東方帽子屋   作:納豆チーズV

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疑問に思われた方が多いようなので、以下、ちょっとだけ解説です。

Q1.紫さま、歩いてるだけのレーツェルに接近を許すとか油断し過ぎじゃない?
A.自分より格下の相手が走るわけでもなく"余裕そうに歩いてくる"のに、それを少しでも恐れて後退するのはプライドが許さない、と紫さまは感じていました。

Q2.じゃあなんで能力を無効化した(と思った)後はスキマで距離を取ろうとしたの?
A."近づいてきている"→"接触した"では状況が違います。ご容赦を。


一四.異変が終わった後で

 幻想郷側の強力な妖怪たちの手によって、あの日のうちにほとんどの吸血鬼が鎮圧された。その際に吸血鬼側に多数の死者が出たものの、侵攻したのも敗北したのもこちら側だから文句を漏らすのはお門違いだ。

 とは言え吸血鬼をぞんざいに扱ってしまえば、また強大な力を以てして暴れられてしまう未来は目に見えている。よって幻想郷勢力は後日に吸血鬼側とで話し合いを行い、最終的には『吸血鬼に食糧となる人間を提供する代わりに、生きた幻想郷の人間を襲わない』契約を結ぶことで和解した。もちろん相手側から相応の危害を加えられそうになった場合はその限りではないが。

 幻想郷とは人間と妖怪が絶妙なバランスを取り合うことで成り立っている世界だ。強すぎる妖怪には好き勝手されないようにしてもらわなければ、容易にその釣り合いを崩してしまう。

 しかし幻想郷の人間を不用意に減らせないなら、どうやって人間を用意するのか。そんな疑問を投げかけた者もいたが答えは簡単だ。幻想郷とは外の世界と特殊な結界を設けることで『幻想となった存在』が流れ着く場所――しかし、事故で人間が迷い込んでくることも多くある。それの一部を食糧として吸血鬼へ流してくれるとのこと。

 数が減ったことや幻想郷の妖怪の強さを体感したこともあり、再度侵略を行おうなんて思いを抱いている吸血鬼はいない。妖怪として人間を襲えないことで不満やらは出てくるだろうが、それも時を経るうちに風化していくはずだ。

 

「で、どうして紫は私の部屋でお茶を飲んでるのですか?」

「あら、お茶を提供したのはあなたの方よ?」

「そういう問題じゃありません」

 

 ――あの時、俺が勝てたのは紫が油断していたからに他ならない。本当ならあんなに簡単に倒せてはいなかっただろう。

 現在、俺はどういうわけか自室のコタツにて八雲紫と向かい合って緑茶を嗜んでいた。

 事の顛末はこうだ。騒動も収まって来て、落ちついて一人でお茶を飲んでいたら肩にポンと手を置かれる。振り返れば、スキマからニュッと「おじゃまします」と胡散臭い笑みをした紫がいた。いろいろと言いたいことはあったが、気づいたら流れるままに一緒にお茶を飲んでいた。

 昨日の敵はなんとやら。実際は何日も前の出来事なのだけれど。

 

「それより私はあなたの前で名乗ってないんだけどねぇ。私がどういう妖怪かも知っていたみたいだったわ」

「境界の妖怪、八雲紫。かつて数多の大妖怪を扇動して月の民に戦争をしかけた妖怪の名は有名ですよ」

「私がどういう姿か知らないくせに一目でその境界の妖怪だと見抜いたのはどういうことかしら」

「とてつもなく胡散臭い妖怪って聞いてたので、たぶんそうかなと」

 

 自分のことながら、よくもまぁそれっぽいことをつらつらと並べられるものだ。

 

「ふぅん、まぁ、そういうことにしておいてあげるわ。そんなことより、あなたはなにか提案したりしないの?」

「提案? なんのことです?」

「決闘法よ」

 

 あぁ、と納得しながらお茶を一口含む。美味しい。

 

「吸血鬼に幻想郷が乗っ取られそうになって危機感を覚えた妖怪がたくさんいたらしくてねぇ、とある神社の巫女に相談していろいろな決闘法を提案し合ってるのよ」

「いくら私たち吸血鬼が強力な妖怪と言っても、一晩で半分以上が征服されるなんて大問題みたいでしたからね。これ以上妖怪が弱くならないためにも、そして幻想郷が今の形を保ち続けるためにも新たな制度が必要と……あ、もう入ってませんよ。お茶おかわりどうぞ」

「あらどうも。紅茶の茶葉なのにどうして緑茶の味がするのかしら……そうそう、そのためにいろいろと決闘法を提案し合ってるのよ。派手に殺し合いなんてしたら幻想郷はすぐに壊れちゃうし、人間との関係の問題もあるから厄介なのよねぇ」

 

 欠点が此度の侵略で指摘され、幻想郷がよりよい形に向かうために住民たちが話し合う。元凶である吸血鬼も無事に受け入れられた。

 ここまでうまくいっていると、まるで今回の異変は何者かがこういう結果になるように作為的に引き起こしたのではないかと勘繰ってしまう。そんなことをする人物は八雲紫くらいしか心当たりがないが、さすがに疑い深すぎるか。

 

「それで、あなたはなにかいい案はないの?」

「そうですねぇ……」

 

 どうせ流行(はや)るのは"スペルカードルール"と呼ばれる決闘法だけである。そもそもとして東方Projectとはその制度に乗っ取ってキャラクターたちが勝負を繰り広げるゲームだ。

 逆に考えればいくら提案しても無駄であると理解しているぶん、気楽に案を出せるというものか。

 

「卓球なんてどーですか」

 

 なんだか前にも似たようなこと、というかまったく同じことを提案した記憶がある。

 

「あれは事前にいろいろと道具が必要じゃない」

「じゃあサッカーとかバスケとかどうですか」

「道具以前に施設や設備がないわね。とっさに用意もできないわ」

「将棋とか囲碁とか」

「そんな遊戯でどうやって妖怪の弱体化を防ぐのよ」

 

 もっともな反論ばかりだ。なにも考えずに発言しているから論破されるのも当たり前だけど。

 ふと、紫が超人的な頭脳を持った妖怪だと思い出す。もしも彼女にボードゲームをやらせたらどうなるのだろう。今度対戦してみようかなと思う反面、ボロ負けする未来しか見えないのでやりたくない。

 他にも、この世界には天狗や鬼などと言ったさまざまな妖怪がいる。彼らにサッカーなんてやらせたら超次元サッカー(イナズマイレブン)が本当に実現するのではないだろうか。そう考えると段々とワクワクしてきた。魔法を用いた不自然な軌道で曲がる、あるいは燃え盛るシュートなどなど。紫を参加させたらスキマにボールを入れてゴールキーパーの後ろにワープさせるとかやりそうだけど。

 

「一つお願いがあります」

「なにかしら?」

「紫は外の世界と自由に行き来できますし、サッカーについての本とか持って来てくれませんか? もちろん大きく広めるつもりはありません」

「そうねぇ……まぁ、そのくらいなら構わないわ。前に言ってた貸し一つもこれでチャラかしら」

「こっちは大好きなマイ天使(エンジェル)を殺されかけたのにその程度でチャラになるわけないじゃないですか」

「貸し"一つ"っていうのはなんだったのかしらねぇ……まぁいいわ。今度持って来てあげる」

 

 鬼が全力で蹴っても大丈夫なボール、炎や光線を受けても焼き切れないゴールネット、妖怪の身体能力にあったコートの大きさ調整。

 考えれば考えるだけやらなきゃいけないことが見つかる。バカげた能力を保有する妖怪や人間もいるし、そういう能力やら魔法についての制限も考えておかなきゃいけないか。鬼は素の力だけでも強いから、そっちも制限を……いや、それは不公平か。空中戦はどうする? 絶対に出るであろう怪我人への対処は?

 準備が整ったらフランに話を持っていって、一度やってみよう。

 うんうんと唸る俺の対面で、のんきにお茶を飲んで一息をつく紫。

 来た当初は殺伐としていたけれど、幻想郷での生活もこうして落ち着けるものになっていた。

 

 

 

 

 

 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □

 

 

 

 

 

「"スペルカードルール"?」

「そうです。殺し合いの代わりとして導入された新しい遊戯ですね。幻想郷ではむやみに殺し合いを行ってはいけない決まりがあるので、ちょっと特殊な決闘方法が必要なんです」

 

 新しく幻想郷に導入されたそのルールを地下室でフランに教えていた。

 一つ、妖怪が異変を起こしやすくする。

 一つ、人間が異変を解決しやすくする。

 一つ、完全な実力主義を否定する。

 一つ、美しさと思念に勝る物はなし。

 以上の四つを理念とし、いくつかの法案のもとで決闘を行うことを命名決闘法案改め"スペルカードルール"という。

 

「他にも弾幕ごっこなんて呼び方もあります。別に攻撃は弾幕には限らないんですけどね」

「ふぅん。お姉さまは、その、"スペルカードルール"っていうのはやってるの?」

「いえ、この前に話を聞いたばかりで一度もやったことはないです。それに、どんな決闘方法が主流になっても、もともと最初はフランと一緒にやってみたいと思ってましたから」

「……そ、そうなんだ。それで、どうやって遊ぶの?」

 

 上機嫌に結晶がぶら下がった翼がパタパタと羽ばたいていた。気づいているのかいないのか、いつまで経ってもフランは照れ隠しが下手みたいだ。

 

「"スペルカードルール"において大切なものは『強さ』よりも『美しさ』です。まずはそこを頭に入れておいてください」

「『美しさ』?」

「『美しさ』の欠片もないような意味のない攻撃はしてはいけないんです。意味がそのまま力となるんですよ」

 

 前世の記憶と紫から教えてもらった知識を参考にしながら、順に説明をしていく。

 倉庫魔法――作っておいた空間を開く魔法に、この前そう名づけた――を行使し、自前の空間から一枚の紙を取り出した。

 

「このルールで遊ぶためには事前にスペルカードという攻撃宣言用のカードを用意しておく必要があります」

「これがそのスペルカード……って、ただの紙じゃない」

「そうです、なんの効果もないただの紙です。これに技の……もとい必殺技的な立ち位置にある攻撃の名前を書くだけでスペルカードの完成です」

 

 紙自体はなんの効果も持たず、スペルカードなんてなくても技は繰り出せる。本当にただの宣言をするためだけの紙だ。

 

「ふぅん。つまり、それを掲げて技を使えばいいのね」

「そうなります。始める前には互いにスペルカード使用回数を提示して、相手の提示回数分のスペルカードを攻略するか、相手の体力を削り切るか。そのどちらかを達成できれば勝ちになります。逆にスペルカードを使い切っても相手が倒せなかったり、自分の体力が切れてしまった場合は負けになります」

「それでも重視するのは『美しさ』なんだよね」

「そうです。重要なのは『美しさ』です。隙間もない弾幕を張る、痛くなさそうだからとわざと当たるなどは美しくないのでエヌジーです。ハッキリと明言はされていませんが、そういうのはルール違反と言っても過言ではありませんよ」

 

 NG(ノットグッド)。追及するべきは『美しさ』だ。

 話を聞いていたフランの口元が、面白いものを見つけたという風に弧を描いた。なにも言わなくても、今すぐにでもスペルカードを作りたいという意思が容易に伝わってくる。

 他には『勝っても人間を襲ってはいけない』などの細かい決まり事があるけれど、フランにはあんまり関係のないことだし、後日また暇がある時にでも教えればいいか。

 今は、目を輝かせている妹とともにスペルカードを作ることにでも専念するとしよう。

 

「それじゃフラン、一緒にスペルカードを作りましょうか。技を考えて、名前をつけて、それから一度一緒に遊んでみましょう」

「やった! 美しい技かぁ……うーん、どんな風にしようかなぁ」

 

 フランの相談を受けたり、俺自身もフランに相談してみたり。

 

「ゆっくり考えましょう。時間はたっぷりありますから」

 

 新たな遊戯にめいっぱいにはしゃぎながら、今日も今日とて平和に時間が過ぎ去って行った。




今話を以て「Kapitel 2.答えを探す数百年へと」は終了となります。
ついにスペルカードルール導入ですが、スペルカード戦なんて特殊な決闘法は書いたことがないのでどうなるかはわかりません。

「吸血鬼異変」終了後すぐに「紅霧異変」を始めるのも急ぎ過ぎだと思うので、「Kapitel 3」の最初は幻想郷での生活を主にして、後半を「紅霧異変」で締めくくろうと考えています。
あくまで"予定"なので狂う可能性はありますが、次回からもどうぞよろしくお願いいたします。

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