東方帽子屋   作:納豆チーズV

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九.浮いて向かうは雲上の扉

「ここから空に向かって飛んでいくわ。たぶん、雲の上に出ると思う」

「ということは、つまり」

「太陽が届くのね……」

 

 確かに、風は急な角度で斜め上の方から吹いてきているようだ。ここまでは雪を降らす雲が太陽を遮ってくれていたが、これをたどっていくとなれば日光の下に体をさらさなければならなくなる。

 戦闘があるかもしれない関係上、傘ではいろいろと心もとない。倉庫魔法で空間を開き、数か月前に霖之助に仕立ててもらった二着のローブを取り出した。

 日差しを遮ることが目的とのことでサイズは大きめに作ってくれたらしい。フードはすっぽりと覆うために下方向から強い風が吹いてこない限りは脱げることはないだろう。袖口はギリギリ指が出せるか出せないかくらいで、それでも物は支障なく持てるようにヒラヒラと広めになっていた。逆に足元は靴下やらタイツやらでいくらでも隠せるだろうとのことで、動きやすいように膝のすぐ下辺りまでしか裾がない。

 主体は白、裾や袖の縁には大きな青色のギザギザ模様が描かれている。首元にはそれと同色のリボンが備えつけられており、リボンの結びを強くすれば襟が締まって激しい動きもできるようになるし、緩めれば首元を開いて楽な姿勢を取ることも可能だ。

 二着あるのはなにも同じ種類というわけではない。仕立てを頼んだ後日、いつかフランを連れて行った時にそのぶんもお願いしておいたのだ。フランのローブはギザギザ模様とリボンの色を赤色にしただけの色違いで、どこぞの巫女と同じ紅白の色合いとなっている。

 片方をフランに手渡して、俺も自分のローブを広げた。裾の方から頭を突っ込んで両手を袖に通し、顔を出す。ローブを被って首元のリボンの結びを強くして準備万端、フランはどうかなと隣を覗いた。どうやら彼女もほぼ同時に着終えたみたいだ。

 

「いやはやすごいな。なんというか興味深い」

「……? なにがですか?」

「お前らの翼、服をすり抜けるんだな」

 

 似たような感心をこの世界に生まれて間もない頃に俺も抱いたような覚えがある。すり抜けてくれなきゃ羽に合わせた穴を服に開けなければならなくなるし、都合がいいことは間違いない。

 

「ここで帰ってくれてもよかったのに」

「敵を追い払うだけ追い払わせて、用が済んだらポイッはちょっとひどいですよ」

「……そういう意味で言ったんじゃなかったんだけどね。まぁ、ついてくるならついてくるでいいわよ」

 

 霊夢は微妙そうな顔で背を向けると、雲の上を目指して飛び始めた。首を傾げながら俺もそれについていき、フランと魔理沙も続く。

 そんな中、誰かに名前を呼ばれた気がして振り返れば、魔理沙が俺に小さく手招きをしていた。なにか用なのかと近づいてみると、「耳を貸せ」と霊夢の様子を確認しながら小声で囁く。

 

「あれはたぶんあいつなりの気遣いだ。太陽の下に出てまで無理について来ようとしなくてもいい、ここまで二人にがんばってもらったからあとは私たちに任せてもいい、もう十分助かってるから家に帰って休んでもいい――みたいな、な」

「……気遣いですか」

「霊夢は思ったことはズバズバ言うし一応正直者なんだけどな、結構な口下手なところもあるんだよ。その、なんだ。あれだ、あんまり悪い方向で捉えすぎないでやってくれ」

 

 無意識のうちに目をパチパチとさせて見つめていると、耐えられなかったのか恥ずかしそうに魔理沙が顔を背けた。それがなんだか少しおかしくなって、心の中で小さく笑う。

 なんだかんだ言って霊夢と魔理沙も付き合いが長いのだ。仲がいいのかと問いかければ二人は揃って腐れ縁とでも評そうなものであるが、親友と呼べる程度には理解し合っていることは間違いない。そうでなければ霊夢がどういう思いで「帰ってもよかったのに」と発言したのかを見抜けたりだとか、意図せずして悪く思われた時に、こうして魔理沙がわざわざフォローに回ってきたりなんてしない。

 

「も、もういいだろ。いつまでも私を見てるんじゃない」

「ふふっ、わかりました」

 

 ご要望に従って視線を外し、飛行速度を上げた。前を飛んでいた霊夢に併走すると速度を元に戻して、小さく頭を下げる。

 

「ごめんなさい……それから、ありがとうございました」

「なにが?」

「さっきのことです。失礼な態度を取っちゃいましたね」

「……はぁ、魔理沙の入れ知恵? まあなんでもいいけど……私があんたをこき使ってたことは変わりないし、どうでもいいわよ。あんたにどんな風に思われようが私の知ったことじゃない」

 

 霊夢のことだからそれもまた拗ねてツンツンしているわけではなく、きっと本心なのだろう。

 彼女は『空を飛ぶ程度の能力』を保有し、まさしく何者にも囚われない性格をしていた。魔理沙が言っていた通り、単純で裏表がなければ誰に対しても平等な姿勢を取り――生業が妖怪退治なので妖怪には少しばかり厳しいところもあるけれど――、誰と一緒にいてもいつもどこか一人だけ浮いて(・・・)いる。それが霊夢にとっての普通なのだ。

 

「でも、せっかく善意で行動してくれたのに誰も気づいてくれないなんて寂しくないですか?」

「私はそんなの気にしない」

「私は気にします」

 

 やりづらそうに俺をじっと見ては、小さなため息を吐いて空を見上げた。もう少しで雲に突っ込むことになりそうだった。

 

「そもそも、私は私が思うがままにいろいろ言ってるだけ。だからあんたがいちいちどう思ったかなんてどうでもいいのよ。別段興味もない」

「そうですか。そう言っていただけるのなら、遠慮なくいろいろと思わせてもらいますよ。魔理沙の入れ知恵のことも」

「……好きにしなさいよ。ほんと、あんたは悪魔らしくないわよね」

 

 よく言われる言葉だ。霊夢のジトっとした目を受け流し、そろそろかと進む先を見据える。

 雲の濃い部分を進むのはどう考えても得策ではないので、できるだけ薄い部分を探して縫うようにして霊夢の勘を頼りに飛んでいく。俺やフランは涼しいと感じる程度であったが、やはり人間には寒いのだろう。霊夢と魔理沙はぶるりと体を震わせて、さっさと抜けようと飛行速度を速めていた。

 そうして進むこと十数分、ようやく雲の上に到着した。日の光が容赦なく襲いかかってくるものの、霖之助製ローブはそれを完全に遮断している。いい仕事ぶりだ。俺は未だ裁縫は勉強中なので、今度これだけうまく作れる霖之助に教えてもらうことを頼むのもいいかもしれない。

 そんなこんなで雲の上になにかあるものなのかと全員でキョロキョロと辺りを見回して、すべての視線が一か所に集まった。

 四本の大きな四角柱が天に向けて底面を向けている。それぞれが巨大な正方形を綺麗に描くように配置され、決して崩したり壊したりしてはいけない特別な類のものだとは嫌でも察せられた。

 柱の奥には手前の正方形に勝るとも劣らぬサイズの六芒星の魔法陣が面をこちらに向けて浮かんでおり、その向こう側に薄っすらと強大な威圧感を放つ門がそびえている。閉まってはいるようだが、門を認識した瞬間にどことなく夜の暗闇にも似た怖気が漂ってきた。

 

「元凶はあれの先みたいね」

「あの結界は凄いな。素人にはさっぱり解き方がわからないな。いったいなにを隠してあるんだか……ま、わかりやすくて助かる」

 

 とは言えその程度で霊夢や魔理沙が怯むわけもなく、二人とも嬉々として門に近寄り始める。遅れないようにとフランとともに彼女たちを追いかけて、ふと、少し進んだところに三人の少女が立ちふさがっていることに気がついた。あまりに大きな門等に気を取られて進行方向にいることがわからなかったらしい。

 三人とも、三角錐状で返しのある帽子を被り、長袖の白いシャツの上にベストのようなものを着用している。それを留めるボタンは二つ、襟と肩にはフリルがあった。キュロットを穿いているのは共通しているもののデザインは若干異なっている。それぞれ帽子やベストのカラーリングも違っていて、一人が黒を主体に赤を添え、一人が薄い紫に青、一人は赤に緑が加えられていた。黒の少女は金色の髪と瞳、薄紫の少女は明るい薄めの水色、最後の赤い少女は亜麻に近い茶色の髪と目を備えている。

 そのうち、薄い紫の少女がボロボロの姿で黒の少女に抱え上げられていた。俺たちがやって来ても彼女だけは反応を示さなかったので、気絶していると捉えて間違いないだろう。

 どういうわけか恨みがましく睨んでくる黒と赤の少女の視線を悠々と無視しながら、霊夢が口を開いた。

 

「それにしても、雲の上まで桜が舞っているのはなんでだと思う?」

「……ほら、それはあれだ。この辺はこの季節になると気圧が、下がる」

「なんかテンションも下がりそうね」

 

 答えたのは黒の少女だ。それでも目は隙を探すような光を隠しており、霊夢も自然な動作で袖の中に手を入れる。

 

「なあ、なんでお前ら一匹だけすでにピチュってるんだ?」

「あんたのお仲間がやったんでしょー」

 

 プンプンと怒っている赤の少女の言葉を受け、霊夢と魔理沙の視線がこちらに向いた。もちろんこんな三人組は知らないしずっと霊夢たちのそばにいたのでそんなことができるはずもない。フランと一緒に首を横に振る。

 

「まあそうだろうな。じゃ、たぶんそれはあれだ。私らとは別のなにかだ」

「こんなところまでやって来れる人間が手軽にいたらたまらないわよ。絶対あんたらの仲間じゃん」

「人間? 私たち以外の人間がここに来たのか?」

 

 そもそも空を飛べる人間というものが限られている中、さらには雲の上などという高度の高い領域にやって来ようなんて考える輩はまともな人間ではないことは確かだ。魔理沙と同等に魔法を習う人間の魔法使い、人里の妖怪退治を生業にする者など、他にもいろいろと可能性は考えられる。

 しかし、どうにも一人の人間の姿が俺の頭に浮かんで離れない。

 

「あの、その人間は青い服を着た銀髪の女性だったりしませんでした? 瞬間移動したりナイフで攻撃してきたりとか」

「やっぱり仲間じゃん」

 

 当たりみたいだ。俺以外の三人もその質問で誰が来たのかわかったらしく、揃って「ああ、あいつか」という表情をした。

 

「ってことは……一人でこの先に行ったの? 大丈夫かな、咲夜」

「平気ですよ。咲夜は人間の中でもずば抜けて強いですから。きっと大丈夫……だと、思います」

 

 不安そうなフランとそんな会話を広げるものの、やはり一人で扉の向こうに行ったと考えると心配になってくるのは否定できない。早く様子を見に行きたい。しかしそのためには、目の前で道を塞いでいる二人オマケ一人の怒った少女たちを退かす必要があった。

 さっさと片づけよう。そう決め手前に出ようとして、バッと片腕を横に広げた霊夢に阻まれる。文句を言おうとして、「さっき決めたこと、忘れたの?」と。

 

「私たちで片づけるわ。相手も動けるのは二人だけだからちょうど二対二にもなる」

「悪いな、レーツェルにフラン。あの扉の先からが本番となるとここらで体を温めておきたい。お前らが咲夜のやつを心配してるのは私たちもよくわかるから、できるだけ早く終わらせるさ」

「……しかたない、ですね。言ったからにはしっかり全力で――」

「一分」

 

 フランの呟きに、全員の視線が集まった。

 

「一分以内に終わらせて。それだけあればウォーミングアップは十分でしょ? 一分経ってもまだ続いてるようなら、私とお姉さまは先に行くから」

「……かぁー、厳しいな! 了解したぜ! お前らが戦えば本当に一分も経たずに終わらせちまいそうだからな、お望み通りこっちも一分で終わらせてやる!」

「ちょっと魔理沙……はあ、ま、いいけどね。別に先に行かれるだけなら実害はないし……そもそもあんな幽霊どもに一分もかからないけど」

 

 二人とも乗り気のようで、意気揚々とそれぞれ武器を構え始める。霊夢は片手にお祓い棒、もう片方の手には何枚ものお札を。魔理沙は帽子の中からミニ八卦炉を取り出し、相手方に発射口を向けた。

 

「ごめんなさい、お姉さま」

「……? なにが、ですか?」

「勝手なこと言っちゃった」

「そんなことで怒ったりしませんよ。むしろ霊夢と魔理沙が俄然やる気になってくれて助かりました。ありがとうございます」

 

 俺の言うことを聞く、俺の邪魔はしない、能力を自分から使ったりしない。外に行きたいと言い出した時、フランは自分からその三つの条件を提示していた。俺は特に気にもせず『レミリアをあいつ呼ばわりしない』以外はなにも言っていないし言うつもりもないのだけれど、フランはその約束を胸に刻んでいるらしい。

 今回の発言はおそらく、俺が咲夜を心配していることを察してフランがわざわざ制限時間を設けてくれたということだ。それも自分で提案した条件を気にしながらも口にしてくれて、それなのに怒るわけがない。言葉通り、感謝の気持ちでいっぱいだ。

 はにかんだ笑顔を浮かべるフランの手を取って、その場からいったん距離を取る。霊夢と魔理沙が戦闘準備を整えたので、黒と赤の少女もまたそれぞれ手に武器を――楽器を構えた。

 そんな光景を見ながら、ふと、前世の記憶を探ってみる。

 ……原作だと、一人で三人を一気に相手するんだっけ。

 今は一人はすでにダウン、そこからさらに主人公が二人に増えての二対二であった。なんだか嫌な予感がするというか、一分が無理ではないのではないかと感じられてしまうというか。

 数秒の誰も動かない静寂の中、最初に動いたのは魔理沙であった。太陽の日差しが降り注ぐ中、それに負けない光に溢れた魔力の弾を連射する。霊夢もまたそれに続き、お札を投げ始めた。


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