たった1つの笑顔   作:粗茶Returnees

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??の島②

 

 朝になれば太陽が昇る。明日は今日へと移りゆく。

 それが当たり前というもの。「いつも」はそういうもので、決まった時間に起きることが習慣づいていると、目が覚めるのもその時間となる。

 窓の外を見ると、海は変わらず青く広がっている。ベッドから起き上がったウタは、体をぐっと伸ばしてからひとつ息をついた。毎朝の習慣はストレッチだ。今日もそれを行う。

 時間をかけて丁寧にストレッチをし終えると部屋を出る。風と陽の光を一身に受けて目を細める。大自然を感じていると、キッチンから良い匂いがしてきた。

 

「おはようウタ。朝ご飯食べよう」

 

「おはようヤマト。ちゃんと寝た?」

 

「実はあんまり寝れてないよ……あはは」

 

「ご飯食べ終わったら寝なよ。舵取りくらいならできるし」

 

「ありがとう。そうするよ」

 

 朝食を用意してテーブルに置いたヤマトは、エプロンを外して席に着く。ウタも対面に座り、2人で食事を始めた。

 気にしない、なんてことはできなかった。違和感しかない。いつもなら、隣に座って一緒に食べる人がいるのに。1年半程度の付き合いでも、それが今のウタにとって「日常」だった。

 その「日常」が崩れている。

 隣には誰もいない。あくびをしながら「おはよう」と言って笑いかけてくれる彼がいない。

 その変化が、ウタの予想以上に胸を苦しめた。

 

「なんか不思議だよね」

 

「?」

 

「ベルナートがいないことって、たまにはあったじゃん。別行動を取ることは」

 

「……うん」

 

「でもこうして、次の日を迎えてもいないのは初めて。それに、ウタと長い時間2人だけになるのも、案外初めてだよね」

 

「言われてみたらたしかに。いつもベルナートもいて、3人で話すことも多かったもんね」

 

「ウタはベルナートといることが多いよね~。2人で話すことも」

 

「ヤマトと変わらないでしょ。ヤマトだって、ベルナートと2人で何かすること多いじゃん」

 

「いやいやウタの方が多いよ」

 

「そうかな?」

 

「うん」

 

「そうなんだ……」

 

 自覚はなかった。意識していたわけじゃないから。

 無意識下で、そこが落ち着くと思っていたのだ。毎朝ストレッチをするように。歌を歌うことが好きなように。ホイップ増し増しのパンケーキが好きなように。自分にとっての当たり前。

 その内の1つが欠けただけなのに。

 

「寂しいなぁ」

 

「ベルナートは生きてるし、必ず会えるよ」

 

「…………ぇ、聞こえてた? というか私声に出してた!?」

 

「うん。バッチリと」

 

「~~っ!!」

 

 声にならない歌姫の悲鳴が、大海原に奏でられた。

 

 

 

 さて、ベルナートのいない「毎日」が始まった。

 今日が終われば明日が来る。それの繰り返しが「毎日」だ。

 それを過ごしながら船を進める。ベルナートの指示で目指している場所に着くまで、あと何日あるのか。今日着くのか明日着くのか。それがわからないが、そこが待ち合わせ場所となると考えて突き進んでいる。

 「いない」ことが「毎日」になる。

 「いる」という「毎日」が塗り潰される。

 そんな現実に押しつぶされそうになり、ウタは次第に言葉数を減らしていく。今のウタの姿をゴードンが見れば、慌てたものだろう。なにせゴードンだけが知っている状態に近づいているのだから。

 シャンクスたちと別れ、エレジアに残されて過ごした日々。あの時のように、目に力が篭もらなくなってきている。

 

「ウタ! 島影が見えてきたよ! 方向も一致する。たぶんあそこが目的地だ!」

 

「……」

 

 ウタを励ますことも兼ねてヤマトが陽気に振る舞って声をかけた。部屋にいるウタを引っ張って強引に外に連れ出し、船首付近まで連れて行って指を差す。

 その方向には、たしかに島が見える。まだぽつんと見える程度だが、視認できる距離だ。風も悪くない。これならそう時間もかからない。

 

「どんな島なんだろうね~。冒険の匂いも微かにしてくる!」

 

「…………飴の匂いじゃなくて?」

 

 バリボリと音を鳴らしながら飴を噛み砕いているヤマトを横目で見た。

 ヤマトが両手いっぱいに抱えてる大袋の中には、航海中に降ってきた飴玉が詰め込まれている。

 偉大なる航路(グランドライン)に常識は通用しない。前半だろうと後半だろうと、海は非常識が常識。それをヤマトは満喫していた。

 

(こんな状況でも……ううん、だからこそかな)

 

「ウタも食べる? 色でちゃんと味も違うし、美味しいよ」

 

「せっかくだから貰おうかな。あ、ほんとだ。美味しい」

 

 青色の飴玉を口に含めたウタが、舌で転がしながら数日ぶりに笑顔を見せた。

 

(島が見えてきたおかげで元気も出てきたかな)

 

 その姿にヤマトはほっとする。どうアプローチをかけても、なかなかウタに響かせることができなかったからだ。

 

「いっぱい気を遣ってくれてありがとうヤマト」

 

「え、っと。どういたしまして?」

 

「ふふっ。私1人だったらダメになってた」

 

「ウタは、そうはならないと思うけど」

 

「ううん。なっちゃうよ。私は1人じゃ弱いから」

 

「誰だってそうだよ」

 

 希望がなければ、生きる理由がなければ強くあろうとすることもできない。

 未来に意味を持つこと。それが支えになることを、ヤマトはその人生から自然と理解しているだけだ。

 もちろんエースのビブルカードが燃え尽きた日は、さすがに堪えたものだが。

 

「ね、ヤマト。気になってたこと聞いてもいい?」

 

「たぶん僕も、同じことを気にしてた」

 

「あ。じゃあヤマトも知らないんだ?」

 

「うん。ウタも知らないとなると、本人に聞くしかないよね」

 

「そうだね。一応確認のために聞くけど、ビブルカードって結構精確なものなの?」

 

「そうだね。負傷して小さくなったとしても、回復の経過に合わせて再生するよ」

 

「そっか」

 

 ある程度の元気を取り戻せたウタは、ベルナートのビブルカードを取り出した。

 ドレスローザを出航してしばらくは、3分の1以下にまで小さくなっていた。それなのに()()()()()()()()()()()()()()()()()。それを見た時には衝撃を受け、思考が停止したものだ。

 もしかしたら「一定時間怪我を負わなくなった時点で大きさが戻るのかもしれない」とも考えたものだ。そしてそうだった場合、本当の状態がわからなくなってしまう。その不安と恐怖から、ウタはこの瞬間までヤマトに聞けずじまいでいた。

 そして2人が互いに聞こうとしていたのは、ベルナートのその回復力についてだ。ビブルカードに従って言えば「一晩で全快した」ということになる。

 この事を2人とも知らなかった。

 

「能力者じゃないもんね」

 

「ベルナートと海に潜ったことあるから、それは絶対にないよ」

 

「いーなー。僕も海に潜って遊びたい」

 

 魚人島でバブルを使って遊んだことはあるが、それ以外の場所ではない。合流できたらベルナートを連れ出して海に飛び込んでやろうとヤマトは決意を固めた。

 そうこうしている内に、島へと大幅に近づいていた。決してそう大きくはない島だが、かつては人がいたのだろう。船をつけやすい場所は、その昔港だったのだと窺える。 

 近場には廃墟となった家々が建ち並んでいる。荒廃しているが、人為的な破壊の跡も見て取れた。侵攻されたのか、それとも内輪揉めか。

 

「でっかい滝だね」

 

「ビブルカードはあの滝の奥を示してるね。船を停めたら入り口を探してみよう」

 

「うん。錨は重たいからヤマトお願いね」

 

「任せて」

 

 ウタが舵を取って船の向きを調整し、タイミングを見計らいながらヤマトが帆を畳んだ。風を受けなくなるも、慣性により船が少しは進む。止まる場所は陸地に近く、2人が積んできた経験が証明された。

 錨を下ろして船を固定すると、2人は揃って上陸。まずは近くにある滝に寄っていく。

 

「水しぶきが気持ちいい~」

 

「はぁ~、能力者じゃなかったら飛び込めたのに」

 

「私はシャンクスたちに拾われた時には能力者だったみたいだけど、ヤマトはいつ?」

 

「何歳だったかな……。お腹が空いて、死にそうになった時に食べたのは覚えてる」

 

「ごめん」

 

「あはは、いいよいいよ。この力が役立つこともあるから」

 

 滝壺の外縁に沿って歩いてみるも、入り口らしい入り口が見つからない。奥なのは間違いなさそうだが、簡単に見つかる場所にはないのかもしれない。

 

「滝の裏側とか?」

 

「その可能性はありそうだね」

 

「それか、もしかしたらここよりさらに真っ直ぐ進んだ島の可能性もあるよね?」

 

「それもあるけど、この島に人がいるのは間違いないよ。1人すごく強い人もいる」

 

「ヤマトも見聞色使えるんだね」

 

「ベルナートほどじゃないけどね~」

 

 その気配が動いたことをヤマトは感知した。ウタを連れて滝から離れ、空を見上げる。

 青空と雲と太陽。それだけがある空に、太陽を背にした影が見えた。眩しさに目を細めるも、接近してきているからには目を逸らすことはできない。ヤマトはすぐに金棒を構えた。

 

「誰か上陸してきたと思って様子を見てみたら、まさか話題の歌姫がいるとはな。そこのはお前さんの用心棒かい?」

 

「ううん。友だち」

 

「ははっ! そりゃあいい。その衣装にその角。ある男が脳裏に過るんだが」

 

「……そいつは僕の父だ。けれど百獣海賊団と僕の行動は結びつかない」

 

「だろうよい。海賊嫌いのウタとじゃ、カイドウは繋がらない。そのケースを見ればわかる。ベルナートと知り合いだな? おれはマルコ。ちょいと前までじゃ、オヤジの船で1番隊の隊長をしてた男だよい」

 

「マルコ……って、あの白ひげ海賊団の!?」

 

「今は解散してるがな。ここで話すのもなんだ。ベルナートの知り合いなら信用できる。中に案内してやる」

 

 マルコは白ひげ海賊団の古参メンバーの1人だ。メンバーが増えて隊を分けると決まる前から、その船に乗っていた。世間からの目では、白ひげの右腕として認知されていたことだろう。

 実際、1番隊の隊長を任されていたのだから、名実ともにというやつだ。

 白ひげ海賊団は、ロジャー海賊団と同様におでんの航海日誌に出てきた海賊団。光月おでんが外の世界に出たきっかけの船でもある。そして親友エースが2番隊隊長を務めた。

 ヤマトにとっても特別な海賊団であり、マルコに連れられて村へ移動してる道中、ウタは大興奮を隠さぬヤマトからその話を聞いていた。

 

「はっはっは! こんな別嬪にそれだけ喜ばれるのは嬉しいよい」

 

「あ、僕は男だよ」

 

「おっとそれは悪かった」

 

「受け入れるの早いね!?」

 

「オヤジの船にはいろんな奴がいたからな。慣れてるんだ。それはそうと、おでんさんを知ってる奴に今になって会えるとはな。聞きたいこともあるが、それは後にするか」

 

 事情を聞かずに案内したのは、ベルナートのケースをウタが持っていたから。ベルナートとウタが共に行動していることは、世間では知られていない。マルコも知っていたわけではない。

 それでも信用したのは、相手がウタだからだ。ベルナートの性格からして、ウタとは合う。

 

「ベルナートはどうした?」

 

 だから単刀直入に聞いた。何があったのかを。

 ヤマトとウタはドレスローザにいたことと、最後にそこで何があったのかを包み隠さずに話した。ヤマトはともかく、ウタがマルコを初見で信じているのも、間にベルナートを挟んでいるからだ。

 

「ビッグマムにティーチ……天竜人もか。そりゃあ、災難としか言えねぇな。あいつは生きてるんだな?」

 

「それは確かだよ」

 

「ならひとまずは良しとするか。あいつの人脈なら赤髪も頼れただろうが」

 

「たぶんウタのことに気を遣ったんじゃないかな?」

 

「どういうことだ?」

 

「あ、私シャンクスの娘なんだ」

 

「……はァ!? あいつ娘なんて作ってたのかよ!? あぁいや、男女のことは何も言えねぇが……」

 

「拾われたんだけどね」

 

「そういうことか! いやそこはどっちでもいい。そうか……あいつらしい考えだ。ウタに何かありゃあ赤髪は絶対に動く。四皇同士の正面衝突となれば、どっちかが確実に消える。そのリスクを避けたか」

 

 だからといって、正直に言うとこの島に来られるのも困りものではある。

 この島は白ひげにとっての故郷。彼は生涯に渡り、ここに資金を送り続けた。ここにある小さな村は、言わば白ひげの残した最後の遺産だ。それ以外はすべて、黒ひげとの落とし前戦争の末に奪われた。

 さらに七武海の1人で、白ひげの息子を名乗る男がいる。白ひげ縁の人物を次々と襲撃しており、マルコも標的だ。狙いは白ひげが残した遺産。

 

「まぁいい。船はあとで移動させておこう」

 

「ありがとう。マルコさんとベルナートっていつ知り合ったの?」

 

「なんだ、あいつのことは何でも知りたいのか?」

 

「えっ、ちがっ、べつにそういうわけじゃ……」

 

 テキトウに揶揄ってみたらヒットしてしまった。マルコは軽快に笑い飛ばし、ベルナートにも強固な絆が生まれていることを喜んだ。

 

「元5番隊隊長にビスタっていてな。そいつも剣士なんだよ。ベルナートと決闘したことがあって、その時の立会人をしたんだよい。これでも船医だからな」

 

「そうなんだ。ちなみにどっちが勝ったの?」

 

「その時は引き分けだったな」

 

「マルコ~~!」

 

「っと、呼ばれた。ついでに2人のことも紹介するから来てくれ」

 

 マルコは船医である上に、悪魔の実の能力者でもある。どんな傷であれ炎と共に再生する不死鳥。それがマルコだ。

 そしてこの能力は、他者へも影響を及ぼすことができる。回復力を高めさせるといった具合に。マンシェリーのチユチユ程の即効性はないが、似たようなアプローチだ。

 

 

 

 

 

 

 

 そこから遠く離れた海。

 ドレスローザからも離れた場所で、人知れず浮上する巨大な物体があった。

 

「ここまでくればいいじゃろ」

 

 その物体から出てきた者はヘルメットを外し、海中から出てくる海獣を見下ろした。海獣は今にも泣きそうな顔となっており、何があったんだとその者は呆れている。

 

「口を開けよ」

 

「オゥェ……」

 

「やっと出られた。この野郎め」

 

「そやつに当たるでないわ! お前を助けたんじゃぞ! この恩知らずが!」

 

「こいつに食われた時の傷が1番デケェんだよ!! しかも胃液で溶かされるかと思ったわ!!」

 

「生物の欲はコントロールできん! 目下の研究事項じゃ!」

 

「知るか! てかお前誰だよ!」

 

 海獣が口を開けたことで外に出てきたのは、ドレスローザで戦闘していたベルナートだ。今は海獣の頭上に立っている。

 

「わしか? わしはDr.ベガパンクじゃ!」

 

 そう名乗ったのは、跳ねっけのある短な髪をして、ウタのように前髪で片目が隠れている女性だった。隠れている目はウタとは反対だが。

 ベガパンクと名乗った女性を見たベルナートは、その真正面まで一足飛びで移動すると、静かにその肩に手を置いた。

 

「いい事あるって」

 

「なんじゃァお前!!」

 

 ベルナートは顎にアッパーをくらった。

 

 

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