ドフラミンゴの七武海の脱退を誤報とした一件は、海軍本部元帥のサカズキ、通称赤犬にとっても寝耳に水だった。
それがどういうことなのか。五老星に直接話を聞きに行っていたその場に、これまた耳を疑うような新情報が届いた。
「報告します! 麦わら、ローの同盟によりドンキホーテファミリーが壊滅! ドレスローザは完全に崩壊しました!!」
「何じゃと!?」
「なんと……!」
「またあの小僧か!」
「さらに報告したいことが2つ!」
サカズキだけでなく、五老星もが驚きを隠せないその話だが、重大な話がまだ残っているためそれらを続けて報告した。
1つは、海軍大将である藤虎が政府側の不備を認めて土下座をしたこと。これはサカズキにとって怒髪天を衝く話。
もう1つは、五老星の方が衝撃を受ける話だ。
「さらに続けて! こちらも目撃者は多数! 大将藤虎の証言もあり、まず間違いないとのことですが」
「きっぱり言わんかい」
「はい! この一件に、天喰いゼルセナス・リチャードも加担していたとのことです!!」
「……!?」
「とうとう……動いたのか!」
「革命軍のサボの姿も見られており、接触した可能性が高く」
「加入したのか!?」
「いえ、現時点ではそれは明らかになっておりません! 近年はウタと行動を共にしていますし、ドレスローザにウタもいるとのことですので」
「あの娘もか」
可能性の話をするとその数が増える。
ベルナートが革命軍に加入したのかしてないのか。加入したとして、ではウタはどうなのか。
仮にウタが革命軍に加入してしまったら、世界中の市民から絶大な人気を持つウタは存在自体が厄介だ。オハラの生き残りであるニコ・ロビンと同様、消すべき存在となってしまう。
その場合、四皇赤髪との戦争となるだろう。
また、シャボンディ諸島で麦わらの一味と共に魚人島に向かう姿も目撃されている。そして今も共にいる。麦わらの一味に加入している可能性も帯びてきた。
「ウタに関しては様子を見るしかないだろう。下手に手を打つべきではない。なにせ彼女は、ライブと配信以外の目立った活動がない」
「ふむ……。海賊も嫌うリチャードが、海賊同盟に加担するとも思えんな」
「ドフラミンゴとは因縁があったと聞く。一時的な協力と見るべきだ」
「じゃが、ドレスローザを治めていたドフラミンゴを討ったのだ。もはや隠す必要もあるまい」
□
「多忙な時期なのに、ウタのライブを認めてくださってありがとうございます」
「多忙だからこそだ。この国は1からまた歩みだす。彼女の歌は皆を鼓舞してくれるだろう」
崩落した建造物は多く、家を建て直す作業もそこかしこに行われる。国民の士気は高いが、すぐに完全に戻すのは難しいだろう。
瓦礫の山は藤虎の能力によりすべて海に捨てられた。首謀者であるルフィたちはすでに出航しており、海軍もドフラミンゴたちをインペルダウンへと連行するためにこの国を後にしている。
「モネとシュガーのこと……本当によかったんですか? オレとしては頭の上がらない話ですけど」
「彼女たちには罪の意識があった。ならば何もできなくなる投獄よりも、その身を賭してこの国のために働いてもらう。それが償いというものじゃないか?」
「人が良すぎますよ」
「実際モネが優秀なのは事実だ。おかげで私が優先すべき案件もすでに整理されている。だからこうして、君と話す時間も作れた」
「さすがはモネ。……シュガーの方は、特に国民の反感を買うでしょ」
「筋書きは同様だ。あの姉妹は離されて任務についていた。その事を突けば『従わなければ姉の身が危ない』と話を作れる」
それが真実かどうかを、国民が知ることはできない。しかしそれは、ドレスローザの国民にとって
リク王がそう言うのなら、そういうことだとして受け入れる。高い人望があるからこそできる力技だった。
「……君はいいのか?」
「何がです?」
「あれ以降、まだあの姉妹と顔を合わせていないそうじゃないか」
「……何を話せばいいのかわからなくて」
「そうか。1つ聞きたいが、レベッカと会ったことが?」
王の台地にベルナートがヤマトと寄ったとき、ベルナートはレベッカを一瞥していた。知らないだけで、実は2人に面識があったのだろうかとリク王は気になっていたようだ。
「ないですよ。ただ、スカーレットさんには
当時のことで覚えているのは、商人とスカーレット。そして父の最後。その他のことはあまり覚えていないため、実はキュロスとも会っていたことをベルナートは知らない。
「レベッカはスカーレットさんに似てますね。容姿も気の強さも」
「娘も孫も、揃ってヴィオラに王女を代われと言ったからな」
「ははは! でも、キュロスさんと過ごすためにはそれしかないですからね」
「私が隠居できるように、後継者が出てきてほしいがな」
「順当に考えてヴィオラさんでしょうけど、その次はどうするのやら」
「すでに見合いの申込みは来ているようだが、ヴィオラの目に適う者が現れるのかどうか」
「大変ですね~」
そういえばアラバスタでも似たような状態だったなと思い出す。どんな国でも後継者問題は抱えているようだ。
選挙でその島のトップを選ぶウォーターセブンは、その問題を抱えない島の1つだろう。
「娘さんの好みって把握してるんですか?」
「むっ……いやそういった話はしなかったからな……。おい、まさか」
「ないないないない。美人ですけど、それはないですよ」
「なんだ揶揄いがいのない」
「そんなこと言ってると、知らない間にヴィオラさんが自力で相手見つけて結婚報告突きつけてきますよ」
「ヴィオラに限ってそんなことは……。いや、だがスカーレットの例を考えると」
「さすがは情熱的な国」
海賊に王女が攫われたある日のこと、単身で船に追いついたキュロスが海賊を打ち倒し、無傷のスカーレットを救出した。
それがきっかけで恋に落ち、キュロスを落とし、結婚するために王女を辞めた。
そんな行動力の塊である姉を見てヴィオラは育ったのだ。影響を受けている可能性が捨てきれない。段階を踏んで報告してほしいなと、リク王はひっそりと思いを馳せる。
「ベルナート。ライブの後はどうするつもりだ? 君の手配書の額も大幅に更新された。つまり、世界政府も海軍も本腰を入れて君に構えることになる」
これまでは事件の隠蔽のために、ベルナートの手配書の額を抑えめに設定されていた。それでも何度もの更新により5億になっていたが、今回の件でそれも不必要とされた。
王下七武海ドンキホーテ・ドフラミンゴ。その治める国ドレスローザの崩壊。これに関与していたという確かな情報があり、それを理由に懸賞金を正当な額にできる。
そしてその額を口実に、本格的に戦力を割くことも可能だ。
それらをリク王は懸念し、ベルナートに今後のことを聞いている。
「え? ああ、聞いてなかった」
「おい!」
「ははは、冗談ですよ。手配書見ましたけど、あれなら逆にありがたいですよ」
「どういうことだ」
「基本的に懸賞金は政府への脅威度と本人の強さを評価して行われます。高いほど強い、という具合に目安になるわけですね。前からいる四皇なら40億超えてますし」
「聞くだけで目眩を起こしそうな額だな」
「そうなるでしょ? だから、高く設定してくれたら
「だといいんだが」
「それと、ウタはライブを続けるんですから、オレもそれについていくだけです。一緒に世界を回る。それがウタと決めたことですから」
「わかった。ならば私は一個人として、そのツアーが無事に終わることを願うとしよう」
「ありがとうございます」
「さて、そろそろか」
「次の仕事ですか? それならオレは出ますね」
「その前に案内したい場所がある。ついてきてくれ」
「?」
□
戦闘の傷跡たる瓦礫の山は捨てられたが、復興はまだ始まったばかり。あの日の悪夢が心に刻まれた者も多いだろう。それでも国民は明るく前を向き、戦わない国を目指して手を取り合う。
計画的に効率よく進められているのは、王族からの指示があるから。それを支えているのは、侍女として働いているモネだ。
モネはシュガーと共用の部屋を与えられ、王宮で生活しながら仕事をこなしている。
「……はぁ」
「シュガー? どうしたのため息をついて」
「それはこっちの台詞よ。姉さん、さっきから同じ紙をじっと見つめてるじゃない」
「あっ、本当ね。少しぼうっとしていたわ。……休憩にしましょう」
「私が淹れるから、姉さんは座ってて」
「そう? ありがとうシュガー」
書類から目を離したモネは、部屋にある丸テーブルへと移動した。
この部屋にあるのは2人分のベッドやタンス、家具類。仕事机も2つあるが、それとは別に丸テーブルも置かれている。休憩を仕事机でするのは休憩じゃないという考えで、用意されている。
飲み物を淹れ、つまめる軽食もテーブルに置いたシュガーは、それを口に運びながらじっと姉を見つめた。
「ベルナートが来てるって」
「!」
ビクッと体を震わせる姉の姿に、想像通りだなとシュガーはもう一度ため息をついた。
ベルナートのことはモネも耳に挟んでいたのだろう。だから今日は仕事の進みが悪い。大変な時期なのに、昨日より仕事量を減らされていたのは、リク王家なりの配慮だ。
「会いに行けばいいじゃない」
「……いいのよ。会って今さら話すことなんて」
「ヘタレ」
「へたっ!? しゅ、シュガー?」
「気になるなら会いに行けばいい。踏み出せなくて後悔するのは、もう知ってるじゃない」
「ッ! それは……」
もごもごと口ごもるモネにやれやれとシュガーは首を振った。大人になっても、こと恋愛に関しては幼いまま。
それがモネの良さの1つとは思うが、最も近い距離でずっと見てきたシュガーにとっては、背中を蹴り飛ばしてでも行動させたくなる。
だってもう答えは出ているのだから。
引き伸ばしになってしまっただけで、あとはきっかけさえできればいい。
(ベルナートも大概臆病なんだから)
察しているからこそだろう。ベルナートも顔を出しにくい。
そのことを責める気もない。ただその資格は持っている。
だって
文句の1つや2つ言ったって、誰に咎められるというのか。
「2人とも少しいいか?」
ドアがノックされ、扉越しに聞こえてくるのはリク王の声。モネとシュガーは顔を見合わせ、こくりと頷いてから入っても問題ないことを伝えた。
どんな扱いを受けたって仕方ないと、闇の世界を生きてきた2人は思っていた。それをリク王は良しとせず、「人間であること」に重きを置く。
2人の扱いだって、宮仕えの侍女として妥当なものに落ち着いていた。
「貢献してくれるのは大変助かるが、働き過ぎてないか?」
「今はご覧の通り休憩中ですよリク王」
「そうか。それはいいタイミングで来れた」
そう言ってリク王は扉の向こうにいる人物を部屋の中へと引き込んだ。戦わない国を治めてきたリク王だが、その体は屈強そのもの。
コロシアムの伝説の戦士キュロスから直々に指導を受け、剣の腕もある。
そんな彼が引き込んだのは、言うまでもなくベルナートだった。
ベルナートは気まずそうに視線を逸らし、姉妹からの視線をその身に受ける。どちらも驚いた様子だ。
「話せる時に話せ。悲劇はいつ訪れるかわからないのだから」
そう言い残したリク王は早々に部屋を後にする。部外者である自分は立ち去り、3人だけの空間を作ったほうがいいと配慮したわけだ。
最初に落ち着きを取り戻したのはシュガーだった。ベルナートの分も飲み物を用意し始める。それはつまり、話をするぞというシュガーの意思表示。すぐに出ようとするなという釘刺しだ。
「久しぶりねベルナート。私とあなたが会うのは、別れて以来ね」
「そうだな。シュガーも元気そうでよかった。相変わらず、小さいままのようだけど」
「何か言ったかしら? おもちゃにするわよ」
「ごめんなさい」
シュガーは自身の能力に不満があるわけじゃない。それでファミリーの役に大いに立っていた。
だが、1つ不満があることと言えば、体の成長が完全に止まってしまう点だ。
大人になった時の姿なら後悔もしないが、シュガーの見た目は少女そのもの。その姿で今までも、これからもベルナートと接することになる。
そこだけは、シュガーにとっての不満点だ。
今回は懐かしさもあってそれを大きな心で許す。
「……2人とも、ごめん」
気まずい間が少しあってから、ベルナートがぽつりと話し出す。
その言葉に「やっぱりか」と、ストンと胸の内に落ちるものがあった。
「謝らなくていい。というか謝られる方が嫌」
「シュガー……」
「どうせ、自分のわがままのせいで、とか言いたいんでしょ? そう行動したのなら謝るのは見当違いよ。責任を取るのなら、謝らずにいなさい」
罪悪感を覚えているのかもしれないが、それも不要なものだ。むしろ腹が立つ。
「負わなくていいものを負おうとしないで。私たちへの罰がこれなのだから、私たちはそれを甘んじて受けるだけ。それが敗者というものよ」
「……そうかもしれないけど」
「じゃあ私たちを連れ出す? ……今のベルナートには無理でしょ」
2人が海軍に捕まっていないのは、2人がリク王家お抱えの人間だと見なされているからだ。
それを離れさせてしまえば、追手がかかることになる。特にシュガーは、その能力による暗躍が危険視される。生半可な戦力での追手にはならない。
そして今のベルナートにはウタがいる。ウタを逃亡生活に巻き込むことはできない。
今が最良だ。これ以上を望んではいけない。他の形などない。
「ベルナート」
黙っていたモネが、優しい声色で声をかけた。
会っても何を話せばと迷っていたのに、今のモネからはその雰囲気がなくなっていた。
反対に、昔のような空気感だ。3人で過ごしていた時のような。いや、それよりもさらに温かさがある。
「ごめんね、あなたが思うような形になってあげられなくて」
「っ!? ちがう、謝られるようなことじゃない!」
「ふふっ、そう言うわよね。……だから、あなたも謝らないで」
「……!」
「あなたといて見られたこともあった。この3人だからできたこともあった。勿体ないくらい、十分あなたから貰ったわ」
「オレだって……2人がいたから世界を旅できたんだ。いてくれたから」
「うふふ、ベルナートにそう言ってもらえると嬉しいわね。……この気持ちも、あなたから貰ったもの」
椅子から立ち上がったモネが、ベルナートの前に立ってそっと両腕を背中に回した。
身長はモネの方が高く、わずかに見下ろす形になる。成長したベルナートは、より一層気が惹かれる。
体が溶けてしまいそうなほど、胸が熱くなる。そんなものを教えてくれた。縁がないものだと思っていたのに、誰だって得ていいのだと。
「
「モネ……オレこそ、ありがとう」
ベルナートが退室した後、モネはベッドに体を投げた。片腕を目の上に乗せ、視界を遮る。
シュガーはそれを見ないように、背を向けている。
「……ふふ、……初恋が実らないとは、よく言ったものね」
「…………ええ、そうね」
静かに溢れる涙も、微かに聞こえる音も。
シュガーの目と耳には入ってこなかった。
□
王宮の屋上は、当然ながら誰も来ない。その真ん中に座り込み、青空を見上げていると背中に誰かの背中が当たった。
それが誰かは、聞かなくてもわかった。聞くことがあるとすれば、それは別のこと。
「……ウタは?」
「レベッカとマンシェリーと買い物」
「そっか。1人にさせてくれないか?」
「駄目だめ。君は1人じゃないんだから」
「……」
何も、失ったわけじゃない。奪われたわけでもない。
気持ちの整理をつけられたらいいだけ。だから1人になろうとしたのに、親友はそれでは駄目だと言う。
そのことに、何も言い返せる言葉がなかった。
「僕は背中に目があるわけじゃないから、何も見えないよ」
「はぁぁ」
だらんと下げられている手には、親友の手が重ねられていた。鍛えていることによる硬さはあるが、それでもやはり男の手よりは柔らかい。
見上げている先では、空を羽ばたく2羽の鳥が見える。交差するように1羽がすれ違い、数秒3羽で飛び回ってからまた別れる。
「さようなら──初恋だった」
風に乗って聞こえてしまったその言葉に、親友はぴくりと手を震わせた。
モネ……向き合って手を伸ばし合う関係
ウタ……隣に並び立つ関係
ヤマト……背中を預け合う関係
シュガー……最速がために礎となってしまった