東方帽子屋   作:納豆チーズV

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七.迷い家の猫とカゴメの檻

 霊夢を巫女服ではなくして、肩や腋を露出する奇抜なデザインを取り除いたような服装が、現れた妖獣が身につけていたものだった。紅白であることはもちろん、首元のリボンをつけていることも一致している。

 しかしそれ以外はまるで霊夢と違った。背は俺と同じくらいに低いし、頭には猫耳、腰の辺りから二本の尻尾が顔を覗かせている。黄緑のナイトキャップを被っていて、自信満々さがありありと伝わってくる表情は見た目相応の子どもらしさを窺わせた。

 鬼神が憑いた猫の妖獣、(ちぇん)

 

「ここに迷い込んだら最後!」

「最後?」

「それはさておき、迷い家にようこそ」

 

 笑顔での歓迎、「迷い家」の一言に霊夢の眉がピクリと動いた気がした。

 俺とフランの方に振り返ると、

 

「ほら、あんたらなんとかなさい。あ、今回は追っ払うんじゃなくて時間稼ぎでいいわよ」

 

 と告げ、続いて「魔理沙はこっち来なさい」と手招きをする。魔理沙はどうして呼ばれたのかわかっているようで、なにやらいかにも悪いこと考えてますよ的な顔をしていた。

 俺にはなにを企んでいるかはわからないけれど、人間のお二人さんにどうにかする気がないのなら吸血鬼組が橙の対処をするしかない。フランと顔を見合わせて、俺は一歩分下がってフランは二歩分ほど進んだ。アイコンタクトで意思を伝え合った結果によると、先は俺が対処したので自分がどうにかするとのことだ。

 

「それで、最後ってなに?」

 

 フランが霊夢と橙の会話を引き継いで、再度問いかける。

 

「迷い込んだら最後、二度と戻れないわ」

「ふぅん。音を越える速さで一直線に進んでも? 魔法でそこらを破壊してちょっと前との位置を確認しつつ進んでも? この森を焼き払っても?」

「えぇっ? それは……うーん、どうかなぁ」

 

 やろうと思えばどれもこれもできそうなところが問題だ。本気で考え込む橙を眺め、フランがクスクスと笑った。

 

「で、でも! 迷い家にやってきたってことは、道に迷ったんでしょ?」

「道なんてなかったわ」

「さっきから吹雪で視界悪いし、風向きもころころ変わってるから」 

「んー、確かにまっすぐ進んでる気はしなかったなぁ」

「もう帰り道もわからないでしょ?」

「そうかもねー。あ、帰れないならさっき言った三つのどれかを実行しないと。ど、れ、に、し、よ、う、か、なぁ」

 

 口の端を吊り上げて三本の指を立てて迷う演技をするフランの態度に、森を焼き払われてはたまらないという風に橙は慌て出す。

 

「わぁ! 待って待って! わからないなら私が教えてあげるから! だから焼くのはやめてよ!」

「そっかぁ、焼かれるのが嫌なんだぁ。それじゃあ焼かないといけないねぇ。帰れるしー、そっちの方が楽しいしー」

「やめてぇー!」

 

 ニヤニヤとフランはずいぶんと楽しそうだ。さすがは悪魔と言うべきか。彼女は冗談で言っているけれど、ひどい悪魔となればそれを本当にやろうとするのだから手に負えない。そんなんだから悪魔は嫌われるのだ。

 さすがに初めて会った相手であるために橙には冗談だと見抜けなかったらしく、その瞳に闘志が宿った。

 

「こうなったら、焼かれる前に倒してやる! 里の平和は私が守るよ!」

「できるものならいくらでもどうぞ? この私を相手にどこまで立ち回れるかな」

 

 そろそろかと、巻き込まれないように後方へ退いたところで二人の妖力と魔力が高まり始める。

 先手を打ったのは橙だった。数はそれほどではないが、全方位に展開した青と赤の弾幕を回転、なおかつ交差させて放つ。フランにたどりつく直前で緑の妖力弾をまとめて撃ったりと、数で押し切るというよりも混乱からのミスを誘導する形であった。

 しかしフランがその程度を見切れないはずがない。むしろ自分に向かってくる弾が少ないのならば好都合だと、余裕で回避をしながら自分の弾幕を展開する。あまりに単純で基本的な、生み出した弾をすべて小細工なしに周囲に散らすだけの弾幕だ。

 橙の回転や交差の攪乱が効いていない以上、弾数が圧倒的に多いフランの方に軍配が上がる。橙の弾幕は広がったフランの赤い弾幕に当たっては消え、仮に目標にたどりついても楽々と躱されていた。更にはフランの弾幕を常に見極めて避けねばならず、軌道がわかりやすいから避け続けられてはいるものの、このままでは絶対に勝機はない。

 吸血鬼と化け猫、通常弾幕同士ではシンプルゆえにどうしても地力の差が出てしまうのだ。

 

「それならっ!」

 

 ――"仙符『鳳凰展翅』"。

 どこからかいくつかの卵を取り出すと、橙はそれを辺りに放り投げた。方向は後ろ、前、斜め上、斜め下などさまざまだ。俺もフランも通常弾幕をやめてなにをするのかと好奇心に満ちた目で眺めていて、直後、一つの卵が割れた。

 溢れ出たのは周りに飛び散る青色の弾幕だ。少しばかり回転しながら広がっていく以外はは大した特徴はなく、むしろ通常弾幕の方が強力だと感じた。

 しかし二つ目以降が連鎖的に破裂していくことで印象は一変した。青の弾幕と逆方向に回りながら広がる緑の弾幕、再びの青の弾幕。あらゆる位置に放たれた卵から青か緑のどちらかが生まれ、交差しながらフランへと迫る。

 厄介なのはさまざまなところから生まれるところ、橙ではなく割れた位置を中心点として広がっていくこと。弾がかみ合わず弾幕が薄くなるところもあれば、複数の卵から生まれた弾がうまく重なってとても濃い密度になっている場所もあった。

 運が良ければ常に弾幕が薄い地点を掻い潜れるかもしれないが、下手に動けば自分から弾幕に突っ込むことになる。とどまっていてもいずれは重なるタイミングにかち合うことになり、すでに小細工を越えて細工の一種だ。

 すべてにおいて隙なく放つのではなく、弾幕の薄い場所と濃い場所を作り、その細工を持ってして後者へと対象を誘って倒しに行く。力の劣る弱者が強者へ対抗する手段としては十分な答えだ。

 

「ふぅん」

 

 フランもこればかりは真剣な顔をして回避に徹していく。徹するとは言っても片手間にしっかりと通常弾幕も放っていた。基本的に躱すことに意識を向けているので、先に張っていた弾幕のように単純、しかし数だけは多い。

 元々、弾幕の中に仕掛けを組み込むことはフランの得意分野だった。吸血鬼としてのパワーに己が頭脳を掛け合わせた、力押しプラス術策が彼女の常套弾幕である。両方に理解があるゆえに中途半端な弾幕では滅多に落とせない。橙の弾幕はいくら読みにくいと言っても交差という一点が強力なだけで、フランにとっては中途半端の域を出なかった。

 避けながらもさきほどと同等に、むしろ先よりも勢いを増していくフランの弾幕に、スペルカードの使用に意識が傾いている橙がいつまでも避け切れるわけがない。十数秒後には一つの赤い魔力弾が彼女に命中し、そこから連続的に二発が命中してスペルカードが中断された。

 

「くぅ……!」

 

 吸血鬼の一撃、というよりも三撃を受けて無事なはずがない。傷をさらしながら、このままではマズいという風に橙が即座に次のスペルカードを取り出した。地力が及ばないことは最初に証明させられ、さらには怪我を負ってしまったため、ここで通常弾幕で勝負して攻撃を当てられるなんて甘い考えはすでにないようだ。

 ――"翔符『飛翔韋駄天』"。

 不意に、橙から発せられる妖力が増大した。増大、とは言っても普通の妖怪にしてはの話であり、吸血鬼であるフランとは未だ比べるのもおこがましい。けれども橙がパワーアップを果たしたことは確かである。

 彼女がやって来たことは至って簡単なことだった。憑いている鬼神の力、そして化け猫としての力を発揮して縦横無尽に飛び回る。フランの後ろ、下、右等々と高速で移動しながら常に弾幕をばら撒く――どうやら、俺の"童話『長靴をはいた猫』"と同様に自分をパワーアップさせるタイプのスペルカードのようだ。

 

「なるほどねぇ」

 

 直接攻撃してくるようなら迎撃しようと、弾幕を張ることをやめて拳を握りしめていたフランが辺りを見渡して呟く。縦横無尽に飛び回られるということは、ありとあらゆる方向から弾幕が放たれてくるということだ。それはさきほどまでの交差する弾幕など比較にならない、全方向に目を向けなければすべてを見切れない弾幕だ。

 虫や馬等ならともかくとして、人型を取っている吸血鬼が視線を向けずに背後を見通せるはずがない。

 だからと言って避け切れないということには直結しない。弾幕合戦においてレミリアは一度撃った弾を遠隔でいくらでも操作してくるから、一度でも弾を見逃せばどこから弾が来るかわからない状態になる。

 そこで鍛えられたフランの感覚は生半可なスペルカードでは突破し得ない。目で見るな、感じろ。まさにその言葉通り、彼女は自分の近くにある妖力の濃さで、自分からどの程度の距離に弾があるのかを察することができる。

 

「これならさっきの方が難しかったな」

 

 そう呟きながら橙の攻撃を避け続け、何十秒と経っても続いているスペルカードに鬱陶しそうな顔をした。今の言葉が本心からのものならば、このスペルカードがフランに当たることは決してありえない。

 これまで使う必要すら感じていなかったようだったが、そろそろ彼女も勝負を決めるつもりらしい。懐から紙を取り出してはもったいぶらず宣言をした。

 ――"禁忌『カゴメカゴメ』"。

 網目状に、その線として魔力弾がそこら中に展開されていく。引かれた線は空間を捉え、まるで檻のようになって飛び回る橙の動きを一時的に停止させた。

 それでも囲むだけの弾幕に脅威があるわけではない。橙が再度飛び回ろうとして、しかしそれは起きる。

 フランが一つ、とても大きな魔力弾を橙に向けて放った。進行方向上に自らが生み出した檻のごとき弾幕があるのにも拘わらず、だ。直線で、しかも一つしかない弾を避けられないわけがないのだが、橙は実際に回避してその厄介さに気づいたようだ。

 大玉が通ったことで檻が乱れ、干渉し合うことで弾が飛び散り、壊れた檻の代わりとでも言いたそうに斜めに新たに弾で線を描く。それをまたしても大きめの魔力弾で壊し、新たにまた線を引いて、それを破壊し、最後には大玉を振りまいてすべてを乱し尽した。

 橙の動きを檻で制限し、抑えるための檻さえも魔力弾で壊してしまう。避けようとしたところで新たな網目状に展開、また壊され、明らかに橙は混乱していた。

 そもそもとして身体能力を増加させるスペルカードと動きに制約をかけるスペルカードは果てしなく相性が悪い。しっかり見て避ければ大丈夫なタイプの技なのだが、動き回ることを主体としていたせいで、彼女はしばらく後には被弾してしまっていた。

 

「勝負あり、ですか」

 

 気絶して眼下に落ちていく橙の体を、『光の翼』で一瞬だけ加速して近づいて抱え上げる。妖獣だから別にそのまま地に衝突しても死にはしないだろうけど、吸血鬼を相手に全力で戦ったからには敬意を示すべきだ。

 ゆっくりと地面に下ろし終えると、フランが隣に降り立った。

 

「おめでとうございます。さすがはフランですね」

「ふふん、これなら魔理沙の方が断然手強いわ」

 

 得意げに口元を緩ませる彼女からは、その言葉に嘘偽りがないことが感じられる。いくら鬼神が憑いていると言っても橙自体はそこまで強い妖怪ではない。もしも彼女の主人が――八雲藍が近くにいれば、もっと大きな力が発揮できていたはずだけれど。

 

「そういえば霊夢と魔理沙は……」

「あら、もう終わったの? 早いわねー。でもちょうどいいわ、こっちも終わったから」

 

 噂をすればなんとやら。目を向けた先にあるのは和風の建物、迷い家。霊夢と魔理沙は、その入り口から小さな袋を持って出てきていた。

 

「えぇと、なにしてるんですか……?」

「知らないの? 迷い家にあるものを持ち帰れば幸運になれるのよ」

「ガラクタばっかだったけどな。とりあえず良さげなもんだけ取ってきた」

「盗ってきたんですか……」

 

 フランががんばっている間になんてことをしているんだか。返すように言っても霊夢と魔理沙のことだ、「もう私のものだ」とか口を揃えて言うに違いない。

 うーん、と唸りながら気絶している化け猫の妖獣を見下ろして、心の中で苦笑を浮かべた。

 ごめんなさい。今度、藍を通してなにかお詫びの品を差し上げるから。

 

「ほら、出発するわよ。たぶんあっちね。そんな感じがする」

「ガイアがあなたにたぶんあっちと囁いてるんですね」

「勘よ。ガイアってなに?」

「いえいえなんでもありません」

 

 とりあえず今は異変解決に戻ろう。飛び立つ霊夢と魔理沙を追いかけて、俺とフランも地面を蹴った。


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