東方帽子屋   作:納豆チーズV

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※『答えのない程度の能力』→『答えをなくす程度の能力』へ変更いたしました。


三.答えをなくす程度の能力

 誕生日をどれほど迎えたのか。歳は百の位に二がつくほどのものとなったけれど、人間から見た俺の外見は一〇歳もなっていればいい方だろう。

 現在は晴天の昼間。人間にして見れば活発に活動すべき時間帯なのだろうが、吸血鬼にとっては就寝時間以外のなにものでもない。

 俺はやってくる眠気に耐えながら、ちょこまかと日差しを活用して動き回る侵入者の相手をしていた。

 

「チィッ! ならばこれで……!」

 

 吸血鬼が日の光が苦手であることは周知の事実である。同時にその圧倒的なまでの強さも知れ渡っているわけだけれど、やはり定期的に人間や妖怪が挑みに来たりする。日差しに弱いなら昼間に攻め入ればいいのでは? と考える輩は多く、夜よりも昼間の方が乗り込んでくる比率は高い。

 よって今回の出来事も特別珍しいというわけでもなかった。お相手さんは十字架やら銀弾を込めた銃やらを装備した人間がたった一人。よほど自信があるのか、単なるバカなのか。

 そんなお相手さんが懐から光り輝く水晶玉を取り出すと、ニヤリと口の端を吊り上げた。

 

「こいつには日の光が封じられている。苦手なんだろう?」

「んー……えーっと、なんですか? ごめんなさい、ちょっと眠くてボーッとしちゃってました」

「なッ! ち、余裕をかましていられるのも今のうちだぞ!」

 

 そう言ってお相手さんが手に持った水晶を振りかぶる。

 太陽の力が封じられている、か。別に日の光を浴びても一瞬で蒸発してしまうわけではないが、光が集約されているとすればちょっとだけキツイかもしれない。

 『光の翼』で一気に突っ込もうとも考えたけれど、よく見ればお相手さんは外へと通じる扉を背にしている。急加速で飛び込めば晴天の下へ体をさらすことになるか。

 ここまで思考したところで、口元を右手で隠して欠伸を一つ。吸血鬼になってから夜型の生活を続けてきたため、どうにも昼間は眠くてしかたない。

 

「とりあえず、これで」

 

 ひゅっ、と光る水晶玉が投げられると同時に魔法を発動する。体内に眠る魔力を一瞬にして脳内の式に当てはめ――直後、ズアァと玄関中の影という影が地を這って集まり始めた。

 水晶玉が地に落ちて壊れる寸前に、質量を持った闇がそれを覆い尽くす。

 なにやら一瞬だけ影が少しばかり白くなった気がしたけれど、それだけである。

 

「な、ん」

「ちまたでは私は光翼の悪魔なんて呼ばれてるみたいですけど、ちゃんと夜の帝王らしいこともできるんですよ?」

「ば、化け物!」

「失礼ですね。その通りです」

 

 影にお相手さんを飲み込むようにと命令の術式を放つ。日の光の下へ逃げようとしていたみたいだが、それを実行するよりもはるかに速く影が彼の脚にまとわりついた。

 

「やっぱり昼間は効力が弱いですねぇ。もっとたくさんの闇がないと魔力消費量と釣り合いが取れません」

「ひっ! た、助け――」

 

 影がお相手さんの全身を埋め尽くしたところで、捕食の命令を下す。

 妖怪はうまく倒せば死体すら残さず消滅してくれるけれど、人間はどう殺しても贓物をまき散らして、やがて腐らせる。だからこそ影の魔法が有用なのだ。

 影の魔法――周囲の闇を集約させて質量の塊を作り、それを操る魔法――は取りついた相手を丸ごと飲み込んで同化させることができる。つまり相手の存在そのものを影へと変えてくれるため、掃除の必要がなくなるのだ。非常に便利である。

 

「解除、です」

 

 捕食が終わった辺りで操作の術式を解くと、蠢いていた影がスゥーと幻のように地に溶けて消えていった。

 さきほどまでの戦闘の名残などどこにもなく、ただそれだけで静寂がこの場に訪れる。

 

「……『影を操る程度の能力』とか、名乗ってみてもいいでしょうか」

 

 なんて呟いてみるが、ぶっちゃけ影の魔法は掃除用に開発した魔法である。戦闘に転用したのは今回が初めてであり、そんな能力を名乗る気もさらさらなかった。

 

「レーツェル、お疲れさま。いい魔法だったわ」

「……お姉さま、見ていたんですか? 助けてくれたらよかったのに」

「余裕で撃退してたじゃない。それに、たまには長女だって休んでみたいものよ」

 

 振り返ると、パチパチと拍手をしながらレミリアが近づいてくる。

 本当のことを言えば、彼女の存在には気がついていた。日の光が込められているという水晶玉が投げられた時は背後で感じ慣れた魔力の高まりも察知したし、俺が影の魔法を使わなければレミリアがどうにかしていたはずだ。

 

「そうですか」

 

 適当に納得の声を発しながら、彼女を上から下まで眺める。

 若干の寝癖があったり、ナイトキャップが斜めになっていたり、服がずれていたり。セリフ的には結構前から戦いを見ていたという雰囲気ではあるが、実際は戦闘の音を聞いて慌てて駆けつけてきたのだろう。

 自分のありさまにも気づかず堂々と歩んでくる彼女は、あいかわらず妹思いの偉大な姉である。

 

「しかし、やっぱり昼間に攻め入られるのはとてもめんどうですね。眠たいです」

「んー、それもそうねぇ。それなりに力があるやつならともかく、今回みたいに弱い力しか持たないやつらのためにいちいち起きるのも億劫だし」

「昼間、大したことのない侵入者くらいなら簡単に撃退してくれるような人材がいたりすると助かりますね。護衛……というよりも、門番みたいな存在でしょうか」

「そういえば、結構前に話題にした……なんだっけ。あ、そうそう、武術を扱う妖怪? アレって主に昼間に活躍してるんだってさ。最近はこの辺りを拠点にしてるって話だから、探し出してスカウトなんてのもいいかもしれないね」

 

 そこまで言って、ふわぁ、とレミリアが大きな欠伸を吐いた。

 

「……なんにせよ、考えるのは全部一度寝てからにしましょ。さすがに真昼間は眠いから」

「そうですね。健康にも肌にもよくありませんからね」

「早寝早起きが自慢なの。昼間に起きているなんて好ましくないわ」

 

 こういうところが吸血鬼の不便なところか。日光やら銀やら炒った豆やら、最強の種族であるはずなのに弱点が多い。生半可な攻撃なら自前の再生能力を以て即座に回復してしまうが。

 レミリアとともに玄関に踵を返し、自室へと足を進めながら、不意に思う。

 ――俺の能力なら吸血鬼の弱点を全部消せるんじゃないか?

 

「…………」

 

 今世の父と眷属の女性が亡くなった日、俺は自身に宿る能力の本質に気がついた。

 すなわち『答えをなくす程度の能力』と名づけた力のことなのだが、これが扱いづらくてしかたがない。

 ここで言う『答え』とは、つまりは『結果』のことだ。

 この世に起こるすべての現象は、無数の事象を繰り返すことで存在している。『リンゴを食べる』という動作を一つを例に取ろう。

 リンゴを手に持つ人物が『食べたい』という意思を持ち、それを脳が受け取って腕を動かした。一つ目の事象。

 その人物がリンゴを口に含むことで、リンゴという存在の一部を削り取った。二つ目の事象。

 リンゴの味を舌で掴み、脳に感覚が伝うことで『美味しい』という感想を抱いた。三つ目の事象。

 ちょっと考えるだけでも、これだけの事象から成っていると定義できるし、もっと細かく分けることだって可能だ。

 もしも二つ目の事象をなくしたならば『口に含むことでリンゴを削り取る』という結果には絶対に至らない――そういう『答え』自体が存在しなくなる。もっとも、リンゴを食べられないようにするだけなら、そこまで細かく定義しなくても『その人物がリンゴを食べる』結果をなくせばいいのだが。

 要するに俺の能力とは、つまり現在と未来に存在し得るありとあらゆる事象を――『答え』をなくすこと。始まりと過程を残し、結果という『答え』だけを無へと変える力なのだ。

 この能力をうまく行使できれば、おそらく俺は吸血鬼の弱点をほとんど克服することができる。日の光によって灰になる『答え』をなくしたり、炒った豆で皮膚が焼ける『答え』をなくしたり。

 しかし、

 

「レーツェル、立ち止まってどうしたの?」

「なんでもありませんよ。眠くてちょっと足が止まっただけですから」

 

 すぐに首を横に振って、そんなくだらない提案を掻き消した。俺はレミリアの妹、フランの姉、吸血鬼レーツェル・スカーレットだ。それ以外の何者でもない。弱点だからとなくしてしまえば、俺は吸血鬼ではない別のナニカになってしまう。

 かつて日の光を浴びていた人間としては太陽を克服したい欲求がないわけではないが、レミリアたちと一緒の存在でありたいという思いの方が強いのだ。よって弱点をなくすのはボツ。心の中のゴミ箱にでも投げ捨てておこう。

 それに、俺の能力にだって欠点はある。

 現在と未来に存在し得る『答え』の有無を司る能力と言えど、過去に終わった現象は――すでに完全なる終結を迎えてしまった事象は覆せない。

 つまり、怪我を負うという『答え』はなくせても、傷ができた後に"怪我を負った"という『答え』をなくすことは適わないのである。

 あくまでも『答え』を切り取る能力であり、『答え』を再定義する能力ではないのだ。

 他にもいろいろと制約は存在する。

 己が関係する事象ならば自在に消滅させることができても、周囲の物だけが作用して起こる事象においては有効範囲がきちんと存在する。

 自分以外の意志を持つ何者かが直接的に関係した事象の場合、有効範囲に拘わらず、その何者かに触れなければなくすことはできない。

 なくそうとする結果をしっかりと自分自身が認識していなければ能力が正しく発動しない。

 いろんな攻撃で怪我を負う、みたいに定義が広義的すぎてもダメ――などなど。

 完全無欠な能力などありえない。ありとあらゆる事象を問答無用で掻き消す一見凄そうな能力であろうと、それは例外ではないのである。

 

「むぅ」

 

 まぁ、そんなことよりも今はさっさと布団にもぐって眠気に身を任せたい。吸血鬼という種族の事情も考えない無礼な侵入者のせいで寝不足なのである。

 自室へと足を進めながら、右手で口元を隠して再度欠伸を一つ吐いた。

 

 

 

 

 

 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □

 

 

 

 

 

 数日後、俺たちが統治する地の妖怪が助けを求めて紅魔館に転がり込んできた。

 事情を聞くところによると、どうやら、変な服装と舞を踊る異国の妖怪が侵略のために乗り込んできたとのこと。

 俺たちが周辺の妖怪と結んだ契約は食糧を提供させる代わりにこの地の平和を守ってやるというものだ。周りが対処できないというのならば、吸血鬼が直接出向くのみ。

 もっとも、レミリアは話を聞いた時点から乗り気ではあったけれど。


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