東方帽子屋   作:納豆チーズV

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一二.世界を縮める冥土

 □ □ □ Standpunkt verändert sich zu Sakuya Izayoi □ □ □

 

 

 

 

 

 ――西行寺幽々子と名乗った女性とその従者である剣士との戦闘を開始してから、すでに数十分の時が経過していた。即興で一緒に戦うのは少しばかり無理があるとは霊夢の言で、それぞれ一人ずつの役割分担をして戦っていた。

 剣士による、普通の人間ならば決して捉えることができないであろう長い方の剣での一撃を、能力で超加速させた脳により当たり前のように反応してナイフで受ける。その直後に短い方の剣が抜かれて私に迫ってくるが、それもまた逆の手に持ったナイフで防ぎ切った。ナイフは刃の部分が非常に短いので滑らせて来られたら面倒だ。きちんと両方ともナイフの鍔で剣の刃を防ぎ、追撃をできる限り封じている。

 しかしその場合、鍔迫り合いによる純粋な力勝負になってしまう。私は強力な能力はあれどただの人間なので、そういう真正面からの衝突はあまり得意な方ではない。まぁ、黒白の魔法使いならば逆に得意なのだろうが……。

 このままではすぐに押し切られる。それならば――ナイフに込めている力はそのままに、自らの中の霊力を操り、飛行の軌道を変更した。剣士の力に耐え切れずナイフを弾かれる寸前、その力を逆に利用して上半身をそらし、勢いのまま真下に仰け反った。

 膝を曲げ、タンッ、と剣士の足の裏に上下反対の姿勢で着地する。ここは空中なので、三次元の動きだってお手の物だ。

 スペルカードルールにおいて基本的に近接戦闘よりも弾幕が重視されるのは、単にそちらの方が美しいということもあるけれど、空中での近接戦ならばこうした特殊な動きによって比較的容易に対処できるからという理由も挙げられる。飛行の力をちょっといじるだけで簡単に避けることができたり、そもそも弾幕をたくさん張っていれば近寄れなかったり。実際、今私が相対している剣士のようにバカ正直に突っ込んでくるタイプはかなり珍しい。

 

「くっ」

「あら、防がれちゃったわ」

 

 脚の腱でも斬ってしまおうかと素早くナイフを振ったけれど、さすがに相手の反応も速い。長い方の剣で両手のナイフを一気に跳ね返された。短い方の剣を振りかぶるのを見て、足場にしていた剣士の足裏を蹴って距離を取る。

 縦に半回転して体の向きを元に戻して、持っていたナイフを剣士へと適当に投擲しながらさらに後退した。

 トン、となにかに背中が当たる。驚いた風に振り返ってきたそれと、至近距離で視線が合った。

 

「なんだ、あんたか。まだそっち終わってないの?」

 

 敵や攻撃ではなかった安堵を見せた博麗霊夢が、互いに背中を預けたまま問いかけてくる。

 

「そういうあなたこそ終わっていないようだけど」

 

 チラリと後ろを、霊夢が油断なく見据えている方向を確認してみると、扇子を広げて面白げに笑っている幽々子の姿がそこにあった。服の端やらが多少焦げてたり破けたりしているものの、直撃は一度もしていないようでまだまだ元気そうだ。

 霊夢も同じようにまた直撃こそしていないみたいだが、幽々子以上に掠った(グレイズした)数が多いのは、服のボロボロ具合やところどころ血のにじみ出た肌から窺える。

 私もまた無傷というわけではない。ここまでメイド服を汚さないように心がけて来たのに、いくらか相手の剣によって破けてしまっている。一度倒しているのだから大丈夫だ、すぐに終わらせて霊夢に加勢しよう、などと軽く考えて剣士の方に挑んだのだが、満身創痍のくせに意外にしぶとい。最初の勝負の時は相手の心に、私が人間だからと舐めていた部分があったのかもしれない。

 

「私はいいのよ。あんたと違って大ボスを相手にしてるんだから」

「そうねぇ。このまま戦い続けたらいずれ霊夢は負けてしまいそうだわ。十中八九私は勝てるけど」

「おい……って文句を言いたいのは山々なんだけど、実際その通りになる確率が高いのよねぇ。あーもう、どうしましょ。あんたにさっさともう一人を片づけてもらって二対一にもつれ込めば、幽々子とかいう亡霊も楽に倒せるんじゃないかなぁ」

 

 要するに、あんな傷だらけの従者なんてさっさと倒せ、ということだ。

 霊夢の言うことももっともな話だ。幽々子はレミリアお嬢さまやレーツェルお嬢さま、妹さまほど弾幕の扱いはうまくない。あの三人には霊夢と二人がかりで挑んでも勝てるかどうかと言ったところだけれど、幽々子ならばおそらくどうとでもできるだろう。事実、霊夢は数十分に渡ってその亡霊の攻撃を耐え続けているのだ。

 私が剣士を倒すことが異変解決の鍵になる、ということ。もちろんこのまま続けて負ける気など微塵もしない。ただし、私が剣士を倒すまで霊夢が無事でいるかどうかは別問題なのだ。

 

「ほら、早く行きなさいよ。いつまでも背中合わせでいたって、すぐに二人まとめて攻撃されちゃうだけよ」

「はいはい。それじゃあ、できるだけ早く倒してくるわね。いい加減、レーツェルお嬢さまもそわそわしているようだし……」

 

 眼下を見やれば、こちらを観戦している二人の吸血鬼と一人の人間の姿が目に入る。そのうちの一人、金と銀の髪を持つ美しい少女は相も変わらぬ無表情で私を見上げていた。

 

「……そわそわしてるの? あれ。私にはいつも通りの読めない顔にしか見えないんだけど」

「なにを言ってるのよ。ちゃんと見なさい。目と体の動きを見ればどんな感情を抱いているかなんて、多少はわかるでしょう?」

「や、わかんないから」

「……はあ」

「なんでため息なんて吐かれなくちゃいけないのよ」

 

 私には、レーツェルお嬢さまからは今にも心配して飛んできそうな雰囲気しか伝わってこない。少し前までは私も霊夢と同じように感情を読み取ることはできなかったが、紅霧異変以降はなんとなくわかるようになってきた。

 レミリアお嬢さまは私と違ってほとんど完璧に察せられるようだから、まだまだ精進しなければ。

 

「いいから本当にさっさと行きなさいよ。もう向かって来てるわよ、あのちっこいの」

「ええ。あなたもやられないようにね」

「もちろんよ。あ、『引きつけているのはいいが、別にあれを倒してしまっても構わんのだろう?』」

 

 霊夢の、おそらくはレーツェルお嬢さまからの受け売りの言葉を最後にして、ほとんど同時にその場から飛び散った。霊夢は幽々子の相手、私は剣士へとナイフを投擲し、それを躱しながら斬りかかってきた剣士と再度の鍔迫り合いに興じる。

 私が剣士を素早く下すことができれば、二対二のこの勝負をさっさと終わらせることができる。逆に遅れてしまえば霊夢がやられ、すぐに剣士を撃破したとしても黒幕と一対一。レーツェルお嬢さまや妹さまの手前、容易く敗北するつもりはないけれど、やはり厳しいことは間違いない。

 チラリ、と再度レーツェルお嬢さまの方へ視線を向けた。

 

「よそ見してる暇が、あるのかしら!」

「あら、言ったでしょう? 時間が足りなくてなにかができないなんて感覚は生まれてこのかた一度も味わったことがない、って」

 

 一瞬の隙を狙って容赦なく剣を押し込んでくる。やはり人間の私では力勝負では不利だ。さきほどと同じように真下に回ってやろうと飛行の具合を調整した途端、ふっと妖夢の剣から力が消えた。

 その時に迫ってきたのは鋭い蹴りであった。どうやら同じ手は食わないと言いたいらしい。しかし、実のところそれも私は読んでいる。数十分は戦闘を繰り広げたのだから、目の前の少女がそれなりに剣術の技術と戦闘の才覚を備えていることは理解していた。

 蹴りを同様に脚で受け止め、鍔迫り合いをしていたナイフを起点に、今度は剣士の上側へと半回転して移動した。飛行の調整による下側への回避は一度見せたため、今回は読まれると予想して上側へ行くことにした。

 目を見開く剣士の面が加速した思考の中でコマ送りのように窺える。蹴りを読まれ、さきほどと違い頭上へと移動したからか。そうして驚愕で固まった隙を逃さず、両手に持っていたナイフを至近距離で相手の両肩に投擲する。

 

「ぐ、ぅぁあああ!」

 

 瞬間、相手が覚悟したのがわかった。避けられないことを確信した少女が、逆にそれを受けながら行動することでアドバンテージを得ようとしたのがわかった。

 肩にナイフが刺さるのもお構いなしに、己の頭上にいる私へと二刀を振り上げてくる。当然、ナイフを投げたままの態勢の私は通常ならば斬られるだけだ。

 しかし、見えている斬撃にどれほどの脅威があると言うのだろうか。

 ――"時符『プライベートスクウェア』"。

 

「あなたが自分の瞬発力にどれだけの自信があるのかは知らないけど……誰も私の速さを知覚などできないわ、安心して」

 

 目に映るすべてのものが限りなく遅く見える。今まさに私を斬りつけんと迫り来る刃でさえスローモーションのように、いや、実際的にスローモーションで近づいてきていた。

 そんな中、私の体だけはいつも通りに動く。肉体を加速させている、というわけではない。ことはもっと単純な話だ。私自身を速くしたのではなく、剣士を――世界を遅くしたのだ。

 時を止めるだけではいろいろと不都合が生じる可能性があることは、かつての霊夢との勝負で十分なくらい思い知った。私は拘束等の自由を封じてくる攻撃に弱い。だからこそ、こうして時を遅めることで単純に相手の動きを一挙一動見逃さないようにするのである。

 ナイフを二振りの剣の側面に叩きつけ、私を斬りつける軌道から逸らした。そのことに剣士が目を剥いたのがわかった。相手からしてみれば私が急加速して超反応を見せたことになるのだから、それは驚くだろう。

 

「そろそろ終わらせてもらうわ」

 

 レーツェルお嬢さまをあまり待たせていられない。もう何十分も私を心配してそわそわしているのだから、とっととこんな勝負は終幕にするべきである。

 ナイフを振るう、投げる、時々蹴りも織り交ぜる。縮地などと言って天狗にもできるかどうかわからない超人的な短距離移動をしていた彼女でも、素の反応速度にはやはり限界があった。遅くなった世界で唯一速さを保つ私を前に、剣士は元々傷だらけだった肌に更なる切り傷を増やしていく。

 

「こ――の――」

 

 言葉が遅く聞こえる。しかし、彼女がスペルカードを宣言したことだけは理解できた。

 ――"人符『現世斬』"。

 空中にいながら、剣士が私と同等以上の急激な加速で肉薄してきた。目を凝らせば、どうやら半霊――半人半霊である彼女の幽霊としての部分。白っぽい人魂――を足場にして簡易的な縮地とやらを発動させたようである。

 世界の時が遅くなっている中でも、剣士の動きは異様な速度を誇っていた。元々近かった距離は一瞬で零距離となり、半霊を蹴った力を腕にも伝えさせているのか、長い方の剣を思い切りに振るう動作でさえもハッキリとは捉えることができない。

 至近距離であれば、妖怪でも随一の速さを備えていると言われる天狗でさえも反応できないはずだ。それほどの踏み込み、斬撃。

 それでも無駄だ。

 

「時は残酷とは、よく言ったものですわ」

 

 私は"時符『プライベートスクウェア』"を使わない状態で、スペルカードではない彼女の縮地を防いでいるのだ。今は時を同じくスペルカードを発動している。これが示すことはつまり。

 私のナイフと剣士の渾身の一撃が衝突して甲高い金属音を立てた。あまりの力強さに防ぎ切ることは難しかったので、飛行方向を真下に調整すると同時に、ガードに使っていたナイフを己が頭上へ振り上げた。受け流した刃は私の髪を数本斬り裂いたようで、銀色の髪が宙を舞う。

 それで終わりだった。

 大ぶりの一撃で作られた隙は非常に大きく、最早見逃すことの方が難しい。慈悲の心など欠片もなく、今度こそ完全に戦闘不能にするつもりでありったけのナイフを斬り合えるほどの近距離で投げまくった。四本目が刺さった辺りで苦悶の声が聞こえ、一一本目が肉を貫いた辺りでだらりと両手が下がる。一五本目が剣士の身を捉えると、飛行を維持できなくなった彼女が墜落していった。

 

「解除」

 

 世界の時間が元に戻る。周りからしてみれば今の攻防はほんの五秒程度、私の肉体的には十数秒だ。ただし世界を遅くする行為と思考の加速を両方行っていたために、体感的には三〇秒ほどあった気がする。

 こちらの勝負が終わったので霊夢たちの方へ視線を向ける、どうやらあちらもスペルカード同士で争っているようだ。幽々子が大量に放つぼんやりとした色の霊力弾を、霊夢が半透明の四角い結界で遮断する。その結界がどんどん広がりすべての弾幕を打ち消し、最終的には幽々子も突き飛ばした。ダメージはそんなにないようだが。

 

「霊夢、こっちは終わったわよ」

「え? 早いわねぇ。一分も経ってないはずだけど……」

 

 霊夢がなにかを探すように辺りを見下ろして、私が下した剣士を見つけると「うわっ」と引き気味な顔をした。

 

「あ、あれ大丈夫なの? すっごいナイフ刺さりまくってるわよ」

「人間じゃないんだから大丈夫じゃないかしら」

「半分は人間じゃなかったっけ……」

「それなら半分大丈夫ね。半殺しってやつよ」

 

 あの程度で半人半霊が息絶えるはずがない。それに、冥界の住人ならば生きていても死んでいてもあまり変わらないと思う。

 

「でも、手持ちがちょっと心もとないわね。落としちゃったのを回収してくるわ。それまで耐えててちょうだい」

「まぁ、こんなに早く終わるとは思ってなかったから、それくらいはお安い御用よ」

 

 了承を得たので遠慮なく降下していく。了承されなくても降下するつもりだったが。

 その途中、ふと視線を感じて振り返ると、幽々子と目が合った。口の端を吊り上げた彼女が言葉を吐き出すように、しかし声は発さずに口を開け閉めをする。

 

「『やってくれたわね』……ね」

 

 この後は消化試合だと思っていたけれど、すぐに気を引き締めた。ここで油断して大怪我を負ったりしていてはレーツェルお嬢さまに申しわけが立たない。彼女はとても心配性だから。

 やることを終えたらすぐに戻り、霊夢とともに全力で幽々子を討ち取る。そんな意志を固めて、地面に着地してナイフを回収していった。

 

 

 

 

 

 □ □ □ Ein Standpunkt wird wiederhergestellt □ □ □


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