東方帽子屋   作:納豆チーズV

47 / 137
三.レーテの奇妙な推参

 白い雪がしんしんと降り、幻想郷らしく幻想的な光景を見せつけていた。外の世界は今の時代ではかつて俺が過ごしていた頃とさほど変わらず、味のない建物が乱立して雪景色の感動も半減している状態だろう。

 残念なことに今年も天香香背男命(あまのかがせおのみこと)は負けてしまい、初日の出が明星の光を打ち消してしまった。とは言え、実はいつものことなので軽く流す。

 年が明けてから数日が経った現在、俺は霊夢と並んで道なき道を進んでいた。

 

「こっちは魔法の森がある方向ですよね?」

「ああ、森には用はないわ。森の手前に用があるのよ」

 

 そうしてしばらく進んでいくと、森の入り口に奇妙な建物が見えてきた。

 最初に目についたのは扉のすぐ横にある招き狸であるが、よく見ればおかしなところは他にいくつもある。ヤギミルクやモリガナヨーグルトなどと描かれたラベルが壁のところどころに張りつけられていたり、横にした冷蔵庫の上に電子レンジが置いてあったり、交通標識が地面にぶっ刺さっていたり、その他もろもろのガラクタがそこら中に転がっていたり。

 扉の上には一際大きな文字で『香霖堂』と書かれた木の板がある。霊夢はこの珍妙な建物の見た目にも物怖じすることなく近づいていき、扉を遠慮なく開け放った。

 

「霖之助さん?」

 

 遅れないようについていき、彼女に続いて中に足を踏み入れる。キョロキョロと見回したところ、外観を見た時と同じく外の世界の物がところ狭しと並んでいた。そこまで乱雑に転がっていたりはしていないのだが、どうしてこんなものがと思ってしまうものが多すぎて散らかっているようにしか見えない。

 かつて日本人として平成の日本に生きていた身としては心惹かれるものがいくつかあったけれど、店の人に黙って手を出すわけにもいくまい。

 

「いるんでしょ?」

 

 勝手知ったる他人の家、ズンズンと進んでいった霊夢は座る男性の背後に立つとそう聞いた。

 

「なんだ霊夢か。勝手に居間まで上がってくるなっていつも言って……」

 

 振り返った男性の視点が俺にとどまると言葉が萎んでいく。そういえば「お邪魔します」とか言うのを忘れていた。

 後ろ髪が少し短めな白髪のショートボブに金色の瞳がマッチして、なんだかラスボスチックな色合いだなんて場違いな感想を抱く。頭のてっぺんで一本だけ跳ね上がったクセ毛は前世では俗にアホ毛と呼ばれていたものだ。黒い縁のメガネをかけていて、洋と和が混ざり合った黒と青の左右非対称の服を着込んでいる。

 

「挨拶が遅れました。初めまして、霧の湖の近くの館に住む吸血鬼のレーツェル・スカーレットと申します」

「ああ、丁寧にどうも。僕は森近霖之助、この古道具屋の店主をやっている者だ」

 

 森近霖之助――東方Projectでは数少ない男性キャラクターだ。ゲームに出て戦ったりはしないので、あいにくと前世の記憶に情報はほとんどなかった。

 

「そんなことより聞いてよ」

 

 自己紹介が終わるとすぐに霊夢が割り込んでここに来ることになった経緯を話し始めた。

 人里に茶葉の買い出しに行ったところ、いいお茶はなかったが買い物は何事もなく終わった。問題はその後、帰り道でのんきに本を読んでいる妖怪を見かけたことだ。

「別にいいんじゃないのか?」との霖之助の言も聞かず、霊夢は続きを話していく。

 なんとなく退治したくなって攻撃してみたら生意気にも反撃されて、意外に強かった。妖怪の身としてはここでツッコミを入れたかったけれど、どうせ霖之助と同様に話は聞いてくれないので黙っておく。油断していたこともあり、後ろから妖弾を出されてスカートが切れてしまったので直してほしいとのことだ。あと、その妖怪はけちょんけちょんに退治されてしまったらしい。

 俺が出会ったのはその後のことになる。フランが外に出るようになったとは言えいつも一緒にいるわけではなく、俺は一人で散歩していた。そこで不機嫌そうにしている霊夢に遭遇し、こうして向かう先についてきた結果として香霖堂にたどりついたのである。

 

「今すぐにね」

「今すぐ、ってそんなに早くは仕上がらないよ」

 

 そんな言葉も聞かず、荷物を投げ捨てると霊夢は店の奥に入っていった。「この服借りるわねー」と声が聞こえる辺り、勝手に霖之助の服を漁っているようだ。ここまで来るといっそすがすがしいくらいの図々しさである。

 

「あ、私もちょっとこれとかいじっていいですか?」

「……初めて訪れたというのに、君も大概だね。構わないよ」

 

 知恵の輪を手に取って、二つの部品を外そうと思考を巡らせる。実際に試してみたりして、これも違うかと首を捻った。

 やれやれと言った風に首を横に振った霖之助は席に戻る。そして読みかけの本を取ろうと手を伸ばし、

 

「なに読んでいるんだ? 香霖」

「……あのなぁ、いつも言ってることだが」

「勝手に上がってくるな、だろ?」

 

 いつの間にか店内にいた魔理沙に本を取り上げられていた。

 

「おはようございます、魔理沙」

「ああ、こんにちわだ。珍しいな、こんな埃くさいところにレーツェルがいるなんて」

「埃くさくて悪かったな」

「いえ、埃なら大図書館で慣れてますから」

 

 埃っぽいところは否定できない。道具は並べられてはいても整理はされていないし、大図書館といい勝負だろうか。

 

「はあ。で、今日はなんの用だ?」

「この本、まるで内容がわからないな」

 

 魔理沙は霖之助が持っていた本をパラパラと捲った後、「用はないが帰らないぜ」と告げる。霊夢も霊夢だが魔理沙も魔理沙だ。彼女は近くにあった壺に腰をかけた。

 俺も内容が気になったので知恵の輪を中断し、魔理沙に歩み寄ってはその手元を覗き込む。前世で嫌というほど見慣れた日本語がそこに書かれていた。

 

「……それはシリーズ物の一二冊目だ、ここに積んである本の続きだよ。それだけ読んでもわからんだろう」

「『非ノイマン型計算機の未来』、ですか。今の時代だとコンピューターはノイマン型が主流ですからね。計算機の性能が上昇すれば比例してノイマン型の弱点も浮き上がりますし、いずれは非ノイマン型の開発も活発になると思いますよ」

「お前はなにを言ってるんだ?」

 

 魔理沙に「頭おかしいんじゃないかこいつ」みたいな目で見られてしまった。前世で博識な友人から聞いた知識をちょっと披露してみただけなのに、ひどい。

 対し霖之助は、少しばかり驚いた目で俺を眺めていた。

 

「君は外の世界の魔術書を理解できるのか?」

「何十何百年と経てば私にもわからなくなりますが、今は二一世紀になって間もない時期のはずですから、多少は。まぁ、あいにくとこんな難しそうな内容の本は専門じゃないのでエヌジーです」

 

 なにが好きでこんな明らかな専門書を読まなければならないのか。しかもシリーズ物、一二巻と来た。よくもまぁこんな心惹かれないタイトルでここまで本を出し続けられたものだ。科学者からしてみれば気になる題名なのかもしれないが。

 というか外の世界の魔術書ってなんだ。科学書の間違い……いや、進み過ぎた科学は魔法と区別がつかないと聞くし、一概に勘違いとも言えないのか。幻想を排除した外の世界にとっての科学は、幻想郷で言う魔法と大差がないのかもしれない。

 

「うーん、外の魔法……それってどんな魔法なんだ? レーツェル」

「そうですねぇ。この本について言うなら、コンピューター……計算式を使ってさまざまな結果を導き出す道具ですね。例えば、魔理沙、一五六八九(いちまんごせんろっぴゃくはちじゅうく)七八四一五(ななまんはっせんよんひゃくじゅうご)を足した数はいくつですか?」

「そんなもんいきなり聞かれても答えられん」

「コンピューターという道具はその正解を一瞬で求めることができるんです。そういうただの計算に限らず、『木がもっとも効率よく葉を日差しに当てられる枝の広がり方』などの結果を導き出すこともできますよ」

「凄そうだが、なんか、あんまり使えなさそうだな」

 

 情報化社会である外の世界と幻想郷は文字通り時代が違う。確かにあんまり使えなさそうだ。

 

「その計算式はなんの力を利用しているんだい?」

「え? もちろん電気ですけど」

 

 質問に答えると、霖之助は深刻そうに顎に手を添えて考え込み始めた。

 

「電気というと雷のことか。外の世界の人間は神の力さえ操れるくらいに進歩しているのか……?」

「あんな一か所に集まった強い電力をどうにかできるわけないじゃないですか。発電……あー、風とか太陽とか水とか火とか、いろいろな力の恩恵を授かってわずかな電気を生み出しているんです。それをエネルギーにしているんですよ」

「神の力を作り出している、だと……」

 

 昔は雷とは神が鳴らすものとして神鳴りと呼ばれていたらしい。幻想郷は幻想となった者たちが集う場所なので、幻想郷の雷は本当に神さまが鳴らしているということになるのだろうか。

 しかし、前世の感覚で語りすぎてしまった。ここは幻想郷だ。少々思考が前世の科学側に偏り過ぎていた。幻想郷の人間となにかを語る時は常識の思考に、外の世界に囚われてはいけない。一度深呼吸をして……埃くさくて、途中でやめた。

 

「そうです。外の世界の人間は神の力を生み出すことに成功しているんですよ。そしてその力を使ってコンピューターを代表に多くの式神を使役し、自分たちの生活を楽にしています」

「そうか、通りで……」

「そこのストーブも本来なら地底の燃料と神の力の二つで動くものですよ。その様子だと別の力で代用しているんでしょう?」

「燃料の方は残っていたものや、他の道具に入っていたものを利用しているよ。しかし、興味深いな。今度また詳しい話を聞かせてくれないかい? 報酬は……そうだな、今君が持っている鉄の輪だ」

「お茶のお誘いに報酬なんていりませんよ。誰かとの交流に損得勘定なんて必要ありませんから」

「……仲いいなお前ら」

 

 魔理沙に突っ込まれるが、親近感を覚えていることは間違いない。

 前世の二倍辺りの年月を経た辺りから忘れがちになっているが、俺の前世は男である。前世での記憶が魂に刻まれて消えないせいで、口では「私」と言っていても未だ心の中での一人称は「俺」だ。友達や家族と言える知り合いがすべて女性なこともあり、正直なところ、かつての同性の友人が恋しかった。

 この関係は大事にしていきたいところである。今後、他に男性の知り合いができるとも限らないし。

 

「……あれ? 霊夢がいるのか? こっちの荷物は霊夢のじゃないか」

 

 こちらの会話には興味がないのか、魔理沙がキョロキョロと見回した後に見慣れない荷物を見つけた。霖之助が霊夢が来たいきさつを話すと、魔理沙は「霊夢らしいな」と感想を漏らしながら彼女の荷物を漁り始める。

 そしてその中から三冊の本を取り出し、霖之助が目を見開いて硬直した。

 

「ん? この本が気になるか? 霊夢のことだから『妖怪が大事そうに持っていたから持ってきた』とか言うぜ」

「絶対に言いますね」

 

 三冊の本のタイトルは……ああ、なるほど。さっき魔理沙が取り上げた霖之助の本と題名が同じで、数字だけが違う。それぞれ一三、一四、一五だ。

 彼の顔を窺って見ると、なにやら難しそうな表情の後に納得した風に頷いていた。「どうせくだらないこと考えてるぜ」とは魔理沙の耳打ちである。

 

「香霖。霊夢と取引するつもりだな? 止めときな、あいつは普通の価値観を持っていないぜ」

 

 そんな魔理沙の言葉にニヤリと笑う霖之助。その時、本の持ち主が戻ってくる足音が聞こえてきた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。