウタについては、舞台袖を用意することですぐにそこに引き下げる算段だ。ウタウタの実の力を知らない者からすれば、ライブ後にウタが倒れたと勘違いしかねない。
「それを防ぐために誰よりも早く起きて、ウタを運べるように備えていたわけかい。早く起きた方法は?」
「気合い」
「聞いたあたしが馬鹿だったよ」
「まぁでも、オレが舞台袖にいたからウタも察して、眠る前に自力で舞台袖には来てましたけどね。ウタワールドの中でも、舞台袖に引っ込んでましたし。これで観客に怪しまれることもない」
「そもそもその能力は強制発動なのかい?
「そのはずなんですけどね。ウタは向こう側が好きっぽいので。……もしくは能力に慣れてないか」
「何年も付き合ってる能力にそれはないんじゃないのかい?」
「……どちらにせよ、こっちは備えておくだけです」
「そうかい。今回はドルトンが誘導して観客たちを退場させたのも功を奏したね。……期間中は部屋を使わせてやる。その娘もそこに運びな」
「ありがとうございます」
観客たちにバレないようにこっそりとホールから抜け出し、くれはと合流したベルナートは、幸せそうに眠っているウタを背に城の階段を登る。
ウタワールドはウタウタの実の能力によるもの。それの解除条件であるウタの睡眠は、ウタの体力切れとイコールだ。しばらく起きることはない。そんなウタを連れて下山しても騒ぎになりかねない。
「ウタのライブはどうでした?」
部屋に到着し、ウタをベッドで寝かせたベルナートはくれはに問うた。ファンたちの喜びようからして、ライブは成功を収めている。それは分かるのだが、聞ける相手から話も聞いてみたくなるものだ。
くれははドルトンから受け取った新聞に目を落としつつ、ウタのライブを振り返った。
かつて世界一の音楽の島として栄えたエレジア。そこの国王だったゴードンが、絶賛する歌声の持ち主。世界の宝。その歌声が配信以外の形で、ようやく世に放たれた。
ファンの熱気に引っ張られ、ウタをよく知らない者も沸いた。そしてそれを可能にしたのが、他ならぬウタ本人の歌声だ。
「悪くなかったね。歌声が耳に入るだけで自然と意識がそっちに向いちまう。人を引き込み、魅了する力がある。久しぶりに心を踊らされたね」
「そりゃあよかった。それを聞けばウタも喜びます」
「ふん、それはどうだか。一番側にいる男がその調子じゃあ、その娘も満足できないんじゃないかい?」
「……音楽ってのは、どうにもわからなくて」
「ヒッヒッヒッ。
新聞からベルナートへと目線を変える。
眠るウタの側で椅子に座る彼は、困ったように眉をひそめていた。思うところは何かあるようだ。
「
「病気なんですかねこれは」
「あたしから見れば同類だね。それをどうするかはお前さん次第。自分の意志で決めて生きな。まだ決めきれていないのならね」
「……医者の診察って怖いですね」
「ヒッヒッヒッ。あたしは魔女なんて呼ばれてもいるからね」
くれはが新聞へと視線を戻し、ベルナートもくれはの方を見るのをやめた。
140年という人生経験と、数多の患者を正確に診断してきたからだろう。くれはは会って間もないベルナートのことを見抜いた。名前しか情報がないのに、ウタやゴードンよりもベルナートのことを知らないのに。立ち振る舞いだけで核を当てた。
(早いうちに、か)
観客の退場を見送り、ドルトンとの打ち合わせも済ませたゴードンが部屋へと入ってくる。そこから数時間が経った頃、ウタがゆっくりと瞼を開けた。
「んん~っ! 私どれくらい寝てた?」
「ライブ終わりから4時間ってとこ。もっと寝るかと思ってた」
「まだ眠たいから、ご飯とシャワー済ませたらまた寝る。ベルナートはもう食べた?」
「まだ」
「待ってくれてたんだ。先に食べててもよかったのに。私が夜中に目を覚ましてたらどうするつもりだったの?」
「そしたら夜中に食べる。誰かと食べる食事って1人の時より美味いだろ?」
「……! ふふっ、ありがとう」
ベルナートはウタを待たなくても、ゴードンとくれはと一緒に食べることができた。しかしウタはそうもいかない。1人で食べることになる。ベルナートはそれをさせたくなかった。
くれははさっさと先に食べたが、ゴードンはベルナート同様まだ食べていない。ウタが目を覚ましたのを知って、3人分の料理を仕上げにキッチンに立っている。
「ゴードンまで」
「ウタはそっちの椅子に座って待ってろ。ちょっと手伝ってくる」
「私も手伝う。3人でやった方が早いからね」
手伝うと言っても、食器を運んだり食卓の準備をしたり、ゴードンが完成させた料理を運んだり。そういう手伝いばかりだ。悲しいことに、ウタもベルナートもゴードンほど料理ができるわけではない。
3人で食卓を囲み、食事を進めていけば自然と話はライブのことへ。この旅の主目的なのだから必然ではある。
「実際に大勢の人前で歌うのは久しぶりだったから、すっっごく張り切っちゃった」
「できれば能力を使わないでほしいけどな」
「あはは……、楽しくなっちゃって。つい」
「ついかー」
「それに、備えてくれてるんだしさ。気にしなくていいかなって」
「そのつもりだったでしょ?」と挑発的にウタが笑い、ベルナートもにやりと笑った。
能力への備えをしているのも、ウタに思いっきりライブを楽しんでほしいからだ。意識をその一点に集中させたいからだ。
伝えるまでもなく、ウタはそれに気づいて実際にそうした。だからこれといった問題はない。
たんにウタが能力を発動させることなくライブに集中できたら楽だなーとか、そういうぼやきである。
「2人に伝えることがあるんだけど」
「決めたのか?」
「うん。人の多い国で全員がライブに来るまでってのは、たしかに難しいと思う。だから、大きな国なら町を周ろうと思う。それぞれの町で1回ずつ。島がそんなに大きくなくても人の多い国なら、ここみたいに何公演かする」
「だそうですよゴードンさん」
ベルナートはウタの体力を心配できても、ライブにどれだけ体力を使うのかを知らない。演者側のことを理解できない。
ウタがしっかりと考えているのならそれでいい、というのがベルナートのスタンスであり、それはそれとして専門家の意見も聞きたい。ゴードンにすぐに振ったのはそういうことだ。
「私もそれなら異論はない。と言っても、一度決めたウタが意見を変えるとも思えない。場を整えることに注力するとしよう」
「思ってたよりあっさりと決まった……」
「考え無しじゃないならいいってことだよ。そのやり方ならウタが無茶するわけでもないしな」
「……そっか。あ、そうそう。ここでのライブ日程が終わったあとにやりたいことがあるんだよね~」
ウタの言うやりたい事というのは、いわゆる「サイン会」だった。ウタがサインを書くと知ったファンたちは、次々に自分も書いてほしいと声を上げ、その声の多さからウタはサイン会を行うと決めた。
その日はライブ最終日の翌日。場所は船を停泊させてあるビッグホーン。
そこには開始時間の1時間ほど前から長蛇の列が生まれ、その長さにウタも引き笑い。ベルナートは他人事だと割り切ってけらけらと笑っていた。
「やっとおわった~~! もう手が痛いよ」
「お疲れ様ウタ。今日はもう休むといい。明日の夜には出航になる」
最後の1人のサインを書き終え、笑顔で手を振って別れたウタはドルトンの家へと戻った。リビングにある椅子に座り、上体はテーブルに投げ出される。
ライブよりも疲れたと言い張るウタへ、ゴードンは労いも込めて温かな飲み物を渡した。
「なんだかんだで1週間くらいいたけど、あっという間だったなー。ベルナートは?」
「サイン会の間は暇だからと出かけていたよ。村の周辺にはいるはずだ」
「探してみようかな」
「疲れたんじゃなかったのか?」
「手はね。足は元気だし、ずっと座ってたから逆に座るのもしんどいかも」
ゴードンが淹れた飲み物は、飲みやすい熱さにまで下げられていた。それを一気に飲み干すと体も温まり、疲労感も薄れる。ぐっと体を伸ばせば休憩も終わり。忙しなくまた外へと出ていった。
村は大きくないとはいえ、ベルナートなら村の外に出てもおかしくない。そうなると捜索範囲も広くなる。闇雲に探すわけにもいかず、目撃情報がないか村人に声をかけることに。
そう思った矢先にウタはドルトンを見つけた。ドルトンは村人から声をかけられることも多い。国王という立場もあり、一番情報を持っている人間だ。
「ベルナートくんかい? 彼ならそこの道を抜けた先の、坂を登っていったところにいるはずだ。暇だから滑って遊ぶと言っていたからね」
「なんでそんな面白そうなこと抜け駆けするかなー。情報ありがとうドルトンさん!」
「どういたしまして。それより、ここの次をどこにするかは決めたのかい?」
「ううん、まだ。明日決めるんじゃないかな」
「そうか。どこであれライブの成功を祈っているよ」
「うん! 次もやってみせるよ!」
「それと海賊には注意したまえ。彼がいるならもしもはないと思うが……」
「海賊か……。ねぇドルトンさん。もう1つ聞きたいことが今できたんだけど」
「うん?」
ついさっきまで頭の片隅で蓋をしていたものだが、海賊という単語が出た今それが思い起こされた。"麦わら"について。
麦わら帽子自体ならこの世にいくらでも存在する。しかし"麦わら"と"海賊"。この2つが結びつくのなら話は別だ。ウタにとってもそれは大きな意味を持つ。
何か知っていることがあるなら教えてほしいとウタは頼み、ドルトンは回答に困っていた。一般的に知られている"麦わらの海賊"について話すのもよかろう。だがドルトンにとっても、この国にとっても恩がある相手だ。新聞の情報だけで勘違いするならまだしも、自分の口からそういう像を伝えるのは憚られる。
何よりもドルトンを困らせたのは、ウタが海賊嫌いでもあるということ。何をどういう範囲まで話すか悩み、そして1つの回答を見つけた。
「彼らのことを知りたいのなら、それをよく知る人物に心当たりがある。そこを訪ねてみるのはどうだ? 君たちのことを保証する手紙も明日の出航までに書かせてもらうよ」
「なんかはぐらかされた気分」
「そんなことはないさ。君たちのことは信じられる。ならばより正しく知っている人から話を聞いてほしい。それだけのことだよ」
□
翌日の夜。ファンたちに惜しまれながらもサクラ王国を出航。3人は船の後方甲板から、見送りに駆けつけたファンたちと手を振って別れる。
「なんか残念そうにしてるなウタ。やり残したことあったか? 昨日カマクラ入ったし、今日はスノーボードしただろ」
なお指導者はラパーンである。
「それはもちろん楽しかったけど、サクラ見つからなかったなーって」
「サクラは春の植物だ。この冬島で咲くとは考えられない」
「そうは言うけどゴードン。サクラがあるからサクラ王国なんでしょ? どこかにあるはずだったんだよ」
正論を言われたウタは頬を膨らませ、柵の上に積もっている雪をつついた。
子どものようなその反応に呆れていると、重く低い音が続けて鳴り響く。それは島から聞こえるものであり、さらに正確にはドラムロッキーから発せられている。
「なに!?」
「この重低音は大砲の!? まさか何か起きているのか!?」
驚くウタとゴードンの横で、ベルナートは目を細めて島を見つめた。さすがに距離があって砲弾を視認することはできない。しかし、
「襲撃とかではなさそうですね」
「そうなの?」
「見送りに来てくれてる人たちが動揺してない。ならこの音は、想定されてる音だ」
「それってつまり──」
どういうことと聞く前に、ベルナートが前方斜め上を指差した。それに従ってウタもそちらを見て、静かに息を呑む。
「…………きれい」
こぼれ落ちた感想は3人の、見た者全員の抱いた思いだった。
舞い落ちる雪が染められ、ピンクに変色した雪が明かりに照らされて空に浮かび上がる。
空中に広がるピンクの一帯は、間違いなく冬島にて幻想的に咲き誇る奇跡の桜だった。
サクラ王国編は終わりです。3話の予定だったのに少し伸びちゃいました。(これでもいろいろと省いてます)
どんどん行っていろんな原作キャラ出したいです。