コロシアムの決勝は、急遽ながらも少しばかり変更が入った。出場予定だった幹部たちは出てこず、決勝進出を決めた5名と最高幹部のディアマンテ。この6人による試合だ。
リングも少しばかり特殊なものとなり、リング外には凶暴な闘魚たちが水面下で待ち伏せる。その内の1匹に宝箱が鎖で縛り付けられており、その中に優勝賞品であるメラメラの実が入っている。
つまり優勝の仕方は、他の5人に勝った上でそれを奪うこと。実にシンプルなものだ。
『今大会はまさに伝説! 四皇黒ひげ海賊団のジーザス・バージェス! 凶暴な新星バルトロメオ! コロシアム史上一のダークホースルーシー! 憎きリク王の孫娘レベッカ! そして謎のタイガーマスク! それらを迎え撃つはコロシアムの英雄ディアマンテ!』
「ウィーハハハ! おいそこのトラマスク野郎! せっかくの決勝なんだから正体明かしたらどうだ!」
「お前もマスク外してみろ」
「おれはこれ込みで素性バレしてるだろ!? 試合中にそのマスクを剥いでやってもいいけどな!」
「ふん。……ま、たしかに決勝ともなればいいか」
『おーっと! ここでタイガーマスクがその素顔を晒すようだぞ! 果たしてどんな人物が現れるの、か…………え……ええぇぇぇぇ!?』
「はァ!?」
「げっ!」
「なんでこの島に来てやがる……!」
「あばばばば! こ、このお方は……!」
「……誰?」
レベッカのその反応に、レベッカ本人とタイガーマスク以外の全員がすっ転んでいた。
□
決勝戦が始まっている裏では、敗北した出場者たちが治療室へと案内されていた。決勝に進むもの以外は待合室で待機している。だが、次々に案内されていくが、帰ってくる者は誰もいない。それもそのはず、敗北した選手たちをコロシアム内に留める理由がない。出口から出ていく一方通行。
という建前になっているだけで、本当は地下に落とされていくだけ。そこに選手たちを押し込んでおき、トレーボルの能力で回収。1人ずつ連れ去られてシュガーによっておもちゃにされる。実に効率的なやり方だ。
「僕は検査とかされなくても大丈夫だから決勝戦見に行くね!」
「これも規則ですからお守りください」
「コロシアムに残っちゃいけないなら、別の出口から出るよ。気遣いしてくれてありがとう」
「そういう意味ではなくてですね!? あっ! お待ちくださいヤマト選手!」
そんな効率的な方法を、ヤマトは堂々と破って待合室から出ていく。ヤマトを逃さないように捕えようと追跡が始まり、コロシアム内でのかけっこが始まる始末だ。
(ベルナートは地下があるって言ってたし、シュガーって子の能力も気になる。僕もすでに、誰かのことを忘れてるかもしれない)
地下の入り口は不明だが、手を振りあった時にベルナートは一度だけ視線を下げていた。コロシアムの地下が怪しいというメッセージであり、それを受け取ったからには行動に移りたい。
あえて大人しく検査を受けるのも手だが、それはよくないと直感が告げている。追手を巻きながら、なんとか地下への入り口を見つけ出したいところだ。
(決勝を見届けてからでもいいかな?)
隠れながらもレベッカの応援をしたいなと思ったヤマトは、一旦走る速度を上げて追手の視界から外れ、身を隠すことにした。
(急ぐ理由もないよね、たぶん。観客席に紛れ込む手もあるけど、この服装は目立つみたいだし)
潜入みたいでワクワクするなと、どうやらヤマトはこの状況を楽しんでいるようだ。
シュガーの手から逃れられているのだから、ヤマトのその行動力もなかなか馬鹿にできないものがある。好奇心がヤマトを良い方向に導いていた。
コロシアムでちょっとした騒ぎが起きている傍らで、ベルナートは鳥おもちゃから話を聞いていた。
どういうわけかベルナートが知りたがっていた情報を掴んでおり、有益なものをどんどん教えている。それもこれも、ベルナートの身を案じてのことだ。
「SMILEの工場は地下にあって、シュガーとトレーボルもそっちにいるのか。ディアマンテはコロシアム、ピーカとドフラミンゴは王宮か」
「今朝のニュースは誤報だったようね。だから彼は今も七武海のままで、国王のまま。海軍も向こう側についてて、ローと麦わらの同盟を標的にしてる」
「あれの誤報なんてありえないから、なんか交渉があったんだろうな。……そっちは興味ないから良いとして、おかげでわかりやすくなってきた」
革命軍は敵対しない。麦わらの一味とローの同盟は、ベルナートにとって同じ側。敵対するのはドンキホーテファミリーと、この島に来ている海軍。
「最高幹部が2人離れてるならやりやすい。そろそろドフラミンゴを討ちに行くか」
「簡単に言うのね」
「レベッカがコロシアムに出てたしな。この国は今日で終わらせる」
「? 知り合いなの?」
「いや別に?」
「???」
知り合いではないのなら、動機の1つになっていることに違和感がある。その答えはなんだろうと考えてみても、核心的な答えに見当がつかなかった。
今はいいかとそれを捨て置き、ベルナートの手から飛び降りて地面に着地する。ベルナートは鳥おもちゃが一緒に行く流れかと思っていたため、その行動には驚いていた。
「私、ドンキホーテファミリーの前には姿を現すことができないの」
「そういう契約なのか」
「ええ。だから、あなたが行くというのならここでお別れね」
「……ありがとう。なんで協力してくれたのかわからないけど、助かった」
「お礼はいいわ。……気をつけて行きなさい」
「ああ」
話を聞きながらも、可能な限り王宮に近づいていた。ここからはどうしてもシュガーとの契約に引っかかる。
同行できないおもちゃに別れを告げ、王宮まで跳んでいこうと踏み出すも、ベルナートは建物の陰から出たところで足を止めた。
右手側に立っているのは、この国に派遣されてきた海軍本部の人間。最高戦力の1人である海軍大将藤虎。ドフラミンゴとは話をつけ終わったようだ。
「お前さんが天喰いですかな」
「そう呼ばれてるな。新大将の1人藤虎だな」
「ええ。どちらに行かれるので?」
「ドフラミンゴの首を獲りに。止めるか?」
「そうですね。あっしにも立場がごぜぇやす」
「……鳥おもちゃ。離れてろ。お前を巻き込みたくない」
ベルナートのその言葉に頷き、おもちゃの翼をはためかせて離れていく。ベルナートは単独だが、藤虎もまた単独だ。部下と離れているのは、巻き込まないためだろう。
「周囲に民間人の気配もないな。一定範囲で網を張ってるのか」
「わかっていた上で来たのでしょう」
「ドフラミンゴは七武海で国王だが、闇の世界でも広く名を知らしめているジョーカーだ。戦争を助長させる男を消すのは、立場上手を出せないあんたらにとっても都合がいいと思うが?」
「かと言って、見逃すわけにもいきやせん。あんたは札付きだ」
「組織の人間は大変だな」
ベルナートの一刀を藤虎が受け止める。その直後に穴を作り出すが、ベルナートは藤虎の横に回り込むことで回避。振るった一閃は再度受け止められた。
「盲目だろうと関係ないな。さすがは海軍大将」
「へへっ。同情もせずに振るうあんたの刀。真っ直ぐな太刀筋。受けていて胸のうちに風が通るよ」
「そうかよ!」
藤虎が作り出す穴は、悪魔の実の能力によるもの。重力を操れる藤虎は、空から隕石をも呼び込むことができる。
だがそれは今使うわけにもいかない。いくら周辺の市民を避難させたとはいえ、隕石では威力が大き過ぎる。守るべき市民を傷つけかねない。
能力を十全には使えない藤虎から離れて王宮を目指そうにも、そこはしっかりと止められる。全力で戦えなくとも海軍大将。工夫すれば問題なくベルナートを阻むことができた。
「厄介な能力だな」
「……あっしが言うのもなんですが、お前さんも本気じゃなさそうだ」
「オレが狙ってるのはドンキホーテファミリーだ。お前じゃない。それに、藤虎を本気にさせると町に被害が出る」
「巻き込みたくない相手は同じというわけだ。どうです? ここらで一杯蕎麦でも」
「生憎と
「そいつは残念だ」
「うぉっ!?」
重力を操るというのは、何も重力を何倍にもするだけじゃない。その向きさえ自由に変えられる。
ベルナートを十分に浮かせた藤虎は、自身もその高さにまで浮きあがる。
「
「それはまずい……!」
「猛虎!!」
「大雪月花!」
重力を真横に変えて放たれるその一撃は、地上で放たれれば範囲内の建物が削られたことだろう。それを避けるために放たれた攻撃を、ベルナートは不安定な足場ながらに迎え撃つ。
藤虎の重力操作のせいで思い通りには技を繰り出すことができず、不完全な迎撃となって薙ぎ払われた。
止まりかけた呼吸をなんとか再開し、荒れた呼吸を整えながら空中で体勢を取り直して着地する。話に聞いていた通り、世界徴兵で抜擢された大将は怪物だ。
「ドフラミンゴの前にでかいのが立ち塞がりやがって」
「末恐ろしいお人だ。あっしの耳に届いてる話より強いんだね」
「ま、目標を引き上げたことだしな。恩師たちも超えたいところだ」
「へぇ。その恩師というのも気になりやすが、聞くのは後にしやすか」
「捕まってやるわけには、いかないな」
互いに全力を出していないとはいえ、それはそこを見せ合わないだけのこと。余力を残し合っている。
そして、それでは藤虎を突破できないことをベルナートは理解した。熱くなるわけにもいかないが、自分の目的のためにギアを1つ上げた。
「ッ!」
ベルナートの速度が上がり、藤虎が仕掛けた重力の罠を掻い潜られる。
「
ゼロ距離で放たれた螺旋の斬撃。それを刀で受け止めているも、今度は藤虎が宙に浮かされた。
藤虎は重力を操り、あえて自分の高度を上げる。だが、それを視ていたベルナートがその高さにドンピシャに合わせている。
「居合・秋桜の太刀」
ベルナートが最速で叩き込む8つの斬撃。先回りされては防ぎ切れないと即時に判断した藤虎が、重力を変えてベルナートを遠ざけさせた。
それにより技の射程範囲から外されたわけだが、すべての攻撃を避けられたわけではない。3発までは届いていた。だがその傷は不十分。藤虎の右腕を斬れてはいるが、まだまだ刀を振るえる。
「見聞色による未来視ですかい。実に厄介だ」
「それはこっちの台詞だ。すぐに合わせられた」
「これでも正義と最高戦力という看板を背負ってるんだ。本気じゃない人に押されるわけにもいきやせん」
ただ壁となることを決めた藤虎を、用意に突破することもできない。体力を温存したいベルナートに、その壁を正面から抜ける手段はなかった。
ベルナートがそのままそこで足止めをされてある程度の時間が過ぎた時、突如としてこのドレスローザにかかっていた
およそ10年かけて築き上げられたこの国が、その正体を白日の下に晒したのである。シュガーが気絶させられ、ホビホビの実の力でおもちゃにされていた者たちが解放されたのだ。
「……こいつはいったい……。どうやらうちの部下も被害にあっていたようだ」
「くそっがぁッ……! ……モネのことを忘れてた……!?」
ベルナートに本気で殴られた壁に穴が開く。藤虎はそれを音と気配で察し、刀を納めた。
この国で起きていた事件。自分の立場も踏まえた上で、行動を考え直したほうが良さそうだと判断したからだ。
そんな藤虎の目の前にいるベルナートはというと、こちらも刀を納めているが完全に頭に血が上っているようだ。それもそうなるだろう。シュガーの能力が解けたこと。モネのことを忘れていたこと。それですべてを察したのだから。
「お前は絶対にオレが斬るぞ……トレーボル……!!」
シュガーの力が解けたことで、国中に大混乱が起きている。それはコロシアムの中でも例外ではなく、観客として入っていたおもちゃたちも人に戻ったり、あるいは猛獣に戻ったりしているのだから。
その混乱の最中、ルフィの代わりにルーシーとして決勝に出場していたサボがリングを崩壊させた。崩れ落ちるリングを尻目に、闘魚の背中からメラメラの実も奪取してそれを食べる。その瞬間からサボがメラメラの実の能力者となり、レベッカを脇に抱えながら上空へ。
そこからエースの代名詞ともなっていた技"火拳"を繰り出して崩壊しているリングに追撃。コロシアムの下に広がっていた地下へと強引に叩き込む。
「服私が持ってるんだった。ウタちゃん、私たちもサボ君に続いて下に行くよ」
コアラがそう声をかけるも、ウタはその場を動かなかった。目の前の光景に圧倒されたからではない。ウタの意識はコロシアム外へと向いている。
「コアラさん。私行かなきゃ」
「行かなきゃってどこに!? 国中大混乱してる! 1人にはさせられないよ! 危な過ぎる! ベルナートにも頼まれてるのに!」
「ありがとうコアラさん。でも、行かないと駄目なの!