彷徨える愛の弾丸   作:パラリラパラディン

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リコリコにクレイジーサイコレズが出るのか気になる今日この頃。


藍の愛

 恋に焦がれ、愛に惹かれ、夢に終わる。私の想い人は度々愚痴を言っていらっしゃいました。あの方は、私が知るどんな方よりもピュアな方です。今の世の中で、あれだけ奉仕の精神と心の優しさを持った方を他に知りません。

 

「……ああ、お姉様。どこへ行ってしまわれたのですか」

 

 朝1番に手に取るのは、椿油を馴染ませた古めかしい木櫛。お姉様からのプレゼントの1つです。赤い椿の花がワンポイントにあしらわれたこの木櫛を見るたび、あの方の笑顔を思い出し胸が高鳴り熱くなる一方で、今は居ないと言う事実に打ちのめされそうになってしまいます。

 そんな気持ちを宥める様に髪に櫛を通して今日も髪の調子を確かめてみますが、どこか草臥れた元気のない髪艶でした。お姉様が綺麗だと撫でてくれてからずっと伸ばし続けていた銀の髪。それまでは仲間外れの(シロ)だったそれを、私だけの特別(ギン)に変えてくれたのは、数え切れないお姉様からの救いの1つでした。やはりあの方が居ない日々は輝きが足りません。

 最初はお姉様に憧れて髪にウェーブをかけていましたが、髪が腰丈にまで差し掛かった今は泣く泣くハーフアップに纏めています。髪の長さは思いの丈と言いますが……私は重い女なのでしょうか。いえ、きっとそうなんでしょう。

 姿見を見れば、浮かない顔をした11の少女が立っていました。まるで捨て犬の様に、惨め。それでいて歳も、見た目も、中身も、何もかもお姉様には及ばない。こんな私があの方に想いを募らせるなど、分不相応だと思う時もあります。

 でもお姉様の隣に生半可な男が立つくらいなら、私が攫ってしまえる様に、私は常にそれ以上を目指さなければならないのです。

 藍色の制服に身を包み、見た目よりも遥かに重いチェック柄の薄いランドセルを手に外へ向かいます。自分磨きの為、お姉様をいつだって守れる様に。

 私は、風見(かざみ)うるか。この胸に常に情熱の炎を滾らせる──ただ1人に送る"愛"の青いリコリスです。

 

 ──リコリス、それは女の子の孤児を集め育て、武器で飾り立てた戦灰被りのお姫様(シンデレラ)。赴くのは影の世界の舞踏会。血と硝煙がむせかえる程立ち込めた此岸の淵。武器、麻薬、テロ、この世の闇から国を守る為、私達はそこへ誘われ、行くのです。今日もまた、カツンとローファーを打ち鳴らし、月明かりすら届かぬ街の裏側にお邪魔します。

 

「……誰だ!」

「皆々様方が楽しくご団欒している最中、誠に失礼ですが──」

 

 男が1人2人……沢山居ますね。青い制服の上から羽織っていた白のパーカーの下から1本、黒いマット塗装の折り畳み式警棒を取り出し、ランドセルからはセラミックとカーボンの複合素材で構成されたA4サイズのライオットシールドを取り出し、左腕にマジックテープでぐるりと巻き付けて軽くステップを踏んで揺らしてみれば、しっかりと固定されているのが分かるでしょう。警戒する皆さんを横目に私はランドセルをそっとコンクリートの床に立てて……それを蹴り倒しました。

 

「──良い子は寝る時間です」

 

 開いたランドセルからは、ピンの抜けたフラッシュグレネードがごろごろと溢れ出し、皆様がトリガーを引くよりも早く光と音を撒き散らしました。パーティのグランドフィナーレには相応しいでしょう。私はシールドで光を遮り、まず手近に居た1人の頭を警棒で軽く打ち抜かせて頂きました。手加減しましたから即死はしません。本部の方々に絞られる事を考えれば、決して良いとは言えませんが。

 

 私はゆっくりと警棒を肩に担ぐ様に構えて周囲を見渡します。彼我の間合いは取るに足らないもの、しかし誤射を警戒してか、私の両側へと逃げ込んだ方々は撃つのに戸惑いが見られる様子。

 

「テメェ!」

 

 と、背後ね死角から弾丸が飛んできたので、()で構えていたライオットシールドを添わせて()()()ます。気になって振り返れば腰を抜かした男の人がいらっしゃいました。何か怖いものでも見てしまったのでしょうか、顔が真っ青を通り越して土気色です。

 

「大丈夫ですか?」

「えっ? ああ……」

「良かった、では──おやすみなさい」

 

 私は肩に担ぐ警棒を振り落とし、頭を叩いて蹴りを入れ彼の意識も落としました。剣道で言いますところの上段に構えていると攻撃のタイミングが判りやすいのですが、肩に担ぐ事で警棒を身体の陰や盾の裏に隠し易く、意識の隙間に瞬時に攻撃を入れられる訳です。

 

「この、化け物が!」

 

 と、今度は正面からフルオートの銃撃。流石に小さな盾で防ぐには力不足ですので、足を使ってフェイントを刻みつつ回り込む様に回避します。初弾回避は経験と勘で行って、垂れ流しの銃弾を横目に左へいくと見せかけ右へ。その際、彼らの射線が被る様に動き、ざっと半分のお相手が動きを止める状況を作りました。誤射は単純に戦力を減らすだけじゃなく信頼を崩すものですから、躊躇うのも仕方ないでしょう。最も、彼らに絆と言う物はあるのでしょうか? 分かりません。

 

「邪魔だ退け!」

「お前俺を撃つ気か!?」

 

 多対一の状況に於いて近接戦闘を仕掛ける場合、大切なのは多を相手にする武術ではなく、いかに瞬間的な一対一を作るかの立ち回りです。それはある意味、狩りの振る舞いにも似ています。群れから逸れた、あるいは群れから引き剥がした獣を優先し攻撃する様に、私は孤立し得る相手を経験と直感で選び行動するのです。次のターゲットは、一瞬の不和に気を乱され、私の目の前で視線を逸らした方から。そこの方、喧嘩はメッ、ですよ。

 

「ふっ!」

 

 銃口がこちらを向かないよう、立てて構えた警棒で銃ごと相手の身体を押しながら、足元の集中が切れた瞬間にこちらの膝裏と相手の膝裏を合わせる様に大外刈り。警棒で押された上半身と内側へ引かれる下半身が自然と相手の身体を倒す力を生み出します。あらゆる武芸は乙女(リコリス)の嗜み。まるでダンスを踊る様に一連の流れを繰り出せたのならば、きっとお姉様も褒めてくださる筈。叩きつけた身体にはそのままつま先でこめかみに蹴りを入れて無力化し、私は一度柱の陰に隠れました。後はこの一対一を繰り返せば、相手が何人居ようと恐れる事はありません。

 

 気付けば、私を睨み付けていた十数の瞳は、怯え竦む色へと変わっていました。戦う事も逃げる事もしないなんて、何を考えているのですか。それでも皆さまがそれを望むのなら……飽くまで踊りましょうか。そろそろカーテンコールの時間ですよ。

 

 私は、軽やかにステップを踏みながら、弾丸遍く灰と硝煙が舞うステージへ飛び込んでいく。これが私の日常、生きる為に果たす義務。銃もマトモに使えない落伍者の私がお姉様に見出してもらったものですから、少し気後れする事もありますけど、頑張れます。

 

「……お姉様、私は必ず迎えに行きます」

 

 ──再びお会いしましたら、褒めて頂けますか、お姉様。

 

 

 

 ──✳︎──

 

 

 

「ねぇたきな、原始時代から来た少女のウワサ、聞いた事ある?」

「映画の話ですか」

「違う違う。DAの方で(まこと)しやかに(ささや)かれてるって噂の話。凄いよ〜、武器は警棒か盾、たまに傘とか杖も使うとか」

「後半に至っては武器と呼べるんですか?」

「あ、『キングザメン』馬鹿にしたな〜?」

「やっぱり映画の話じゃないですか」

「違うってばぁ!」

 

 平和な街角にぽつんと建つ一軒の木造建築。古民家風カフェ、喫茶LycoReco(リコリコ)の看板を掲げる店の中では、2人の店員が客の居ない時間に雑談を交えていた。

 

「杖や傘だって武器になるんだって!」

 

 身を乗り出す勢いで杖や傘の武器としての有用性を主張するのは、赤い制服にボブカットにした白髪の少女、錦木(にしきぎ)千束(ちさと)。超人的な反射神経と動体視力を持ち、相手の動きから次の動きを予知レベルで導き出せる力を持つ少女は、現在は折れている電波塔で英雄的な活躍をしたリコリスでもある。

 

「あくまで護身用ですよね」

 

 冷ややかな視線でそれを否定するのは、青い制服に長い黒髪をツインテールにした少女、井ノ上(いのうえ)たきな。彼女もまたリコリスであるが任務における命令違反により、リコリスを統括するDA(Direct Attack)の支部である喫茶リコリコに転属となった。そんな少女だが、そのスキルは高く、特に射撃の精度は卓越した腕前を持つ。

 

「傘の先端から銃撃したりとかあるじゃん」

「それはもう傘じゃありません」

 

 2人はやや物騒な話を続けていたが、客が来る事もない為、中々その時間は終わらない。すると店のカウンターの奥からまた1人女がふらりと現れる。

 

「な〜に駄弁ってんのよ、仕事しなさい仕事!」

「え〜ブーメラン頭に刺さってますよ」

「私はピンチヒッターなんです〜!」

 

 開口一番仕事を促す言葉を吐いたこの女の名は、中原ミズキ。2人とは異なり彼女は大人で、リコリスではなくDAの情報部員である。ウェーブのかかった鶯色の髪をして緑色の制服を着た彼女は、カウンターに持たれながら千束と言い合いを始めた。17の千束に喰ってかかる27、ミズキはとうに過ぎた遠い青春を楽しもうとしているのだろうか。たきなはこれをスルーして持ち場に戻って行く。そんな喫茶リコリコに、新たに客がやって来た。カランコロンと鳴るドアベルに3人の視線が集まり、

 

『いらっしゃいませ!』

 

 と挨拶。軽く会釈をした客、見るところ茶色い髪で鶯色のワンピースを着た客の少女は、真っ直ぐにカウンター席へ向かう。手に下げた黒い傘をカウンター席に引っ掛け慣れた様子でぽすんと座った彼女に、ミズキと千束の2人は面食らう。

 

(な〜んか、慣れてるわね)

(常連さん? にしては私が顔を知らない筈無いし……)

 

 少女が1人で古民家風の喫茶に入ってくる。随分と()()()な少女だとミズキは感じていた。そんな中、たきなは平然と接客を行う。

 

「ご注文はお決まりでしょうか」

「おはぎセットと煎茶を」

「かしこまりました。……何してるんですか2人とも」

 

 そんな彼女の様に2人もまた、何かが喉に引っかかった様な面持ちで仕事に戻っていく。しかしながら、千束はある事に気付いていた。それは些細で、しかし異質な事であり。

 

(……おかしい。私達美少女コンビじゃなくて、さっきからあの子、ミズキの事ばっか見てる)

 

 おかしい、と言う意味は概ねミズキに対する失礼10割で構成されたものだが、一度気付けば彼女の視線が茶を入れるミズキの背中に向けられている事がよく分かり、千束は腑に落ちない感情を腹に溜めていく。

 

(まさか、最近の女の子の憧れってミズキタイプ!? ウソウソありえないって! 街中にクローンミズキが大発生したら1夜で東京の男子が滅ぶじゃん!)

 

 目が良ければ余計なものまで見えてくる。例え目を閉じようが耳を閉じようが情報の洪水を叩きつけられる昨今の情報化社会では、彼女の才も決して良い事ばかりではない。自分より遥かに幼く見える少女の動向に振り回され、頭を抱えたり仰いだりする成人間近の少女の姿は側から見れば不審かつ滑稽だ。

 

「……千束さん、客を放っておいて何してるんですか」

 

 紫、緑、薄紅、茶色のおはぎが乗った紅色の四角い皿をトレイに載せてきた黒髪の少女は、より冷めた視線で挙動不審の千束に問うた。当然ながら頭の中がミズキ・ハザードの彼女にマトモな返答は期待できない。

 

「止めないでたきな! 今東京の男子達に危機が訪れてんの!」

「たきな、ソイツの言う事間に受けてたら駄目よ〜?」

「はい」

 

 しかし、そんなやり取りの最中にも関わらず少女の瞳は──ミズキを見つめていた。

 

 そんな時間もあっという間に過ぎて行き、やがて日も暮れ、閉店の時間がやって来る。少女2人はそそくさと店を出て行き、後には2()()が残される。

 

「……また呑んでるのか」

 

 紫の着物に身を包む中年男性の心配を多分に含んだ言葉は、結婚雑誌を見ながら晩酌をするミズキへと向けられていた。黒い肌の男は、杖を突きながら店の中をあちらこちらへと歩き、明日の準備をしている。彼の名はミカ、喫茶リコリコの実質的な店長であり、DAでは千束の元訓練教官でもあった男だ。日中はデザート作りと美味しいコーヒーを淹れる事に心血を注いでいる。

 

「だってぇ、ここ最近出会いどころか男性客すら来ないのに!」

「出会いなんて待つだけで来るものじゃないだろう?」

 

 白磁のコーヒーカップを乾いた布で拭いていくミカは、手の掛かる娘を宥める様にそう言った。2人の歳の差は20近く。昨今では歳の差婚と言うものもあり、ミズキはやぶさかでもなかったが、ミカはと言うと()()()()()気持ちは1μも浮かんでいない。悲しきかな、ミズキにはまるで異性との縁が無かった。見てくれだけならば、同年代どころか歳下にも勝る器量があるのだが、当人の妙な押しの強さと肝心な所での押しの弱さがミスマッチを起こしているのだ。

 

「分かってるけど、最近の男子って下手に押したら引いちゃうし。草食系男子って何よ! 独身貴族!? ガチの貴族の遊びみたいな事はせんでイイっての!」

 

 ミズキが胸に抱えた酒瓶はYesNo枕のYesの様なモノだが、今この場に彼女を誘いかける男など存在しない。彼女はその事実に歯噛みし、眼鏡を露で曇らせながら酒瓶をよりギュッと抱きしめるのだ。ありもしない温もりを求めて。

 

 ただ、彼女も住み込みの店員ではない。表()の仕事が終われば帰宅する事になる。

 

 ──ある程度酔いが抜けた所で、私服に着替えたミズキは夜の東京に放たれた。

 

 街灯の明かりばかりが輝く住宅街の夜道でも女性1人で帰る事が出来るのはのは日本の治安が良いからであり、その治安の陰には、数多の少女達(リコリス)の犠牲がある。DAの情報部員であったミズキは誰よりもその事実を理解していた。積極的平和とは、血と屍で作られるのだ。

 

「──やっと逢えましたね」

 

 しかし、今日は何かが違った。カン、カンカンと音を立てて点滅を繰り返す街灯の下に、傘を持った雨合羽姿の人影が立っていた。いつの間にか、亡霊の様に。ミズキの酔いは一瞬にして醒めた。

 

「どうして、私の前から居なくなってしまったんですか。きっと私に何か至らない点があったんですよね。なら直します。振る舞いですか、見た目ですか、それとも生まれ、性別?」

 

 声は幼さを残す少女の声、その人影は、ミズキの半分より少し上程の背丈しか無い。と言うのにそこから放たれる圧は尋常ならざるものだった。彼女の背筋には言いようもない悪寒が走り、ハイヒールの踵は引き返そうとする。

 

「想いに不可能はありません、何だってしますし出来ます、から」

 

 ミズキが一言も口にしないのに、会話は一人手に進んでいく。熱を帯びていく。彼女を置いて行く勢いだ。だがその想いの発露は言葉だけに止まらない。人影は点滅する光を背後に、歩き始めた。タッ、タッ、タッ。リズミカルな足音はミズキの鼓動を高め早めた。アスファルトに打ち付けられる弾む軽い足音は、静けさの中で声高に感情の高鳴りを叫ぶ様であった。

 

(マズイヤバいマズイ……! 子供みたいに小柄なのに私が止められる未来が見えないんだけど!)

 

 ミズキは逃げようと試みるが、不運にもハイヒールの踵が折れ、彼女は後ろに倒れそうになる。その瞬間。

 

「っ! お姉様!」

 

 人影は一目散にミズキの元へ飛び込み、その背を支えた。ミズキが背中に感じたその手は、とても小さく、少し熱い。その小さな身体にどれだけの力があるのか、ミズキはこの状況にも関わらず、ふとそう思った。よく見れば雨合羽を着ているのが今日来た客の少女である事がミズキにも分かる。彼女は雨合羽のフードの影に隠れた顔を酷く紅潮させていた。

 

「……っ、久しぶりのお姉様の御顔」

 

 少女の顔は、ミズキへと近づいて行く。その顔はほんのりと紅く、目は今は夢心地と言った風に微睡むように蕩けていた。ミズキの身体を支える手はどこか便りなく怯える様に震え、生唾を飲む音や鼓動の音まで聞こえる。唇は湿気を帯び、その薄くも確かに膨らみのある薄紅色の唇は、少女にあるまじき妖艶さを魅せている。ミズキは一瞬、男相手でないと言うのに、心臓が打ち震えた心地がした。

 

「ちょっ、まだ初めてなの私!」

「大丈夫です、優しくしますから」

 

 そう言った事に対する知識は無論あるアラサーミズキは、少女が唇を重ねようとしている事に即座に気付き、手を構えて防ごうとする。が、少女の片手が先んじてミズキの両手を掴み吊り上げた。大人ですら振り解けない少女の片腕に、いよいよおかしな事が起きていると確信したミズキ。しかし遅かった。小学生程の少女に襲われるアラサー女子と言う倒錯的な光景が広がろうとしていたその時。

 

「貴女は何をしているんですか」

 

 少女の後頭部に、冷ややかな視線と銃口を突きつけられた事でその動きは止んだ。

 

(たきな!?)

 

 ──ミズキの視線、少女の背後には、ストレートの黒髪を風に棚引かす1人の()()()()が拳銃を構えて立っていた。その視線の冷たさと言えば、まるで処刑人、あるいは断罪者が如く。

 

「貴女は、何をしているんですか」

 

 再度復唱。それは暗に3度目の慈悲は無いと告げていた。ただの少女ならば、何も分からず右往左往するか、泣いて許しを乞うだろう。だが、少女は何も言わず、何もしない。トリガーガードに掛けられていたたきなの指はトリガーへ向かおうとしていた。彼女に堪忍袋の緒なんてものはない。決めたら最後、やるかやられるかの結末だ。

 ミズキも冷や汗を流していた。自身の上に少女がいるのだから、少女を背後から撃てば自分の方に弾丸が飛んでくる。そんな命の危機に加え、出来る事ならば、目の前で少女達が殺し合う光景など見たくないと言う思いもあった。

 

「待ってたきな! この子は──」

 

 次の瞬間、ミズキとたきなは自分の目を疑った。

 

(2人が──)

(たきなが──)

 

(──消えた……!?)

 

 少女は、地面に置かれた黒の傘を開いた。後ろを一瞥もせずに、ただそれだけ。

 

()()()()()()でたきなと少女の間に開かれた暗幕は宵闇に溶け込んで互いの姿を一瞬隠したのだ。たかが一瞬、されど一瞬でも姿が見えない状態で銃を撃てば、たきなはミズキを撃ってしまう可能性があった為に、彼女は射撃を躊躇わざるを得なかった。

 

「っ! なっ!?」

 

 故に彼女は傘を払い除けようとし、その()()()()()()にまた驚いた。引き剥がした傘の向こうにたきなが見たのは、変哲の無い一本の杖を腰から一直線に振り抜く少女。勝負は刹那、至近の間合いにおいて既に振られていた杖とトリガーガードからトリガーに指を移すのとどちらが速いか。答えは一寸先の未来が示す。

 

「お姉様に当たったらどうするんですかっ!」

 

 怒りを滾らせる少女は、その手に持つ杖の尖った石付きで拳銃のバレル下部を打ち抜きたきなの手元から弾き飛ばす。そして杖は振り切らず、両手を脇に寄せてそのまま突きへと移ってゆく。少女の動きは、一般人のそれとは一線を画していた。

 

(どこからあんな物を──!)

 

 よく見ればその杖の持ち手は、先程まで少女が握っていた傘の持ち手に瓜二つ。たきなが横目に入った傘の裏側を見ると、傘の持ち手が丸々消えているのが目に入る。即座に彼女は確信した。あれは傘と杖が一体となった()()()()なのだ、と。だが気付いた所で突きへ移行する少女に止まる気配はなく、たきなの喉元を突かんとする。

 

(チャンスっ!)

 

 しかし、ここに居るのは2人だけではない。少女の後方に居る彼女(ミズキ)は、少女からのマークが外れるこの一瞬を狙っていたのだ。彼女は一途の望みに賭けて少女に向かって抱き着いた。

 

「やっ、やめて!」

 

 それは、好意に訴えかける事。先程見せた様子、少女からの好意をミズキは感じていた。ならばそれを利用するのが最良と彼女は考えた。声には艶を、やや目は潤ませて、視線は斜め45度。結婚雑誌の『モテるテクニック集』のコーナーを熟読して来た成果が試される。果たしてこの効果はいかに──

 

「ッぴゃぁぁぁァぁイっ!? やめます!? す?! やめますから離れてくださいぃッ!」

 

 ──それはもう覿面だった。飼い慣らされた犬の如く、怒っていた筈の少女は言われるがまま戦闘も杖も放棄して振り返りミズキの身体から離れようとする。しかしミズキはまだ離れない、意地でも離さない気だろう。否が応でも少女の肌は紅潮し、心臓の音は加速度的に高まりいよいよ32ビートの域に入りかけようとした時、少女に限界が来た。

 

「あっ、こ、こんな間近にお姉様成分を取り込んだら……はふぅ」

「あれ? ……ねえ? え! 嘘気絶してる!?」

「……今すぐDAに連れて行きましょう」

 

 ミズキの何かに当てられ気を失った少女に、たきなは詰め寄り胸倉を掴んで引き摺っていく。勿論今から追撃……をする訳ではなく、少女についての情報があると踏んだからだ。だがそれをミズキは制した。何故か、それは今更に心当たりが浮かんで来たからに他ならない。決して今からたきなの殺戮ショーが本気で始まると思ったからなどではない──事もない。

 

「この子……心当たりと言うか、既視感があるのよね」

「……はい?」

 

 おかしな物を見るようにたきなは顔を顰めた。だがミズキは気にも止めず、自らの手の中に眠る茶髪の少女の頭へと手を伸ばす。ミズキはつむじに手を入れ、何かを外す様に動かすと、その茶髪は少女の頭から外れてしまった。そしてその下から黒いネットに収まった銀色の髪が現れたのだ。

 

「白髪、ですか」

「……銀髪よ。まぁた変装スキル上げちゃって。整形メイクもいつの間に覚えたのやら」

 

 今はミズキの膝の上で幸せそうに涎を垂らしながら眠る少女。真面目一徹のたきなと言えど、流石に毒気を抜かれた様で、ミズキの話に耳を傾け始めた。ミズキはと言うと、ウィッグネットに収まっていた銀髪を外に出して手櫛で整えている。少女の口角は5度上昇した。果たして寝ているのか、たきなは疑いの目を向けながら、彼女の髪に触れてみる。少女は真顔になった。

 

「寝たふりですね。少し絞れば起きるかと」

「ちょっち待って! この子本当に寝てる時こんな感じだから!」

「……まるでミズキさんは、この少女を知っているみたいですね」

 

 するとミズキはバツが悪そうに頬を掻いて話を始めた。彼女がかつてDA本部で情報部員として働いていた時、調査中に偶然見つけたマンホールチルドレンがこの少女であり、DAに回収されリコリスとして育てられる中、ミズキは度々面倒を見て少女に懐かれたのだと言う。一時期はその懐き具合からミズキの家で共に暮らした事もあり、ミズキは口に出さなかったが、そこで少女は拗らせてしまったのだと考えていた。

 

「……風見うるか、この子の名前よ。私はね。この子に他の事を見る機会を与えたかった。って、言い訳よねこれじゃ」

「……? DA本部を去ったのはそれが理由ですか」

「いいえ、それだけじゃないわよ勿論。出会いを求めたり、子供に戦わせてるのを眺めるだけの自分に嫌気が差したり。色々よ……いろいろ」

 

 たきなはどうするべきか悩んだ。ミズキに連れて帰って貰うには先の光景が不安に思えたのだ。最もたきなは、少女がミズキにどう言った感情を持つのか察する段階に居なかったのだが。その為、ただ単に少女が孤独を拗らせ刃傷沙汰に発展させようとした光景にしか見えていない。捕獲の判断も妥当だろう。

 

「なら、首輪を着けましょう」

「え? まさか、澄ました見た目なのに結構ハードな事やっちゃうタイプ?」

「……著しい名誉の毀損を感じるのですが。首輪と言うのは、監視役です。ひとまずリコリコに持ち帰って私とミズキさんで朝まで監視するんです。起きたら話を聞かせてもらいましょう。()()ならば任務中と言う事もないでしょうし」

 

 DAに突き出す事も出来ないのなら、たきなにとってはこれが妥協点であった。確かに今の彼女は制服ではなく私服、リコリスは任務中制服を着る規則であるからして、今の状況は案外問題が無いのだ。仕方なくミズキもそれに頷き、2人は喫茶リコリコへUターンを決めた。

 

 ──道中何事もなく到着した2人を迎えたのは、closeの札。勿論店員の2人は合鍵を持っている為、中へ入っていく。すると、豆電球に照らされたカウンター席で、1人コーヒーを愉しむミカの姿があった。

 

「ん? ミズキに、たきな……どうしたんだ2人とも。それに背中のその子は」

「私の()()()()

 

 含みを持たせるミズキの一言で、ミカは察しがついた。ミズキが知り合いと言う少女の役柄など、1つしかないからだ。

 

「リコリスか。で、なぜここに連れてきたんだ?」

「ミズキさんが見事な鯖折りで仕留めたんです」

「……本当か?」

「違うわッ!」

 

 たきなが何食わぬ顔でそう言うと、ミカの表情が悟りを開いた仏像の様に固まった。ミズキは否定しながら、ことのあらましを語った。ミズキの知り合い、かつて親代わりをしていた事まで。

 

「なるほどな。だが俺が見た事が無いというのも妙な話だな」

「ミカのメインは射撃でしょ? この子、銃器の扱いはリコリスの中でも最低ラインだったからお世話になる事も無かったんでしょうね。DAだって慈善でやってる訳じゃないし、伸びない子は伸びないままよ」

 

 DAで教官を務めていたミカがポツリと溢した一言に答えたミズキ。しかしこの言葉に一番驚いていたのはたきなであった。本来、銃とは体格の差から生まれる有利不利を埋められるメリットの強い武器だ。特にリコリスたちにとっては。それを使えないと言う事は実質的にリコリスとして落第点と言っても過言ではない。そんな相手にあわや一本を取られると言う所まで押された事に、たきなは僅かに不服の表情を滲ませる。頭の中では既にリベンジとアベンジ担当の脳内たきな達が徒党を組んで計画を練っていた。判断が早い。

 

「! まさか、この仕込み傘を使っていたのは……」

「そう、彼女には格闘戦の才能があったの。で、リコリスと言えば静かに近付いて静かに無力化がモットーだから、それに合わせて()()()()()()でも不審がられない物で、かつ体格のリーチ差を補える物で絞った結果、この子は傘を使う様になったのよ。 今は大きくなったから違う武器も使ってるでしょうけど」

 

 そう言ってミズキはたきなが預かっていた仕込み傘を手に取る。一見木製に見えるが、中に金属でも入っていくるのか、その手に全ての重みを託された瞬間ミズキの口から鈍い悲鳴が発された。なるほど道理で力負けした訳だと、ミズキは1人納得する。

 

「おっもたい……腰いわせるヤツでしょコレ」

「持ちましょうか?」

「うん、持ってて……ありがと。……ああ後それに、彼女には変装の才能もあったの。至近距離での戦いは顔を覚えられるリスクもあるけど、この子なら何度でもバレて良い()があるから無問題。それに諜報向きの才能だったからDAでも情報部員よりの仕事、ちょうど私達みたいなのと一緒に行動する事が多かったわね」

 

 たきなは、自らの知らない役割を持ったリコリスがいる事に妙に関心していた。DA支部から本部への復帰を目指す彼女にとって、アプローチの変化とは有意義な選択だと感じたのだ。ただ今の所、彼女が得られそうな他の役割と言えばポイントマンかスナイパーくらいのものだと彼女は自己評価していた。

 

(……彼女の評価を聞く限り、彼女はかなり特殊なポジションにいる事は確実。私にも唯一無二があれば、DA本部への復帰も夢じゃない)

 

 その目は、壁沿いの畳席に寝かされた少女に向いていた。どこまでも真っ直ぐで実直、壁があれば貫く事も厭わない彼女に、歳下へ教えを乞う事への後めたさはなかった。同じリコリスだと確信が持てれば、後は同僚として上手くやっていくだけ、感情と言う物を差し引いた非常にドライで合理を求める立ち回りは、ある意味で酷く楽観的にも見える。

 

 楽観的と言えば、ミカやミズキもまた同じであった。

 

 何せこの喫茶リコリスには、どんな客とも愛想よくコミュニケーションを取れる看板娘がいるのだから、と。やや歳の差はあるが、それでも彼女なら上手く和を作るに違いないと。そしたら落ち着いて話が出来るだろうと。

 

 ──しかしそれは大きな誤りと彼らが気付くのは、明日の朝日が昇る頃。何故ならば、その赤服の彼女は風見うるかにとって不倶戴天の()()……なのだから。

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