東方帽子屋   作:納豆チーズV

93 / 137
一四.予定された獅子座流星群

 『文々。新聞』。第百二十季、弥生の四、巨大流れ星空中爆発――そんな記事を俺とフランで片手ずつに持ちながら適当に眺めていた。近くではこれの制作者である鴉天狗、射命丸文がメモとペンをそれぞれ両手に構えて、俺たちの言葉を待ち続けている。

 記事の内容を要約すると、『とある日の夜中に幻想郷へと巨大な流れ星が落ちてきて、落ち切るより前に突如爆発した。その爆発を起こしたのがフランドール・スカーレットという吸血鬼であるようだ』。他にも隕石が紅魔館を狙って落ちてきたとか、隕石の目――すべての物質には目という根幹を担う部分があり、フランはそれを右の手の平の上に移動させることができる――を握りつぶすことでフランがその隕石を破壊したこと等が書かれている。

 

「終わり方が変だねぇ」

 

 それが新聞を読み切ったフランの最初の発言だった。確かにその通りだ。他の部分は流れ星やフランのことについて言及しているのに、最後だけ『気温も上がり花も咲き始め、すでに春の訪れを感じさせる』だとか『暖かくはなかったが風邪には十分注意したい』だとか、春の訪れについての描写でまとめられている。

 

「出来事の方がよっぽど変だったのです。春の陽気の仕業かもしれないと思って」

「さすがに、春だから流れ星が落ちてきたなんて説明するのは無理がありますよ……」

「ええ、まぁ、ですよね。わかってました」

 

 苦笑いを浮かべる文を視界に入れつつも、頭の中でつい先日の、記事で書かれている隕石が落下した日のことを思い返す。

 それは突然起こったことではあったが、一切予想していない現象ではなかった。レミリアが俺と遊んでいるフランのもとへ訪ねてきては「もうすぐ館に向かって星が落ちてくるから、フラン、ちょっと周りに影響がないように壊してくれる?」と言ってきたのが始まりで、外に出たら本当に隕石が降下してきたのだ。

 フランの『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』は俺の『答えをなくす程度の能力』と同様に絶対の力であり、一度対象を決めて発動をしてしまえば逃れる術を得られない。ありとあらゆるとは『この世に存在し得るすべてのもの』だ。フランが流れ星を認識し、それを破壊しようと決めた時点で終焉は運命よりも強い宿命によって決まっており、事実閃光と爆音をまき散らして星は砕け散った。

 あの隕石がなんだったのかは、実は俺もフランもよくわかっていない。レミリアから突如お願いされたことであるし、レミリアがどうやってそれを予測していたのかも定かではない。『運命を操る程度の能力』で事前に知り得たのか、それとも自ら望んでそうなるように仕組んだのか。おそらくは前者であろうが、ならばなぜ紅魔館を狙っていたことまでも知っていたのだろう。

 先日は聞く暇がなかったが、一度考え出すと気になってしまう。単なる偶然の産物なのか、誰かが仕組んで紅魔館を攻撃して来たのか。後者ならばどうにか探し出して縛り上げなければならない。

 

「あー、それにしてもすっかり春になったわねぇ。もーすぐ新茶?」

 

 フランにとってはそれさえもどうでもいいのか、記事の最後に関してのことで暗に文をいじり始めた。こうしてフランのことが記事にされ、フランの言葉も載っていることから、文も彼女に事前に取材していたことである程度はその性格や性質を理解しているのだろう。「なんとなくあなたに聞いても無駄なような気がします」とため息混じりに吐くと、俺の方に向き直った。

 

「なのでレーツェルさんに聞きます。どうやったかはともかくとして、本当にフランドールさんが隕石を爆発させたんですよね?」

「ええ、そうですよ。私やお姉さまでもただ壊すだけならなんとかできますが、綺麗にやるとなるとフランしかできません」

「ふふん、お姉さまの妹だもん。これくらいできなきゃね。こう、きゅっきゅっとね。きゅっきゅっと、ドカーンとね」

 

 右手を握ったり開いたりと繰り返し、どうやって壊したかをフランが再現する。傍から見ればまるでわけがわからない動作であり、文もずいぶんと微妙な表情をしていた。

 

「レミリアさんが言っていたようなことは本当のことなんでしょうか?」

「お姉さまが言っていたこと……となると、流れ星が落ちてくることが予定されていたかどうかってことですか。うーん、その辺りはなんとも言いにくいですね。ただ、お姉さまは事前に隕石の落下を察知していたのは確かです。私もフランもお姉さまに言われて外に出ましたし」

 

 ふん、とフランが鼻で笑ったのが横目に見えた。俺と文の視線が向かったことに気づいたらしい彼女は、「あのねぇ」と口を開く。

 

「隕石が予定されていたなんてあるわけないじゃない。どうせあいつ……じゃなかった、レミリアお姉さまの口癖よ。あれもこれも最初からわかったフリして大人ぶって、運命が読めるだとかなんだとか。いくらそんなことしたところで自分がお子ちゃま気質だって事実は変わらないのにねぇ」

「こらこら。姉妹で一番の年下が生意気言うんじゃないの」

 

 背後からの声に振り返ると、そこには目元をピクつかせたレミリアが腕を組んで立っていた。

 フランは彼女が近づいてくることをあらかじめ察知していたようで、顔だけで振り返り、視線を向けては「あら、いつの間に後ろにいましたの?」なんてからかいの言葉を投げる。今日のフランは機嫌がいいのか、会う人会う人をおちょくっている気がした。俺も地下室にフランのもとへ会いに行った際、見えない位置に控えていた彼女の分身にこっそり背後から近寄られて驚かされたし。

 はぁ、と怒気が混ざった息を吐くレミリアを見て、文がほんの少しほっとしたように口元を緩めた。

 

「ちょうどよかったです。レミリアさん、先日の隕石爆発の話について聞きたいのですが」

「あーあれ? 隕石が爆発したって罰なんて当たらないじゃない。別に気にしなくたっていいわ」

「破片は当たりますけどね」

「なに鴉。私が壊したものの塵を残すような雑な仕事してるって言いたいの? その翼千切るわよ」

「フラン、いきなり喧嘩売らないでください」

 

 特に翼を千切る云々は禁句だろう。鬼の角、天狗の翼、吸血鬼の牙、サトリの第三の目。妖怪にはその象徴となる部分が存在し、それを汚したり貶したりする等の発言はスペルカードという遊びの枠を越えた宣戦布告に他ならない。

 俺の注意に、フランも自分が言ってはいけないことに気づいたようで、「……ごめんなさい」と小さく謝った。機嫌がいいということは気分が高揚しているということであり、酒を飲んでいる時のように、普段言わないようなことも口にしてしまうものだ。気持ちがいい方向に傾いていると自覚している時は、調子に乗りすぎないように常に注意し続けることが重要だろう。

 

「気にしてませんよ。今回、私は取材させている身ですからね。それよりレミリアさん、予定されていたって言ったのはどういうことなんでしょう」

「なに? 新聞記事を書いてるくせに日本語は通じないのかしら。もう一度言うわよ。別に気にしなくたっていいわ」

「私は真実を知りたいのです。そのためにはどんなことにも気を向けないといけないのです」

「ああそう。好奇心鴉を殺すってね。ま、いいわ。前にも言ったけど、隕石は予定されていたというより、人為的に落とされたのよ。きっちりこの紅魔館を狙ってね」

 

 それは初耳だ。「大丈夫よ。心配なんかしなくていい」とレミリアが微笑んで、顔を上げた俺の頭の上にぽんぽんと手を置いた。

 

「あんなライオン気にすることないわ。あんな程度の隕石しか落とせないような輩、相手にすらならない。私たちを滅ぼしたいなら太陽を自在に操れるくらいじゃないとねぇ」

「……本当に私たちを狙ってきたんですか?」

「うーん。そこらへんは曖昧なのよねぇ。もしかしたら何者かが私たちではない別の悪魔と戦っていて、悪魔を対象に隕石を落としたらここに流れ着いたとかかもしれないわね。もしくは悪魔全体を狙った流星群の一つだったとか。推測だけどね」

 

 そういうことなら、まぁ、そこまで警戒しなくてもいいか。

 それでも悪魔を目の敵にしているかもしれない者がいることが明らかになったのだから、なんらかの対策を講じた方がいいのだろうか。とりあえず後日パチュリーに相談でもして、いつか幻想郷に初めて訪れた時に使った、館を保護する魔法を改良でもしていこうかな。

 ……というかライオンってなんのことだろう。

 もう一度、ぽんぽんと俺の頭を優しく撫でたレミリアが手を離し、「で」と文に体を向けた。

 

「他に聞きたいことは?」

「他にもなにも、今言っていた落とされたとかなんとかっていうのは日本語でしょうか」

「古い古い日本語よ。予定されていたってことが信じられないならこれを見てご覧なさい。ほら、呪文でびっしりでしょう?」

 

 と、レミリアが取り出したのは先日フランが破壊した隕石の欠片だ。「……塵どころか、普通に破片が残ってるんですが」という文の微妙な視線をフランはものともせず、むしろ自分は関係ないと言わんばかりに「呪文は日本語じゃあないよね」とレミリアを冷やかした。

 

「もしかして、隕石を使って誰かが攻撃をしかけてきているとか、それとも戦っているとか……? 少なくとも私にはこれに書かれているものがまったく日本語には見えないのですが」

「私にも見えないわね。レミリアお姉さまボケたの?」

「私にも見えません」

 

 俺を混ぜた三人の疑惑の言葉を受けて、「いや」とレミリアが首を横に振る。口の端を吊り上げて、美鈴等によく見せる意地悪げな表情を浮かべてみせた。

 

「これは古い日本語ね。古い古ーい日本語。んー、しし座流星群って書いてあるよ」

「あ、だからライオン……」

 

 俺を安心させるように言っていたレミリアの言葉の意味がようやく納得できた。しし座は獅子、すなわち百獣の王ライオンを指す。だからこその、あんなライオンは気にすることはないわ、だ。

 

「……いやはや、どこまで本当なのでしょうか」

 

 そう呟いた文がペンでメモになにやら書き込み始める。真実とは程遠い不確かな情報しかないのだが、役に立つのだろうか。

 

「で、もうなにも聞くことはない? 私の返事に満足した?」

「ええ、まぁ、これ以上聞いても無駄なことは十分に理解しました。今日のところはもう退散させていただきます」

「そう。最後に一つ、いいことを教えてあげるわ」

「……なんでしょう」

「この呪文は私が書いたの」

「え? なんですって!」

「嘘よ、嘘。本気で受け取らないでほしいわね」

 

 がくんっ、と文が大きく肩を落とす。そのまま流れるように呆れを含めた息を吐いてしまうのもしかたがないことだろう。フランのからかい、レミリアの意地悪。両方を受け続けたのだから疲れてしまうこともやむを得ない。

 

「……もう帰ります。取材に協力していただいてありがとうございました」

「あら、残念ね。それじゃあまた次の宴会で」

「取材の無駄だったねー」

「新聞の方、応援していますよ。これからも頑張ってください」

「ええ、また」

 

 飛び去っていく文を三人で見送った。

 そうして姿が見えなくなったところで、レミリアが「天狗のくせに単純なやつだったわねぇ」と感想を漏らす。

 

「あれくらいが一番からかいがいがあるんだけど」

「天狗らしく妖力を隠してて狡猾だったけど、私たちに強気に聞いてくる時点で自分の強さをある程度さらしてるってことに気づいてるのかな。ずるがしこいくせに頭が足りなかったり、天狗ってホント変ねぇ」

「頭が足りないのは鳥頭だからしかたないんじゃないかしら。ほら、なにかいつも歌でも歌っていそうなイメージじゃない?」

「もう。お姉さまもフランも、あんまり悪く言っちゃいけませんよ」

「褒めてるのよ」

「褒めてるんだよ、お姉さま」

 

 少なくとも俺には一切賞賛の言葉には聞こえないのだけど……。

 俺の注意を境に二人は天狗の話題を控え、今度はレミリアがこの場に来る直前にフランが言っていた、レミリアがおこちゃま発言に話が移る。

 怒りを再度ふつふつとさせるレミリアをニヤニヤと笑みを浮かべたフランがさらにからかい、そんな二人を俺が仲裁する。フランはご機嫌に素直な様子で聞いてくれるのだが、レミリアは「いつまでもお姉さまお姉さまって、一番おこちゃまなのは誰かしら」なんてフランを挑発して、仲裁も意味のないものと化す。

 

「お姉さまと一緒にいられないくらいなら一生おこちゃまで構わないもん」

「じゃああなたが一番おこちゃまね」

「なに言ってるの? じゃあレミリアお姉さまはお姉さまと一緒にいたくないのね」

「そんなこと言ってないでしょ」

「それじゃあこれからはレミリアお姉さまのぶんも私がお姉さまを独占するから」

「そんなの許さないわ」「あれ? おこちゃまじゃないんじゃないの?」

「それ以前にレーツェルの意思が」

「レミリアお姉さまもいい加減妹離れしなくちゃねぇ」

「フランにだけは言われたくないわ」

「ねぇおこちゃまお姉さまぁ、ほらほら、お姉さまを盗られたくないんでしょ? じゃあ『私はおこちゃまです』って言わないとねー」

「もう……本当、この私とレーツェルとの対応の差はなんなのかしら。間違いなく育て方を間違えたわ」

「私の相手をしてくれてたのはレミリアお姉さまじゃなくて、主にお姉さまだけど」

「じゃあ間違ってなかったわね。単にあなたの性格が悪いだけ」

 

 もう一度仲裁をして、ようやく二人が落ちついたのを確認してから「せっかくですし、一緒にお茶でもしましょう」と誘った。二つ返事で了承してくれたレミリアとフランを連れ、紅魔館の中を歩き出す。

 風が強く吹きすさび、換気のために開いていた遠くの窓から花びらが漂ってきた。それを優しく掴み、じっと眺めて、また新しい季節がやってきたことを実感する。

 

「ほら、レーツェル。行きましょう?」

「今日はやっぱりもう新茶かな」

「ふふっ、そうですね。行きましょう。新茶だといいですねぇ」

 

 これから飲むであろう紅茶の味に思いを馳せながら、三人で言葉を交わし合いながらリビングへ向かって行った。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。