シンボリルド──なんて? ……あっ、新堀さんね   作:かいちょう

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橋の下の少女

 

 

 運命の出逢いだとか、そういった心境には陥らなかった。

 

 出かける理由を持たず、しかしスマホと財布は携えて家を出たその数十分後、深夜を回った頃の事だ。

 遠目にパトカーを発見し、警官に補導されたら面倒だな、とぼんやり考えながら河川敷を下ると、橋の下に人影を見つけた。

 ──少女だった。

 外見だけで語るならば、今年十八になる自分とほぼ同年代に見える年若い少女が、なぜか暗い橋の下で一人膝を抱えていたのだ。

 

 この河川敷にホームレスがいるという話は、これまで一度も聞いたことがない。

 ここはたくさんの学生が闊歩する通学路で、広い遊び場として子連れの親子が来ることもある、近所では馴染み深い公園のような場所だ。

 先程見かけたように警察の巡回ルートでもあり、人通りが多くよく清掃もされているこの橋の下に住む人間など、これまで一人もいなかった。

 ましてや、高校生ぐらいの年齢に見える少女など、以ての外だ。

 故に、気になった。

 コレは怖いもの見たさというヤツに違いない。

 もし、そこにいたのが浮浪者染みたヒゲ面のおっさんだったら、きっと逃げるように去っていた事だろう。

 目に映ったのが、十中八九若い少女で間違いなかったからこそ、俺の好奇心は刺激されたのだ。

 

 我ながら不純な動機だな、と自覚しつつも足が止まることはなく、スマホのライトを点灯させて近づいていくと、足音に気がついた少女が顔を上げ、こちらを向いた。

 驚いた顔をしている。

 理由は分からないが、確かに彼女からすれば、橋の下で蹲り自分の世界に浸っていたところを、不意に警官でもない男に脅かされたのだ。驚嘆するのも無理はない。

 だが驚かせた張本人である自分も、冷静さを欠き立ち止まってしまった。

 

 ──美少女だ。

 初めて見た、と言っても過言ではないほどに。

 橋の下の少女はあまりにも整った容姿をしていて、自分の中の"美人"の価値観がことごとく破壊されたような気がした。

 テレビの向こう側にいる芸能人たちにも引けを取らない、もはや暴力的なまでの顔面に、思わず怯んでしまったほどだ。

 どうやら美人を前にすると固まる童貞の習性が、ここにきて遺憾なく発揮されてしまったらしい。

 しかし、惜しむらくは彼女の服装。

 全体的にはどこかの学校の制服にも見えなくはないのだが、肩や胸や腰に装飾された豪奢な装備品が、とても強烈な違和感を発していた。

 一言で表すのならばコスプレだ。

 この上なく似合っているし、彼女自身もしっかり着こなしてはいるのだが、どうしても服装自体の奇抜さが目を引いた。

 ……あと、なんかデカい耳のカチューシャとか、尻尾のアクセサリーとか、とにかく妙な格好だ。

 

 草木も眠る冬の夜に、変な格好した美少女が、橋の下で体育座りをしている。

 そんな非日常的な光景を前にした俺の中に残っていたものは、もはや緊張と興奮しか残っていなかった──ので。

 

「……えっ?」

 

 手を差し伸べた。

 質問の前に、まず手を彼女に差し出した。

 

「当てがないなら、ウチが空いてる」

「……?」

「宿泊代は皿洗いでいいよ」

「は、はぁ……」

 

 これは下心だ。

 今この状況が、まるで何かの漫画で見たそのシチュエーションそのものだったから、俺も主人公になりたくて、彼女に手を差し伸べた。

 夜、誰もいない場所で、一風変わった少女を見つけたから、とりあえず事情は聴かず寝泊まりできる場を与える。それが自分の心を満たす最善の道だったのだ。

 

 だからこそ、これを運命の出逢いだとは思わなかった。

 何らかの事情を抱えた少女を、俺が半ば無理やり手元へ引き寄せた──本当にただ、それだけの事なのだから。

 

 

 

 

 

 

「もし危険を感じたらすぐに通報して逃げるといい。誠意といっては何だけど、俺のスマホを預けるよ」

「……別段そこまで、疑っているわけでは……」

 

 少女の連れ出しには成功し、一旦彼女をウチに迎え入れてから少し経過して。

 彼女と俺はテーブルを挟んで向かいに座っており、その中央には俺のスマホが置かれている。

 冷静に考えて、タダで泊めてあげるよだなんてセリフを惜しげもなく吐く男など、全くもって信用に値する人間ではないという事を失念していたのだ。

 そういうわけで、とりあえずスマホは手元から離して、家の鍵も開けっ放しにしているのだが、他にどんなことをすれば誠意を示せるのだろうか。

 まぁ下心で家に連れてきた以上、誠意のせの字も無いのだが。

 別にすぐさま手を出そうだとか鬼畜なことを考えているわけではないものの、流石にこんな美少女を前にして、全く鼻の下を伸ばさない紳士として振舞うのは不可能だ。もとよりそんな高潔な人間でもない。

 なのである程度は無害であることをアピールしつつ、都合のいいこと言いまくって怪しくなり過ぎないよう『自分も男だから油断しないほうがいい』という旨の警告を心がけることにした。

 

「……感謝する。正直に言うと、手詰まりなまま右往左往してしまうような状況だったんだ。……し、しかし、何故私を?」

「困ってる人を見過ごせなかったから、とか真剣な顔で言ったら信じてくれる?」

「えぇと……」

「そういう事だって。初対面の俺がペチャクチャ理由を述べても信用できないだろ。……マジでただの気まぐれだから、あんま深く考えないでくれると助かる」

「わ、わかった」

 

 何とも言えない困ったような表情で、少女は俯いてしまった。

 

「あっ。……悪い」

 

 マズい、カッコつけていきなり馴れ馴れしい喋り方をし過ぎてしまったかもしれない。初対面のコスプレ女子との接し方わからん。

 

「えっと、名前は? 俺は秋川っていうんだけど」

「シンボリルドルフだ」

 

 ──?

 申し訳ないことに、全然聞き取れなかった。

 

「悪い、もう一回いいか」

「…………シンボリルドルフ

 

 困った。今度は声が小さすぎて聞こえなかった。

 先ほどは圧のある言い方で脅かしてしまったし、ここは俺が汲み取ってやるべきかもしれない。

 思い返してみれば、彼女は深夜に橋の下で蹲ってしまうほど、精神的に余裕がない状態なのだ。

 漫画のような非日常に憧れてカッコつけたムーブをしている場合ではない。まずは寄り添わないと。

 聞こえた部分から察するに、彼女は──

 

新堀(しんぼり)さん……でいいんだよな? よろしく、新堀さん」

「……よろしく、頼む」

 

 よかった、なんとか目を合わせて喋ってくれた。

 中学生の頃からの教訓だが、親しくない女子は呼び捨てにしてはいけない。お前呼びなんかも論外だ。

 とにかく苗字にさんを付けて呼ぶ、それが一番。こうすれば少なくとも必要以上に嫌われることはない。

 下の名前はまた今度でいいだろう。

 

「あっ、風呂沸かそうか。腹減ってるなら、冷食とかカップ麺あるけど」

「……シャワーだけ、貸してもらえないだろうか」

「どうぞ」

「かたじけない」

 

 それから何故かほんの少しだけ片足を引きづるようにして風呂場へ向かっていった新堀さんを見送ると、スマホから着信音が鳴った。

 かけてきた相手は、よくわからん研究ばかりで、ロクに家へ帰ってこない親父からだった。

 半年ぶりの連絡に少々面食らいつつ、平静を装った声を出すために数回咳払いをしてから、応答のボタンを押した。

 

 しかし、父親の話の内容は要領得ないことばかりで、正直半分も言っている意味が理解できなかった。

 どうやら研究一筋過ぎて、息子との会話の仕方すら忘れてしまっているらしい。反面教師にするには理想的な父親だ。

 そんな中で何とか意味が理解できた話は、たった一つだけだった。

 

『つまりお前の家の近くで時空間が歪曲した反応があってな、異世界から──』

「分かるように言えよ」

『……夜中に出かけたんだろう。付近で変わった人物は見なかったか? 例えば動物のように大きな耳とか、尻尾を持つ人間だったり……』

 

 そんな人間に心当たりはない。

 俺が見つけたのは変わったコスプレをした少女だけだ。

 なので、見つけてないと返事をすると、父親は分かりやすく嘆息を吐いた。

 

『しょうがない、見つけたら連絡してくれ。ではな』

「なっ、おい。今年はいつ帰ってき──あっ、切りやがった……」

 

 よく分からない内容の電話が終わり、ため息をつきながらソファに腰かけた。

 親父の言っていたことはともかくとして、今夜泊めることにした新堀さんをどうするか、全く決めていない事には、少々焦ったほうがいいかもしれない。

 警察に届けるか、それとも留守番を任せるか。

 とにかく明日も学校があるため、行動を起こすとしても放課後になってしまう。

 どうしたものか──

 

「…………あ、あの、秋川君」

 

 逡巡に陥りかけた瞬間、リビングのドアの隙間から、新堀さんが遠慮がちに顔だけ出して声をかけてきた。

 

「厚かましい事この上ないのだが……その、着替えを頂けないだろうか……」

「あっ。──ご、ゴメンっ!」

 

 すっかり忘れていた彼女のためのジャージを探しつつ、早速コミュニケーションの失敗を悔いて自分に辟易するところから、新堀さんとの共同生活がスタートしたのであった。

 

 




たぶん続きます。
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