東方帽子屋   作:納豆チーズV

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六.寒いのが嫌いな悪魔使い

「……今年の冬はほんと長いわねー」

「長いってレベルじゃないぜ。あれからもう半月、春が佳境に差しかかっててもおかしくない頃だ。それなのにまだ雪は降り止まないんだから、これはもう完全に異変じゃないか」

 

 霊夢がいつ動くかがわからなかったため、あれからも毎日のように博麗神社にお邪魔していた。時には雪かきを手伝ったり、時にはフランと一緒に「あんたら来すぎ」とか文句を言われたり、時には……というより主にコタツでなにもせずぐーたらとしていたり。

 長い冬について傍観すると決めてから半月、ついに痺れを切らした魔理沙が神社にやって来て障子を開くなり、コタツでゆっくりしていた俺とフラン、そして霊夢に向けて言った。「私は行くが、お前はどうだ?」と。それに対する返答が先の冬が長い発言である。

 

「まぁ、異変でしょうね。幻想郷中の春を奪うなんてそこらの妖怪にできるわけないし……それこそ、こいつらクラスのやつが元凶かもしれないわ」

 

 囲碁に興じている俺とフランを横目で見ては霊夢が呟いた。推理小説や漫画をよく読んでいる影響か、フランはなかなかに頭が切れる。勝ちの目はすでにほぼ見えず、俺が負けてしまいそうな構図だった。

 

「だろうな。それでも私はあるべきはずのものが盗られたまんまってのは、そろそろ嫌になってきた。今からこれだけのことを為せる元凶ってのを探しに行くつもりだ。霊夢はどうする?」

「……こいつのくれたコタツのおかげで多少は居心地がいいけど、元々冬は嫌いなのよ。普通に寒いし、落ち葉掃きより雪かきの方が手間がかかるし」

 

 いかにもめんどうくさそうに、そして名残惜しそうに霊夢がコタツから立ち上がった。そうしてお祓い棒を持って来たり、袖の中にお札があることを確認したり、マフラーを取ってきて首元に巻いたりと、着々と出かける準備を整えていく。

 

「あー……出かけたくないわ。このまま外なんか出ずにコタツに入ってたい」

「別に無理して来なくてもいいぜ」

「あんた一人で解決できると思ってるの? こいつらの時のことを思い出しなさい……って、これだとあんたのこと心配してるみたいね。勘違いしないでよ。あんた一人じゃどうせ解決できないし、そうなるとあとで私一人で解決に行くことになってめんどうくさいから、どうせなら手間を減らすために二人一緒に行くってだけだから」

「わかったわかった。照れ隠しとかじゃなくお前が本心からそう思ってるってことはよーく理解してる」

 

 と、ここで囲碁の決着がついた。結局逆転はできずフランが勝利を手にすることで終わり、上機嫌な彼女と二人して碁石を片づける。ちょうどいい辺りで勝負が終わった。

 盤と石を倉庫空間に放り込み、霊夢を仰ぎ見て問いかける。

 

「異変解決、私もついていっていいですか?」

「お姉さまが行くなら私もー」

「あんたらは異変を起こす側でしょうが」

 

 半眼になってバッサリと切り捨てた霊夢を、魔理沙が「まぁまぁ」と窘めた。

 

「一人はめんどうくさいって言ってたじゃないか。二人より三人、三人より四人だろ? それに吸血鬼のこいつらがいれば大抵の妖怪はビビってどっか行ってくれるぜ。逃げてくれなくても押しつければいいし、いちいち雑魚の相手する手間が省ける」

「確かにそれも一理あるけど、私は博麗の巫女よ? 異変解決は私の仕事」

「『一応』が抜けてるな」

「入れてない」

 

 はぁ、と大きくため息を吐いた霊夢は、ようやく出かける支度が完全に整ったようだ。コタツの電源を切って開けっ放しになっている障子の方に向かい、魔理沙の横を抜けてからこちらに振り返る。

 

「あんたら悪魔に来るなとか言ったところで大人しくしてるとは欠片も思ってないし……妖怪が異変を解決に行っちゃいけないってルールもないから、別についてきてもいいわよ。でも途中で気が変わったりしても神社に戻ったりしないこと。いられたらなにされるかわかったもんじゃないし」

「もちろんです。フランもいいですね?」

「うん」

 

 コタツの電源を切り、俺もフランと一緒に居間の外に出た。障子を閉めて、靴を履いて数メートル歩くと全員の顔を見渡した。

 

「巧みに悪魔を操る邪教徒みたいだな、私たち」

「憑かれてるのよ」

「はい、憑いてます」

()りついてるー」

 

 雪を降らす雲が空を埋め尽くしているから日差しを防ごうとしなくても平気だ。雪は雨ではないから苦手ではないし、紫外線は雲越しでもそれなりに届いているが、実際に光に照らされないのならば吸血鬼には毛ほども効かない。

 霊夢が飛び立ち、続いて魔理沙が竹箒に乗って宙へ飛び出した。最後に俺とフランが同時に空に体を投げ出して、霊夢を先頭に四人で高速で移動し始める。

 

「で、どこに向かってるんだ?」

「元凶のとこ」

「場所、知ってるのか」

「いんや、勘」

「勘かよ」

「私の勘はよく当たるのよ」

「そういえばそんな設定もあったな」

「設定じゃない」

 

 吹雪に混じって流れてきた桜の花びらを手の中に捕まえてみた。どれだけ観察しても桜にしか見えない。空からそこらを見渡してみても、どこもかしこも桜なんて咲いていないのに。

 吹雪が来る風上へと飛んでいるので方向は間違っていないだろう。桜がこうして流れてくる以上、その元になにかがあるということは容易に推理できる。

 

「もうすぐ魔法の森だな」

 

 魔理沙がそう口にした直後、真下から妖力の高まりを感じた。ここにいる四人がそれに気づかないはずがなく、誰が注意するでもなくそれぞれの方向に散開する。さきほどまで自分たちがいた場所を尖った氷結晶が通過して、そのすぐ後に一人の妖精が飛び出てきた。

 三対の氷の羽を携えた冷気を操る規格外の妖精、チルノである。

 

「お覚悟しろー!」

「するのはあんた」

 

 ――"珠符『明珠暗投』"。

 せっかく知り合いに会ったので挨拶しようと思ったら、一言放つと同時にスペルカードを発動した霊夢が陰陽玉を取り出してチルノに投げつけた。投擲の瞬間に巨大化したそれは見事に対象に命中し、「あつっ!?」という声とともにチルノが墜落していく。

 陰陽玉はしばらくすると元の大きさになって戻って来て、持ち主の左側にふよふよと留まった。

 

「えぇっと……さすがにちょっとひどくないですか?」

「先に攻撃してきたのはあっちよ。そもそも元々こんなに寒いのにあんなのがいたらもっと凍えちゃうじゃないの」

「さすが霊夢だぜ。紅霧異変のことで私やレミリアからいろいろ言われたってのに、まるで反省した様子がない。痺れないし憧れないが」

「反省ならしてるわよ。やたらめったら結界を使ってない」

「不意打ち気味開幕スペルカードの方が断然ひどいぜ」

 

 霊夢としては言葉通り、今以上に寒くなるのは勘弁なのだろう。ただでさえ本来ならば暖かくなっているはずの季節だ。もしかしたら気温に関してのストレスが溜まっていたりするのかもしれない。

 チルノのことが引き金となったのか、冬が長く続いていることへの文句を霊夢が垂れ流し始めた。コタツがあろうともやはり寒いのは嫌らしい。

 そうして魔法の森の入り口へたどりつこうと言うところで、こちらに向かってきている妖怪の気配に気がついた。

 

「落ち葉掃きと違って雪かきは体力使うし、ただでさえ寒いんだから手が凍えるし、ああもう! ほんっといい加減にして欲しいわ。いつもならもう眠る季節だって言うのに」

「春眠暁を覚えず、かい?」

「どっちかっつーと、あんたらの永眠かな?」

 

 霊夢が返答のあった横側に向き直り、その声の正体と相対する。

 薄紫色のショートボブの上には白いターバンみたいなもの、そして首元にはマフラーを巻いている。ロングスカートにはエプロンらしきものが垂れ下がっていて、どこぞの黒白魔法使いを彷彿とさせた。マフラーを巻いているくせに服装は防寒着ではなく、普通に青と白が主体のゆったり系の衣服である。

 前世の知識によれば彼女はレティ・ホワイトロック。冬の風物詩、雪女の妖怪だ。

 

「ほら、出番よ。身のほどを知らず私の前で寒そうな空気を振りまいてる妖怪に、吸血鬼の威厳を見せつけてやりなさい」

「えー……私たちが行くんですか?」

「なんのために連れて来たと思ってんのよ」

 

 そんな当たり前のように妖怪除け扱いされても。別にいいけどさ。

 他の三人から二メートルほどレティへ近づいた位置まで移動し、フランも来ようとしていたので「必要ないですよ」と腕を横に伸ばして止めた。

 レティから感じ取れる妖力は並みの妖怪と比べればかなりの強さである。冬の妖怪と言っても過言ではないのだから、吹雪が降りゆく今ではそれだけの力があることは当然だ。

 しかしそれも並みの妖怪と比較した時の話だ。歴史は浅いなれどすでに幻想郷のパワーバランスの一つを担っている吸血鬼には到底及ばない。

 

「できれば、退いてもらいたいのですが」

 

 魔力を垂れ流しにするという、注目を集めたり他者を威圧したりする時にレミリアがよくやっている手法を行使する。種族の力に任せて屈服させるなどの強硬的な手段はあまり好きではないのだけれど、のんびり会話して弾幕ごっこに興じていると霊夢に怒られてしまいそうだ。

 なにも起こっていない普段ならばともかく、異変が起こっている最中、それに直接的な関係のない妖怪や妖精はできるだけ追っ払っていくべきなのは賛成である。

 

「わかったわー」

 

 突然自分に向けられた威圧に気を失うでもなく、怯えて逃げるでもなく、冷静に冬の妖怪は頷いた。

 

「……意外とあっさりしてますね」

「負けるとわかっている勝負に挑むほどバカではないつもりよ。私はただ、そこの紅白が冬のこと散々言ってたから襲ってやろうとか思っただけだものぉ」

「それはすみません。冬を生きるあなたにはムカつく話だったかもしれませんね」

「……悪魔が謝るなんて、珍しいこともあるのね」

 

 目を見開いて驚きを露わにするレティ。悪魔は普通の妖怪と比べれば群を抜いて人間に嫌われているし、妖怪側も悪魔という種族に好印象を抱いている者など皆無と言ってもいい。幻想郷の外にいた頃はともかく、幻想郷に来てからは結構な頻度で外を出歩くようになったため、そういう風潮は嫌というほど味わってきた。例えば人間の里に行けば必要以上に警戒され、香霖堂では小さな女の子の妖怪に威嚇しただけで逃げられる。

 冬が満ちているおかげで雪女としての力が完全だからということもあるだろうが、それでも即座に逃げ出さず冷静に会話ができるレティには好印象を抱ける。

 

「私はレーツェル・スカーレットと言います。もし次に会うことがあれば、今度はこんな殺伐とした雰囲気ではなくて、一緒に冷たいものでも飲みましょう」

「変わった悪魔だわ。私は、レティ・ホワイトロック。冬しか活動しないから、会うことはあまりないわよ?」

 

 その後も一言二言交わして、レティには退いていただいた。魔理沙が「もしかしてあいつが黒幕じゃないか?」と呟いていたのが聞こえたのか、去り際には「くろまく~」などと言っていた。それも当然冗談で、彼女にここまでの異変を起こす力はない。

 目的通り妖怪を退けることに成功し、気を取り直して魔法の森方面への飛行を再開した。

 

「よくやったわ。この調子で次も頼むわね」

「次もですか」

「さすが霊夢、ついて来るって言った時は渋ってたくせに見事こき使ってるぜ。仮にも悪魔を」

「使えるものは使う主義なのよ、私は」

「なるほどな。前々から思っていたが、ここで断言するぜ。お前は巫女じゃない」

「巫女よ!」

 

 ぎゃあぎゃあと騒いだ後、「しかし」と魔理沙が俺とフランを順に見ては言った。

 

「名が売れているってのはいろいろと便利だな。私も自分を宣伝してみようかな、そこらの妖怪を適当にしばき倒して」

「人間が名前を売っても妖怪に襲われやすくなるだけよ」

 

 俺が口を開くよりも先にフランが呆れた声音で注意する。強い人間を食らえば更なる力を得られるかもしれない、なんて妖怪なら誰でも思いつくことだ。魔理沙もそこまで本気に考えてはいなかったので「それもそうか」と軽く流す。

 そうしてしばらく進み続けて、不意に霊夢が「はて、こんなところに家があったっけ?」。視線を下げれば、小さな和風の建築物がそこにある。

 そしてそこから一人、もしくは一匹の猫の妖獣がこちらへと飛んできていた。


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