東方帽子屋   作:にゃっとう

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※「一〇」辺りにある「この世の深淵へ至る魔法」がどうとかいう記述を削除しました。


一二.未だ帽子屋は滅びず

 妖怪の山の麓の上空までたどりつくと、ひとまず止まって周囲の状況を確認する。

 太陽が現れたせいか、今はずいぶんと吸血鬼が押されていた。満月の夜が終焉を迎えたせいで強化されていた能力も下がり、軍門に下らせていた妖怪たちにもチャンスだと判断されて反抗されているようである。

 しかし吸血鬼の潜在能力は凄まじく、それでもまだ優勢に立ち回っていた。一匹でも吸血鬼を上回る妖怪が出てくれば今にも崩れてしまいそうな程度の優位でしかないが。

 再度飛行を開始し、眼下の景色を確認しながら飛び回る。あいつは違う。あれも違う。なかなか見つからない。

 日光が本格的に肌を焼いてきて気分が悪くなってきた。なにせ俺は地上で戦っている吸血鬼たちと違って日陰など身を隠す場所がない。

 

「あれは……」

 

 紅い霧が立ち上っているのを見かけた。吸血鬼の数ある特殊能力のうち、その一つで生み出されたモノ。まさかと思い、速度を上げて向かう。

 そうしてたどりついた場所には一番出会いたくなかった妖怪が二人。そしてその片方に抑えつけられている、一番出会いたかった小さな悪魔が一人。

 見つけた。

 

「――下がって、藍」

 

 空から大地へ接近しつつレミリアを地面に叩きつけていた妖怪へ魔力の光線を放った。直前で飛び退いて避けられるが、目的はレミリアから引き離すことだ。

 倒れ伏す姉の傍にスタリと降り立ち、安心させるように笑顔を作りながらレミリアに告げる。

 

「お待たせしました、お姉さま」

「レー、ツェル」

 

 ひどい火傷だ。それでも吸血鬼は時間さえあれば回復するが、念には念を。レミリアに触れて能力を発動し、肉体を霧にしている答えをなくす。紅い霧が消え去り日光が再び俺とレミリアを直射してくるけれど、レミリアには俺の影を纏わせて紫外線を遮断した。

 俺はどうしよう。周囲に障害物になりそうなものはないし、影の魔法は他人の影を操れない。代わりに右手の先から赤白い霧を出した。

 あいにくと数分間ずっと日差しに身をさらしていた身だ。これ以上浴びるのは得策ではない。

 ゆらりと、今さっきまで我が姉を追い詰めていた二人の妖怪に向き直った。

 

「こんばんわ、おはようございます。お初にお目にかかります、八雲のお二人」

「……私たちはあなたにあったことがあるかしら」

「初対面ですよ、境界の妖怪さん」

 

 金髪に金眼、頭には赤いリボンが結ばれた白い帽子。フリルのついた白い衣に紫の前がけをかけた傘を持った妖怪、八雲紫――妖怪の賢者と呼ばれ、また神にも匹敵する能力を持ち合わせる実質上の幻想郷の支配者。

 もう一人は紫と同じ色合いの髪と瞳を持ち、こちらは道教の法師のような服に青い前がけをかけている。二つの耳を帽子で隠し、腰辺りからは九本の尾をむき出しにしていた。八雲紫の式神、九尾の狐で名を八雲藍と言う。

 両方とも幻想郷きっての大妖怪クラス――いや、紫に至っては大妖怪とかそういう次元ではない。まさに妖怪の頂点と言ってもいい存在である。

 まったく最悪な相手と鉢合ってしまったものだ。運がない。この場合運がないのは、俺じゃなくてレミリアか? どちらでもいいか。どうせこうして相対してしまってるんだ。

 

「紫さま、この吸血鬼は」

「わかっているわ。翼膜のない変な翼といい突然変異かしら。なんにせよ他の吸血鬼とは桁違いの実力なことは確かよ」

 

 身体能力も魔力量もレミリアと大して変わらないのだが、そこまで断言できる理由はなんだろう。

 

「無理を承知で聞きたいのですが、見逃してはくれませんか? 私はお姉さまを連れ帰れれば後はどうでもいいんです」

「吸血鬼は吸血鬼というだけで十分強力なのよ。その中でも明らかに異質なあなたの力がどれほどのものか……今ここで測らなければ後に必ず幻想郷にとってのイレギュラーとなるわ」

「あぁ、私が来なければよかったんですか。パチュリーと咲夜辺りを一緒に行かせた方がよかったんでしょうか。いやいや、私以外じゃお姉さまが死ぬ前にここに来るのは適いませんでしたね」

 

 戦闘は避けられない。そう判断し、翼に妖力と魔力を流し込んで赤白い粒子の羽を具現化させた。

 四九〇年ほども生きていれば当然ながら『光の翼』を全力で扱っても大丈夫なくらいに成長している。もっとも、全開にしたこれを空を飛び回る以外の目的で使ったことはない。

 いったい俺の力が最強の妖怪にどこまで通じるか、ここで試す。

 

「速さによって発生する空気の摩擦、抵抗。および音速を超えた状態での自身からの衝突による怪我を負う『答え』をなくします」

 

 ――音を置き去りにして八雲藍へ勢いのままに右腕を叩きつけた。ギリギリで両腕を交差されて防がれたが発生する衝撃は相当なものだ。軽く数百メートルほど遠くへと吹っ飛ぶ様子を見て、突然の出来事に紫が目を剥く。

 そんな彼女にも即座に方向転換して同様に音速超えの突撃を打ち出した。紫は藍と違い通常の妖怪程度の身体能力しか持ち合わせていない。ガードが間に合うはずもなく腹に一撃を当てられた。藍と反対方向へ飛ばし、しかしどうにも感触がおかしい。まるでふかふかの布団を殴りつけたかのごとき手ごたえのなさだ。

 

「炎により火傷を負う『答え』をなくします」

 

 藍を吹き飛ばした方向から凄まじい熱気を察知し、即座に能力を発動。迫り来る青い炎を避けることなくそのまま受け、すぐ後にとんでもない速度で駆けてきた藍の拳を左手で受け止めた。

 こうして直接防いでみることでわかる。藍の身体能力は俺よりわずかに劣っていた。

 

「影踏み」

「動けな……ッ」

 

 影の魔法の派生、相手の影を踏みつけることでその動きを封じる。

 大量の妖力をこの一発で仕留めるつもりで右手に練り上げた。最初に繰り出したただの物理攻撃とは比較にならない威力を作り出す。藍も必死に逃れようと全身に妖力を漲らせているものの、伊達に四九〇年も魔法使いをやっていない。いくら大妖怪でも俺の影踏みを一秒もかけずに解くことなど不可能だ。

 そうして繰り出した全身全霊の一撃。けれどもそれも突如空間を裂いて現れた華奢な片手に受け止められた。またも感じるさきほどと同じ手ごたのなさ――両端にリボンがくくりつけられた亜空間への入り口が視界から十数センチ先に現れた。

 その空間から傘の先端が見えると同時にバッとその場から距離を取った。次の瞬間には妖力が圧縮された光線がさきほどまで俺の頭があった位置を通り過ぎていく。なるほど、妖力の光線で怪我を負う『答え』もなくしておこう。

 

「藍、大丈夫?」

「すみません紫さま。遅れを取りました」

 

 避ける時に影から足を離してしまったので藍も動けるようになった。その隣に空間を裂いて――切れ端にリボンが結ばれ、内部ではぐにゃぐにゃと形容しがたい紫色の背景に多数の眼が生えている亜空間。俗にスキマと呼ばれ、主に移動の際に使われるものだ――無傷の紫が現れる。

 

「まるで鬼と天狗に魔法使いさえ掛け合わせたかのような生物と戦っている気分だわ。あなた、名前は?」

「"光翼の悪魔"と呼ばれています。本名はレーツェル・スカーレット、長い付き合いになるといいですね」

「そうねぇ。まだまだあなたの底は見えず……藍、他の吸血鬼の相手に行ってなさい」

 

 え? と藍が瞼を瞬かせた。

 

「少しばかり本気を出すわ。邪魔だからどっか行ってなさい」

「はぁ。まぁ、紫さまなら大丈夫でしょうけど……」

「いいから行きなさい。ここに残ってまたやられかけても助けてあげないわよ?」

 

 そんな紫の言葉を皮切りに、しぶしぶと藍がこの場を後にする。敵が減るのはいいことなので無暗に攻撃したりはしない。

 改めて、八雲紫と向き合うことになった。二度も攻撃をまともに当てているのに無傷とは、いったいどうやっているのやら。事象を消去する俺が言えたことではないけれど。

 

「……本当、やめにすることはできませんか。早くお姉さまを連れ帰りたいんですが」

「そうねぇ。なら――私から、その姉を取り返せたらいいわよ?」

 

 不敵に笑う紫の右脇に抱えられているのは、俺の後ろにいるはずのレミリア。俺が目を離した隙にスキマで奪っていたのか。

 『光の翼』で突っ込んですぐにでも連れ戻したかったが、果たして今の傷だらけのレミリアが音速を超えて発生する衝撃波に耐えられるかどうか。躊躇し、なにもできずにいる俺を紫が嘲笑う。

 

「それにしても不思議ねぇ。本当にあなたは姉のことを大切に思っているのかしら」

「……なに言ってるんです? 当たり前じゃないですか」

「そうかしらねぇ。ほら」

 

 紫が、レミリアを日差しから守るために纏わせていた俺の影を触れるだけで消滅させる。

 爛々と照りつける太陽が容赦なく姉の肌を焼き、灰にしていく。

 

「こんなことをしてもあなたの表情は動かない。まるでなにも感じていないかのよう……私にはとても心配してるようには見えない」

「無表情ロリっ子キャラってことですよ。萌えるでしょう?」

「……? はぁ、なに言ってるのかしら。よく意味がわからないわ」

 

 余裕そうに会話しながらも、頭の中では焦りが充満していた。

 レミリアには太陽を長く受けて無事でいるほどの体力は残っていない。早く助け出さないと。しかし、どのくらいの間なら大丈夫だ? 数十秒か? 数分か? もしかすれば、残り数秒でもう手遅れになってしまうのかもしれない。考えれば考えるほどに嫌な想像は膨らんでいく。すぐにでも取り戻さなければと焦燥が駆け巡る。

 でも、どうやって?

 記憶を掘り返せば、前世では原作の紫は『自分には何も効かず弱点はない』とか言っていた。実際に俺の全身全霊の一撃を受けてもピンピンしているのだから本当なのかもしれない。

 どうすればいい。なにが最善の方法だ?

 

「……私に、揺さぶりなんてかけても無駄ですよ。私はお姉さまへの親愛を疑ってませんから」

「ふふっ、美しき姉妹愛ねぇ。妖怪ながらにして高きその信頼は、きっと幻想郷にも良き変化をもたらす」

「そう思うんなら見逃してください。真面目にお願いします。心からお願いします」

「あなたの力の底を見てからね」

 

 紫が左手を上空に掲げたかと思えば、天に紅魔館ほどの巨大な結界が出現した。

 警戒して眺めていると、内部にスキマが開かれる。水の入ったコップがそこから落下し、重力に従って結界の下面に衝突して割れる。瞬間、結界内の空間すべてが液体へと変化した。

 

「あの中の水と空気の境界を弄ったわ。さぁ、藍の炎さえ効かないあなたは弱点の流水にも耐えられる?」

 

 結界が解かれ、膨大な量の水が降り注ぐ。そんな光景を眺めながら頭に過ぎるのは、かつて抱いた一つの思い。

 ――俺はレミリアの妹、フランの姉、吸血鬼レーツェル・スカーレットだ。それ以外の何者でもない。弱点だからとなくしてしまえば、俺は吸血鬼ではない別のナニカになってしまう。

 一秒にも満たないほどの間だけ目を瞑り、その感情とレミリアの無事を天秤にかけた。

 

「吸血鬼だから流水を苦手に思う『答え』、それから流水によって動けなくなる『答え』をなくします」

 

 吸血鬼の弱点をなくした方が有利に立ち回れる。

 大量の洪水をその身に受けた。下に押さえつける圧力がかかるが、吸血鬼の身体能力を以てすれば耐えるのは容易かった。

 やがてすべての水が降り終えて周囲に流れていく中、日差しが痛いなと空を見上げた。右手から放出していた霧は水に流されてなくなってしまっていた。しかたないので、日差しにより自身が灰になっていく『答え』をなくす。

 

「あなた、本当に吸血鬼?」

「……どうでしょう。もしかしたら、究極生命体かもしれません」

 

 髪についた水滴が邪魔だ。首を横に振って振り払う。

 あぁ、胸が痛い。ノコギリか鑢でゴリゴリと削られているような気分だ。

 原因はわかっているし、幸い俺の能力は解除ができる。後で流水や日差しの無効化は絶対に解いておこう。

 ――もしも俺の能力が代えが効かないものでも弱点をなくしていたか?

 不意に頭の中に浮かぶ無粋な問い。意味なんてない。だって答えはわかりきっていた。

 

「私の能力は……すべての現象の『答え』を、事象をなくすことです。私が認識したすべては私に届く未来へは到達し得ない」

「あら、姉を人質に取っている相手にそんなこと教えてもいいのかしら」

「いいんですよ。私の底が見たいんでしょう? あなたからお姉さまを取り返せたら……見逃して、くれるんですよね」

 

 作り笑いを浮かべて、小さく息を吐く。

 流水に関しての『答え』をなくした瞬間、すべてを思い出した。母を亡くした時のこと、父とその眷属が死んだ時のこと。

 忘れかけていた。あれは俺が殺したんだ。俺が不注意だったばかりに、俺が幸せを求めたばかりに。

 別のナニカになりたくない? 吸血鬼でなくなるのは嫌だ? それでも、レミリアを助けるためなら自分の感情なんてどうでもいい。

 俺の大切なものをすべて守ると誓った。レミリアを、フランを。今は美鈴やパチュリー、咲夜や妖精メイドたちだってそうだ。同じ失敗を三度も繰り返さない。誰も失いたくない。だから表情をなくし、呪いを手に入れた。

 願いを。欲望を。それを叶えるためならなんだってする。

 

「さっきの名前、訂正してもいいですか?」

「訂正?」

「"光翼の悪魔"って言うのは、私を正しく表現した言葉じゃないんです。だから真の二つ名を名乗ります。こっちはここ最近ずっと名乗ってなかったので、館に侵入してくる人たちも知らないみたいなんですけど……」

 

 作り笑いを深め、訝しげに首を傾げる紫へとあの日に定めた名前を告げた。

 

「"狂った帽子屋"。どうか、私のことはそうお呼びください」

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