♪ぼくが考えたすごく硬派なSFふぁんたじー♪ 作:トマト星人 <TN>
追憶の剥奪
西暦2517年10月4日 pm5:14
緩やかで心地よい微睡みの中、初めに意識したのは音だった。カチ、カチ、カチと脳内で一定のリズムを刻む。
――秒針の音だろうか?
意識が戻るとともに温かく柔らかい毛布の感触と熱く鈍い痛みを感じる。俺は今置かれている状況を確認する為、上半身を起こそうとするが思うように体が動かない。
「っ、うぅ」
「おい! 無理するな。そのまま寝てろ」
声のする方へ視線を向けると、黒と緑を基調としたジャケットを身に纏う銀髪の女性がこちらに駆け寄ってきた。
その時やっと自分が医務室のような場所でベッドに横たわっていることをなんとなく理解した。
彼女は自身が付けていたヘッドホンをせわしない動作で取り、話しかけてくる。
「一週間くらいか? ふん、案外早い目覚めだな。心配かけさせやがって……おかえり、蓮夜」
少し低くて威圧感のある声だが、それ以上に慈愛を感じる声でもあった。
「す、すまないが、ごほ……君は? それと、なんで俺の名前を知っているんだ?」
彼女の言う通りだとすれば一週間ぶりに話すこととなるのですこし咳き込んでしまうが、気になったことを質問する。
一体全体何がどうなっているのか分からないことだらけだが、彼女なら何か知っているかもしれない。
しかし俺が想像していた以上に、銀髪の女性は酷く動揺して後ずさる。
「おい、おいおい! 嘘だろ!? 待て、じゃあ! 一番新しい記憶は、なんだ?」
一番新しい記憶?
確かになんで俺は満身創痍で寝込んでいたんだ? 思い返そうと何度も試みるが雲をつかむような手ごたえのなさを感じる。まるでこれまで歩んできた人生を消されたような消失感に苛まれる。
ただ、すこし心がざわつく言葉を思い出した。
「捨て、ら……れた?」
「ッ────」
不安そうに俺の前で佇んでいた銀髪の女性は何かに気が付いたようで言葉に詰まり視線を外す。
再び俺の頭の中で壁掛け時計の音が大きく反響する程の静寂。とても重く暗い沈黙がそこにあった。
彼女は大きいため息の後、何かを決心したような様子で「しゃーねぇな」と小さく呟き、近くにあった丸椅子を俺が寝ているベッドの横へ持ってきて物静かな所作で座る。
そして首に手を当てながら少し照れくさそうに話し始めた。
「私の名前は
今から何百年も前。
忽然と現れた人間を捕食する謎の生物。炭を纏う異形の怪物や、赤いヘドロを吐き散らす漆黒の獅子等。いかなる攻撃も効かず、止まることはない。『神の篩』とも言われたそれは瞬く間に世界の人口を三分の一にまで減らし文明は衰退した。
そこで生き残った人間は協力し合い防壁を築き上げ、少しずつ文明を復興させていった。ここから一番近い小国が『不撓帝国』と呼ばれて久しい。
しかし、もう一つの問題もあった。
それは神の篩と同時に出てきた 『逸脱者』 の存在だ。
自在に燃焼を起こす者、空を駆ける者。人知を超えた力を有した個人を、時には英雄と称えられ、時には災厄として恐れられた。
そして帝国側の判断は――
「『逸脱者とその家族を防壁の外へ追放する』といった具合だ。……ここまで聞いて何か思い出すことはあるか?」
俺の妹と名乗る彼女、悠月は俺に問いかける。今は俺が何を覚えていて何を忘れているのか判断するためにまずは世界情勢についていろいろと話してもらっている。
「……すまない、まだ何も。もしかして、その話は俺と何か関係があるのか?」
「ん? あぁ、能力を持つ者は15歳を過ぎると力を使えると共に例外なく左腕に痣が出るんだ。そしてここは防壁の外。そろそろわぁーたか?」
俺はもしやと思い自身の左手を見る。
そしてそれを発見してしまう。
「手の甲に、痣……俺は逸脱者、なのか」
「そうだ。私の父が、森の中に一人で隠れていた幼かったお前を自衛団として保護した。んで、私たちが今いるこの場所がその自衛団が管理している施設の中ってわけだ」
家族まとめて追放、森で一人、保護、義理の妹、──捨てられた。
ようやく自分の生い立ちを理解し始めたが、悠月はどうなのだろうと手を見てみると手袋をしているのでわからない。
彼女にそのことを聞こうとしたところで新しい来客がこの部屋へ入ってくる。
しなやかに伸びた黒髪は一つ結びで、紺色のミニスカ、白のYシャツに朱色のネクタイ、そしてぶかぶかな茶色いコートを雑に羽織っている。
彼女は扉越しに俺を見て慌ただしく駆け寄り、酷く動揺した様子で声を掛けてくる。
「だ、だんちょー!! 目が覚めたんですね!」
だんちょー? 聞きなれない言葉に思考が一瞬停止する。
訝しげな俺を見て思い出したように悠月は告げる。
「あ、言い忘れてたけど、お前はこの我らが自衛団『
悠月は得意げに笑った。
またしても唐突に重要な情報を知ってしまい脳がパンクしそうになった俺は頭を抱える他なかった。
西暦2517年10月1日 pm11:14
「は? ……見失った? っぷ! うひゃひゃ、あひゃ~! 面白い冗談言うねーキミ♪ あたし、そういうの好きだよ」
土砂降りの雨の中、廃ビルに狂ったような笑い声が響いた。黒い下着の上から白衣のみを着た女性の前に武装した男三人が跪く異様な光景。
憤っているような雨音に負けない声で先頭の男性が取り繕う。
「申し訳ありません! 直ちに探索しに参ります!」
「あぁーいいから!いいから!焦らすのは好きだけど、焦らされるのは嫌いだからさ?さっさと現物出してよ」
「…………」
誰も、何も、声を出すことできなかった。
三人は知っている。彼女に嘘をつくと、死ぬ。彼女に嫌われると、死ぬ。
そもそも失敗が確定した時点で、ここへ戻るのが間違いだったのかもしれない。だが、まともな防衛処置のない荒野で生き抜く力もなければ勇気もない。
文字通り、『人生の詰み』だ。
「っく!オラァァ!」
人為的な生命の危機にさらされ続けた先頭の男は過度なストレスに耐え切れず、太ももに備え付けられたナイフを右手に構えて、白衣の女に襲い掛かる。
だが、後先考えずに伸ばした彼の右手は軽く交わされてしまい手首を掴まれる。
「そんなに死にたくないんだぁ♪ぞくぞくするよ♡」
彼女は掴んだ手首を引っ張り、回転しながら足をかけることで男を仰向けに転倒させ、床に落ちたナイフを足で男から遠ざける。
そして彼の腰の上に座り、馬乗りになる彼女。力比べで男が負けるとは思わないが、絶望と恐怖で委縮した状態でまともに力が入っていない。
先ほどまで行動を共にしてきた仲間二人に助けを求めるように視線を送るが、まるで関わりたくないと言わんばかりに顔を背けている。
白衣の女性は彼の両手首をそれぞれがっしり掴んで拘束しながら耳元で囁く。
「今からキミの首を少しずつ溶かして、赤黒い血をドロドロ垂れ流すところをここからじっくり観察してあげるね♡」
彼女はそう告げると、ぺろりと首に舌を這わせた。男性は首筋に感じたぬめりにぞわぞわと背筋を震わせる。
激しい雨の中でも明るい月明りに照らされて光沢が出来た皮膚の部分がドロッと融解していく。
体の一部が溶けていく苦痛と恐怖に耐え切れず出た彼の悲鳴は次第に、彼女の狂った笑い声にかき消されていった。
☆あとがき☆
白衣に謎の興奮を感じる。