腕に人の重みと温もりを感じながら目を覚ます。隣を見ればウタが静かに寝ていて、反対を見れば少し離れた位置でヤマトが寝ている。
ベルナートはウタを起こさないように慎重に起き上がろうとし、その機微だけでウタは目を覚ましてしまう。
(なんでだ……)
「ベルナート……?」
まだ眠そうに、まぶたを重そうにして半目で起きるウタに苦笑し、頭を優しく撫でた。
「悪い。起こしちゃったな。ちょっと外の空気を吸ってくるだけだから」
「んーん。わたしもいく」
「寝てていいぞ」
「や」
眠気のせいかウタの思考レベルが低下している。幼児のような言動だ。あとでこれを指摘すれば顔を真っ赤に染めることだろう。ベルナートはそうするつもりはないが、容易に想像はできた。
ベルナートの腕にしがみついたウタは、ふらつきながら部屋の外へ。そんなウタを気にかけつつベルナートは城下を見下ろした。
ももの助のはからいにより、ベルナートたちは城に滞在することが許されている。討ち入りの成功の立役者である麦わらの一味も同様だ。
オロチとカイドウによる悪政が終わり、ワノ国は今毎日が祭り騒ぎだ。それほどの苦痛を長い時間味わってきた。誰がそこに水をさそうか。皆でともに幸せを噛み締め合うに決まっている。
「……ベルナート」
「ん?」
「ルフィもゾロさんもまだ起きないね」
「そうだな」
カイドウとの激戦。死力を尽くして勝ち切ったルフィと、重症ながらも一時的な超回復でキングを打ち破ったゾロ。限界を超えていた双方は、連日深い眠りについている。
医者のチョッパー曰く、あとは目を覚ますのを待つだけの状態。死の峠は超えているため安泰なのは間違いない。
「大丈夫だウタ。あいつらはそんなヤワじゃない」
「……うん」
むしろ生身の人間で限界を超えても戦い続けたベルナートが、一晩で全快している方がおかしいのである。通常なら2人と一緒に眠っているはずだ。
「私の歌、聴こえてた?」
「もちろん。オレも麦わらも助けられた」
肩に手を置いて引き寄せる。ウタは抵抗することなくベルナートに身を寄せた。
「ウタのおかげで勝ちきれた。ありがとう」
「……うん」
「何か気になることでもあるのか?」
「そう、だね。……ルフィがね」
思い出す必要もない。鮮明に覚えている。それだけインパクトが強かった。
ルフィが使用したギア5は、ゴムゴムの実の覚醒を意味する。本来であれば、
「ベガパンクなら何か知ってそうだが」
「……シャンクスも何か知ってると思う」
「シャンクスさんが?」
「うん。思い出したんだけど、ルフィは私と会った時に能力者じゃなかった。それと、シャンクスが大切に保管してた宝箱があって、もしかしたらそこにゴムゴムの実があったんじゃないかな」
「可能性はなくはない、か。あの人の船は能力者が全然いないし。興味ないなら売っててもおしくない」
悪魔の実は1億ベリーの価値があるとされている。船内に望む者がいれば食べさせ、いなければ売る。それが海賊たちの常套手段だ。
別例としてはドフラミンゴの用に景品にするか、あるいはカイドウのように特定の誰かに食べさせることを想定して保管するか。
あるいは、誰にも渡さないために保管していたのか。その場合、シャンクスはゴムゴムの実の秘密を知っていたことになる。偶然転がり込む可能性は限りなく低い。
「もしくは奪ったか」
「え?」
「なんでもない。シャンクスさんに聞かないと分からないな」
「そうだね……」
「身近で気になるものもあるけど、今後のことも決めないとな」
「今後のこと? ぁ……け、結婚式の場所はベルナートと決めたいな」
顔を赤く染め、それを手で隠しながら言うウタにベルナートは数秒思考を止める。ベルナートが考えていたこととは全く違う内容だが、微塵も考えていなかった事柄でもない。
ウタが前向きに考えてくれている。そのことは素直に喜ばしい。それはともかく、「そうじゃない」と言い切ってしまうのも違う。ベルナートはウタを傷つけないように、慎重に言葉を選んでいく。
「ウタは候補を考えてるのか?」
「何個かあるけど、一番はエレジアかな」
「エレジア? そこは……」
「私の人生の転換点。どれもここで起きたことだよ。私が滅ぼしてしまった島。シャンクスたちと別れた場所。歌手として活動を始めたのも。それに、何よりも、ベルナートと出会えた島」
話している内に眠気が薄れたのか、ウタは目を開いてベルナートを見つめている。迷いのない、強い意志を瞳に灯して。
「切り離せない罪もある。それは分かってるよ。みんなの未来を、幸せを奪った。だから、みんなの分も背負うためにも、エレジアでしたい」
「ウタ……」
取ってつけたような言葉ではない。決して軽く言っているわけでもない。それはベルナートが十分理解を示しており、ウタの人間性の成長を感じ取っていた。
ウタの腰へと手を回し、引き寄せる。
「そこまで決めてるならエレジアにしよう。けど1つ訂正な」
「なにを?」
「ウタ1人で背負わないこと。オレたち2人で背負うんだ」
「ベルナート。……うん。ありがとう」
ウタがまぶたを閉じて踵を浮かせる。ベルナートもまぶたを閉じて、そっと唇を重ねあった。
2人の行き先を祝すような、暖かな朝日に包まれた。
□
鎖国国家であるワノ国であろうとも、ニュースクーから新聞を仕入れることで情報を得ることは可能である。しかしそれ以外にも外の情報を手に入れる手段はある。
『はい、こちらコアラ』
「こちらベルナート」
『ベルナート!? なんでこっちに連絡を……!?』
電伝虫という普遍的な手段だ。
番号さえ知っていれば連絡は取れる。ベルナートは信用できる情報筋として、革命軍のコアラを選んだ。モネという選択肢もあったが、ドレスローザの一件はまだ日が浅い。藤虎の温情で見逃されたばかりのモネに、賞金首であるベルナートから連絡を取っては立場を失くしかねなかった。
「今ワノ国にいて外の情報がまだ入ってきてない。
『こんな朝早くなくたっていいじゃん……』
「目が覚めたのと、コアラなら出ると思った」
『勝手なんだからもー!』
『コアラ、誰と連絡を取っチャブルノ?』
『ベルナート』
『ベルボーイ!? そのまま繋いでおきナ! ドラゴンを呼んでくるっチャブル!』
『だってベルナート』
「……まぁ仕方ないか」
「誰今の濃い人……。あとドラゴンさんって、革命軍のボスだったよね」
バックハグの状態で、ベルナートの腕の中にすっぽりと収まっているウタが聞く。それにベルナートは頷き、その家系のことも話した。海軍の英雄ガープ。革命家ドラゴン。そして麦わらのルフィ。
「ルフィのお父さんだったんだ!?」
「知らなかったのか」
「だってベルナートはそこまで教えてくれなかっじゃん! サボさんもコアラさんも言ってなかったし!」
『あはは……。いくらウタちゃん相手でも、あまりうちのボスの話をするわけにもいかないからね』
「2年前の頂上戦争で世間には公表されてるんだけどな」
「どうしよ……緊張してきた」
「怖い人じゃないと思う」
ドラゴンの話はルフィからも聞かされていない。それはそうだ。当のルフィですら、自分の父親のことを知らなかったのだから。加えて言えば、今もなおルフィはドラゴンのことを詳しくは知らない。
『あ、ドラゴンさん。今ベルナートと繋がってるよ』
『こうして直接話すのは初めてだな。ベルナート』
「いつも別の人経由ですからね」
『通信の妨害はしているが、長く話すわけにもいかない。早速要件から入るぞ』
「外の情報を知りたい。こっちは今ワノ国にいるので」
『
低く、そして落ち着いた声だ。ウタは緊張しながらその声に耳を傾け、ドラゴンという男の人物像を想像している。
『まずは、王下七武海制度の撤廃だ』
「ぇ!?」
「やっぱりですか」
『……今の声はウタか。共にいるという話は聞いていたが、ワノ国にも同行しているのか』
「まぁこちらにも事情はあるので」
『フッ。そうか』
(勘づかれたよな……)
ボロは何も出していない。失言らしい失言はない。それで気づかれたのなら、ベルナートとしてはお手上げだ。
革命軍とは友好であっても仲間ではない。ベルナートは相手に交渉材料を1つ持たれてしまった。しかも最も握られたくないカードを。
『案ずるな。情勢が変わった以上、無理に勧誘を行うこともない』
「……そうですか」
『七武海撤廃の裏側、何か掴んでいるか?』
「……セラフィム。パシフィスタの新型と思われるものが開発されたんでしょう。七武海は実力差があった制度ですが、パシフィスタなら横並びにできる。しかも指示に従わせられる」
『王下七武海という強者にうって変わるほどのもの、ということか』
「どうでしょうね。オレの予想では、鷹の目のミホークなら全滅させられると思いますよ」
『逆に言えば、そのレベルでないと厳しいというわけだな』
確証はない。ベルナートの発言は、師匠にあたるミホークへの信頼によるものだ。四皇であるシャンクスに並ぶ実力。それは世界でも指折りの実力という証。そのミホークなら勝てると信じている。
確証がない何よりの理由は、ベルナートがセラフィムを目の当たりにしていないことと、リリスの発言からある程度の憶測を立てているだけだからだ。それがどれほど強いのかを知らない。
『こちらも頭に入れておこう。七武海繋がりで言うと、海賊の勢力図が大きく変わっている』
「カイドウとビッグマムが負けたからですね」
『ああ。新たな四皇が報じられたわけだが、1人はルフィ』
「ルフィがシャンクスと同じ四皇!?」
『ふっ、どうやらルフィと親しくしてくれているようだな』
「あっ……」
あまりもの衝撃でつい驚いたウタは、ドラゴンに話を振られて戸惑う。振り返って見上げ、ベルナートが大丈夫だと優しく目で伝えると、ウタも頷いて電伝虫へと向き直る。
「ルフィとは昔フーシャ村で会ってて。幼馴染ってところ……です」
『フフッ、そうか。関係が良好なら何よりだ。話を戻すが、もう1人の四皇が元七武海のバギーという男』
「……何かの間違えでは? 経歴と名声はたしかに大きなものがありますけど」
『私は判断材料を持ち合わせていない。何にせよ、クロスギルドという組織が出来上がり、そこにクロコダイルと鷹の目がいる』
「は!? いやいやいやいや! クロコダイルはともかく、鷹の目は世間無視してスローライフを送りたがる男ですよ!?」
『真意は定かではないが、そう報じられている』
「えぇ……」
どうにも腑に落ちない内容だが、何かの組織に入ったところで率先して動くとも思えない。環境が変わっただけでスローライフは送るのだろうなとベルナートは適当に予想をつけておいた。
ドラゴン曰く、このクロスギルドの存在が世間の二分化を加速させている。クロスギルドが
つまり、現体制を良しとする市民、生活に困っていない市民は政権側。現体制に不満がある、あるいは生活に余裕がなく海賊よりも狙いやすい海兵を狙うしかない市民は海賊側。
そうやって白と黒に分けられていく。
「革命軍としては、一言物申したくなる内容では?」
『今はそこと事を構える気はない。我々は天竜人への宣戦布告を行ったからな』
「っ! ……とうとう、ですか」
『ああ。それに伴って伝えておくことがある。八カ国で革命が起きたこと、そして我々がベルナートの勧誘を辞めた最大の理由を』
□
「大丈夫? ベルナート」
盛大な宴が行われている中、櫓を取り巻く国民たちから少し距離を取った位置にいるベルナートに、ウタは声をかけた。
早朝にあった革命軍との会話。そこで知らされた情報は、ウタにとっても胸を痛めるものだったが、ベルナートにとってはまた少し異なるものがある。
──『コブラ王の死と王女ビビの消息不明』
世界を騒然とさせる今回の
コブラ王の死は、ただの一国の王の死とは違う。アラバスタ王家は、天竜人の一席を断って本国に帰った唯一の一族だからだ。見方によっては天竜人と同列になる。その王の死は、革命の意志を持つ者たちの大きな後押しとなってしまう。
ベルナートは唯一天竜人をその手で殺害し今尚生存できている男だった。世界の八カ国で革命が起きたということは、それだけ民衆は現状に不満がある。そしてこの一件を口火に、革命の火は大きくなっていくだろう。それも熱狂的に。
ベルナートの真相は、すでに燃え上がる炎をさらに拡大させるだけ。革命軍の
統率の取れない集団は、脅威から烏合の衆へと変わってしまう。それが革命軍がベルナートの勧誘を取り止めたことに繋がる。
「大丈夫だウタ」
革命の象徴として勝手に祭り上げられているサボ。
心配は尽きないが、ベルナートは揺れない。思案はしても迷わない。彼の中の最優先事項は不動だ。
「今後のことを考えてた」
「エレジアも難しい立ち位置になっちゃったね」
「ゴードンさんの政治手腕に任せるしかない」
ウタのライブ時に発表されたエレジアの復興。国としての地盤を固められたのは、英雄ガープの存在と七武海だったバギーの存在によるところが大きい。
その2人のネームバリューによって海賊を寄せ付けなかったエレジアだが、七武海制度の撤廃が完全に向かい風となっている。
海軍中将が守る島でありながら、今では四皇となったバギーも主張してしまっている島。本来相反する2勢力の島。どちらから攻め込まれてもおかしくない。
「バギーさんに手放すのを表明してもらうとかは?」
「四皇としてのメンツもあるだろうし、クロコダイルがいるから可能かも怪しい」
「……トットムジカ……!」
「今でも兵器を求めているのか、それとも今はそうじゃないのか。面識ないから判断できないな。……いや、それでも大丈夫か」
「? ……あ、そっか。ミホークさんがいるもんね」
「そう。
仮にクロコダイルがトットムジカを狙おうとも、同じ組織にいるミホークが妨げる。それを期待できるだけの関係性をベルナートとウタは築いている。
だが根本的な部分は何も解消しない。
「この宴が終わったらすぐに島を出よう」
「……そうだよね。それなら、目一杯宴を楽しもう!」
柔らかな両手でベルナートの手を包んだウタは、無邪気な笑顔を浮かべて引っ張る。ウタのその行動にベルナートの頬は緩み、しかし静かに首を横に振った。
「ありがとうウタ」
「強い人でも来たんだ?」
「……」
「ベルナートみたいには分からなくても、ベルナートのことなら分かるもん」
「ウタには敵わないな……」
「ベルナートのことが好きだから」
言い切った後、ウタは気恥ずかしそうに目を逸らした。好意を伝えることには慣れないらしい。
「……私はどうしたらいい?」
「ルフィたちとお祭りでも「却下」……」
「私はベルナートと宴を楽しみたいの。そりゃあルフィたちとも楽しみたいけど、ベルナートがいないと意味ないよ」
「……ってなると……挨拶も兼ねるか」
「挨拶?」
ワノ国を支配していた四皇カイドウ。同格である四皇ビッグマム。2人の脱落は世界に大きな影響を与える。2人のナワバリだった島は荒れるだろう。
その中でも最も影響を受けるのは、カイドウが支配していたワノ国だ。開国しなかったことで、天然の要塞自体は健在。だが古代兵器を所持していることは変わらない。政府から目をつけられる。
現在ワノ国に侵入している者もいるが、ベルナートは一旦それを無視し、近海にまで来ている船へと着陸する。ベルナートとウタが信頼を置く海賊。海の皇帝の1人、赤髪のシャンクスの船に。
「あれ? シャンクス?」
「久しぶりだなウタ。ベルナートも。……どうやら一回り成長したみたいだな」
「ご無沙汰してますシャンクスさん」
「ここに来た理由は理解している。行ってこい」
「ありがとうございます」
話も最低限にしてベルナートは船から姿を消した。急ぐ必要があるのは、シャンクスだけでなくヤソップも理解している。
「シャンクスたちはなんでここに?」
「ある海賊を待ち伏せててな。来ないなら来ないでそれまでだ」
「ふーん? 私に会いに来てくれたわけじゃないんだ?」
「あ、いや……それはだな……」
シャンクスは愛娘相手に言葉を詰まらせた。ライブを生で聴いたのは一度きり。そのことに後ろめたさが少なからずあるからだ。
しかしウタの海賊嫌いという世間からのイメージは覆らない。その存在の頂点に君臨する人間の1人が、白昼堂々とライブにはいけない。行きたくても行くわけにはいかない。愛娘の活動の妨げにならないために。
尚且つ、黒ひげ海賊団の動きは活発化している。近い未来で衝突するのも目に見えている。新世界から他へ移るのも躊躇われる情勢だ。
「ま、いいよ。シャンクスたちの事情もあるし、久しぶりに会えたから」
「すまないウタ」
「謝るなら手紙の1つくらい欲しいかな〜。映像電伝虫でライブも見れるんだから、感想なり近況なり教えてほしいよ」
「そうだな。次からそうするよ」
「約束ね」
「ああ」
手紙の頻度は高くはないだろう。きっかけとして書きやすいのは、ウタのライブだろうか。それもシャンクスがライブを見れた時に限る。
これまでは特に動きを見せなかった赤髪海賊団も、これからはどうするのか。確実に時代が動いている状況で、彼らもまた変わるのだろう。
「……ねぇ、シャンクス」
「ん?」
「シャンクスは、ゴムゴムの実のこと何か知ってたの?」
「何かっていうのは?」
ベルナートとウタもワノ国にいた。ルフィの手配書の写真は更新されていた。その姿が何を示しているのか、シャンクスも知っている。
だが、ウタが何をどこまで知っているのか。それはシャンクスも知らない。話せることは少ないかもしれないが、まずはウタから聞き出すことが先だ。
「遠目だったからわかりにくかったけど、ルフィは能力を覚醒させてた。ゴムゴムの実は
ドレスローザでの経験により、
ルフィの場合は姿の変化と周囲の変化。その2つがあった。どちらの分類にしても、ゴムゴムの実が特殊であることに変わりない。
「あの実はいったい何なの? 本当にあれはゴムゴムの実?」
「……そうか。ウタは見たのか」
見ようが見まいが、ワノ国にいたことが政府側に知られてはウタも対象となる。疑わしいというだけで、政府は人の命を簡単に摘む。
「ウタはニカという言葉を聞いたことがあるか?」
「ニカ? 魚人島にそういう名前の子はいたよ」
「…………いたのか」
「うん。イチカ、ニカ、サンカ、ヨンカ、ヨンカツーの五つ子ちゃん」
「ゴカじゃないのか。まぁそれは置いといてだ。……遥か昔に実在したとされている伝説の戦士。それがニカだ」
「それがゴムゴムの実の正体ってこと?」
「そうだ。ゴムゴムの実という偽名は世界政府によってつけられた。ニカという存在を隠すためにな。ゴムゴムの実の覚醒はおそらく、伝説上のニカの力の再現なんだろう」
世界政府によって隠された名前。それがどれだけ危険なことなのかは、ウタも重々承知できた。隠された歴史を解き明かそうとした学者たち、オハラの悲劇も学んでいる。
「ルフィの新たな手配書が覚醒時の姿になってる。その姿の意味が分からずとも世界に知れ渡った」
「政府はルフィを狙うの?」
「いずれは衝突するかもしれない。それがいつになるかは、おれにもわからないな」
「そっか……」
ウタは視線を下げて呟くように相槌を打つ。幼馴染のことを気にかけるのは当然のことだ。だがそれでシャンクスに助力を頼むのも違う。彼らはあくまでも別々の海賊団。
帽子を返すという約束はあるのだから、いずれは再び顔を合わせる。その時にどうするのか。それは2人が決めること。
ウタにできることは、命の奪い合いにならないことを祈ることだけだ。
「ルフィにはルフィの冒険があるんだもんね」
「そういうことだ」
「あとシャンクス」
「ん?」
「えっと…………話が全然変わるんだけどさ」
「どうしたんだ改まって」
気恥ずかしそうに無理に笑う娘を前に、シャンクスはおおよその見当がついても言葉を待った。父親の直感が答えを告げていても、報告しようとしてくれている愛娘が目の前にいるのだ。しっかりと聞き届けないといけない。
「ワノ国を出たらエレジアに戻るんだけど」
「ああ」
「そしたら……その……」
目を泳がせていたウタは目を閉じて深呼吸すると、両手を握り締めながら勢い任せに宣言する。
「べ……ベルナートと結婚する!!」
言葉にした。できた。
それが現実なのかウタ自身は分からず、ただ体温が上昇していることと鼓動が早くなっていることは自覚できた。
ゆっくりと、恐る恐る目を開けると、穏やかに微笑んでいる父親の顔がそこにはあった。
「そうか」
「え、っと……。驚かないんだ?」
「驚くも何も、ウタがベルナートに惚れているのは分かってたからな」
「え……」
「ウタが報告してくれたってことは、ベルナートとも話がついているんだろう? 2人が決めたことだ。素直に祝うさ」
「あ、ありがとう」
ウタにとってはやや拍子抜けだと顔に表れており、シャンクスは思わず笑いだした。
「はははは。娘の幸せが一番の親孝行だ。まあ、あまり親らしいことはできなかったけどな」
「そんなことない。私の親がシャンクスでよかった。ありがとう」
「……そうか。改めておめでとう、ウタ」
ベルナートは賞金首だ。世界にばら撒かれている手配書は消えない。世界の歌姫となったウタとの結婚は、この先ずっと公表することはできない。
ただ、2人ならばこの先も乗り越えられるだろう。シャンクスはそれを願い、本当の意味で親元から旅立つ愛娘を祝福した。
□
世界最高戦力。そう呼ばれるのは、海軍本部の大将たちだ。赤犬ことサカズキを元帥とする今の海軍においては、黄猿、藤虎、緑牛の3人にあたる。
黄猿は前体制から引き続き。残りの2人は現体制になってから就任した者たちだ。その強さは言わずもがな。世界最高戦力という呼称に見劣りすることはない。
その内の1人、緑牛は現在単独行動を取っており、そして独断専行でワノ国に訪れている。
「ったく……。町でも焼き尽くす気か」
緑牛の狙いは、新たな四皇として報じられているルフィの首。そのために赤犬の静止さえ無視してワノ国に上陸している。
その緑牛と相対しているのは、大部分の赤鞘の侍たち、ヤマト、モモの助だ。
カイドウと同じウオウオの実の能力を持つモモの助が、今初めて炎を放っていた。緑牛の能力によって生み出されていた植物は燃え上がり、その炎と煙が互いの視界を塞いでいる。
「その気ならわかったよ。カイドウの成り損ないが……」
狙っていたのはあくまでルフィの首。それ以外はどうでもよかった。無力化して放置すればいいと考えていた。
しかしその考えは消えた。徹底抗戦するというのなら、緑牛も
「口から尻尾まで串刺しにしてやる」
塞がれた視界の向こう側にいるモモの助に対して、明確な殺意を放つ。
能力に武装色を織り交ぜ、足を踏み出そうとしたその瞬間。緑牛の背後から覇王色の覇気が浴びせられた。
「ぐお……っ!! 誰だ!?」
並大抵の覇気ではない。たとえ覇王色であろうと、洗練されてなければ緑牛を足止めすることはできない。
それができる人物は誰だと緑牛は振り返り、その男を見て納得する。
「……お前か……! 天喰い!」
「祭りを楽しんでる人たちに、水を差すようなことはやめてもらおうか」
「天竜人はお前の首を待ってるぜ?」
「……前から思ってたんだが意外だな。自分たちの娯楽を謳歌して忘れそうな生き物だと思ってたよ」
「らはははは。大方当たってるが、一部の奴らは忘れちゃいねぇ」
「遺族か」
「
真っ当な候補を挙げてみたが違うらしい。その解答にベルナートは目を細めた。
恨みによって追われているわけではない。いや、元はそれもあったが、捕まらない期間が長く、それも薄れていったのだろう。つまりベルナートの首を狙う天竜人は、体裁を気にする者たち。天竜人の中でも特殊な層。
「騎士団だ」
「……騎士団?」
その存在をベルナートは知らない。世間でも知られていない。
そんな単語を緑牛が口にしたのは、ベルナートもターゲットとして定めたからだ。教えたところで今日捕まえてしまえば問題ない。そんな判断である。
世間話をする気がさらさらない緑牛は、意識をモモの助たちからベルナートへと変え、その緑牛が動く前にベルナートは仕掛けた。
「おっ?」
煙が晴れる前に緑牛を強制的にこの場から遠ざける。放たれた斬撃は緑牛に通らずとも、その体を飛ばすには十分だった。
「鬱陶しい野郎だ……!」
緑牛がわざわざベルナートの狙いに乗る必要はない。緑牛は単体で大人数を圧倒できる強さと能力を持っており、現に先程まで赤鞘たちは全員が拘束されていたのだ。ベルナートに対する人質として活用することもできた。
それをベルナートに阻止された。油断したわけではない。あれだけの覇気を出せる男を相手に油断などしない。
シンプルな理由であり、緑牛の想定をベルナートが超えていただけだ。それはカイドウとの戦いを経て、ベルナートの実力がまた一段と上がっている証でもある。
「ぐおっ!?」
残り続ける斬撃を緑牛が相殺するも、その瞬間にベルナートの蹴りが腹に叩き込まれる。緑牛は花の都から完全に遠ざけられ、兎丼の端へと墜落する。
「良い覇気してやがる」
緑牛が立ち上がるのと、ベルナートが着地するのは同時だった。「思った以上に面倒だな」と頭をかき、体を樹へと変化しようとするも、その前にベルナートの斬撃が飛来した。
「チッ」
「お前が大人しく帰るならそれで済む話だぞ」
「馬鹿言ってんじゃねえのよ。邪魔する奴がいたから帰ります、なんざおれの立つ瀬もねえだろ」
「独断で四皇とぶつかろうとする海軍大将も、なかなか上の人間の立場を薄めてそうだが? 四皇との戦争は許可制だったよな」
「部外者は黙ってろっての」
会話中にも何度か仕掛けを試みたが、その尽くをベルナートは逃さずに牽制して阻んでいる。
悪魔の実の能力を省き、単純な身体能力での速度ならベルナートは世界最速を名乗れるかもしれない。少なくとも緑牛の中では、ベルナートの速度がそのレベルだと格付けされた。
加えて見聞色の覇気による未来視。間合いに入ってしまえば、そうやすやすと動けない。くらいつける速度がなければ、ダメージ度外視での初動となるだろう。
(どこまで先が視えてやがる)
何秒先まで視えるのか。それを把握してしまえば、
(試されてるな)
ベルナートは未来を視ながら緑牛を牽制し、状況を分析していた。緑牛の動きは無作為なものではなく、意識して段階を踏むものになっている。仕掛け方の複雑化。手数や速度も増加していく。
4手、5手、6手。
そこで緑牛の動きが一度止まる。
「なかなか悪くねぇが、お前じゃおれには及ぼなねぇな」
「さて、どうだろうな」
探り合いは終わった。互いの底力も高い精度で見合った。
ここからはどちらが倒れるかの戦いになる。
「……」
ベルナートが刀を構える。
「……フン」
緑牛が1歩前に踏み出す。
両者が全力で激突する──まさにその瞬間。
「鳴鏑!」
「「!?」」
飛来する第三者の攻撃を緑牛が弾いた。
「なんで来たんだ。ヤマト」
その人物はカイドウの息子であり、先程までモモの助や赤鞘たちと共にいたはずの者。
息を切らしながら棍棒をその肩に担いでいる親友に、ベルナートは目を向けずに言葉だけ投げかけた。乱入者がいるとはいえ、緑牛の意識は1ミリも乱れていない。一瞬でも目を離すのは致命的だ。
「さっきの、ベルナートの覇気だったのが分かってたからね。追いかけてきた」
「離した意味がないんだが……」
「黙って待つのは無いよ」
「……そうだな」
逆の立場でもそうした。ヤマトの行動を咎めることも、突き放すようなことも言えない。
「何人になろうが『プルプルプルプル』……チッ」
電伝虫に言葉を遮られ、緑牛が舌打ちしながらそれに出る。一触即発の空気の中で出たのは、直感で「出ないとやばそう」と思ったからだ。
『まさか命令違反しちょるわけじゃあないじゃろうな?』
「げっ! サカさん……!?」
『今すぐ帰投せい。ワノ国に構ってる場合じゃなくなっちょる』
「目の前に天喰いがいるんだが」
『あァ? ……フン、構わん。ワノ国近海に赤髪の船が停滞しちょるのも確認済みじゃ。下手なことを起こす前に帰投せい』
ワノ国の中には新たな四皇と最悪の世代の海賊が2組。外にも別の四皇がいる。しかもいるのはあの赤髪のシャンクス。ベルナートが動いたからシャンクスは手を出しておらず、もし緑牛がルフィ捕縛のためにワノ国を巻き込んだら。1人では手に負いきれない事態に発展する恐れもある。
海賊という悪。世界最悪の犯罪者の1人。それらがいると分かっていても、あの赤犬が「戻れ」と命じた。
その重みを緑牛は正しく受け止め、了承して電話を切った。
「つーわけだ。らはは、命拾いしたな」
「とっとと帰れ」
「言われなくてもそうする。だが覚えておけよ。情勢が落ち着いたらおれの手で捕まえに行くってな」
ウタがいる場所にベルナートあり。世界に星の数ほどいる犯罪者たちの中でも、これほど分かりやすい目印を持っている者はそういない。
「そうなったらその時追い返すだけだ」
だが、それはとっくに覚悟している。ウタと生きると決めた時から、そしてこれからもずっと。
かかる火の粉は払う。そのためにこれからも力をつける。ウタを護るために、平穏を保つために。
「ふぅ。これでひとまず落ち着いたかな」
緑牛の姿が見えなくなると、ヤマトは棍棒を納めてひと息ついた。ベルナートも見聞色の覇気で緑牛の完全撤退を把握すると、刀を納めて体を伸ばす。
「あ〜。モモの助たちには内緒な」
「もちろん」
「麦わらたちも備えていたようだが、この国の侍たちの踏ん張りを見届けてたようだな」
「なるほどね。うーん……うん。そうだね」
なにやら1人で納得しているヤマトに怪訝な目を向けると、ヤマトは朗らかに笑いながらベルナートに教えた。
「僕はこの島に残ることにしたよ」
「……」
「この国の侍は強い。それは分かってるけど、外には猛者がいっぱいいる。少しでも戦力はある方がいいだろう?」
ワノ国は古代兵器の1つ、プルトンが眠る国だ。世界政府の未加盟国でもある。海賊からも政府からも標的にされる。
今回の場合、新四皇のルフィを理由に海軍大将が独断専行で来たためまだよかった。これが海軍として正式なものだったら、海軍の戦力はさらに投入されただろう。海賊にしても相応の戦力で襲来することが予測される。
そうなると、戦力は多いほうがいいというヤマトの話に説得力が増す。
「ルフィたちも安心して出港できると思うんだよね」
「……いいのか? 麦わらたちと冒険する選択肢もあっただろ」
「いいんだ。僕が決めたことだから。それに、ルフィたちの船に乗るチャンスはまた来ると思うから」
「……そうか」
ヤマトの中でもう固まったらしい。ベルナートと合流する前、この場に向かっている時から考え出していたのだろう。ヤマトなりに考えてだした答えだ。それをとやかく言うつもりは、ベルナートにはさらさらない。
「オレとウタはエレジアに帰る」
「うん」
「ヤマトがここに残るなら、ここで別れることになる」
「うん。ベルナートたちとの冒険もすっっごく楽しかったよ。ありがとう、僕を連れ出してくれて」
「ああ。また連れ出そうとも思ったが、決めたなら無理だな」
「そうだね。でも、ここに残らなくてもお別れだったと思う」
「……まあ、おでんみたいな冒険なら、麦わらたちと行ったほうができそうだしな」
「それもあるけど。
「うん?」
それは前々から知っている。ヤマトと初めて会った時から、ヤマトがそうやって生きていくと決めていたことを知っている。分かりきっていて、ベルナートもこれまでずっとヤマトとそう接してきた。
「ベルナートのことはすごい好きだよ。また一緒に冒険したい気持ちもある。でも、そうしたら僕の生き方が揺らいじゃいそうだから」
「……」
ヤマトの告白にベルナートは言葉を見つけられない。何か言おうとしても、喉元につっかえて音にすらならない。
そんなベルナートの両頬にヤマトの手が添えられた。棍棒を振り回すために固くなっている肌も、女性の肉体であるがために柔らかさを残している。
「ん」
少し触れるだけの短なものだった。柔らかな唇が重ねられた。
相手を感じられるほど近い距離。かかる吐息。
起きたことをベルナートが理解した時には、ヤマトは離れて笑っている。知らなかった感情。慣れない気恥ずかしさ。それらが見え隠れするような、思春期の少女じみた柔和な笑顔だった。
「またね、ベルナート。ウタにもまた会おうって伝えておいて」
「ヤマト」
「ほら、会ったらバレそうだし」
ウタの直感は鋭い。ベルナートが絡むと特に。
バレるかバレないかで言うと、高確率でバレるだろう。ベルナートもその点はヤマトの予想に同意した。
「君たちが無事にエレジアに帰れること。それとその先のことも応援してる」
「……わかった。ヤマトのことも応援してる。……世界は新世界を中心にさらに荒れると思う。諸々が落ち着いたらまた会おう」
「うん。ありがとうベルナート」
拳を突き合わせ、同時に笑って背を向けあった。ヤマトは花の都に戻るため。ベルナートはウタと合流してエレジアに帰るため。
振り向くことはない。
たとえ離れることになっても、これまで強くしてきた絆がある。それは同じ空の下でずっと繋がっているのだから。
□
「お? どうやら終わったみたいだな」
「そうなの? ヤソップさん」
ニヤリと笑みを浮かべているヤソップの言葉に、ルウが作ったデザートを食べていたウタが反応する。
ヤソップは狙撃手であり、赤髪海賊団の中でも屈指の見聞色の覇気の使い手だ。島の中の様子も事細かに把握できる。もしベルナートに何かあれば、すぐに援護できるように備えていたわけだ。
「来てた野郎は帰っていくっぽいな。ベルナートのやつもこっちに向かってる」
「よかった。それで、みんなは本当にルフィたちに会わないの?」
「お頭がそう決めたからな。それにおれはウソップに会う覚悟ができてねぇ!」
「そんな自信満々に言わなくても……。ウソップさんはヤソップさんのこと尊敬してるみたいだったよ」
「嬉しい話だけど余計に気まじぃ!」
ヤソップはシャンクスの誘いに乗って島を出ている。妻と息子をその島に残してだ。しかもその後まったく顔を出していない。それなのに今でも息子に慕われているのは感無量だが、「会って何を話せばいいか」問題もある。
ある意味ウタとウソップは近い境遇とも言え、ヤソップが相談するにはもってこいの人物だ。本人はシャンクスの言葉を半ば盾にしており、そうなるとウタもこれ以上言うことはない。
それから数分。デザートを食べ終えたウタが椅子から立ち上がり島の方を見る。
「ベルナートがもう着くね」
「ウタも覇気を使えるようになったのか」
「ううん。全然無理」
「んん?」
「ベルナートのことなら分かるだけ」
嬉しそうに言い切る娘に大人たちが沸き立つ。ウタの幼少期の頃から知っている船員たちは盛り上がり、ベルナートが船に降り立つと歓声があがった。
「え、なにこれ」
「気にしないで。みんな勝手に楽しんでるだけだから」
「へー」
「お疲れさん。ベルナート」
「シャンクスさん。いえ、運に恵まれたところもありますよ」
赤犬による帰投命令。それがなければ無傷ではいられなかった。血みどろな戦いに発展していた。
最高戦力を引き下がらせるほどの何かが起きていることも気になるが、それは近いうちに新聞で知れることだろう。ベルナートはその件を切り捨て、明日以降のニュースクーに注目することにした。
「シャンクスさんたちはもう出ますか?」
「そうだな。島にいた妙なやつも帰ったようだし、黒ひげも来なかったからな」
「なるほど。……ありがとうございました」
「うん? どうした急に」
「シャンクスさんたちがこの近海にいてくれたことで、比較的穏便に事が落ち着きました」
「狙ってやったことじゃない。礼を言われることでもないさ。……コホン。それよりもだなベルナート」
「はい」
わざとらしい咳払いが挟まれることで、話題を強制的に終わらされる。そのことへの不満は特になく、ベルナートも切り替えてシャンクスの言葉を待った。
そのシャンクスはと言うと、言葉に困るような表情を見せながらウタをちらちらと見る。
それを汲み取ったウタが、ベルナートの耳元に口を寄せて囁いた。
「結婚の話シャンクスにしたよ」
「え?」
恥ずかしげに微笑むウタの顔と、神妙な面持ちのシャンクスの顔を交互に見た。ウタの顔には幸福感が溢れており、少なくとも反対はされていないことが読み取れる。ではシャンクスからはというと。
──泣かせたら斬ってやろうか。いやそうするとウタが余計に、いやだが……
父親としての葛藤が覗える。
それを待つべきか。ウタと一度相談するか。ベックマンやヤソップといった顔見知りにも一度目を向けるも、ベルナートは自分の悩みを断ち切る。
「シャンクスさん」
「なんだ」
僅かに緊張感が走る。船の上からは次第に話し声が消えていき、波の音だけが誰しもに届いた。
そこから待つこと3秒。
「ウタはオレが幸せにします」
「〜〜っ!」
「……ほう」
決めたこととはいえ、父親を始め仲間たちの前で行われる宣言には、さすがに恥ずかしさが勝つ。ウタは真っ赤に染まった顔を手で覆いながら、なんとか事の行く末を見守ろうと耐える。
「
「言いやがったアイツ!」
「ウタってお頭の娘だろ?」
「許可貰うとかじゃなくて宣言したな!?」
「ウタと結婚する、か」
ざわついていた船内も、シャンクスの声が通ると静まり返った。昔からシャンクスと共に旅をしてきた仲間も、そうでない仲間も、誰もがシャンクスが
その娘のパートナーとして、ベルナートは宣言したのだ。ベルナートがこの船にいた頃を知らない船員は、1人残らずごくりと固唾を飲んだ。
「フッ。よく言ったベルナート!」
シャンクスが笑顔を見せたことで、幹部たちは我先にとベルナートに駆け寄ってバシバシと肩や背中を叩き始める。
「男見せやがってコイツ〜!」
「泣かせたら承知しねぇからな」
「怪我も病気もさせんじゃねぇぞ」
「守り抜いて見せろよ」
「もう、みんな!」
ベルナートをもみくちゃにして楽しんでいる幹部たちをウタが止める。その輪にウタが割って入ると、ベルナートの腕を掴んだ。
「私もう守られるだけじゃないから! ベルナートと一緒に支え合って生きていくんだからね!」
「ウタ……」
「うおおぉん! ウタが立派に成長してるー!」
「あの頃は怪我してすぐ泣いてたのに〜!」
「おばけがいるとか言って1人じゃ寝れないとか泣いてたのにー!」
「ちょっ!? い、いつの話してんの!? シャンクスも言ってやってよ!」
「ベック……! ウタが。あのウタが立派に……!」
「フッ。子の成長ってのは早いもんだな。送り出してやるのも親の役目ってもんだろ」
「シャンクスまで!? もう〜〜!!」
尊敬できる大人たちの子供じみた反応。文句の1つでも言ってやりたいところだが、ウタにはそんな気持ちが湧いてこなかった。
彼らと共に過ごせた時間は限られている。物心がついた頃からで考えれば、ウタにとってはより短い。しかし彼らは間違いなく家族として、赤ん坊だったウタを受け入れ、育て、今でも家族同然に想っている。
その気持ちはウタも同じだ。絆は消えない。家族であることは今後も変わらない。それでも、新たな家族の形が生まれることに、何も思わないわけじゃない。嬉しさも寂しさも同居している。
「2人の気持ちは強固なんだよな?」
「もちろんだよライムさん。誰にも負けないんだから」
「んじゃ、いっちょ誓いのキスってやつでもやってもらうか」
「それぐらいどうってことな…………え?」
「あ? どうってことねぇだろ? キスだよキス」
「ベルナートと、私で?」
「他に誰がいるんだよ」
「ここで?」
「おう」
「……ふぇ」
ベルナートの腕を掴んだまま、ウタは恥ずかしさのあまりショートした。ふらふらと揺れるウタをベルナートは支え、ライムの意図を問いただす。
「みなまで言わなきゃわかんねぇか? ベルナートは賞金首だ。ウタと結婚できても公表できねぇ。制限すりゃ結婚式なり披露宴なりできるかもしれないが、情報統制なんてものは基本無理だ。噂は広まる」
「だから、今ここで結婚式擬きをやればいいってことだな。宴の準備でもするか」
「そうもいかねぇだろルゥ。長居しても仕方ねぇ」
せめて祝いの食べ物でも思ったルゥだったが、赤髪海賊団は彼らなりにやることがある。
「気持ちだけでも嬉しいよルゥさん」
「ウタ」
ショートしたなりに話を聞けていたウタが復帰する。想ってくれた故の発言と分かれば、ウタの覚悟も決まるというもの。
ウタは自分がいた頃からいる船員たち、幹部、そしてシャンクスへと視線を向けると、改めて感謝の言葉を述べる。
「みんなありがとう。赤ん坊の私を育ててくれたこと。一緒に冒険してくれたこと。一緒に遊んでくれたこと。私のために、エレジアでの真実を隠してくれたこと。みんなのおかげで、今の私がいる」
エレジアの悲劇の真相が広まっていたら、ウタは幼くして賞金首になっていた。歌手になどなれなかった。
赤髪海賊団は、シャンクスは、皆でウタの未来を守った。
「私は今も海賊が嫌い。でもそれは、一方的に暴力を振るって、略奪して、搾取していく人たちが嫌いなだけ。みんなみたいに、そんなことせずに自由に冒険する人たちは別。私はみんなのこと、家族のこと、本当に大好きだよ」
そのウタにとっての新たな家族。新たな家族の形を共に作る人に向き直る。
愛おしい彼を真っ直ぐ見つめた。
「ベルナート、誓えるな?」
「はい。何があろうとウタと共に生きていきます」
「ウタは?」
「誓えるよ。ベルナートと一緒に幸せになる。どんな困難も2人で乗り越える」
今度は恥ずかしさがこみ上げなかった。ウタの力強い言葉は、ベルナートの心をより包み込む。
ウタの手がベルナートの肩に触れ、ベルナートの手はウタの腰に回った。
ウェディングドレスはない。式場に用いられるような立派な式場もない。
だが、そんなものは関係なく、そして不要だった。2人にとって互いのありのままが美しいものであり。そしてどちらにとっても思い入れ深いこの船上こそ、この上ない最高の式場なのだから。
「ベルナート。愛してる」
「オレも愛してる。ウタ」
どちらからともなく顔が近づけられ、唇が重なり合う。
互いの幸福感を分け合うように。誰にも奪わせないように。熱い、熱い口づけを。
世間では祝われ難いことだろう。
それでもいい。
この場にいる家族たちが祝福してくれていて、そして目の前にいる愛おしい人と生きていけるのだから。