たった1つの笑顔   作:粗茶Returnees

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ワノ国④

 

 天喰いベルナート。本名ゼルセナス・リチャード。

 23年という四半世紀にも満たない彼の人生の中で、彼が心から幸せだと思えた期間は短い。

 家族と過ごせた期間は、相対的且つ客観的に考えれば幸せだったのだろう。つまりは主観的には幸せだと断言できない。

 世界政府へと資金を支払えないほど貧しい国。国内に法はあっても国際的には人権が存在しない。国内も貧しく、そして抗争続きで荒れていた。

 そんな国を纏め上げ、経済力を伸ばさせ、加盟寸前まで持っていけた彼の父は、叶っていれば間違いなく賢王として敬われていたことだろう。諸外国からも着目されたことだろう。

 しかしそれも仮の話。加盟を求めたその日に国は買われ、ベルナートの父は目の前で殺され、底辺から上がりかけていたベルナートの人生ドン底に落ちた。

 シャンクスとミホークに修行を付けられた期間は、安全ではあってもやはり幸せとは違った。穏やかな日々だとしても彼の心は満たなかった。

 それを埋められたのは、モネやシュガーと冒険した日々。エースが率いるスペード海賊団に乗船した極僅かな日々。そしてウタと出会ってから。

 合算しても5年には到底及ばない。3年弱。

 だからこそ、この年月はベルナートにとっても何よりも大きい。どうしても埋められなかった虚ろな器を満たしてくれる存在は、代えがたい宝も同然。彼にとって命そのもの。

 

「ん……あれ、わたしねちゃってた……?」

 

「おはようウタ」

 

 ベルナートの宝であるウタが目を覚まし、まだ眠気が拭えずに目尻を擦る彼女を愛らしく見つめた。

 その視線に気づいたウタは、ぐっと体を伸ばしてから小首を傾げる。

 

「いや。なんでもない」

 

「えー。余計に気になるよ」

 

「まぁまぁ」

 

「はぁ。ところでみんなは? まだ夜みたいだし、寝てるのかな?」

 

「まだ夜なんじゃない。()()()なんだよウタ」

 

「?」

 

「ほぼ1日寝てた」

 

「え!?」

 

「正確には眠らされてた。ヤマトに仕込まれてたみたいだな」

 

「ヤマトが? なんで?」

 

「オレを戦わせない為なんだろ」

 

 本当ならもっと寝させてもよかったのだろうが、医者であるチョッパーが許せる範囲ではここが限界点だ。

 ヤマトとしては、決戦の終盤と予想できる時間に起きてもらい、もしもの場合は2人逃げてもらう。そうしたかったのだろう。

 しかしベルナートはそれより早く起き、ウタもそこからしばらくして目を覚ました。

 ウタの手を引いて立ち上がったベルナートは、編笠村の南へ。岸にまで行くと、鬼ヶ島がある方向に目を向けた。本当なら海にあるはずの島は、カイドウの能力により空を飛んでいる。

 安全に着陸すれば良いものだが、もしあれは落下させれば。場所によっては被害が甚大だ。

 

「行って。ベルナート」

 

「ウタ」

 

「ヤマトの気持ちも私には分かるよ。傷ついてほしくないって。ヤマトはきっと最後まで戦うから。このままだと……もしもの時が怖い」

 

 それはベルナートを送り出しても同じこと。相手はシャンクスに並ぶ猛者だ。世界最強の生物と称される大海賊。対マンならあの白ひげにも勝るのではと称されているほどの。

 それでもヤマトを死なせない選択肢が生まれる。ベルナートならそれができるとウタは信じていた。

 

「ありがとうウタ」

 

 震えているウタの手をそっと取る。不安も怖さも耐えて、送り出したくない相手を送り出そうとしている。

 そんな彼女は誰よりも強い女性だ。

 ベルナートもまた覚悟を決めた。ウタの目をまっすぐ見つめて想いを伝えていく。

 

「ウタのことが好きだ」

 

「っ!」

 

「必ずヤマトを、麦わらたちも連れて、勝って帰ってくるから。すべてを終わらせたら、エレジアに帰ってオレと結婚してくれないか」

 

「べる、なぁと……!」

 

 大粒の涙を浮かべて、ウタはベルナートの胸に飛び込んだ。自覚してからは、ずっと言ってもらいたかった言葉なのだ。自分では釣り合わないからと、直接言うことはできなかった話。

 それをベルナートの方から言ってもらえた。感極まってその背中に手を回して抱き締める。服にシワができるほど強く握りしめる。

 

「私も好きだよ。誰にも負けないくらい、ベルナートのことが好き。だから……絶対帰ってきて……!」

 

「約束する。ウタをもう独りにはしないって」

 

 そっと。それでいて熱く重ねられた唇は、ベルナートにとって何よりも強力な発破となった。

 

 

 

 

 

 ベルナートとウタが眠っている間に事は起きていた。多少のトラブルはあったものの討ち入りは実行され、赤鞘たちの手によって開戦の幕が開けた。

 戦況は混戦そのもの。カイドウ率いる百獣海賊団とオロチの配下vs忍者海賊ミンク侍同盟。

 大きく二分すればこの2つだが、カイドウ側には丁度同盟を組んだビッグマム本人と長男のペロスペローの参戦。同盟側には駆けつけてきた元白ひげ海賊団の隊長格であるマルコとイゾウ、さらには敵から離反したドレークもついている。

 

「とんだバカ息子だな」

 

「バカ息子で結構。僕は僕の戦いをするだけだ」

 

 戦況は進み、ルフィはカイドウに敗北。海に落下。カイドウの手から逃れるために、しのぶはモモの助を連れて地面を崩し、空を飛ぶ鬼ヶ島から離脱した。

 そんなカイドウを食い止めるべく立ち塞がっているのは、カイドウの実子たるヤマトだ。

 その目は戦意を灯しており、カイドウの首を本気で取ろうとしている。

 

「戦争なんだ。死ぬ覚悟はできてんだろうな!」

 

「でなければここに来やしない!」

 

「「雷鳴八卦!!」」

 

 まったく同じ技を同じタイミングで放つ。ヤマトの武器はカイドウの武器と同じ金棒だ。扱う技もカイドウが使う技を盗んで覚えたものが多い。

 

「鳴鏑!」

 

 ヤマトが扱う遠距離技。常人はもちろんながら、巨人族すら当たりどころによっては一発KOを狙える技を、カイドウは眉一つ動かさずに弾いた。威力も弾速も、自分の技には到底及んでいない。

 

「金剛鏑」

 

 弾いた後に即座に飛来するカイドウの砲弾。それを跳躍して回避したヤマトは、棍棒をカイドウの頭上へと振り下ろした。

 

「氷諸斬り!」

 

 人獣型へと姿を変えたヤマトの技は一弾変化する。氷を纏うその一撃をカイドウは受け、お返しにヤマトの胴へと覇気を込めた棍棒を叩き込む。

 

「……ッかはっ!」

 

 空中では受け身も取れず、ヤマトはそのまま飛ばされて岩盤へと叩きつけられた。カイドウもヤマトも、どちらも動物系の覚醒者だ。タフさは拍車をかけ、回復速度も早い。戦闘中なのだから重要なのはそのタフさか。

 すぐに起き上がるヤマトへ、カイドウの攻撃の手は止まらない。カイドウもまた人獣型へと姿を変えた。

 

熱息(ボロブレス)

 

無侍氷牙(なむじひょうが)!」

 

 2人の技が衝突し、中間地点で爆発が生じる。煙で互いの姿が見えなくなっている中、カイドウがその煙を突っ切ってヤマトに接近する。

 

「なっ!?」

 

 その行動にヤマトは少なからず驚愕した。カイドウとはこれまでに何度も戦ってきたが、そのどれもにおいてヤマトがチャレンジャー。仕掛ける側であり、カイドウはいつもそれを迎え撃つ形で戦っていた。つまりカイドウ側から仕掛けることがこれまでなかったのだ。

 

「降三世」

 

「しまっ」

 

引奈落(らぐならく)

 

 不意をつかれた。それは最強の男との勝負において致命的な遅れだ。

 振り下ろされる金棒。完全な防御は追いつかず、ヤマトはその場に叩き伏せられた。

 

「がっ、ぁ……く、そ……」

 

 意識はある。ならばまだ戦える。

 ヤマトの目は死ぬことはなく、灯った闘志は消えることがない。

 起き上がろうとするヤマトの姿に、カイドウは失望したように落胆の声を発した。

 

()()()()()()()()()

 

「なっ、にを……!?」

 

「勝手に出ていく前のほうが厄介だったぞ」

 

「嘘だ! 僕は世界を見て回って、修行だってつけてもらった!」 

 

「いいや弱くなった」

 

「ぐっ」

 

 ヤマトの首を握って持ち上げる。その手を離させようと藻掻く姿を睨みつけ、カイドウはその手に力を込める。

 

「ぅっ!」

 

「お前が誰と行動してたか、情報は入っている。天喰いとウタだ」

 

「っ! ふた、りは……かんけい……ない」

 

「大いにあるな。お前が弱くなった原因だ。ワノ国の守り神とさせるつもりが、これじゃあ役不足だ。いい迷惑ってもんだ」

 

 カイドウはこの夜にワノ国をその力で完全掌握し、本腰を入れてひとつなぎの大秘法(ワンピース)を取りに行くつもりだ。しかし拠点は必要であり、その守りも必要となる。

 その役割を担わさせるつもりだったのが、自分の息子であるヤマトだ。食べさせるつもりのなかった希少な悪魔の実も食べられた。ならばそれぐらいはやれという話だ。

 そのつもりだったのに、今のヤマトではそれを十分に担えるとは思えない。新たな課題を直前に追加されてしまった。

 

「ウタ……いや、ただの小娘はないな。なら天喰いか」

 

「!」

 

「やはりそうか。余計なことを」

 

 ヤマトの反応から確信する。原因がベルナートであると。それが分かってしまえば取るべき行動も定まるというもの。

 悪性は早々に取り除くに限る。

 

「いるんだろ? ワノ国に。この戦いを終わらせたら次は天喰いだな」

 

「やめ……」

 

「世代のガキどもよりも名がある。公開処刑も悪くはないな」

 

「いや、だ……。やめろ……!!」

 

「いい加減現実を見ろヤマト!」

 

「あぐ!」

 

「友情なんぞ上っ面だ! 世界を見ただ? ならばお前を恐れる周りも見てこれただろ! お前は所詮鬼の子だ! 人間の輪には入れない! それがお前の運命だヤマト!」

 

「ち、がぅ」

 

「違わねェ!」

 

 違うのだと声を高らかに否定したかった。ヤマトの2人の親友も、ウタやゴードンも、これまで各地で仲良くなった人たちも、対等に接してくれていたのだから。それが上っ面だなんて思わない。思いたくもない。

 けれど否定できない部分もある。ヤマトの容姿を、角を見て遠ざかる通行人たちもいた。近づかないようにと避ける人たちも中にはいた。

 一概にどちらとは言えない。世界も人間も、そんな単純なものではないと。

 

「理解したら引っ込んでろ。俺はさっさとこの戦いを終わらせに……ん?」

 

 ヤマトを掴んでいる方の腕から出血した。その傷口は、まるで何かに斬られたかのように。

 そのはずみに手を放したカイドウは、続けて飛来する斬撃を弾き。

 

「大仙・雪月花!!」

 

「テメ……ッ!」

 

 本命の一撃をモロにくらい後方へと飛ばされた。武装色と覇王色を織り交ぜた一撃だ。異常な程に頑丈なカイドウにもしっかりと通っている。

 

「べるなーと」

 

「ん? なんだ泣いてるのかヤマト? 侍は泣かないんじゃなかったっけ?」

 

「っ! な、泣いてない! これは……そう汗だから!」

 

 指摘されて慌てて目元を拭ったヤマトは、胸の高鳴りを感じつつもベルナートから目を逸らした。

 

「来ちゃったんだね」

 

「そりゃあ来るだろ。薬を盛りやがった親友に文句も言いたいしな」

 

「うっ、それは……」 

 

「お前の優しさなのは知ってるよ。でもま、支え合ってこその親友だろ。エースの一件でオレはそう学んだんだ」

 

「……ごめん」

 

「謝るならはじめっからやるんじゃねーよ」

 

「ごめん」

 

「はぁ」

 

 何度も謝るヤマトにため息をついたベルナートは、戦闘で汚れてしまってもなお美しい白い髪に触れ、そっと頭を撫でた。

 

「何があろうとオレたちは親友だ」

 

「……でも僕は」

 

「角がなんだってんだ。エースだって鬼の子だし、オレだって世界的大犯罪者だから鬼の子だぞ? いや、鬼か? まぁどっちでもいいか。結局オレたちは一緒だろ」

 

「ぁ」

 

 座りこんでいるヤマトに、ベルナートも屈んで視線を合わせる。その目を覗きこんだ後、にやりと笑って額を重ねた。

 

「ちょっと休んでろ。あとは任せてな」

 

「随分と誑かすじゃねェか天喰い」

 

「人聞きの悪いこと言うな」

 

 ベルナートが叩き込んだ一撃はちゃんと通っていたようで、カイドウの胸には新たな斬りきずができていた。ベルナートはそれを見た後、もう一度ヤマトへと視線を戻す。

 ヤマトはこてんと首を傾げたが、ベルナートが確認したかったのはヤマトの負傷具合だ。

 

「まだ、その程度で済ませるつもりはないぞカイドウ」

 

「ウォロロロロ。やれるものならやってみろ。こっちも探す手間が省けた」

 

 自然と刀に力が篭もる。怒りのままに刀を振るえばすぐに負けるだろう。感情で勝てる相手ではない。

 深く息を吐いて怒りを制御する。

 怒っている理由は言うまでもない。

 

 ──ヤマトを傷つけられたからだ。

 

「ッ!」

 

熱息(ボロブレス)!」

 

 ベルナートの最大の強みはその速度だ。麦わらの一味の最速はサンジであり、その速度は四皇幹部のクイーンですら見失うほど。ベルナートはその一歩先の領域にいる。

 そのベルナートの速度にカイドウは反応した。右から回り込もうとするベルナートを狙い撃ち、その未来を見たベルナートがさらに反応して進路を変える。角度をつけた変化。速度を保ったまま直角にも曲がるベルナートは、カイドウでも完全に捉えることができない。

 

「月時雨」

 

「オォッ!」

 

 カイドウの脇をすり抜ける際に叩き込んだ無数の斬撃。それはカイドウに血を流させるものではあったが、軽傷に過ぎないものでもあった。

 

「なかなか楽しませてくれるじゃねぇか」

 

 振り向きざまの金剛鏑。それをベルナートは両断し、さらに追撃を入れようと足を踏み出す。その出鼻をくじくように、カイドウもまた自ら動いた。

 

「雷鳴八卦」

 

「ちっ!」

 

「ウォロロロロロ! 防いだか」

 

 カイドウの雷鳴八卦はルフィですら反応できなかった速度で繰り出される。ベルナートが反応できたのは、持ち前の速度と見聞色によるものだ。

 その反応速度、四皇相手に1歩も引かない姿勢。ベルナートの強さをカイドウは既に気に入っていた。

 

「物はなんだが天喰い。俺の部下にならないか? 4人目の大看板として迎えてやる」

 

「は?」

 

「は?」

 

 ベルナートもヤマトもぽかんと口を開けたが、カイドウは大真面目だった。骨のある実力者は迎え入れる。それが実力主義の百獣海賊団のやり方だ。

 火災のキング、疫災のクイーン、旱害のジャック。4人目の大看板ともなれば、天災だろうかとカイドウは顎に手を当てながら考えてみた。

 

「死なすには勿体無い実力だ。お前が降るなら、ウタの命も保証してやる。ライブの護衛も受け持とう」

 

「いやいやいや、お前いきなりどうした」

 

 殺し合いの最中に始まったスカウト。ベルナートは口調こそ軽くしたが戦意は1ミリも薄れていない。スキは一切見せなかった。

 それもまたカイドウの好感度を上げているのだが、ベルナートにその自覚もそのつもりもなかった。

 

「今の殺し合いで解った。ヤマトが惚れ込むのも頷ける。悪かったな。テメェをただのたらしだと思っていた」

 

「クソ真面目かよ」

 

「ヤマトと婚姻しろ」

 

「あ?」

 

 その発言がしっかりと地雷を踏み抜いた。

 

「ヤマトは守り神としてワノ国を護らせる。テメェもいりゃあ盤石だ。子もできれば体制化する」

 

 しっかりとした政略結婚だった。

 ヤマトもベルナートも、互いのことを嫌っているわけじゃない。それどころか好感度はどちらも高い。表面的には悪い話でもない。

 しかし実態は違う。利用されているだけだ。しかもベルナートはもう心に決めた相手がいる。それを蔑ろにするなどあり得ない。

 

「嫁は好きなだけ囲え」

 

 それはもう、ベルナートが最も忌避する天竜人を彷彿とさせる。

 

「翠竜の牙」

 

「……決裂か」

 

 貫通力の高いその攻撃をカイドウは金棒で防ぎ、それを肩に担ぐと覇気を纏わせ始めた。

 

「麦わらがカイドウを倒すって煩いから、繋ぎでいいかなって思ってたけどやめた。来る前に終わったらそれはそれだ。……お前の思惑は全部納得できない。それに、ヤマトをお前に縛らせる気もない。ヤマトはオレが貰う」

 

「え!?」

 

 本人としては解放するという意味合いで言ったつもりらしいが、別の解釈ができる発言をしたのが悪い。

 カイドウは不敵に笑い、洗礼としての一撃を構えた。ベルナートも最大の一撃で迎え撃つ。

 

人の子(ヤマト)を取りたきゃ、()に勝ってみろ!」

 

「ヤマトを自由にさせるためにも、初めからそのつもりだ!」

 

「大威徳雷鳴八卦!!」

 

「天倫・赤白(せきびゃく)一閃!!」

 

 横薙ぎに迫る金棒に、上段から振り下ろした刀が衝突する。

 いや、実際には武器同士はぶつかっていない。その間に見えない何かがあるように寸前でせめぎ合っている。

 その威力を物語るかのように、2人の頭上で天が割れた。

 

 

 

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