東方帽子屋   作:納豆チーズV

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九.七曜と普通の魔法使い

 □ □ □ Standpunkt verändert sich zu Patchouli Knowledge □ □ □

 

 

 

 

 

 私にとって、レーツェル・スカーレットことレーテという吸血鬼は一つの言葉では表現し切れないほど多くの思いを抱いている相手であった。 

 八〇年近くをともに過ごした家族、気楽に話し合える友達、私よりも長き魔法の経験を積んだ尊敬する先輩、常に私の身を案じてくれる小さな保護者。

 そんな彼女の姉であるレミリア・スカーレットことレミィとも、レーテと同等に良き関係を築いてきていた。行き場のなかった私を拾ってくれた恩もあるし、掛け値なしに親友と言い合えるだけの信頼もある。

 二人とも私にとってかけがえのない存在だ。普段は恥ずかしいからそんなことを思っているなんておくびにも出さないけれど。

 

「見つけたわ」

 

 役に立たないからと、大図書館の奥にある本棚にしまっていた裁縫に関する本を取り出した。諸事情で近くにある魔導書が必要になったから、そのついでだ。私は全然興味はないけどレーテがここ半年ほど裁縫にはまっているのだ。

 まぁ、数か月前の時のように着せ替え人形にされるのはちょっとお断り願いたいが。

 

「本のお礼に魔法の研究を手伝ってくれるようにお願いでもしようかしら」

 

 彼女なら「いいですよ」と即答してくれることだろう。身内が困っていれば率先して助けようとしたりする悪魔らしくない家族思いな吸血鬼だ。少々心配性が過ぎるところがあるけれど。

 

「……む」

 

 不意に、ドォンという音とともに床がわずかに震えた。音からして地震という線は薄い。ならば誰かが故意的に引き起こしたことになるが、あいにくと紅魔館の住民に大図書館に危害を及ぼそうとする人物はいない。つまりは侵入者の可能性が濃厚になる。

 自然と早足になるのを自覚しながら、取りに来た二冊とは別にいつも持ち歩いている魔導書があることを確認した。

 本棚を抜けて入り口付近まで来ると、そこには三つの影がある。

 一人目は地面に倒れ伏して動かない見知った人物。頭と背中に吸血鬼と似た悪魔らしい蝙蝠の羽、赤い長髪、黒褐色のベストと同色のロングスカートを身につけている。何十年も前に召喚魔法の練習で喚び出したはよかったものの、送還がうまくいかなくてなし崩し的に契約した小悪魔だ。

 

「そこの紅白と黒白! 私の書斎で暴れない」

 

 あとの二人は見覚えがない。二人とも人間のようだが、人間の知り合いなんて咲夜しかいないのだ。

 一人は肩と腋を露出するおかしな巫女服を着た紅白。一人はいかにも魔法使い然とした、特徴的な三角帽子と白いエプロンをつけた黒白で人間の魔法使い。

 小悪魔はそこまで強くはないが、ただの人間にやられるほど弱くはない。いや、そもそも館に入ってきている時点で美鈴を倒したことになるのだから結構な実力を持っていることは間違いないのか。

 とりあえず魔導書を開き、炎を呼び出して黒白の魔法使いへと放つ。

 

「わっ! なにするんだ!」

「その本は私のものよ。持ってかないで」

 

 バッと離れた黒白が落とした魔導書を拾い、近くにある机の上に置く。ついでに取りに行っていた方の魔導書と裁縫に関する本も重ねておいた。

 

「火なんて撃って、本が燃えてたらどうするつもりだったの?」

「大丈夫よ。ここの本は大妖怪が本気で壊そうとでもしない限り燃えもしないし濡れもしないし破れもしないくらい頑丈だから」

「そもそもこんな暗い部屋で本なんか読めるのか?」

「私はあなたみたいに鳥目じゃないわ」

「だから私は鳥目じゃないって」

 

 巫女と会話を繰り広げている間に黒白がまた本を持ち出そうとしていたので、もう一度炎の魔法を放っておく。さすがに二度目は危なげもなく避けられた。

 

「って、そうじゃなくて、あなたがここのご主人?」

「お嬢さまになんの用?」

「霧の出しすぎで、困る」

 

 まぁ、あんな妖霧は人間には当然有毒だろう。なにせ吸血鬼の妖力が込められている。

 

「じゃあ、お嬢様には絶対会わせないわ」

 

 とは言えそんなこと知ったことではない。通す義理はない。

 互いににらみ合う。どうやらあちらはスペルカード戦をやるつもりらしい。断る理由もないので、巫女はお祓い棒に合わせ私は魔導書を構えた。

 

「邪魔させな」

「待て霊夢。ここは私に任せてくれないか?」

 

 と、黒白が紅白の肩を掴んで提案をした。紅白はセリフを中断させられたことが不満なのか、不機嫌そうに魔法使いの方を振り返る。

 

「そんな顔するなよ。どうせここにはそいつが言ってたお嬢さまとやらはいないんだろ? それにこの私が二度も囮役を買って出てやってるんだから」

「どうせあんたここの本が欲しいだけでしょ」

「ま、そうだけどな」

 

 紅白を押し退けて、黒白は手に持っている竹箒に腰をかけた。

 さて、どうするか。

 私の本を奪うと言っている以上、黒白は絶対に野放しにしておくわけにはいかない。かと言って紅白もレミィの邪魔をしに来ているからできるなら倒しておきたいが……むぅ、今日はちょっと貧血で調子がよくないし、二人を同時に相手するのは厳しいか。

 

「はぁ、いいわ。こんなかび臭いだけのところにいてもしかたないし、私はまたそのお嬢さまを探しに行くとする」

「おう、そうするがいいぜ」

 

 ひらひらと手を振る黒白と「それにしてもこの館ってこんなに広かったっけ」と呟いて背を向ける紅白。この言葉から察するに、どうやら二人はまだ咲夜とは戦っていないようだ。

 だったら私が無理に二人を足止めしなくても大丈夫か。

 紅白がいなくなったのを合図として、私と黒白は互いに宙に浮き上がった。

 大図書館は咲夜に頼んでめいっぱい広くしてあるので、弾幕戦くらいなら余裕で行える。

 

「そういうわけでお前を倒して堂々と借りさせてもらう。私が死ぬまでな」

「一冊も渡さないわ。この書斎の本は私のものよ」

 

 先にしかけたのは黒白だった。炎の魔法のお返しとでも言うように魔力弾、魔力によるレーザーをやたらめったら撃ってきた。

 魔導書を開くと私の目の前に防御の魔法陣が出現し、そのすべてを軽々と防いでいく。この程度の魔法なんて避けるに値しない。目を丸くする黒白をよそに魔法の発動のためにスペルを紡いだ。

 ――"火符『アグニシャイン』"。

 今日は火曜日だから炎の魔法を多目に、だ。魔法陣をもとに私の周囲に無数の炎の弾が出現し、渦巻きを描きながら周囲に拡散する。

 弾の間には一定間隔のムラがあるので比較的避けやすい。「避けやすいぜ」、「そうなるように作ってあるもの」。

 ――"火&土符『ラーヴァクロムレク』"。

 文句を言われたのでスペルカードを変更しておく。火の詠唱に土を混ぜ、右手で炎を左手で土を。代わりに渦巻きがなくなって炎の弾が飛び散るだけになってしまったが、そこは土の精霊の力が込められた泥の弾がカバーするからよしとしよう。

 炎が散り、泥を一定に追随させて放つ。単純に弾数が増えたこと、炎のそばによると熱いこと、泥に掠りでも(グレイズ)すれば汚れること。いろんな要因が混ざってか、黒白はかなりやりにくそうにしていた。

 

「ええい鬱陶しい! "魔符『スターダストレヴァリエ』"!」

 

 魔力の高まりを感じたかと思うと黒白を中心にいくつかの巨大な星屑が出現し、辺りの炎と泥をすべて打ち消していく。一つ一つになかなかの威力が込められているようだ。

 私の防御魔法陣に星屑の一つが衝突し、バキッと音を立てて砕けてしまった。なるほど、と頷く。もともと魔法使いという人種はその膨大な魔力とは真逆に身体能力は人間と同程度しかない。詠唱もなしに展開していたとは言え、一〇〇年を生きる私の防御魔法を打ち破った技を一度でも受けてはただでは済まないだろう。

 再度防御の魔法陣を展開し直す。今日は貧血気味で調子が良くないし、無理に戦うと後でレーテに叱られてしまう。だから早々に勝負を決めに行くことにした。

 ――"水&木符『ウォーターエルフ』"。

 水の弾と空気の弾を織り交ぜて発射した。水は木を助け、より大きな力を作り出す。だからこそ、特に意識せずとも小さな弾幕の隙間を埋めるように巨大な弾が形作られる。

 このスペルカードはただ単純に数が多く範囲が広く避けにくい。実にシンプルな合成魔法だ。

 

「ぬっ、ほっ、はっ!」

 

 今回ばかりは黒白もしっかりと弾幕を見極めて避けることに集中していた。シンプルであるが故に正面から挑めば突破口は存在する。この黒白で人間の魔法使いはそれをしっかりと理解していた。

 出力を上げれば黒白をもっと追い詰められるかもしれないが、あいにくとそこまで唱えられるほど体調はよくない。というか多少無理して二属性の魔法を同時に使ったせいか息が上がってきた。むぅ、まだ三つしかスペルカードを使ってないのに。

 

「ん? なんでスペカを途中でやめるんだ?」

「別に……あなたには関係ないわ」

「なんか疲れてるな。私の攻撃一発も当たってないだろ」

「…………貧血なのよ」

 

 ――"火符『アグニレイディアンス』"。

 最初に使った"火符『アグニシャイン』"のアレンジだ。炎弾の数を増やし、渦巻きをもっと多くの角度から生み出す。そこにさらに巨大な炎の球体を織り交ぜた。

 炎は近寄るだけでもその身を焦がすため、向かってくる方向やより大きな弾が混ざれば難易度は格段に上昇する。仕組みとしては"水&木符『ウォーターエルフ』"と同じく数が多く範囲が広いだけのシンプル魔法、しかし今回は弾が持つ性質が異なっていた。

 

「なるほどな。ってことはこのまま逃げてれば私が勝つわけだが……」

 

 炎の弾幕群に直接突っ込むのは憚れたのか、少し遠くに下がって薄くなった弾だけを避ける黒白が小さく呟く。

 そして、その口元が面白そうに弧を描いた。

 

「そんな卑怯な手は美しくない」

 

 黒白は三角帽子の中に手を突っ込み、小さな八卦炉を取り出した。私にくぼみの部分を向けると徐々にその八卦炉に魔力を凝縮させていく。

 この一撃はマズい。頭の中で魔法使いとしての勘が警報を鳴らし、即座に"火符『アグニレイディアンス』"を中断した。

 ――"土金符『エメラルドメガロポリス』"。

 別々に繰り出すのではなく、土と金を掛け合わせる真なる合成魔法。さすがに息が苦しくなるけど無理をしなければやられるだけだ。

 ハァハァと息を荒くしながらも魔法を発動する。床から四枚の分厚いエメラルドが出現し、私を守るように黒白との間に立ちはだかった。

 同時、相手のスペルカードも準備が完了する。

 ――"恋符『マスタースパーク』"。

 

「そんなもん打ち破ってやるぜ!」

「やれるものならやってみなさい!」

 

 壁の向こう側で、カッと光が強く輝くのが見えた。そして、一つ目のエメラルドが破壊される。

 数秒かけて二つ目も壊された。三つ目もまた、さらに時間をかけて破られる。残りは一。

 だけどそれまでだった。

 エメラルドの向こうで光っていた魔力は収まり、それに安心した私は飛んでいられずフラフラと床に落ちてしまう。

 魔法の維持に全力を注いでいたからもう限界だ。無理をし過ぎた。地から生えていたエメラルドもそのまま魔力の塊となって宙に溶けて消える。

 私の前に降り立った黒白が、八卦炉を帽子の中に仕舞い直しながらため息を吐いた。

 

「この勝負、お前の障壁を撃ち破り切れなかった私の負けだな」

「なに、よ……なぐさめ、の、つもり?」

「本心だ。そんな状態でこの私のマスタースパークを完璧に防ぎ切ったんだ。正直今、かなり悔しいぜ」

 

 口の先を尖らせてそう告げると、彼女は私に背を向けた。

 

「本は、まぁ、今日のところはいいか。この後にお嬢さまとやらとの勝負も残ってるからな。傷ついて読めなくなったら私も困るし、動く時にもちょいと邪魔になる」

「ふん……お嬢さ、まは……強い、わよ? それこそ、私なんかとは……比較になら、ない」

「ほほう、そりゃ楽しみだ」

 

 くつくつと笑いながら黒白が大図書館から去っていく。扉が閉まる音を合図に、私はそのままうつ伏せに倒れてしまった。

 疲れがドッと出てくる。体調の悪さも相まって、視界も段々と暗くなってきた。血の気も引いて思考機能が低下する。

 あぁ、またレーテに心配かけちゃうな……。

 そんなことを思ったのを最後に、私は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 □ □ □ Ein Standpunkt wird wiederhergestellt □ □ □


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