【速報】一般人俺、起きたらなぜか王道ファンタジーな学園に入学が決まる。無事、死去した模様。 作:やゆゆゆゆ
人間よりもはるかに大きい、まるで絵本の中から飛び出してきたようなドラゴンが目の前で悠然と羽ばたいていた。さっきまであんなに強かった風はなぜか今では吹き止んでいて、美しい青空の中にその鮮烈な赤色の瞳が輝いている。俺はあまりの華麗さに息をすることすら忘れてしまっていたようで、慌てて深呼吸をすれば空気の中に細かい灰が混じっている様に感じられた。隣に立っているさとちゃんも雄大なその姿に感嘆のため息を漏らしている。
「綺麗だねぇ、太郎...」
「あぁ、とんでもなく綺麗だよ...」
「あのね、僕、前にあのドラゴンのこと図鑑で読んだことがあるんだ」
「図鑑?」
「うん、『美しい地球上の精霊図鑑』っていう図鑑で読んだんだ!あれは、きっとブレイズドラゴンだよ...完全に成長すると山一つくらいまで大きくなるらしいから、まだ子供のドラゴンなんだろうね...」
「あれが子供サイズなのか、とんでもないな...ドラゴン...」
あんまりに驚いたものだから腰を抜かしてしまった俺と違い、昨日までは普通だったはずの親友は「いやぁ、こんなのワクワクするっきゃないよね!」とはしゃいでいる。俺はそのあまりに自然な姿にさとちゃんがこの光景を不思議ではない、日常の延長線上にあるように捉えているのだと知った。
「なぁ、さとちゃん。俺、もしかしたらすっごくバカみたいなことを聞いちゃうかもしれないんだけど」
「うん?」
「あのさ、もしかしてだけど...もしかして、これって普通のことだったりすのか?」
その質問にさとちゃんは一瞬、戸惑ったような顔をした後、「えっと、それってどういうことかな?」と聞き返してきた。
「いや、何ていうのかな。ドラゴンとか...さっき言ってた精霊とか...魔法とか、そういうことって普通のことなのか?」
「普通って?」
「えっと、普通ってのはつまり...そういうドラゴンとか魔法とかってのは存在して当たり前の物なのか?」
さとちゃんは「へ?」と一瞬、こちらの顔を見て、それから手をたたいて笑った。
「もうっ、太郎ったら?冗談がうまいんだから。」
「冗談...いや、冗談じゃなくて...」
「だって、そんなの当り前でしょ?一足す一は二、みたいな当たり前のことじゃない。魔法はあるし、精霊は存在するし、ドラゴンだって当然いるよ!太郎だって毎日魔法を使ってるじゃない?」
「もう、からかわないでよ!」と笑うさとちゃんの姿、そしてこれまでのことから俺は確証を得る。今朝から、少しずつ変だと思っていたけれど、その全てが点と点がつながって線になるように結ばれていく。
まるで原始時代に戻ったように電気製品がなくなってしまった我が家、FPSやテレビゲーム何てやったことがないと話すさとちゃん、翼を広げるドラゴン、その全てが繋がりあって一つの答えを指し示すのだ。
「さとちゃん、俺、目が覚めたら世界がファンタジーな感じになってたんだが...この先どうすればいいとと...」
「うん?太郎、なんか言った?」
「だから、起きたら周りがファンタジーな感じって、こんなこと言っても分からないか...そうだよな、さとちゃんにとってはこれが当たり前なんだよな...」
空に浮かぶ非常識なドラゴンを眺めて改めて呆然とする。俺にとっての常識とか当たり前とか今まで持ってた価値観とか、経験みたいなものがガラガラと音を鳴らして崩れ去っていく。今までに感じていたこと、これからの俺の進路、何から何まで積み上げてきたもののすべてが無に帰してしまったのだ。
「太郎!見てよ、だんだんと下りてくるよ!」
そんな俺の事情などとは関係なく空を舞うドラゴンは荘厳で、緩やかに地面に近づいてくる佇まいには自然が本来持つ力強さと決して見栄えだけではない機能美が感じられた。そして、俺たち二人の目前にずしりと音を立ててドラゴンが降り立つと、その赤いうろこが太陽光を反射してきらりと輝いた。
「やっぱり、大きいや!このドラゴンに乗っていくんだよ、太郎!」
走ってドラゴンに駆け寄っていくさとちゃんに「ちょっと待てよ!」と声をかけるも、夢中になったさとちゃんは子供のように走って行ってしまう。
「なぁ、さとちゃん。こ、怖くねぇのか?そのドラゴン、明らかに強そうだし、なでられただけで俺らなんか殺されちまいそうな気がするんだけど...」
「大丈夫だよ、太郎!ドラゴンはね、結構怖そうに見えるけど、本当はすごく賢い生き物だから人間を攻撃したりなんかしないんだよ!それにね、見てみなよ!このドラゴン、すっごく優しそうな眼をしてる!」
確かによく見てみれば、さとちゃんになでられるドラゴンの瞳は優しい。
「ほら、太郎もなでてみなよ!この目と目の間をなでるとこの子気持ちよさそうにするんだ!」
「い、いや、俺は別に、そんな...」
「遠慮なんかせずに!大丈夫、怖くなんかないよ!」
さとちゃんが俺の手を強く引っ張る。ドラゴンは怖がる俺に薄く瞼を閉じて微笑むと、首をすっと伸ばしてこちら側に近づいてきた。近くで見てみると、本当にきれいな鱗だ。
「太郎、この子も撫でていいよって言ってるよ!良かったね!」
「ほ、本当か?こいつ、撫でていいって言ってるのか?」
「うんうん、大丈夫大丈夫!今日はこれからお世話になるんだから、しっかり友好を深めておかないと!」
びくつくながら「お前に本当に触っていいのか?」と聞くと、ドラゴンは小さく頷く。
「優しく、優しく触ってあげるんだよ」
言われなくても、こんなに美しい生き物に乱暴なんかできる訳がない。手をゆっくりと伸ばしていけば、ドラゴンのはいた息のせいか少しずつ暖かくなっていく。緊張のせいか震える手を何とか押さえつけて、出来るだけ優しく、刺激しないように触る。ざらざらとした感触ととくとくという鼓動が感じられた。そうか、このドラゴンも生きているのかと、当たり前のことに今更気づいた。
「ね、この子すっごく優しいドラゴンでしょ?」
「あぁ、確かに優しいな。他のドラゴンもこいつみたいに優しいものなのか?」
「どうだろうな...まぁ、怖い子もいるかもしれないけど、さっき言ったみたいにドラゴンっていうのは基本的に賢い生き物だからね。それに古くから、ドラゴンは人間と生きてきたんだから」
「人間と?」
「そう、ずっとずっと昔からね。だから、皆優しい子ばっかりなんだって、それも図鑑に書いてあったよ」
さとちゃんは「まぁ、ただの受け売りだよ」とはにかんで、またざらざらとした鱗をなでるのであった。そして、そのまましばらく談笑しながら時間がたった後、さとちゃんは「忘れてた!」と大きく叫んだ。
「こんなにゆっくりしてちゃいけないんだった!もうそろそろ行かないと僕たち遅刻しちゃうよ!」
そうだった。俺たち二人はこれから高校に向かわなければいけないのだ。
「本当にこのドラゴンに乗っていくのか?」
「当たり前だよ!きっとこのドラゴンとも仲良くなれたし、後は学校に向かうだけ!」
学校に向かうだけってその行程が「ドラゴンに乗ってひとっ飛び」ってあり得ないと思うのだが...
「さぁ、これからは急いでいかなきゃ!お母さんに聞いた限りだと、ここから学校まではこの子たちの速さでも一時間はかかるらしいし!」
「一時間?そんなにかかるのか?」
一時間といえば結構遠い。東京からなら新幹線に乗れば、名古屋くらいまで行ける距離だ。
「まぁ、場所が場所だしね。太郎も叔母さんに聞いたでしょ?」
「い、いや、聞いてないというかなんというか」
聞いていないというか、今日、初めてその学校に行くことを「知った」、いや、正確に言えば「決まった」のだが...
「もう、太郎はもうちょっとちゃんとしなきゃ!太郎がこれから行くことになる学校なんだからね!」
「あ、あぁ、すまん。で、俺はこれから何処の学校に行くことになるんだ?」
ドラゴンに乗ってまで行く遠い学校だ。きっと遠くにあるに違いない。そうだな...ずっと北まで行って北海道、いや、南まで行って九州という線もあるな。何ならもっと遠くまで行って、沖縄なんてこともあるかもしれない。どうしよう、ちゃんとそこの方言に対応できるだろうか...
「ノルウェー、ノルウェーだよ。」
「は?ノルウェー?」
「僕たち二人はこれからノルウェーにある学校に行くことになるんだよ」
愕然とする。ノルウェー?ノルウェーっていうとなんだ。北欧ではあるのか?いや、ヨーロッパの仲間なのだろうか。まずい、地理は苦手なんだ。というか、そんなことより何よりも...
「ノルウェーって海外じゃねぇか!俺、ノルウェー語なんて喋れねぇよ!」
「はぁ?そこらへんは何とでもなるでしょ?何言ってるのさ。」
「な、なんとでもなるってさとちゃん、お前、いつマルチリンガルになったんだよ!」
「もう、今日は太郎が何を言ってるのか僕には全くさっぱりわからないよ。」
そう言ってさとちゃんは、小走りでドラゴンの背中をよじ登っていく。よく見てみればドラゴンの人間でいう胴の部分には小さなはしごみたいなものが架かっていて、そこをさとちゃんは器用に登って行っているのだ。ちょうど大きな翼に隠れていた部分だったから、今まで見つけられなかった。
「太郎もさっさと乗らないと間に合わないよ!入学式当日から遅刻ってのは勘弁!」
どうも一番上までたどり着いたらしいさとちゃんは、隣に建つうちの家よりもずっと高い場所から顔を出してそう言った。
「お、俺もそこに登るのか?」
「何言ってるの!僕だって登れたんだから太郎だって大丈夫だよ!体育ではいつも僕より成績は良かったじゃない」
「そ、それはそうだけどさ...」
「もう、めんどくさいなぁ。さっさと来ないと置いてっちゃうよ!」
「お、置いてくってお前...」
「きっと、叔母さんはさとちゃんが学校に遅刻していったなんてことになったら大激怒するだろうなぁ...」
それはまずい。母さんは確かに俺が入学式から遅刻したなんてことになればカンカンに怒るに違いない。そもそも今日は帰ってきたら母さんに叱られることは確定しているのだ。これ以上、火に油を注いではならないのだ。急いで走って行って、梯子を登り始める。出来るだけ下は見ない。俺は高所恐怖症なんだ。
ただただ目の前の梯子、一段一段に集中してしばらく登っていくと、しばらくして梯子の切れる部分までたどり着いた。ドラゴンの背の上だ。
「お、やっと着いたね、太郎。じゃあ、そろそろ出発しようか。」
にやにやと笑いながらさとちゃんは俺を待っていた。こいつ、結構な体力を使う梯子だったはずなのに息一つかいてない。春休みにランニングでもしてたのだろうか。
「はぁ、はぁ...さとちゃん、この梯子、結構疲れなかったか?」
「まぁ、疲れたけどね。太郎が登ってくるまで休憩できたからね。」
「そうか、そういうもんか」と言って、それから俺は息を整える。顔を上げてみれば、そこからは町の全貌が見渡せるような視界が広がっていた。結構な高さを登ったからな、昔見た中学の屋上からの風景よりもずっと壮麗だ。
「そろそろ出発だね、太郎。僕らの高校生活はここから始まるわけだよ」
さとちゃんの瞳はドラゴンのあの赤い爛々とした瞳に負けないくらいに輝いていた。俺は貸してもらった手を支えにどうにか立ち上がって、その横に並んだ。心地いい風が頬を吹き抜けて、髪を揺らす。
「あぁ、そうだな。ここから始まるんだよな」
こちらに顔を向けるドラゴンにさとちゃんは「それじゃあ、よろしく!」と合図をする。すると横についた赤い翼が大きく羽ばたき、体がふわりと浮くのが感じられた。
「行こう、俺たちの学校に!」
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