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レミリアの方にも俺やフランと同じように玉兎の兵士を送りつけていたのか、月の兎はどうしたのかと依姫が問いかけた。全部のしてきたと自信満々に答えるレミリアの言葉を、しかし依姫はまったく信じていない。とても疑わしげな表情をしている。
依姫はさきほど耳打ちをしてきた玉兎へ「真相は?」と、これまた小声で質問をする。耳を澄ますと、怖じ気づいて皆隠れてしまったという玉兎の返答が聞こえてきた。
そこで森の方からがさがさと音がして、そちらに目を向けてみると、背の高い雑草の茂みの中から気まずそうに複数人の月の兎が顔を出すのが窺えた。
「お姉さま、どうしよっか。出る?」
「いえ、まだ様子を見ましょう」
圧倒的に実戦経験不足、と嘆く依姫を横目に、フランと現状についての相談をする。
フランの「出る?」は、言葉通り刃の隙間を縫って出ていくというわけでは決してない。飛んで出ていくわけでもない。それでは神須佐能袁命からの怒りを買ってしまう。それぞれの考えついた手を使って、依姫が地面に突き刺している祇園の力が宿った刀を抜こうかという話だった。
ちょっと遠くにある刀をどうこうする程度、わざわざ刃の八重垣から外に出なくともどうとでもなる。
だが、まだ俺たちが手を出す必要はないだろうと思う。そこまで追い詰められている状況ではない。なにせレミリアと咲夜が捕らわれていないのだから。
依姫が出し抜けに、バッと片手をレミリアの方へと掲げた。おそらくは彼女も俺たちと同様に刃の八重垣で捕らえようとしたのだろう。
唐突に手を向けてくる依姫に、目をぱちくりとさせるレミリア。しかし依姫が力を行使するより先に、咲夜が行動を起こした。
瞬きすらできない、刹那でさえ及ばない零時間の出来事。
「……ぐっ!」
気づいた時には咲夜はすでに依姫を背後から羽交い絞めにしていた。いつの間に、と依姫が目を見開き、玉兎たちがまるで人間が妖怪を前にした時のように一様に恐怖を顔に映す。
あいかわらず咲夜の能力は凶悪だ。何者にも拒絶することがかなわない、自分だけが唯一動くことができる停止した世界を作り出す。その気になれば相手に一切の抵抗を許さずに殺してしまうことさえ造作もない。
「あなた、手癖が悪そうだったから」
なんでもないことのようにそう告げた咲夜は、すっ、と足を後ろに上げ、かかとで刀の鍔を蹴り上げる。それに呼応して、俺やフラン、霊夢や魔理沙を囲んでいた刃の八重垣が引っ込んだ。
フランが感心したような眼差しを俺に向けてくる。お姉さまの言う通り、私たちが手を出さなくてもよかったね。言葉に出さなくてもフランがそんな風なことを伝えてきていることは理解できた。
「……あなたたちの目的はなにかしら?」
慌てようも落ちつき、余裕を取り戻した様子で依姫が咲夜に視線と言葉で問いかける。
「私たちの目的は――」
「そういえば目的ってなんだっけ?」
霊夢が口を挟む。住吉三神という推進力を得るために必要だということもあるが、最終的にロケットへ乗ることを決めたのは彼女自身であった。
それなのにこうして月に向かうことにした目的を忘れてしまっているのは、それがすでに達成しているからであろう。
「月に行くこと、それから月を観光することですよ。ただ単純にどんなところなのか知りたかったんです」
「今は桃を持って帰るって目的もあるけどねぇ」
俺とフランの言葉に、天然なのかわざとなのか、「じゃあ、もうほとんど達成されてたのね」と咲夜が合点がいったと言わんばかりの顔をした。
「いやいや、違うわよ。レーツェル、フラン。咲夜もね。忘れちゃったの?」
「違う?」
疑惑を表情に表す依姫に、にぃ、とレミリアが口の端を吊り上げる。
「私たちの目的は、月の都の乗っ取りだ! 月は――私のものだ!」
余裕綽々な風を装うレミリアであるが、その態度は本物でも、実際に月の都を乗っ取れるとは欠片も考えてはいないだろう。目の前にいる月人がどれだけの強さを持っているのか、そして自分の力がどこまで通用するのか。きっと、それを知ってみたい、味わってみたいという好奇心から生じたものだった。
どうせ自分たちは八雲紫の手の平で踊らされている。なればこそ、それを承知した上で精いっぱい楽しんでやろう、と。
依姫の目には、レミリアが本気で月の都の侵略を謀っているように捉えられたのだろうか。堂々と宣言する幼い吸血鬼をじっと見つめ、ふっと頬を緩めていた。それはどこか小馬鹿にしているようにも見えるし、予想通りのセリフで安心したと言った面持ちにも思えた。
「八意さまの言っていた通りね。増長した幼い妖怪が海に落ちてくると」
永琳が似非妖怪ウサギに託したという、手紙の内容のことだろう。あの時点で彼女は侵略者として月に向かう者が吸血鬼だと予想がついていたらしい。
不思議そうに首を傾げるレミリアから目線を外し、依姫は未だ自身を羽交い絞めにし続けている咲夜に注意を向けた。
「あなた、さっき私の手癖が悪いって――」
「咲夜、離れてください」
「あ、はい。わかりました」
圧倒的なまでの熱がこもった不可思議な力が依姫の体に降りてくるのが、なんとなく感知できた。まるですべてを焼き尽くそうとする神の火――いや、実際にそうなのだ。
咲夜が俺の指示を少しも疑うことなく即座に実行したとほぼ同時に、依姫の両手が膨大な神力の宿った赤い炎を纏った。咲夜ならば直前に気づいても対処は容易だったと思うが、あのままずっと依姫に引っついていたらあの火で大ヤケドを負わされていたであろう。
神降ろし。それは霊夢が紫に習ったという、神を己が身に宿す力と同等のものだった。俺たちが乗ってきたロケットもまた、霊夢の神降ろしによって彼女の体に宿った住吉三神の力を推進力にしていたのだから。
「……あなた、ずいぶんと感受性が高いようね」
依姫は俺に鋭い目線を向けてきた。なにかを言いかけたところを俺が遮ったからか、神を降ろすのを事前に察知されたからか。十中八九後者だろう。
「吸血鬼ですから」
「そっちの吸血鬼はこの神の火の特性にも気づいていないみたいだけど。説明してあげたらどう?」
レミリアの方をちらりと見て、依姫が呟く。たかが両腕に灯る程度の小さな炎になにをビビっているのかと、疑惑を表情に映していた。
ちなみにフランは目の前の火が普通のそれではないことに感づいている。元々彼女は炎の扱いが得意としているので、そちらの方面への窺知は優れているのだった。
「お姉さま、今、この依姫とやらが出している小さな火には神の力が宿っているのです。すべてを焼き尽くす絶大な熱量……これほどのものとなるとおそらくは愛宕の神々、そのうちの
「正解。一目見ただけでそこまでわかるとは、驚きね」
予想を立てながら説明をする俺の言葉を、依姫が確かに認めた。
俺は数年前に、阿求のもとで有名だったり力があったりする神のことを学んだことがある。現在もたまに、彼女の屋敷に遊びに行くついでに新たなことを勉強させてもらったり、自分でも忘れないように自主復習をすることがあるため、その知識に間違いはないはずだった。
だからこそ依姫が扱う神の力の見た目や気配、この目で捉えることができる特異性から、その正体を求めることはそう難しいことではない。
しかしあくまで知識にしか過ぎないことは留意しておく必要がある。実際にこの目で見、体験したわけではないのだから、絶対に警戒だけは怠ってはならない。
「火之夜藝速男神の火だって? さっきは祇園さまの剣って……もしかしてあんたも私と同じ」
霊夢も俺と同様に依姫の力の正体に感づいたらしい。「そう」、と依姫が霊夢の方に向くと、腕だけに灯していた神の火を全身に広げた。
まるで意思を持っているかのごとくゆらゆらと。圧倒的なまでの熱量を誇っていながら、それを纏う本人は一切の熱さを感じていないようだった。
「私は神々をその身に降ろして力を借りることができる」
ほんの数秒、この場から生物の声が失われる。どこか虚しい波の音だけが響き渡り、わずかに緊張した空気の行方を急かしていた。
神徳として神から力を授かることは誰にでもできるが、神の力を降ろして自主的に借りるなんて所業はそう簡単にできることではない。人々の信仰の対象、多くの者たちが崇めるべき存在をどうして容易に降ろせようか。そんなことができるのは、よほど神と親和性が高い稀有な才能を持つ者だけである。
依姫は、俺たちの気の張りつめようなど関係ないかのごとく、この空白の間のうちに神の火を消して、祇園の刀を拾っていた。そんな彼女に「奇遇ね」と、霊夢が自分も神の力を降ろせることを公言すると、住吉三神が降ろされていたんだから知っていると、仏頂面で返ってきた。
「あなたにいろいろな神さまを呼ばれると私が疑われるのよね。謀反を企んでるんじゃないかって」
「知らないわよ、そんなの。そもそも稽古はやらされてたんだもん」
依姫が祇園の刀を再び砂浜に突き刺そうとしたので、また捕らわれたらめんどうだと、その前に影の魔法で足を払おうとしてみた。普通に気づかれて軽く避けられる。
一旦距離を取った依姫は、鋭い目線で素早く俺たちを観察した。どこか気が乗らなそうに座っている霊夢、同様に腰を下ろして様子を窺っている魔理沙、いつでも動けるようにと警戒している咲夜、余裕そうに佇むレミリア、まるでなにかを数えるように右手の平を見つめているフラン。そして、刀を地面に突こうとする動作を最大限に注意するようにしている俺。
「その疑いも今日晴れるといいんだけど……数が多いわね。まるで有象無象」
レミリアの目元がピクリと震えた。ちょっとカチンときたらしい。
俺たちも、相対する依姫も、互いに注意を配るばかりで動こうとしない。俺たちが自主的に動かないのは本気で戦う気がある者の数が少ないからであるが、依姫がなにもしないのはその方が有利に立てる確率が高いからだろう。俺たちの誰かが行動を起こそうとすればその隙を縫って攻撃ができる。だが、自分からなにかをしようとすれば集中砲火を受ける可能性がある。
「うーん……」
そんな緊迫した空気に、草むらに隠れた玉兎たちが生唾を飲み込むのを視界の端に捉えたりしているところ、ふいと、フランがどこかつまらなそうに声を発した。
「どうかしましたか?」
「いやねぇ、こんなちっぽけなモノに構ってるより、早く桃を集めたいなって」
「なんですって?」
俺が聞くと、誰を見るでもなく、彼女はあいかわらず右の手の平を眺めながら呟いた。表情と声音の具合からそれが本心であることを理解するのは、そう難しくはなかった。
ちっぽけなモノ、という言葉に依姫が反応を示したことを、フランは「ふふん」と愉快そうに笑う。
「今のは有象無象って言われた仕返しよ」
そうは言うが、フランは実際に、月の住民である依姫や玉兎たちには欠片も興味がないらしい。いや、彼女たちに興味がないというよりも、この状況に関心が向かないという表現が正しいだろう。
多対一に加え、そもそもこちらのほとんどに戦う意志がない。そのくせして空気だけは無駄にピリピリと緊張している。
こんなめんどくさい場所にいるよりも、さきほどまで夢中になっていたことをやりに戻りたい、と。
フランが開いた右手をゆっくりと振り上げ、水平な位置でピタリと止めた。なんの力の波動も感じられない隙だらけな動作を依姫はどこか不思議そうに見つめている。
「お姉さま、いい? もちろん生き物は潰さないわ」
「刀はダメです。祇園の怒りを買うかもしれません」
「うん、わかった」
こくりと頷くと、フランはゆっくりと右手を握り締めた――破裂の轟音が鳴り響く。草むらで様子を窺っていた玉兎たちと依姫の近くにいた一匹の玉兎が持っていた銃剣が、すべて爆散したのだった。
依姫が目を見開き、俺や霊夢、咲夜に向けていた注意をすべて注ぐ勢いで、フランに警戒の意を示す。当の本人はなんの感慨も見せない表情で右手を下ろし、今の感触を確かめるかのごとく握ったり開いたりを繰り返していた。
――『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』。
たとえ有機物でも無機物でも妖怪でも神でも月の兵器でも、それが物質である限り、目という根幹の部分を己が手の平に移動させるこの理不尽な力には決して抗えない。
「気づいたでしょ? 今、あなたたちの命は私の手の中にある。今の一瞬で全員を壊すこともできたわ。でも、『イイコ』でいるってお姉さまと約束したからねぇ。それだけはできないの」
「……脅しているつもり? そんなことしても月の都は」
「そんな辺鄙なとこが欲しいのなんてレミリアお姉さまだけよ。私は桃がもらえればそれでいいわ」
「ちょっとフラン」
「お姉さまも本気で欲しがってるわけじゃないと思いますけどね。手に入れてもポイ捨てすると思います」
「欲しいわよ。別荘として」
仮に本当に月の都が自分のものになったとしても、レミリアは、こんな遠いところにある都なんてどうせすぐにどうでもいいと忘れ去ることだろう。俺たちの住処は幻想郷にある紅魔館だけである。
依姫はずいぶんとフランを用心していたようであったが、それ以上に、下手に逆らうとなにをやられるかわからないと判断したらしい。刀を下ろし、桃の成った木が立ち並ぶ森の方へちらりと目を向ける。
「わかったわ。その要求を受け入れましょう。いくらでもここの桃は持って行っていいから、月の都を襲わないこと。もしもそれをしようとした場合――私は容赦なくあなたを斬り殺しましょう。たとえこの命に代えても」
「ふぅん、それでいいわ。悪魔は契約を破れない。あなたに破る意志がなければ、私は禁止されていることを行うことはできないわ。でも、それを受ける条件を私ももう一つ。ここにいる誰かを一人でも殺したら、私もあなたを壊すわ。一切の躊躇なく」
「あら? 『イイコ』でいるって約束したんじゃなかったの?」
「うん。でも、お姉さまを悲しませるやつはなにがあっても許さないから。絶対に」
互いに薄ら寒ささえ覚える威圧的な笑顔を浮かべていた。魔理沙はなんだか胃が痛そうにしている。
フランは踵を返して依姫に注意を向けるのをやめると、森の方に向かい始めた。隠れているウサギたちが一斉に出て来ては、フランの視界にできるだけ入らないように遠回りして依姫の下に逃げていく。
ここに留まるかフランについて行くか迷ったが、永琳がかつて俺に告げた「死なないように相手をしてくれる」という言葉や、目の前で交わされた契約の内容を信じることにした。全員に小さく頭を下げてから、フランを追いかける。
「フラン」
「お姉さま」
桃が生えた木を通りすぎ、今しがたまで玉兎たちが隠れていた場所についた。そこには本来曲がるべきではない方向へ無理矢理捩り切らせたような、まるで原型を留めない壊れ方をした金属の塊が飛び散っている。
フランはただ、無感情にそれを見据えていた。
「フラン、お疲れさまです」
「お疲れ? 私はなにも疲れてないわ」
「相手が神の力を自在に操れるくらいに危険だってことを知って、あなたが皆を守るために破壊の能力を行使したことくらい、私にはわかってます。遠慮しなくてもいいんですよ」
依姫が本気で俺たちを殺そうとすれば、まず確実に二、三人は死に絶えることだろう。それだけの強さを持っているのが直感で理解できた。それはフランも同様だったはずだ。俺はここ数か月話すことが多かった永琳を信じていたし、依姫に俺たちを殺す意志を感じられなかったから適度に気を張り巡らせるだけに留めていたが、やはりもしもという時はなにが起こるかわからない。
フランはその、もしもという可能性を自ら排除してくれたのだった。
隣に立つ俺を、フランはどこか決まりが悪そうに見上げてくる。おずおずと左手を伸ばしてくるので、なにをしようとしているかを察し、俺の方からその手をそっと握った。
そうしてフランは、まるでわけがわからないとでも言うような表情で自分の右の手の平を覗き込んだ。
「……おかしいよねぇ」
「なにがですか?」
「ちょっと前まで、私にはずっとお姉さまたちだけが大切だったのに。毎日お姉さまと遊んだり、ちょっと嫌だけど、勉強をしたりするだけで幸せだったのに。さっきの私、お姉さまたち以外にも、霊夢や魔理沙、咲夜も殺されたくないって思ったの。誰にも壊されたくないって強く思ったの」
唐突にこんなことを言い出すのは、きっとフラン自身がその感情をうまく認め切れていないからなのだろう。霊夢たちがわかりやすい脅威にさらされた時、突然胸の中に芽生えたらしい気持ちが、どうしても理解できないようだった。
もしかしたら恐いのかもしれない。変化しつつある自分に気づいてしまって、五〇〇年変わらなかったはずの自己が意図しない方向に向かい始めたことに、どこか恐怖にも似た感情を抱いているのかもしれない。
「私もそう思ってますよ。きっとお姉さまだって一緒です。たとえフランがその気持ちを抱いても、なにもおかしいなんてことはありません」
「お姉さまと一緒、かぁ……そう考えると嬉しいけど、なんだか浮気してるみたいで申しわけないなぁ、って」
妙なことを気にする妹だった。そんなこと気にしなくてもいい、と。口に出すよりも先に、俺がそう言おうとしていることがフランにはわかったようだった。
手を握ってくる力が強くなる。
「私ね、本当は恩返しがしたかったの」
「恩返し、ですか?」
「うん。いっつもお姉さまに頼りっぱなしだったから、世界を見て、お姉さまのことをもっとよく知って、なにか恩返しをしてみたいって。最初はそのために館の外に出たいってお姉さまにお願いしたの。それなのにこんな気持ちを先に持っちゃって……ううん、やっぱり忘れて。なんだか恩着せがましいもの」
萎むように段々と声が小さくなっていくフラン。最後には無理に笑顔を浮かべる彼女の頭を、帽子越しに手を置いて撫でた。
「フランはいつだって、私を助けてくれてるじゃないですか?」
「助けてる……? 私が?」
「日常の些細なことが、日々の行動の支えになることもあります。むしろそんなことの連続です。フランとの触れ合いが、フランのむき出しの好意が、私にはとても居心地がいいんですよ。大事に思ってくれてることがわかって、とっても嬉しいんです」
「でも、そんなの私が助けたって言えない。言い方は悪いけど、お姉さまが勝手に思ってるってだけで」
「そうですよ。私が勝手に思ってるだけです。でも、それでいいじゃないですか。私はフランがそばにいて、こんな変なことで私を気遣ってくれてるだけでも、こんなに嬉しいんですから」
フランはどうですか、と首を傾げてみる。俺にとってのレミリアがそうであるように、フランにとっての俺は、頼れる優しい姉でいられているだろうか。
フランはあいかわらず気まずそうな顔をしていたが、それでも、この質問に対してだけは少しも迷うことなく頷いた。
「私もこんな、相手の気持ちだけで完結するものが恩返しだとは思ってませんよ。もっとフランになにかをしてあげたいって感じます。でも、きっとそういう気持ちが『日常の些細なこと』に出てくるんだとも考えてるんです。そういう意識が相手にも伝わって、だからこそ相手が居心地のよさを感じている、と」
「……都合のいい解釈だわ」
「かもしれません。でも、フランの今の告白を受けて、私はそう思いました」
なんとなく、作り笑いを浮かべてみる。フランはそんな俺を見て、「変な顔」とわずかに頬を緩めた。
心なしか落ち込んでいたフランの雰囲気が元に戻った気がする。銃の残骸を影の魔法で還元して消し去って、近くにある桃の木を見上げた。
「さ、集めましょうか。さっきの続きです」
「ふふっ、うん。そうしよっか」
砂浜の方を振り返ってみると、どうやら依姫に刀を地面に突き刺されてしまったようで、あの場のこちら側のメンバー全員が刃の八重垣に捕らわれていた。
このままフランの方を手伝っていていいか少しだけ迷ったが、魔理沙が大き目の声で降参を宣言した後、スペルカードルールを提案するのを見て、すぐにそんな心配の感情を取り消すことにした。あの様子なら穏便に、それでいて楽しげにことが進んでくれるだろう。
「あちらは、スペルカードで遊ぶそうですよ」
「それなら楽しそうだねぇ。さっきの茶番のくせに変にピリピリした空気より断然」
「戻りますか?」
「桃が入らないくらい集め切ってからにしようよ。あれだけ啖呵切って離れておいてすぐに戻るのは、ちょっと恥ずかしいし」
ほんの少しだけ窺える頬の赤らみが本心であることを示していた。
かつて、フランが鷽替神事にてつつかれていたことを思い出す。フランは確かに嘘を吐くだろう。だが、少なくとも俺に対してだけは一度もそれをしたことはない。
そのことがなんだかちょっと嬉しくて、未だ握られていた手の力を今度は俺が強めてみた。
フランは驚いたように俺の方を振り返って、小さく微笑んだ。