地海千花は男の筈である   作:佐那木じゅうき

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希望の無い恋

 あの時ボクはそこに居て、誰かに手を引かれていた。

 

 少し強めに、早歩きで。何か大きな存在に。

 周りが白なのか、黒なのかも分からない。そんな空間で。

 

 これは多分、ボクの一番古い記憶だ。

 幼い時にそれをお父さんに言ったら、産まれた時の記憶が残っていたのだろうと言われた。

 

 なぜだか、素直に納得できなかった。

 今でも思い出せる、強烈に残っている不思議な記憶だったからなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 その日。

 讃州中学校3年のある教室での休憩時間、犬吠埼 風(いぬぼうさき ふう)は、丁度後ろの宇河原 広偉(うかわら ひろい)の机を挟み、互いの目線はスマホの画面のまま、いつものように机の主と駄弁っていた。

 

「ひろいー。アンタさ、今日も放課後勇者部来てよ。重い荷物があって大変なのよ」

「また人を便利屋みたいに。僕には僕の部活があるんだぜ? いや……無理無理。女子だけの空間に単身で飛び込むとか、もう無理だから」

「うどん」

「無理」

「2杯」

「……無理」

「3杯」

「仕方ない、仕事引き受けてやる」

 

「いやー、広偉アンタ見直したわ。ゴチになります係長!」

「……僕が払うのかよっ!」

 

 思わず広偉はスマホから目を逸し席を立つが、周りの生暖かい目線に気づいて、顔を赤くして座り直した。一応何を運ぶのかと風に聞くと、部員が飲むお茶とお菓子だという答えが返ってきたので、話を一方的に打ち切った。要はお茶汲みをしに来いという話だったのだ。重くも無いし荷物ですらない。広偉は粘る風を机から追い出し、教科書を出して授業の準備を始めた。

 広偉はからかうと結構真摯に反応をしてくれるので、風としてはいじり甲斐があるのだが、本人にこれを言う事は恐らくこれからも無いだろう。

 

 授業再開のチャイムが鳴り風は慌てて前に座り直し鞄の中身を探し始めた。広偉はそんな彼女のいつもと若干違う様子を眺めて、小さな違和感を覚えた。

 

「なぁ風。なにかあったのか?」

「え? ……何よ急に?」

 

「いや、無いなら良いんだけどさ」

 

 一瞬手を止めそう答えた風を見て疑惑は確信に変わる。昔から風を見て来た広偉であるが、それにしたって分かり易く動揺しているのだ。何かあるに違いない。

 授業が終わったら改めて聞こうと広偉はシャープペンの芯を出した。

 

 2人は、小学生の頃からの幼馴染であった。

 

 広偉は風の事が好きだった。しかし普段の振る舞いを見るに、彼女にとっての広偉は、ずっとただの幼馴染のままなのは明らかだと、そう彼は思っている。

 最近は風も広偉も自分の部活がそこそこ充実しているのもあって、会える時間も少なくなってきた。

 

 このまま疎遠になっていくのだろう。と、広偉は半ば諦めたように前を見て、マナーモードにし忘れたのであろう。携帯を慌てて取り出す風をボンヤリと眺めていた。

 

 

 

 

 そんな時だった。

 ふと気がつくと、世界から音が消えていた。

 

 夢心地にそう理解していただけだったが、目の前から風が居なくなっている事に気がついて、広偉は思わず立ち上がる。辺りを見回して停止している教師やクラスメイト達を確認し、そうして何かとてつもなく異常な事が起きていると、ようやく頭が認識を始めた。

 

 時間が止まっている。

 

 

「……風? 風!? どこだ!?」

 

 教室から唯一姿を消していた幼馴染の名前を呼ぶが、返事がない。

 スマホで連絡を試みようと懐から端末を取り出した所で、今度は更に信じられない事が起きる。

 

 今まで居た世界が崩壊し、何か狂気を孕んだような色合いの樹海が顔を覗かせたのだ。

 

 しかし何度も驚いていたら身が持たない。

 広偉はすぐに風に電話を掛けようと携帯を開くが、そこには全く覚えの無い画面が表示されていた。

 

「一体なんだって言うんだ……これデータ消えてないよなぁ……?」

 

 独り言を言いながらスマホを操作する。

 

 広偉にとって、どれもこれも見覚えの無いアプリだった。

 その中の1つに地図のような物があり、それをタップしようとした所で画面の真ん中に1つ、赤黒い花があしらわれたボタンが勝手に現れる。

 

 これは、押したら絶対にまずい気がする。

 本能的にそう捉えた広偉は画面を閉じるため、電源ボタンを押し──────

 

 

 その直前に、画面上のボタンが勝手に凹んだ。

 

 

 そう認識するや否や、身体が紫色の光に包まれる。

 着ていた服の感覚が急に無くなり、驚愕するのも束の間。両手に真黒の長手袋が現れ、片足には馬鹿みたいに大きくゴツい緑色のブーツ。和風なテイストがあり、しかしこれまたフリルがこれでもかと付いた膝上までのスカートが履かされ、上半身には女性の乳房が強調されたような胸当てが付けられた。頭にも何かが付いているが、それを確認する余裕は無い。

 何か決めポーズでもした方が良いのかと思う程の見事な早着替えであった。だがこれを着ているのは自分である。広偉はあまりの羞恥にこの世から消え去ってしまいたくなった。

 

「……死にたい」

 

 あまりのショックで、彼は自分の声すらも変わってしまっている事に気が付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この四国を守護している神樹様。その結界の中では既に戦いが繰り広げられていた。

 

「私は!勇者になる!!」

 

 結城 友奈(ゆうき ゆうな)は人類の敵であるバーテックスの身体に大きなダメージを与え、そう宣言する。

 戦いの流れは間違いなく私達勇者部の方に傾いている。風はそう確信して、傷が再生して行く敵から目を離さず、友奈と、妹の犬吠埼 樹(いぬぼうさき いつき)に声を掛けた。

 

「友奈!樹! バーテックスは回復するの!」

「そんな!風先輩、それじゃあどうやって倒せば良いんですか!?」

 

 敵から距離を取りながら友奈はそう叫ぶ。

 バーテックスが再び攻勢を仕掛けて来たのだ。勇者部の2人は、次々と飛んでくる攻撃を避けながら部長である風の言葉に耳を傾ける。

 

「慌てないで!ただ「封印」っていう特別な手順を踏む必要がある、のよ!」

 

 1.まずは敵の周囲を取り囲む。

 2.敵を抑えるための祝詞を唱え、封印する。

 3.封印され、剝き出しになった敵の御霊を破壊する

 

 以上の手順を共有し、3人は再びの攻勢に出た。

 祝詞は省略しても問題無かったりと若干のトラブルもあったが、何とか2の手順まで完了させる。展開が完了した結界の中で、御霊が露出したのを確認し風は胸を撫で下ろし、地面に表示された残り時間を確認する。

 

「ねえ、お姉ちゃん!地面にあるこの数字って!?」

「それは私達のパワー残量!これがゼロになると、もう封印できなくなるから気を付けて!」

 

 風の言葉に友奈が敵へ向かって突っ込む。しかし、拳を突き立ててもその御霊にはヒビも入らず、友奈は手を振りながら唸った。

 

「痛った~! 硬すぎるよ!!」

「友奈代わって!」

 

 風がその後を追い、御霊に大剣を突き立てる。

 しかし何度攻撃しても傷一つ入らない御霊に、風は内心焦りだす。

 

 ここで仕留められなければ、世界は終わるのだ。

 

 

「それなら、私の女子力を込めた渾身の一撃でぇぇえええ!!」

 

 風は動かないバーテックスを踏み台に、今度は高低差を利用した全力の女子力落とし(ふりおろし)を叩き込む。

 そうしてやっと御霊にヒビが走った。いや、ここまでやっても、ヒビの一つしか入らなかったのだ。

 

「枯れてる……!?」

 

 樹の言葉に、風はハッとして辺りを確認する。

 

 始まった。

 この世界で神樹の根が枯れていくと現実世界で悪い影響があると、風は大赦から聞いていた。

 不味い。そう思ったのは風だけでは無く、友奈は意を決してもう一度敵に飛び込んだ。

 

「はぁぁぁああああああ!!」

 

 これ以上ない程の渾身の突き。それによって御霊は大きくへしゃげる、だが────しかし、まだ壊れない。

 

 風は、もう一度御霊を攻撃する為に前に出る。しかし視界の隅に映り込んだ黒い何かを確認し、その態勢のまま静止した。

 

 誰?

 

 一瞬安全な所に置いて来た東郷なのかと思ったが、そうではない。黒い点は飛び上がり、流れるように空中で身体を捻ると、ひしゃげた御霊の表面へ、その右足を叩き込んだ。

 

 

 御霊はこれに耐え切れず、ついにその姿を霧散させたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 突如現れた知らない少女に、風は困惑していた。

 

 同い年……いや、年下だろうか? 勇者部ではない。知っている人間でもない。敵対する様子を見せない辺り、可能性があるならば大赦の人間なのだろうか。少しの沈黙が流れ、少女は口を開いた。

 

「兎に角無事で良かったよ……?」

 

 そう言って、少女は何かに気付いたのか、自分の服をぺたぺたと確かめ始め、自身の紫の長い髪の毛を両手で掴んで固まった。

 

「な、なんだこれー!?」

 

 ひょっとして、何かのネタを見せられているのだろうか?

 それに第一声がやけに親しげだった割にオドオドと、先程から少女の視線が所在なさげに動いている。恐らく変身してしまった事に気が付いていなかったのだろう。……場慣れしていない? もしかして一般人?

 風は息を呑み込んだ。

 

「私は犬吠埼風、讃州中学の3年生よ。貴方は?」

「ボクは……えっと……」

 

「ボクっ子だ」

「ボクっ子ですね」

 

 言い淀んでいる所を友奈と樹に茶々を入れられた少女は口を噤んでしまう。これでは話が聞けない。

 

「はいはい虐めないの!それで? 名前を教えてくれないかしら」

「いや……いい。さよなら」

 

 気を取り直して続きを促した矢先。少女はそう呟いて走り去ってしまった。

 

「えー……?」

「お姉ちゃん、あんな風に詰め寄られたらそりゃ怖いよ」

「風先輩、ドンマイです!」

 

「アンタらが揶揄うからでしょー!?」

 

 風が叫んで間もなく、神樹の結界が無くなっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 広偉は一心不乱に走っていた。

 

 自分の身体に何が起こったのか、それはつい先ほど嫌と言う程理解した。

 

 寧ろ何故気が付かなかったのか不思議な程だ。身体はやけに柔らかくなっているし、視界が低い。髪はうざったいほど伸びていて、意識してみれば下腹部にある筈のブツも無い。

 顔の造形すらも風の反応を見るに、明らかに別物になっている。

 

 言えるわけが無い。

 実は自分なんだと、ましてや風の前でなんて言える訳が無いのだ。

 

 走っていると、いつの間にか広偉は見慣れたアスファルトの上に立っていた。

 讃州中学の通学路、彼が毎日通っている場所だった。こんなコスプレを見られたら恥ずかしいと、広偉は慌てて路地裏に身を引っ込める。しかし、元に戻りたいと思ったところで、直ぐに変身が解けてくれたのでそれは杞憂だった。

 

 問題はここからだ。

 

 制服がやけにピチピチして苦しいと思ったら、胸に大きな膨らみが残っていたのだ。

 手足を確認すると、ズボンは丈が合わずダボダボになっているし、シャツはブカブカになっている。髪の毛も長ったらしいままだった。

 

 どうやら変身は完全に解けていないらしい。広偉はそう考え直しスマホを開くが、そこにはいつもの画面が広がっていて、友人から心配のメッセージが残っていた。

 なんでも自分と風は、あの教室から一瞬で姿を消したらしい。いや、しかし。そんな事よりも広偉には目下の重大な問題が圧し掛かっていた。

 

「ずっとこのまま? もしかして一生、ボクは……」

 

 堪らず、か細い声が漏れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、トボトボと自分の家に帰った広偉の下に、大赦の人間が現れた。

 聞いた話を要約すると、どうやら今回の件は、勇者システムとやらの、不具合の結果起きた事故だったらしい。

 

 身体が元に戻る事は無いと説明された広偉は、ただ、自分が自分である事を、誰にも知られたくない。と、それだけ言った。

 

 後日、自室に息を潜めていた広偉の下に大赦の人間が再び現れ、広偉は「原因不明の建造物の倒壊事故に巻き込まれて死んだ」と。大赦は学校にそう伝えたという説明を両親と受けた。被害者である広偉に最大限配慮し、希望を叶える様に動いたのだという。

 

 これから自分は「地海 千花(ちかい ちか)」として生きる事。

 以前の自分の繋がりを絶つ為、離れたアパートで一人暮らしを始める事。

 これらによって生じた費用やトラブルに関しては、大赦が全面的に支援する事。

 引き続き、勇者として戦う事。

 

 広偉はそれらに薄い反応を示し、大赦が帰った後にノロノロと実家から離れる為の引っ越しの準備を始めた。

 その途中、風と樹、それと自分が笑顔で居る写真を見つける。暫くそれを眺めていた広偉であったが、ついに捨てることが出来ず、段ボールの中にそれを大事にしまい込んだ。

 

 

 

 

 




オリ主くんちゃんの花は黒のチューリップ。

全10話です。
アニメを見返しながら書いていますが、設定等間違っていたら誤字報告を頂けると有難いです。
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