東方帽子屋   作:納豆チーズV

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三.生きてなかった人間っぽい骨

 無縁塚。魔法の森を越えて、その裏に続く再思の道と呼ばれる小さな道程を歩んだ先にある、数の少ない木々に囲まれた小さな空間である。その役割は縁者のいない者たち――主には、幻想郷に居場所のない外の人間たちの墓地として機能することだった。

 紫が言うには、そこは『ありえない結界の交点』と化しているらしい。第一に外の人間が地に眠ることが多い関係上で外の世界と繋がりやすくなっており、第二には墓地であるために冥界とも干渉しやすくなっている。

 幻想郷、外の世界、冥界。三つの世界が捩じられているがごとく不安定な形で混ざり合い、それゆえになにが起こるかまったくわからない。危険性も人間や妖怪を問わずに非常に高いと言われ、立ち寄る者は非常に珍しい。

 外の世界との境界が曖昧になってきているから、自殺しようとしていた外の人間等が迷い込んでしまうことなども多くある。そのため、さすがに無縁塚で直接待ち構えたりなどはしないが、意地の悪い妖怪が再思の道で待ち受けていることもあるようだ。秋の季節に再思の道を訪れた人間は彼岸花が咲き誇るその場所を歩み、毒が回ると同時にどういうわけか生きる気力も沸いてくるのだと言う。だからこそ「再思」の道という名前がついたのだが、やる気を出した直後に妖怪に喰われるというのはなんだか報われない気もする。不運だったと諦めてもらうしかないのだけれど。

 そんな道の向こう側にある無縁塚で、昨日、霖之助が妙なものを拾ってきたのだと霊夢が仏頂面で漏らしていた。聞く話によると、霖之助は外の世界の品を探しにそこそこ無縁塚に足を運ぶことがあるらしい。そこに転がる死体の火葬とともに毎度毎度わけのわからない道具を拾ってくるのだが、その時ばかりは本当に理解できない変な物体を持ち帰ってきたようだ。

 そんな話を聞かされて興味が沸かないはずがなく、現在、俺は霊夢と魔理沙とともに霖之助の店を訪ねていた。本人はどうやら出かけているようだったが、二人は勝手知ったると言った具合にずかずかと入っていく。ちょっと遠慮しかけたが、自分だけが外で待っているのもなんだかなと思ったので、「お邪魔します」と小さく呟いて俺も中でくつろぐことにした。

 

「それで、霖之助はなにを拾ったんですか?」

 

 戸棚から急須を取り出してお茶を入れ始めた霊夢に問いかける。魔理沙は、窓の近くにある段差に腰かけて、そこらに転がっていた本を手に取っていた。

 

「火葬したけどあまった、生きてない人間っぽい骨よ」

「骨は元々生きてませんが……」

「間違えた。火葬したけどあまった、生きてなかった人間っぽい骨ね」

 

 生きてなかった……どういうことだろう。骨とは、その仏がかつては生きていたことを表す生と死の証明だ。生きていなかったというのならば骨などできようはずもなく、生きていないのならば死という『答え』にたどりつけるわけもない。決して生じてはいけない矛盾が発生することになる。

 首を傾げる俺に肩を竦め、「私にもわからないわよ」と霊夢がぼやいた。

 

「だから妙なものって言ってるじゃない。今回は右腕だけど、そういえば春にも右足の骨も拾ったとか漏らしてたわね。本当、どういうことかしら」

「なんだ、霊夢も寿司が食いたいのか?」

「そうねぇ。でも、私よりも食べたい人が後で帰ってくるし、その時まで待ちましょうか」

 

 なんで寿司? という俺の疑問をよそに、二人は会話を終了させてしまう。

 霊夢は急須から二つの湯のみにお茶を注ぎ、その片方を俺の方に差し出した。「ありがとうございます」、「ん」。彼女自身の湯のみにも同様に入れて、俺の隣に腰を下ろす。

 

「私にはないのか?」

「あんた、本読んでるじゃない」

 

 近くの棚からせんべいの束を見つけ出した霊夢が、悪びれもなく取り出してはそれを横に置く。せんべいを右手に、湯のみを左手に。これが博麗神社ならともかく、主人のいない香霖堂で展開されている光景なのだから手に負えない。

 それを止めず、増してや湯のみを受け取った俺も同罪か。それならばいっそふてぶてしく突き通してしまおうと、お茶を口元に運んだ。

 

「……やあ。おかしいな、ここは僕の家のはずなんだが」

 

 ようやく帰ってきた霖之助が、荷物を下ろしながら俺たちを見回した。

 

「お邪魔してます」

「邪魔してるわ」

「私は邪魔じゃないだろ?」

「魔理沙、君はもう少し遠慮という言葉を覚えた方がいい。いや、君だけじゃなくここにいる全員に告げたいけど……」

 

 けど、なんだ? 魔理沙の問いに、霖之助はため息を返すだけである。注意したところで無駄なことは知っていると暗に主張しているようだった。

 とりあえず生きてなかった骨とやらのことを聞いてみようと思った矢先、霖之助がそれより先に無縁塚での出来事について語り始める。

 昨日と同じく右腕だけが落ちていた、しかも見渡せばたくさん見つかるではないか。人間は肉体の状態に拘わらず全身に魂が宿るから、幻想郷に迷い込む時は絶対に全身ごとやってくる。仮に右腕だけやってくる奇妙な事態を受け入れるにしても、たくさん落ちているということは、右腕だけ縁を切った人間が大量にいることになる。そんなことは天と地が逆さまになるようなことがあってもありえない――そんな風に話を進める彼に、「それで、その量産型の右腕をどうしたんだ?」と魔理沙が本から目線を外して問いかけた。

 

「ああ、ここに一本」

 

 霖之助が荷物の中から右腕の骨を取り出す。

 

「あまったからって、持って来ないでよー」

「うーん。ちょっと気になったことがあって……」

 

 せんべいをかじる霊夢と、お茶を飲む俺の前を横切って、彼は店の奥の方に向かった。そこの棚からなにかを手に取った霖之助へ、そちらを見もせずに「こっちの棚に置いてあったのよ?」と霊夢がせんべいがあった場所を指し示す。

 

「……って違う、そんなことが気になっているわけではない! 骨のことだ骨のこと」

 

 魔理沙がパタンと本を閉じる音が耳に届いた。目を向けると、ちょうど彼女が不機嫌そうに立ち上がるところだった。

 

「あーあ、もういいぜ。そんなに食べたければ、今日は飯を作ってやるよ」

 

 お勝手の方に向かっていく魔理沙を、霖之助は不思議そうな面で見送る。霊夢は微動だにせず幸せそうにお茶とせんべいをかじっているが、魔理沙の真意を理解できているのだろうか。少なくとも俺は霖之助と同じく、なんで彼女が飯を作りに行ったのかわからない。

 疑問を払うように首を横に振った霖之助に、「それで?」と霊夢が骨のことで気になることについて問いかける。

 

「ああ、昨日拾った右腕と今日の右腕、よく見てみたんだが……」

 

 こちらに歩いてきながら、両手に持った二つの骨――奥の方の棚からもう一つの骨を持ってきたのだろう――を見比べて、霖之助は訝しげに目を細めた。

 

「どこを取ってもまったく同じものだな。たとえ双子でもこんなことはありえない。まるでそのまま複製したかのようだよ」

 

 それのなにが気になるのかと首を傾げる霊夢に、彼は「同一人物の右腕ということだ……と思う」とまとめる。

 同一人物……クローン技術?

 

「ちょっとその骨、貸してもらってもいいですか?」

「なにかわかるのかい?」

「いえ、そういうわけでは。ちょっと気になることが……」

 

 霖之助から二つの骨を受け取って、じっと目を凝らす。錬金術は魔法の中でも俺の専門の一つなので、物質の構築を読み取ることは大得意だ。

 ……確かに、この二つはまったく同じものだ。まるっきり構成が一致している。さらに言えば、成分から判断して人間のものであると判断して間違いないだろう。

 当然ながら右腕は人間には二つもない。仮にあるとしても、ここまで完全に構築が合致することはもっとありえない。その条件から導き出される答えは一つ、この二つが複製品――クローン技術の賜物だということ。

 なぜ右腕だけなのかとか、どうしてたくさんあるのだとか、なんで人骨のクローンなんてあるのだとか。いろいろと疑問があるが、無縁塚で常識外のことが起こる可能性があるのは周知の事実だ。それも外の世界のこととなれば当然ながら考えても答えなんて出ない。

 

「だから、この人間の腕はありえないものなんだよ」

 

 霖之助のそんな声に顔を上げる。骨のことに集中しながらも、一応はそれまでの会話の内容を聞いていた。

 霊夢は、やれ外の世界は私の管轄外だとか、体の一部だけ結界を渡る知り合いがいる……でもそういえばそいつ妖怪だったな、とか。霖之助は六本腕の人間でも右腕だけでは結界は越えられないとか、一部だけ結界を渡れるのは妖怪の証だとか。

 

「まるで作り物みたいな腕ね」

 

 霊夢がせんべいを置いて手を差し出してくるので、一つの骨をその手の平に置く。ちなみに彼女のせんべいとは反対側の手は湯のみを持ったままだった。

 

「魂の宿っていた跡もないし……とても生きて生活していた腕とは思えないわ」

 

 生きてなかった人間っぽい骨。香霖堂に来て最初に霊夢が称したそれが脳裏を過ぎった。

 この骨がクローン技術で生み出されたものだとするのなら、その表現はまさしくその通りだとしか言いようがなくなる。

 

「その腕、人の思いがないだろう? だから結界も渡って来れたんだ。たまに流れ着く道具と同じ扱いだよ」

 

 霖之助は、それでも生き物には間違いなく、言うなれば「体のない右腕だけの人間」。そこへさらに『僕の目』からして人間であることは確実だ、とも付け加えた。

 

「外の世界の人間が愚かなことを行っていなければいいけど……」

「あら霖之助さん、たまに流れ着く外の道具で生計を立ててるんでしょ? それに、外の世界は進んでいるって、いつも唸ってるじゃないの」

「生き物の身体は……道具じゃない。この店では取り扱わないものだ」

 

 断言する霖之助の目には、確固たる意思と嫌悪感が混じり合っているみたいだった。

 愚かなこと、か。

 ふと、俺は霊夢に渡して空になった片腕を顔の前まで持ち上げる。くしくもそれは右腕だ。

 これを大量生産して、売りさばくとか? 今は二一世紀になって間もないはずだから、外の人間でもそんな技術は有していない。でもこれから何十、何百と時間が過ぎたらどうなるのだろう。人体を人工的に作り出せるようになれば、きっと多くの人を救えるようになる。それを非人道的だと、冒涜的だと唱える人も数多く出てくるのは容易く想像できるが、それでもその技術が誰かを救うのに役に立つのなら……。

 これ以上はやめよう、と首を左右に振る。俺たちは幻想郷の住民だ。外界の未来を案じたところでなんの意味もなさない。外の世界のことは、外の世界の人たちに任せておけばいいのだ。

 

「できたぜ。お望み通り、今日はちらし寿司だ」

「わ、美味しそうですね」

 

 魔理沙がお勝手の方から戻って来た。「いやに豪勢だね」と呟いた霖之助が、その後すぐに怪訝な面持ちになる。

 

「って、お望み通り?」

「だって、昨日からずっと言っていただろ? 寿司が食いたいって」

「言ってたわね」

「言ってたんですか」

「そんなこと……言ってたっけ?」

 

 黒白の魔法使いは人をおちょくったように、紅白の巫女はせんべいをかじりながら。俺はあいかわらず二人の意図が読めない。霖之助は一度もそんなこと口にしていないし、どうして骨が寿司に繋がるのかまったくわからなかった。

 

「時間がかかっていたのは『シャリ』を冷ます団扇が見当たらなかったからだぜ。この帽子じゃなぁ、振っても疲れるだけで風が起きないんだよ」

 

 その説明を聞いて、霖之助が納得したように頷いた。あいかわらず俺は理解できない。

 

「えぇと、霖之助、どういうことなんですか?」

「シャリだよ。二人は、シャリと舎利を掛けてるんだ。悪趣味な洒落だね」

「舎利……って、なんですか?」

「遺骨のことだよ」

 

 ――人間は死んだ後、亡霊になるんだよ。舎利なんかはただの抜け殻だ。

 魔理沙の主張を聞きながら、左手に持っていた骨を右手に持ち替える。そうしてその手を顔の前まで持ってくると、俺の右腕と魂のない右腕の骨が並んだ。

 

「これ、もらってもいいですか?」

「うん? いいけど……なにに使うつもりだい?」

「弔うだけですよ。きちんと」

 

 その後は手を洗って、三人と一緒にちらし寿司を囲んだ。骨の話をしていた時は妙に重々しかった空気も、ご馳走を囲めばそれだけで晴れてしまう。

 無縁仏を弔ってきた僕の善行のおかげ。墓泥棒がよく言うぜ。

 霊夢も骨を触っていただろう、手は洗ったのか。魔理沙、お茶のおかわりお願いね。お前、飲んでないだろ。

 陰鬱そうだった霖之助の顔がようやく綻んだ。彼もまた俺と同じように、骨のことについて悩むのを完全にやめたようだ。

 はるか遠くのことをただ不安がるよりも近くの幸せを噛み締めた方がずっといい。なんとなく、霖之助はそう言っている気がした。

 

「ほら、レーツェルも食えよ。そのお茶ももう冷めてるだろ? さっさと飲み切って、あつあつのお茶とちらし寿司のコンボと洒落込もうぜ」

 

 それは美味しそうだ。言われた通り、湯のみの中身を口内へと流し込む。冷たいものが喉を通って、胸の奥を落ちて行った。

 そうして空になった湯のみに魔理沙が新しいお茶を注いでくれた。湯気が立っていて、見るからにとても温かそうだった。


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