東方帽子屋   作:にゃっとう

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三.欠けた月夜の半人半獣

 吸血鬼――というよりも悪魔全般は人間からも妖怪からも嫌われている。どうにも、悪魔と呼ばれる者たちは自分中心でわがままだと決まっているからだとか。

 吸血鬼が幻想郷に攻め入ったのも「自分たちの力を知らしめるため」だとか「我々こそがその世界の支配者にふさわしい」だとか、そういう考え方から起こったものだと紫やレミリアから聞いている。確かに自己中心的だ。

 しかし、レミリアはたくさんいる妖精メイドたちの精神状態などにも結構気を配っているし、フランだって毎日がんばって加減ができない力の制御や魔法の勉強に力を入れている。他人のことを考えたり、やりたくないことをがんばることだってできる。悪魔の一匹である俺が言っても説得力がないけれど、悪魔だからと言って自分中心の考え方しかできないというのは違うと思うのだ。

 少なくとも身内に対しては優しいし、自分の欠点を認めて克服しようとがんばることもできる。五〇〇歳近いと言ってもレミリアもフランも子どもみたいなところがあるから多少はわがままであることは否定はできないが。

 なにが言いたいのかと言うと、人間の里に来てみたらめちゃくちゃ警戒されまくりで居心地が悪いです。

 

「襲っては来ないんですけどねぇ……」

 

 人間の里と言っても妖怪がいないわけではない。むしろ夜は妖怪の方が多く、妖怪専門店なんてところもあるくらいだ。

 通りかかる人間や妖怪にギョッとした目で見られたり、自警団と思わしき人間たちが遠くから監視してきていたり……。

 はぁ、と小さくため息を吐いた。それだけで数メートル先にいた妖怪の男がビクッと震え、走ってどこかへと行ってしまう。

 

「……こんな幼い女の子のなにが恐ろしいんでしょうか」

 

 確かに俺は悪魔だ。それもつい先日攻め入ってきたばかりの、一夜にして多くの妖怪を軍門に下した吸血鬼という最強クラスの悪魔である。

 それでも明らかに年下で敵意もない、注意を向けられてすらいないのに息をついただけで逃げられるのはどうなんだろう。なんだかちょっと落ち込んできた。

 さっさと目的を果たそうと辺りに視線を巡らせる。

 建物は昔ながらの木造平屋、というよりも人間の里自体が明治時代とほとんど変わらない町並みではないかと思う。明治の日本の様子なんて前世で見た歴史の教科書でしか知らないけれど、それに描かれていた光景と大体が同じだった。

 

「あなたはどう思いますか?」

「……いったいいつから」

「最初から気づいてましたよ。何の用ですか?」

 

 振り返れば、そこにいたのは一人の人間――いや、気色が違う。この感じは半人半妖か。

 眼は赤みがかかり、青のメッシュが入った腰まで届く銀髪、その上にはなんとも表現しがたい青い帽子をかぶっている。六面体と三角錐、その間に板でも挟んで頂点を赤いリボンで結んでいる奇妙な構造だ。衣服は上と下で一体の青い服で、袖は短くて白く、胸元には帽子と同じく赤いリボンを結んでいる。長いスカートの内側には幾重にも重なった白のレースがついているらしく、少しそれがはみ出ていた。

 

「悪魔が、それも吸血鬼が里に来ていると聞いてな。なにかよからぬことを企んでいるんだろう?」

「はぁ、そうですか。ところで服ってどこで売ってるかわかります?」

「この里の人間には手を出させない」

「あー、わからないならいいです」

 

 話ができるような空気でもなかったので早々に切り上げ、町を歩き始める。

 ふと、一瞬だけ正体不明の違和感を覚えた。だからと言って特に重要なものではないことは感覚的にわかっていたので、そんなに気にせず服飾店探しを続ける。

 

「ここには元々人間が住んでいなかった、里の歴史をなかったことにした。ここにはもうなにもない。通り過ぎるがいい」

「なに言ってるんですか。普通に見えてますよ、ワーハクタクさん」

「……え?」

 

 今のセリフで確信した。変な帽子から大体の予想はついていたが、この銀髪の女性も東方Projectの登場キャラクターである。

 その名を上白沢慧音。満月を見ることで白沢という妖怪へ変化する、人間から半人半獣となった後天性のワーハクタクだ。人間が大好きで、人間相手に寺子屋で歴史の授業なんかをしているんだとか。

 

「なんだかんだ言って私も五〇〇歳近いですからね。歴史なんてなくても経験があるので見えないなんてことにはなりません」

「ッ、華奢な見た目と違って相当な腕の妖怪のようだな」

「吸血鬼ですから当然です。っていうかそろそろ名乗り合いませんか? 私はレーツェルと言います。レーツェル・スカーレットです。あなたは?」

 

 ちょうどよさげな服飾店を見つけて近寄ってみたが、どうにも昼間にしか営業していないようだ。肩を落とし、再び町の徘徊を始める。

 

「……上白沢慧音だ。お前はなにを企んでいる? 場合によっては力づくで追い出さなければならない」

「慧音ですね。だからさっき言ったじゃないですか。服を売ってる店を探してるんです。女の子が着るようなやつでお願いします」

「嘘だな。そんなことのために悪魔が人里に訪れるはずがない。大方人間でも食いに来たのだろう?」

「吸血鬼は危害を加えてこない幻想郷の人間は襲わない契約をしています。悪魔は契約を破れません。破らないのではなく破れないのです。というか、そもそもここは妖怪の賢者によって保護されているのですが……」

「妖怪が里を保護しているなどという話をまともに受け取るはずがなかろう。悪魔が契約を守るなどという話も本当かどうかも疑わしい」

 

 紫が全然信用されていないという事実。そちらはともかくとして、悪魔が契約を守る云々は本当のことだ。

 俺に限って言えば能力で契約を無効化することもできるけれど、もちろんそんなことはするつもりはない。すれば紫に怒られるし、幻想郷を保つためには人間が必要だと言うこともわかっている。別に積極的に人間を襲う性格でもないし。

 

「まぁ信じるのも信じないのもあなたの勝手ですよ。私は問答無用で悪者扱いされて不本意ですけどね。それで本当に服飾屋がどこにあるか知らないんですか? 夜に開いてるところがいいです」

「ふん、そんなに服が欲しいなら買うなんてせずに自分で作ればいいじゃないか。わざわざ人間の――」

「あ、それもいいかもですね」

「え?」

 

 マジックアイテムは幾度となく作ってきたけれど、服や帽子などを作ったことはない。それに手作りの方がなんだか気持ちがこもっていそうな上にいろいろと自由に製作できる。

 フランにぬいぐるみを渡したこともあるから一応裁縫をやれるにはやれる。ぬいぐるみと服とではいろいろと勝手が違うから戸惑うこともあるだろうから服の種類やデザインも学ばなければならない。まずはそういう本を読み漁るのが先決かな。

 

「やっぱりきちんとした服を作れるようになるにはかなりの時間がかかるでしょうし……うーん、とりあえず今は普通に服飾店を利用しましょうか。人に上げても恥ずかしくないくらいの服が作れるようになったら、私が作ったそれをお姉さまやフラン、パチュリーたちにもプレゼントして……夢が広がります」

「…………お前、他の悪魔たちと少し違うな」

「それは良い意味ででしょうか、悪い意味ででしょうか。どっちでもいいですけど、とりあえず注文が増えました。本屋とかありませんか? 服の縫い方とかそんな感じのものが売ってるところです」

 

 首を傾げて問いかけてみれば、今までずっと張りつめていた慧音の空気が少しばかり和らいだ気がした。

 本屋と言っても大図書館に行けば大抵の本は見つかるので、この質問にはそこまでの意味はない。ただ、幻想郷の本なら大図書館のものと違うことが書いてある可能性が高いので、参考になる本は多い方がいいと思っただけのこと。

 

「……本屋はないな。貸本屋ならあるが、夜には開いていない。服飾店なら妖怪専門のところを一つ知っている」

「わ、本当ですか?」

「嘘を吐く理由がない。なんなら案内をしてやる」

 

 なんて言って歩き始める慧音の隣に並んで、高い位置にあるその顔を見上げた。

 

「なんだか急に協力的になってくれましたね。どうしてですか?」

「……最初は無表情で不気味なやつだと感じたんだが、どうにも悪いやつには見えなく……いや、私が直接ついていた方が本当に人間に手を出さないかという監視にもなる。吸血鬼の相手は、満月でない日の私には少々荷が重い」

「満月だとワーハクタクだけじゃなくて私たちもパワーアップするので、どっちにしても荷が重いと思いますよ」

「ふん、どうかな。満月の日の私は強いぞ」

「それは面白そうですね。そこまで言うならいつか満月の夜に戦ってみましょうか? もちろん弾幕ごっこで、ですが」

「……人間たちに被害が出ない場所でなら乗ってやらんこともないが」

「それはよかったです。その時はめいっぱい遊びましょうね」

 

 そうやって俺が話しかけるたびに、慧音は段々と毒気が抜けていくような顔をする。

 

「お前は悪魔、だろう? どうしてそこまで私に親しげにしようとするんだ?」

 

 そうして彼女の気持ちが集約された一言がそんなもの。

 そんな簡単な問いか。

 

「慧音は優しいじゃないですか。悪く当たる理由が見当たりませんよ」

「は? い、いや、私はお前が人間を食いに来たのだと思って、追い出そうと冷たくするように心がけていたが」

「どれもこれも人間が好きだからこそのことですよね。自分は人間じゃないのに、人間のために危険も顧みず吸血鬼の私に突っかかってきた。ほとんどの方たちは私に怯えて逃げ出していったのに、人間のためにそれを追い出そうとする。そんなの簡単にはできませんよ」

「……お前も人間が好きなのか?」

「好きというか……なんでしょう。自分でもよくわかんないんです。ただ、自分が大切だと感じるもののために危機を顧みない慧音に親近感を覚えたんですよ。だから親しくしようとしてるように感じるんじゃないですか?」

 

 そう答えたところで慧音の足が止まった。服飾店についたのかと周囲を見渡したが、そういうわけではなく閉まっている団子屋と蕎麦屋くらいしか見当たらない。

 なんで止まったの? と慧音に向き直ってみると、その雰囲気は最初とは正反対に警戒心がほとんどなくなっていた。

 

「……さきほどまではすみませんでした。どうやら、レーツェルは悪い悪魔ではないみたいです」

 

 威圧するようなしゃべり方は引っ込み、素と思わしき人格で彼女が頭を下げてきた。

 

「悪っていう字はついてますが。あと謝る必要はありませんし、というか警戒解いちゃっていいんですか?」

「ええ、まぁ、急に襲いかかってくるような気質ではないことはわかりましたから。もちろん里に危害を加えようとするなら全力で止めさせてもらいますけど」

「だからできないんですって。でも、認めてもらえたのは嬉しいですね」

 

 その後にきちんと慧音に案内してもらい、妖怪専門店の服飾屋に行くことができた。

 里の人間が着ているような浴衣もあれば洋服もある。フリルがついたようなあざとい感じのものはないけれど、それなりに良き収穫は得られた。

 貸本屋については昼に人間の里を訪れるしかないが、吸血鬼異変が終わって間もない今はさすがにやめておこうと思う。妖怪が多い夜ならともかく、ほとんど人間しかいない昼間に行ったら間違いなく忌避の視線を向けられまくってめんどうくさいことになる。行くとすれば少なくとも人間に変装していくことが要求される。

 そもそも昼間は寝てるし、服についての本は大図書館で適当に読み漁るだけで我慢するとしよう。

 

「それじゃあ慧音、またね、です」

「……本当に服だけ買って帰るんですね」

「だからそのために来たって言ったじゃないですか」

「そうですね。だけど、またねという言葉に返すことはできません。私は人間側の妖怪だから、レーツェルと深く関わるつもりはない」

「厳しいですね。でもそれでいいですよ。ただ単に私が勝手に親しくしようとするだけですから」

 

 もちろん、それも慧音が妖怪のスパイだなんて言われないようにほどほどにしていくつもりである。半獣でありながら人間に慕われるなんてことは並みの努力で為せることではない。本当に人間が好きだからこそ彼女は頼られているわけだし、それを無駄にするつもりは毛頭なかった。

 人間の里での知り合いができた。レミリアたちへのプレゼントも買えた。一回の人里訪問でこれだけの成果が得られれば十分である。

 喜んでくれるといいな。そんな風に思いながら、静かに人間の里から飛び去った。

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