東方帽子屋   作:納豆チーズV

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四.名無しの本読み妖怪

「お待たせ。もー、この服ちょっと大きすぎよ。歩きづらいじゃないの」

 

 霖之助はどう見ても大人の男性である。霊夢も魔理沙よりは若干身長が高いようだが、それでも十代前半程度でしかないので合うわけがない。

 そんな彼女は居間に戻ってくるなり自分が来た時にはいなかった黒白の魔法使いに目を向ける。

 

「あれ? 魔理沙じゃない。なんでこんなところにいるの?」

「それはこっちのセリフだぜ。私は、なにか新しいものが入荷していないか見に来ただけだ。まっとうな客だぜ」

 

「こんなところってのはないんじゃないか?」の霖之助も抗議も、霊夢はいつ来ても客がいた試しがないとバッサリ切り捨てた。さらには我が物顔で戸棚から急須を引っ張り出してきてはお茶を入れている。

 魔理沙も魔理沙で、「客と言ったはずだぜ」と口にしながら『非ノイマン型計算機の未来』を読み始めた。

 俺も知恵の輪をいじろうかと考えたが、霖之助がどう行動するかが気になる。どうやら彼には霊夢から本をもらい受ける算段があるようだ。

 しばらくすると、霖之助は仕立てはただでは行えないと切り出す。

 

「どうして?」

「どうして? だぁ? あきないというものはそれ相応の対価を支払うことで成り立っているんだよ」

 

 あいにくと勉強不足で『あきない』がなんのことかわからなかったが、どうやら会話の流れ的に商売のことらしい。

 霖之助がさりげなくその対価の支払いを求めるが、霊夢は「お金なんていつも取らないじゃない」と疑わしげに目を細める。

 

「なに言ってるんだよ。今まで受けてきた仕事も持っていった商品も、全部ツケだぞ」

 

 そうしてあーだこーだと言い合った後、最終的に霊夢も霖之助の狙いに感づいたみたいだ。湯呑みを置いて霖之助の隣まで移動すると、自分の荷物に手を伸ばしては『非ノイマン型計算機の未来』の一三から一五巻を取り出す。

 しかし、よくもまぁ霖之助もこんな本を欲しがるものだ。前世のこともあって外の世界の品にはそれなりに興味があるけど、あいにくと俺はこんな専門書を欠片も欲しいとは思わないし思えない。

 

「この本はね、私が退治した妖怪が大事そうに持っていたから持って来たの。きっと価値はあるわ」

 

 霖之助はそのセリフに一瞬笑いそうになっていた。魔理沙の方を見れば、「言った通りだろ?」とでも言いたげに口の端を吊り上げている。

 霊夢に手渡された霖之助が本を手に取っては「大したもんでもない」と告げた。新しいものよりも古いものの方が価値がある、妖怪は珍しいものだったから持っていただけだろう、と。

 

「じゃあ、その本と今までのツケ、交換でいいわね」

 

 けれども霊夢にそんな言が通じるはずがない。これまた魔理沙が言っていた通り、やはり霊夢は普通の価値観を持っていなかった。霊夢はニヤリとしている辺り霖之助が本が欲しくて遠回しにいろいろ言っているのは気づいているみたいだが、それでもさすがに外の世界の本を三冊でツケ全部は厳しい。

 霖之助もそれは当然だと考えているようで、一つは服の仕立て直し代、一つは今着ている服の貸し代、そして。

 

「あー、ちょっと待って、今までのツケ全部とじゃないの?」

「おいおい、ツケっていくらあると思ってるんだい」

 

 ふと、窓の外に興奮した様子の妖力の高まりを感じた。なんとなく顔を向ければ、ぷんすかと言った感じに怒った小さな女の子の姿がある。服がボロボロなので、おそらくは霊夢が退治したと言っていた妖怪か。

 霖之助もその存在に気づいたようだ。嫌そうに顔をしかめ、ため息を吐きたそうにしながら叫ぶ。

 

「ちなみに最後の一つは、扉の修繕代だ!」

 

 次の瞬間にはドンドンと店の扉が叩かれ、数秒も経てば今にも取れそうになっていた。

 

「さっきの赤いの、いるのはわかっているわ! ヒトの本勝手に持っていったでしょう!」

 

 さすがにこのまま壊れそうになっているのを見ているのは忍びない。魔力で小鳥型の弾を生成しては飛ばし、ドアノブに留めてカチャリと捻らせた。チルノ戦の時には効率の悪さから今後から使わないなどと考えていたが、なんだかんだでこうして扱っている。小さいから小回りが利くし、弾幕ごっこ以外で作り出すぶんなら数はいらないし、それなら複雑な方が楽しいし。

 

「まったくしつこいわね。私に負けたんだから大人しく森に帰ってればいいのに!」

「あれー? 赤くない」

 

 霊夢は今は霖之助の服を着ているので当然だ。けれども小さな女の子の妖怪もすぐにそんなことはどうでもよくなったようで、本を返してもらうと霊夢を指差した。

 しかしすでに手元にないものを返せるはずもない。彼女の本はもう霖之助の手持ちである。とっくに手放したと伝えられた小さな女の子の妖怪がどこにあるのかと聞くと、霖之助が霊夢を睨みつけた。僕のもとにあると言うな、もともと霊夢の問題ごとだろう。その意思はしっかりと伝わったようだ。

 

「ほらっ、魔理沙! あんた暇そうにしてるじゃない」

「あー? なんだ? 自分が撒いた種だろうが。一人でやれよ」

「この服じゃまともに動けないのよ」

 

 確かにそれならしかたない……のかな。奪ってきたのが悪いのだからそんな言い訳は効かない気もするけれど。

 

「復讐の相手を私にやらせようって言うのか。まったく霊夢ってやつは……」

 

 そうは言いながらも、魔理沙はどこか楽しそうであった。トン、と壺から降りて妖怪のもとに向かおうとして、傍観している俺に目を留める。

 

「お、いいこと思いついたぜ」

「悪いことの間違、え?」

 

 ひょいっと両脇を掴んで俺を持ち上げると、その状態で扉の方まで歩き始めた。飛行の力で脱出してもよかったが、そんなことしてミスして店の商品を壊してしまえば怒られてしまう。

 影の魔法で魔理沙の手を解けばいいと思いついた頃には、すでに小さな女の子の妖怪の前までたどりついていた。

 

「出てきたぜ。赤いのはあんたには完敗だそうだ。だから、こいつに免じて許してやってくれないか?」

 

 俺を降ろして妖怪の前に向き直らせてくる。そうしてようやっと魔理沙のやろうとしていることに察しがついた。

 

「え……あ、ああ……! きゅ、吸血鬼……!?」

「どうだ? 帰らないってんならこいつが相手になるぜ」

 

 いや、相手なんてしないけど。もしも本当に戦うことになったら魔理沙に押しつけて店の中に戻らせてもらおう。

 とりあえずあと一押しみたいなので、猫の獣人化魔法を使ってみる。

 

「ふしゃー!」

「きゃぁああああああああああああああああああああ!」

 

 威嚇してみたらとんでもない速度で逃げられた。大して怖くないと思ったのに、とてつもない悲鳴を上げて逃走されれば若干へこむ。

 

「さすがだな。ご褒美にその猫耳撫でてやるぜ」

「え、ちょ、やめてくださいやめてください。感覚共有してるのでめちゃくちゃくすぐったいんです。フランにやられた時は数分起き上がれなかったんですから」

「ほほう、そりゃしかたない……な!」

「ひゃ、みゃぁああああああああああああ!?」

 

 くるりと背を向けたので一安心した瞬間、高速で振り返って耳を触ってきた。普段ないからこそ慣れない感覚が伝わって来て、あまりの気持ちよさとくすぐったさですぐに膝を屈してしまった。

 さすがにそんな状態で魔法を維持できるはずもなく、耳と尻尾が消失する。というか最初からこうして魔法を切っておけばよかった。後悔しても遅いわけだけれど。

 

「ひ、ひどいです……ま、魔理沙は、あく、悪魔ぁ……です、よぉ……」

「いやー、悪かったよ。まさかここまでとは……あと、悪魔はお前だぜ」

 

 息が整わない。魔理沙に寄りかかって服を掴んで、なんとか倒れ込まないように体を支える。

 もう嫌だ。絶対にこれからは獣人化魔法をスペルカード以外で使わない。そう強く誓う俺を再びひょいっと抱え上げた魔理沙が店の中に戻っていく。

 

「しかしまぁ香霖、一五冊全部揃ってよかったな」

「どうして、一五冊だと思ったんだい?」

「その本の裏を見てみろよ」

 

 魔理沙が霖之助に本を投げて、未だに服を掴んで離さない俺を霊夢の隣に座らせた。

 

「なんでこっちに持ってくるのよ。さっきのってこいつの悲鳴よね。魔理沙、あんたなんかしたの?」

「ちょいとくすぐってみたらこうなった。私から離れないんだ。なんとかしてくれ。あとお茶」

「自分でなんとかしなさい、入れなさい。霖之助さん、お茶どうぞ」

 

 霊夢を挟んで俺の反対側に座った霖之助がお茶を受け取っては目を見開いた。

 

「このお茶、棚の奥のお茶使っただろ」

「そのお茶が一番いい香りがしたのよ」

 

 一番貴重なお茶だ、と霖之助が言う。特別な時のために取っておいたとのことだが、霊夢に言わせれば特別じゃない日なんてないらしい。

 ……そろそろ息が戻ってきた。ようやく離してくれたか、と呟く魔理沙を恨めしげな感じになるように意識して睨みつける。元々は魔理沙のせいである。急に連れてかれたかと思えば追い払い役をやらされてこの仕打ち。絶対に今度仕返ししてやる。絶対に。

 

「霖之助さん。どうせその本売らないんでしょ? 周りの商品もずっと変わってないし」

「……いや、すべて売り物だよ」

 

 倉庫魔法を使って湯呑みを取り出して、すでにこの場にある急須からお茶を入れた。魔理沙が棚から勝手に湯呑みを取り出して「私にもくれ」と言ってきたので、急須をそのまま押しつけた。誰が注いでやるものか。

 

「あ、いい香りですね。おいしいです」

「でしょ?」

 

 なぜ霊夢が得意げになるのかはわからないが、とりあえず首を縦に振っておく。

 そうして落ちついてお茶を飲み干した後、そういえばと霊夢と霖之助を交互に見た。

 

「里の人じゃなくてわざわざ霖之助のところに来るってことは、霊夢の変な巫女服は霖之助が仕立ててるんですか?」

「そうだよ」

「変な巫女服ってなによ。普通じゃないの」

「……ええ、まぁ、幻想郷ならそうかもしれません」

「なら普通じゃないの」

 

 あいにくと巫女が一人しかいない現状では、幻想郷での巫女の標準装備は腋と肩を露出させる巫女服が一〇〇パーセントである。文句は言えない。

 

「私も裁縫をちょっと前から始めたんですが、まだ勉強不足なんです。最近は昼間に外を出歩くことも多いですし、体を日差しから守るためにローブとか欲しいんですよ」

「いつも影を傘にして平気そうにしてるじゃないか」

「いちいち魔法を使うのめんどうなんです。日傘を持ち歩くにしても私は手元が塞がるのは嫌ですし」

 

 魔理沙の疑問に答えた後、どうですか、と霖之助に向き直った。

 

「もちろんお代は払いますよ。どうです、作っていただけませんか?」

「……ここは古道具屋だ。まぁ、そのくらいなら構わないが。どんなものがいいんだい?」

「目深に近いくらいのフードがついたローブならなんでもいいです。あ、肩とかはちゃんと布で塞いでくださいね。日光を遮るために使うんですから」

「わかった。後日また、できたら連絡しよう」

 

 そう言いながらチラリと隣に座る霊夢を見た辺り、最後には「霊夢を使って」との一言も入るのだろう。ツケを餌に紅魔館に送り出される彼女の未来が容易に想像できた。

 一通りの騒動が終わったので、俺は途中だった知恵の輪を再度解き始める。霊夢や魔理沙もすっかりくつろいでいるし、霖之助も新しく手に入った本に夢中であった。

 新年早々なにかが起こるわけでもなく、今日も平和である。しかし俺が持つ前世の情報によればこの平和もずっと続くわけではなく、今年もまた異変が起こるのだ。

 紅霧異変以降はおおよそ原作通りに進んでくれるかと思うが、俺という小さな歪みがなんらかの影響を及ぼしている可能性もなくはない。すでに解決する側である霊夢や魔理沙と出会ってしまっているから、例のごとくバタフライ効果(エフェクト)の法則でなんらかの変化が生じてしまってもおかしくないのだ。

 けれど今そのことを考えてもしかたがないと、知恵の輪に四苦八苦しながら時間を潰していった。


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