シンボリルド──なんて? ……あっ、新堀さんね 作:かいちょう
不思議な少女を家に迎え入れた、その翌日。
俺は彼女に留守番を任せ、いつも通り高校へ足を運んでいた。
新堀さんは肉体的にも精神的にも相当疲弊していたらしく、早朝に俺が起きた時も、彼女は変わらず泥のように眠っていた。
なので留守番というと少し語弊があるかもしれない。
一応書き置きと合鍵はテーブルの上に置いてあるが、あの様子だとお昼まで目覚めないどころか、仮に起きても外へ出る気力は残って無さそうだ。
あれほどまでの困憊──何かあったのは間違いないが、他人である俺が踏み込むには、少しばかり早すぎる。
帰ってからやることは事情聴取ではなく、一旦の生活必需品の用意にしておこう。
「なぁ秋川。ウマ娘やらね?」
「やんねぇ」
昼休み。
いつも通り教室でコンビニ弁当を貪っていると、向かいにいる友人がゲームのインストールを進めてきたので、丁重にお断りした。
「何でだよう」
「……これ以上ソシャゲを掛け持ちするの面倒なんだよ」
「えー。面白いのになぁ、ウマ」
あまりスマホでゲームを遊ばない習性があるため、たとえ面白かろうと新しく始めるのはこの上なくカロリーが高い。
何より、目下の課題を考えると、とてもゲームに費やす時間は無いように思う。
友人の提案が、新堀さんと出逢う前の昨日に持ち出されていたら、もしかすれば始めていた可能性もあった。つまりタイミングが悪かったのだ。
「アニメだけでも見ようぜ。秋川が入ってるあのサブスクにもウマ娘あるぞ」
「時間あったら観るわ」
「み、観ないやつの常套句……」
昼飯を食い終わり、まだプレイしている数少ないスマホゲームを起動した。
目の前にいる友人も多少かじっているカードゲームだ。
「勝負しようぜ、秋川。オレが勝ったらインストールな」
「こっちが勝ったら?」
「えー……じゃあ、アイス奢る」
冬に冷たいアイスを奢られても困る。
とりあえず結果だけ言うと、友人のことはゲームでバチボコに叩きのめし、ウマ娘とやらのインストールは見送りとなった。
「ま、負けた……クソ、次こそ滅ぼすからな」
「普通に勝つって言って。物騒」
「てかさ、秋川も流石にウマ娘って名前くらいは知ってるだろ? この中で見たことあるキャラとかいないの」
そういって友人が見せてきたスマホの画面には、なるほど確かに既視感のあるキャラクターが数名見受けられた。
少し前から流行っているコンテンツだということは知っているのだ。他のものに興味があったからそっちに集中していただけで、ウマ娘というシリーズ自体の認知度の高さは承知している。
「あ、この子はつべで見た事あるぞ。あげません! のやつだろ」
「しっかり知識が偏ってるな……」
それくらいしか見たことがないのだ。こればかりは流石におじいちゃんと揶揄されても致し方ない。
「いや、でも名前は知ってるぞ。えぇと……そう、スペチャン」
明るい茶髪の女の子がスぺチャアアァと叫んでいる動画が、いくつかおすすめに上がってきた事がある。あぁ流行ってるアニメなんだな、といった認識を持てたきっかけがそれだ。
ウマ娘というくらいだから、なんか馬っぽいパワーを身に着けた女の子たちの話なんだろうな──と思い返したその時、ある事に気がついた。
新堀さんがしていたコスプレの事だ。
あのよく分からない格好だが、友人のスマホを見ていると、全体的な特徴がウマ娘のそれと合致しているように見えた。
もちろん耳と尻尾のコスプレなど星の数ほど存在するだろうが、いま特にコスプレをして注目を集めやすいコンテンツがこれであることは、間違った認識ではないはずだ。
『体の一部なんだ』と言って、シャワーを浴びた後も床に就いたときも、彼女はあの耳と尻尾を外さなかったが、あまりにも気に入り過ぎた巨大コンテンツの大切なアクセサリーだと考えれば、納得できなくもない範囲の話だ。
ウマ娘の何かしらの商品でも買って帰れば、話の話題の一つでも生まれるんじゃないか──と思ったが、思いとどまった。それは早計というものかもしれない。
したくもないコスプレをさせられている可能性や、彼女がまだ語っていない過去の事を考えると、何も考えず『このアニメ好きなんだろ?』と押し付けるのは、間違った選択としか言いようがない。詳しいことが分かるまでは、下手な事はしないほうが身のためだ。
まずはまっすぐ帰って、彼女と一緒に生活必需品を買いに行く。それ以外の事に関しては、一旦保留にしておこう。
「あぁー、本物のウマ娘のトレーナーになりてぇな」
出た。友人こと山田の、いつもの妄想シリーズ。
この前は異世界転移した場合の立ち回り方について解説してくれたが、今回は何を教えてくれるのだろうか。
「細かいことはいいんだ。とにかくウマ娘とラブコメしたい」
「トレーナーってそういうものじゃ無くないか……?」
どうやら今回の妄想シリーズは、全く為にならないただの願望編だったようだ。
◆
帰宅すると、居間で新堀さんが正座をしていた。
朝からつけっぱなしにしていた、特に面白くもないニュースが流れるテレビ画面を見つめながら、魂が抜けたかのように呆けている。
未だに寝癖で髪が愉快なことになっているあたり、起きたのもついさっきなのだろう。
昨日の夜から、翌日の放課後まで。この驚異の長時間睡眠からして、本当に心底疲れていたんだな、と察してしまった。外に連れ出すのは、まだやめておいた方がいいかもしれない。
「新堀さん、ただいま」
言うと、顔よりも先に耳がピクリと反応した。
にしてもあの付け耳、実はすげぇオーバーテクノロジーで造られてるんじゃないだろうか。あまりにも精巧すぎる出来な気がする。
──というか、家に帰って誰かが待っていたのって、一体いつぶりなんだろうか。
学校に行って友人とバカ話をするところまではいつもの日常だったのに、帰宅したら美少女が家にいるって、冷静に考えると常軌を逸した現状だ。
昨日の今日であまり実感が湧かなかったが──俺、初対面の女子をウチに泊めていたんだ。昨晩の俺の行動力、どうかしてたな。
「あ、秋川君。……おかえりなさい」
「ご飯は食べた?」
「いえ、まだ……」
荷物を降ろして彼女の方を見ると、少々胸元が危ういことに気がついた。
俺の持っているヨレヨレのシャツでは、少しばかり目のやり場に困ってしまう。そもそもサイズも合っていない。
食料もそうだが、まず何よりも衣服の購入が急務だ。
なるべく意識しないようにしているが、そもそも今の新堀さんは下着を身に着けていないのだ。着ていたものはすべて洗濯機にぶち込んでもらったので当然といえば当然ではあるものの、この状況を長続きさせてはいけない。
彼女の過去の事情云々よりも前に、必需品の用意は明らかに身一つの新堀さんを連れ出した俺が果たさねばならない責任だ。
「新堀さん。飯買って来るついでに、いくつか服も見繕ってくるけど、何か希望はあったり──」
「あ……わっ、私も一緒に行っていいだろうか」
意外にも新堀さんはすぐさま立ち上がって、こちらへ駆け寄ってきた。
「いいけど……大丈夫か?」
「寝床まで用意して頂いたのに、ただ口を開けて待っているわけには……荷物持ちくらいはさせて欲しいんだ」
「……まぁ、そう言うなら一緒に行こう。上着持ってくるから、ちょっと待っててくれ」
回復した、とまではいかないのだろうが、少なくとも丸一日睡眠を取ったことで、昨晩の死んだ魚みたいな目は若干潤いを取り戻している。
本人が平気だと主張するのならば、汲んであげよう。外の空気を吸うのも大切だ。
「はい、上着と……今日は結構寒いから、マフラーも巻こうか」
「わぷっ……」
されがままの新堀さんに厚めのダウンコートを着せ、マフラーもグルグル巻いてやった。モコモコな見た目になっててかわいい。
「ぁ……ありがとう」
着せられたことが恥ずかしかったのか、少しだけ頬を赤らめて遠慮がちに礼を告げる新堀さん。
実は平静を装っているだけで、こんなにも女子と間近で接したことのない俺の方がアホみたいに緊張して赤くなりそうになっているのだが、今の彼女では気づいてくれそうにない。童貞をなめるなよ、マジで女子に弱い生き物なんだからな。勝手に着せてごめんなさい。
「そうだ、一応ニット帽も」
「えっ? ……あ、耳……」
「そのままでもいいとは思うけど、外では一応隠しといた方がいいんじゃないか。……誰にでも見せたい、ってわけではないんだろう」
言うと、彼女はゆっくりニット帽を受け取って被ってくれた。
「……あぁ、その通りだ。ありがとう、秋川君」
ふわりと柔らかい笑みを浮かべて、程なくしてから思い出したかのようにいそいそとコートの中に尻尾をしまう新堀さんを前にして、思わず少しだけ笑ってしまった。
そんなこんなで、準備を整えた俺たち二人は、近所のショッピングモールへと足を運ぶのであった。