たった1つの笑顔   作:粗茶Returnees

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ワノ国①

 

 マルコたちと別れた後、ワノ国に直行はせずに近隣の島に寄ってからワノ国を目指した。

 その理由は単純なもので、必要量の食料の調達だ。あの島は非加盟国。今は平穏な島だが、その昔は奪い合いの無法地帯。貧富で言えば貧しい部類に入る。

 ワノ国に向かうとなれば数日分の食料が必要となり、それを貰うのは忍びない。ベルナートたちは最低限だけ分けてもらい、近くの島へと急行。

 そこで買い込んでからワノ国に向けて出航した。

 

「……ッ! ……ゆめ……?」

 

 現時刻は深夜。部屋で眠っていたウタは、乱れた息を整えながらベッドから下りる。嫌な夢を見たせいで多く流れた寝汗をタオルで拭き、部屋の外へと出る。

 夜の海は月と星明りだけが自然の光。ランプか何かで人工的に明かりを灯さない限り、視界は暗闇を捉える。

 

「いる、よね」

 

 この船の作りは、ライブ用と化したベルナートの船とほぼ同じだ。前方甲板に舵が取り付けられている。船の後方からそちらへと赴いたウタは、舵を取っている彼の姿を見てほっと息をついた。

 

「寝られないのか?」

 

 舵を握りながら顔を向けたベルナートに、ウタは無言で頷いて肯定する。何か考える仕草をしてから、ベルナートはウタを手招いた。

 普段なら隣に並ぶところを、ウタは背後に回ってその背中に頭を預ける。

 

「変な夢でも見た?」

 

「変じゃなくて嫌な夢」

 

「嫌な夢か。夢の世界を作れるウタでも嫌な夢は見るんだな」

 

「ベルナートがいなくなる夢」

 

「……」

 

「起きたらどこにいなくて。探してもいなくて。誰もベルナートのこと知らなくて。元からベルナートが存在してなかったみたいに。これが本当なんだって突きつけてくるんだ!」

 

 ビブルカードもなく、それどころか所持品の何もかも消えている。シャンクスがベルナートを知らなくて、ゴードンに聞いても首を横に振られた。

 それを思い出した途端、胸を強く締め付けられた。その苦しみに足掻くように、確かめるように、ウタはベルナートの服を握りしめる。

 

「違うよね!? これが夢なんじゃないよね!? ベルナートは……私は……!」

 

 ウタワールドを持つウタがそれを確かめる術は、能力を使って一度作り上げることだろう。

 しかし、その力を持つが故に弊害が生まれることもある。

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 実感を伴うウタワールドを作れるからこそ、疑い始めると現実との違いが曖昧になる。

 それは普通ならあり得ないことだが、「現実の自分が眠っていて、ここは夢の中の世界。ウタワールドはその夢の中で能力を使った状態」という荒唐無稽に思えてしまう仮説が、ウタの中で浮上してくる。

 

「オレが証明するのは難しいか。それでも断言させてもらうぞ。ここが現実だ。ウタの目の前にいるオレは、夢の中の人間じゃない」

 

「だよね……。そうだよね」

 

 その言葉に嘘はない。ウタが手の力を緩めると、ベルナートが振り向いてウタの背中に手を回した。

 

「ドレスローザでのアレのせいで、ウタを不安にさせちゃったな。もうそうさせないために、ずっと側にいる。相棒(パートナー)だからな」

 

「……私が歌姫じゃなくなっても?」

 

「どういうこと?」

 

「もし私が引退したら、私は歌姫じゃなくなる。ツアーしなくなるから、世界を見て回るベルナートが一緒にいる理由、ないでしょ?」

 

「ばかだな」

 

「ばっ!? だってそうでしょ!? ライブが、ツアーが! 私たちを繋いでて」

 

 ツアーのきっかけはベルナート。彼の船を使うから、ベルナートが同行していた。

 そこから契約の期間は延長に入った。「これからもツアーをしたいから」。だからこれからも隣にいてくれる。

 2人の間で明確に言葉になって交わされたのは、そういう内容のものだ。

 ベルナートもそれを思い出し、くすりと笑う。

 

「そうじゃないんだよウタ」

 

「なにが」

 

「たしかにそういう風に言ったし、初めはそうだった。ウタが音楽家で、歌で新時代を作るという夢を見届けるために側にいた」

 

 見届けることはもうやめている。その夢を支えられるようにと考え方を変えている。

 

「たとえウタが音楽家じゃなくなったとしても。やり切って引退するとしても」

 

 生涯現役を掲げそうな気もするが、それは一旦心のうちに留める。

 

「それでもオレはウタの側にいる。ウタがもしよければ、だけどな」

 

「ぇ。それって」

 

「オレたちの間にあるのは契約じゃなくて、オレたちだけの絆だって考えてる。もし何年も先で別々に生活するようになっても、オレは変わらない。死ぬまでウタの相棒(パートナー)であり続ける」

 

「ベルナート……」

 

「何度でも言うぞ。肩書も何も関係ない。ウタだから、オレは隣に並びたいんだ」

 

 面と向かって、真っ直ぐに投げられた本心。

 それを噛みしめるように口を閉じ、ウタはベルナートの胸に頭を預けた。咀嚼しようとして、熱くなっていく顔も隠す。

 

「……夜も深いし、落ち着いたら部屋で寝てくれ。朝起こすから」

 

「やだ」

 

 ピクッと肩を震わせて、額を擦りつけるように首を横に振る。

 寝るのが怖い。暗さが怖いのでもなく、1人になるのが怖いのでもなく。今が夢だったらどうしようという不安が、ベルナートがいなくなるかもしれないという可能性が、何よりも怖い。

 

「なら2人で寝なよ」

 

 どうしようかと思い悩んでいたところ、寝ていたはずのヤマトが顔を覗かせて提案をしてきた。ニッと気前よく笑顔を見せるヤマトからは活力が感じられ、無理して起きているという印象がない。

 

「ベルナートここ最近あんまり休めてなかったでしょ。今晩くらいゆっくりしなって」

 

「そんなことはないけど」

 

「僕に気づいてなかったのがその証拠。それとも、全員で夜通し起きとくつもり?」

 

 言葉を投げかけながらヤマトは舵を奪い取る。寝直すつもりがないらしい。

 このままベルナートが食い下がっていては、ウタも起きたままになるだろう。それを回避するには、ヤマトの提案を呑むしかない。指摘されたことも事実だ。

 

「じゃあヤマト。朝まで頼んだ」

 

「うん。ゆっくり休んできてね」

 

 ウタと一緒にその場を離れていく中、ベルナートは次の問題点に気づく。ウタは気づいていないのか気にしていないのか、落ち着いた様子だ。

 

「部屋どうしよ」

 

 自室かそれともウタの部屋か。どちらでも変わらないはずなのに、何かが引っかかったのだろう。声に出してしまったそれを、側にいたウタは聞きとって静かに耳を赤く染めた。

 

 

 

 

 

 

 ワノ国に直行しなかった理由はもう1つある。それは、ワノ国が鎖国国家であることだ。

 今回の目的はカイドウを討つこと。侍たちのその目標に力を貸すことだ。決行日がいつかはまだ不明だが、そうなると何日も滞在することも考えられる。その日数は、それだけ外の情報を得られなくなることを意味する。

 世界会議(レヴェリー)があれば必ず世界に変化が訪れる。王たちの決定で何がどう変わるのか。なるべくその情報を得てからワノ国に入国したいという思いがベルナートにはあった。

 

「ベルナート……七武海のことが書かれてる」

 

「議題にあがったか」

 

 世界会議は4年周期で行われる一大イベント。無論この4年の間で起きた出来事を踏まえ、より良い次期の世界に向けて話が行われる。

 一番大きな出来事と言えば間違いなく頂上戦争だが、これは終結を見せている。黒ひげという新たな勢力の台頭こそあれど、勝利したのは海軍だ。今さら特に話し合われる内容でもない。

 それよりも注目されるのは、直近で起こった事件でもあるドレスローザの件。より焦点が当てられるのは王下七武海という制度そのもの。2年前にはアラバスタ王国でもその制度を利用した事件が起きている。さらには戦争のどさくさでも利用され、世界最悪の囚人たちの黒ひげ海賊団への加入。

 

「中にはその制度に従っていた七武海もいたんだけど、危険性が目立ちすぎたな」

 

「ベルナートはどうなると思う? 撤廃になる?」

 

「んー。そうなるんだろうな。少なくとも、七武海の代わりを海軍は用意できてる」

 

「?」

 

「直接見ることはなかったけど、戦争で活躍したパシフィスタを超えるものをベガパンクは作ってた」

 

 パシフィスタではベルナートの相手にならないことを、ベガパンクたちも承知のはずだ。1年半ほど前にシャボンディ諸島で破壊している。

 それがあったにも拘わらず、リリスはベルナートにデータ収集を名目にしてセラフィムをぶつけようとしていた。それがパシフィスタを超えるものだと考えるのは自然なことだ。

 そしてそれが本当に実現するのなら、王下七武海制度を撤廃しても差し支えないのであれば、世界の構図は大きく変わることになる。どっちつかずとも言えた七武海が消えることで、分かりやすく二分される。海賊か海軍かだ。

 

師匠(せんせい)の平穏ライフも終わりだな」

 

「大丈夫かな……。強いのはわかってるけど、1人でしょ? ペローナがいるとしてもどのみち2人だけ。追われる立場になったら数で押されたりとかしないかな」

 

「そこは問題ないだろうなー。あの人相手に軍艦とか意味ないし」

 

「軍艦……斬れるの?」

 

師匠(せんせい)だぞ。それくらいやる。むしろ本気で捕らえるつもりなら、戦いになる実力者を投入するのが最善まである」

 

 名実ともに世界最強の剣豪が鷹の目ジュラキュール・ミホークである。それは片腕なれど剣士である四皇赤髪のシャンクスより、剣術が上という証。実力は疑うまでもなく四皇クラス。単独だろうと下手に戦力を向けては返り討ちにされるだけ。

 そんなミホーク相手に張り合える戦力となると、海軍側は最高戦力を向けるしかない。もしくはセラフィムだが、まだ実験段階だ。本格的な運用のためのデータは足りていない。

 

「オレたちが心配するような人じゃない。本当に撤廃されたら、持っていく酒を選びながら次の居住地に悩むくらいだと思うぞ」

 

「ふふ、そっか。ベルナートがそう言うなら安心だね」

 

「バギ次郎の方が大変なんじゃない? 実績はともかく、本人は戦いに強いわけじゃないわけだし」

 

「ヤマト」

 

「朝食なら作るって言っただろ……。寝なくていいのか?」

 

「ワノ国の近海まで来れたんだ。今は寝ないよ」

 

 ヤマトが用意したのはおにぎりだ。持ち運びやすさと食べやすさ。それに加えて腹持ちの良さで選んだ。具も中に入れており、数種類のおにぎりが用意された。なおどれが何味かはヤマト自身も忘れている。

 

「海軍が戦力を向けたら、バギ次郎たちは危ないんじゃないかな」

 

「借りがあると言えばあるけど、タイミングが悪いな。ただの海賊に戻るんだから大半は捕まってくれていいけど」

 

「複雑な気分だね~」

 

「なんだかんだで悪運がいいみたいだし、なんとかなるんだろ。それに、他人を気遣ってる余裕はなくなるぞ」

 

「……うん。わかってる」

 

「ヤマト、死ぬなよ」

 

 ヤマトの手がピクリと反応する。ウタはおにぎりを頬張り、きょとんと首を傾げてベルナートとヤマトを交互に見た。

 おかしな話だ。ヤマトは冒険したがっている。ルフィの船に乗り込むとウタは思っている。つまり「先」があるのだ。それがあるのになぜその言葉が出てくるのか。そしてなぜヤマトが反応したのか。

 

「侍たちのために必死に戦うのはいい。けど、決死で挑むなよ。……オレだって親友を失うのはごめんだからな」

 

「ベルナート……。必死と決死か。うん、肝に銘じとくよ」

 

 拳をこつんと突き合わせ、2人同時にニッと笑う。

 そんな2人を少し羨ましそうに横目で見ながら、ウタはワノ国に侵入するために滝へと舵を切った。

 

 

 

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