地海千花は男の筈である   作:佐那木じゅうき

2 / 4
明日も爽やかに

 東郷美森は、どうしようもない苛立ちに本日何度目かも分からないため息を吐いた。

 

 

 彼女は、友奈と同じクラスの讃州中学2年生であり、また社会的な奉仕を目的に活動している勇者部員の1人でもあった。

 

 しかし今日になって、突然神樹様の結界という場所に連れてこられ、勇者部は恐ろしい敵と戦う運命にあると聞かされたのだ。ただ運が悪かったと、「私達が当たりだった」とだけ言われて。

 

 いや、ここまでは良かった。

 風先輩からの謝罪は受けている。そも国の指令を受けて私達を集めていたのだから恨んでは居ないし、自分としても護国の為に働けるのは吝かではない。そして何より、親友の友奈がその状況を前向きに捉えていたからだ。

 

 それでは何故苛立ちを覚えているのか。

 それに彼女自身、心の整理が出来ずにいた。

 

 

 翌日、昼休みに友奈に車椅子を押して貰い2人はいつも通り勇者部に行き、部長である風に、バーテックスとは何か。勇者とは何か。何故戦うのかを教わった。

 

 まずバーテックス。

 神樹様を攻撃し、結界の破壊。そして人類の滅亡を目的に襲ってくる敵である。

 星座の数だけ存在し、全部で12体存在する。

 昨日倒した物で、残りは11体なのだという。

 

 次に勇者。

 人智を超えた強さを誇るバーテックスに対抗し神樹様の加護を得て戦う守護者達。

 勇者になるには適正という物が必要で、私達4人にはそれが高いレベルであるらしい。最も、これは適正の高い者を大赦の指令を受けて風が集めたのだから当然ではあったのだが。

 

 いつもと変わらない、軽い調子で説明を続ける風に美森の苛立ちは急に沸き立った。

 何故こんなに大事な事を黙っていたのか。いくらなんでも説明もなしに命を掛けた戦いに巻き込むのはおかしくないのか。頭の中がグルグルと周り、どうして良いのか分からずに美森は部室を去った。

 

 慌てて美森を追いかけてきた友奈は、落ち込む彼女を励まそうと一発芸のような物を始め、美森の苛立ちは、友奈に対する申し訳無さで、逆に気分を落ち込ませた。

 

「ありがとう」

「え?」

 

 唐突に言われた親友のその言葉に、思考がぶつ切りにされた。

 

「だって私の為に怒ってくれたんでしょ?東郷さん」

「違うの……友奈ちゃん」

 

 そう。違うのだ。

 謝ってくれた以上部長のことはもう恨んでいない。樹も友奈も前向きに捉えている。だからここまでは良かったのだ。

 

 友奈の顔を見ながら、美森は心を落ち着かせる。

 

 問題は……そう。

 ただ自分だけが恐怖に囚われ、戦う事すら出来なかった事にある。

 

 はっきり言って敵前逃亡。国の危機に、愛国者である筈の美森が行ったことは、自身が到底受け入れがたいものだった。売国奴と蔑まれても仕方ない愚行である。

 

 ……かはともかく。

 有り体に言って、美森は自己嫌悪に陥っていたのだ。

 

 友奈にその事を伝える事が出来、美森の心は少しだけ軽くなった。

 その事を友奈も感じ取ったのか、自分の事のように嬉しそうにしてくれる。本当に、勿体ないくらいの親友だと美森は思った。

 

「そういえば東郷さん、2年生にさ、こーんなに胸が大きくて私と同じくらいの背の子って居たっけ?……あ! とっても可愛い子なんだけど!」

「────。」

 

 なんだァ?その女……。

 美森は反射的にそう言ってしまう所を何とか抑え込んだ。

 

 

 

 

 

 

 一方犬吠埼風は、東郷美森にどうやって許してもらおうか、と授業中も構わず頭を悩ませていた。

 

 いつも相談相手になってくれる広偉は今日は何故か病欠だったし、今回は自分で考える必要がある。素直にひたすら謝罪するか、軽い感じで謝罪するか。土下座するか。いっそ東郷の好きそうな割腹をするか(?)。

 ……何をやっても許してもらえない気がする。

 

 友奈から、今日の部活は2人で休むと連絡を貰っている。

 今日1日でちゃんと謝る方法を考えておこうと風は切り替えて、そこでようやく教科書に意識を戻した。

 

 直後、終了のチャイムが鳴る。

 

「ありゃ」

 

 思わず出た間抜けな声は、幸いにも教師に聞かれなかったので良かったが、授業の内容が一片も頭に入っていないのは不味いと黒板に辛うじて残っていた内容をノートに書き写す。

 風としては今は勇者部としての活動に手一杯で、正直勉強に対するモチベーションは高くないのだが、今日は広偉が休みなのである。ノートの見返りにうどんをおごって貰うのも悪くない。と、風はこの親切に動機を見つけ、頬を緩めながら文字を連ねていった。

 

 そうして放課後の時間になった時、風達のクラスに突然担任と校長が教室の中に入ってきた。なんだと思っていると、後ろから大赦の人間までもが見えた。風は、私達の「お役目」の事を話すのだろうか、と。何となく考えた。

 

 騒がしくなっていた教室が静まり返り、校長先生が重々しく口を開いた。

 

「今日は、皆さんに悲しいお知らせを伝えに来ました」

 

 悲しい? 一体何の話なのだろうか。頭の中で最近の様々な出来事が浮かび上がる。ここまでの人たちが出てきてする話って? 嫌な予感が頭を過ぎったが、脳がそれを拒否するかのように強引に次の可能性を探り始める。そうだ、お役目だ。だけど別にお役目は悲しい話じゃ───────

 

 

 

 

 

「このクラスの宇河原広偉くんが、事故でお亡くなりになりました」

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 目の前から全ての色が無くなって、視界が何を写しているのかも分からなくなった。

 

 校長の話は続く。今日の朝に市街にある一つの電柱が老朽化なのか突然壊れ、偶々近くに居た広偉がそれに押し潰された事。その後病院に搬送され、今の今まで緊急手術を受けていたが、先程息を引き取った事。

 

 不意に、風は先日見た神樹が枯れていく光景を幻視した。

 違う、そんな偶然があるわけ無い。

 

 しかし首を振っても、あの光景が頭から離れない。

 

『神樹様を枯らしてしまうと、現実の何処かにも悪い影響が出るの。大惨事になったら大変なんだから、出来るだけ早く倒す必要があるのよ』

 今日の昼に自分が後輩たちに言った台詞だった。それをなぞると同時に、何故この場に大赦の人間がいるのかを悟った。悟ってしまった。

 

 嵌ってほしくないピースが埋まっていく。

 

 違う。違う、違う、違う!

 だって、そんなありえない程の偶然が起きる筈がない!

 

 風は半ばパニックになりながらも、事象の否定を試みる。

 つまり、つまりそれじゃあ電柱の内部が偶々、「あの時」に壊れて、これまた偶々、帰宅する広偉が通りかかった時に崩壊を始めて!たまたま!たmまたま、たまtたmまアイツの頭上に落ちたって事じゃないか!

 

 

 尚も話を続ける校長に構わず、風は突然立ち上がった。

 机がズレ、椅子が倒れる大きな音にクラスメイト達の視線が集まるが、風は構わず視線を後ろに居た大赦の人間に向け、言葉を絞り出す。

 

「私の……せい?」

「犬吠埼さん」

 

 担任の声が聞こえる。

 

「私が遅かったから……?」

「犬吠埼さん、落ち着きなさい」

 

 お前に聞いているんじゃない。

 

「ねえ、そうなんでしょ? ねえぇ!!?」

 

 何度問いかけても尚返答の無い大赦の人間に、風は詰め寄ろうと前に歩こうとする。

 しかし、何故か上手く足に力が入らない。やっとの思いで2歩進んだ所で風は床に倒れ込み、そのまま動けなくなった。

 

『たまたま私達が当たりだっただけ』

『選ばれる確率の方がずっと低かった』

『選ばれなければ誰にも言うつもりはなかった』

 

 

「…………ぅ……ぁ……ああ……あああっ」

 

 風は、自分が後輩たちに吐いた言葉がどんなに酷い物だったのか、それを実際にこれ以上無いほど体感し、完膚なきまでに打ちのめされたのだった。

 

 

 

「保健係は……犬吠埼さんと宇河原さんだったわね。校長先生。私が保健室まで連れていきますので」

「……分かりました」

 

 近くで誰かが何かを言っているが、最早それを聞きとる余裕すら無い。

 風は、保健室まで運ばれる道中で意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 その頃、犬吠埼樹は、部室で1人、姉を待ちながらタロットカードで占いに興じていた。

 放課後を過ぎても一向に現れない姉に、特に不審に思うこともなく、この占いが終わったら教室の方を見に行こうかと、カードをめくりながら考える。

 

 どうせ、また広偉さんと駄弁っているのだろう。

 

 広偉は、樹が幼い頃から姉の友達だった。その関係で、昔は両親の居ない私達のアパートに良く顔を出し、3人で一緒に遊んだりもしていたのだ。

 ようやく2人と同じ学校になったのに、広偉の方は部活動もクラスもまるで違うせいで、彼がたまに勇者部に顔を出した時にしかやりとりをしていない。

 

 お姉ちゃんは毎日広偉さんと楽しくお喋りをしているのに。

 

 自分だけ仲間はずれにされたような気がして、全然面白くない。最もこの学校に入ってから、樹は樹で友奈や美森、それにクラスの友達と一緒に遊んだりしているので普段は気にならないのだが、こうして1人になっていると、どうしても気持ちが沈んでしまうのだ。

 

 最後のカードをめくりあげ、さて教室に言ってみようと腰を起こした所で、樹は目の前のカードが空中に静止している事に気がついた。

 

「これって────うわぁ!」

 

 その状況を理解するや否や、現実は神樹の結界に書き換えられていく。

 連日の襲撃である。樹はとにかく他の3人と合流しようとスマホの地図を確かめた。

 

 それほど離れた位置には居ない事を確認した樹は、まず近くに居る姉の方に走り出そうとする。

 しかしアプリを閉じる直前。見慣れない名前が1つ、こちらに向かってきているのが見えた。

 

「えっと……地海千花……さん?」

 

 

 

 ❀

 

 

 

 「地海 千花」は、引っ越しの準備を終え、その後母親に連れられ日用品の買い物をしていた。

 

 母親としては、いつまでたってもボンヤリとしている千花の気分転換も兼ねていたのだが、何をやっても変わらない息子の反応に、女物を買い込むことで逆に彼女を追い込んでいるんじゃないかと心配になってきていた。

 これから家に帰ったら髪の洗い方や、下着の付け方を教えなくてはならないのだ。こんな事で明日からの新居への引っ越しが無事に終わるのか、と小さくため息をつく。

 

  一方の千花は夢見心地だった。これが現実逃避なのが心の中では理解出来ているのだが、身体と心が上手く結びついていないのか、自覚していても中々治らない。

 

 これは彼女の防衛本能である。

 

 一度で自分の人生の全てを失ったのだ。今の状況を自身が理解するのは心が耐えきれない。そんな状態に彼女はなっていて、受け入れるには時間が必要だった。

 寧ろ今、こうして買い物が出来るのが奇跡に近い精神状態であった。

 

 そんな彼女を唯一つなぎとめている物。それは犬吠埼風である。

 

 大赦から言われた「今後も勇者として戦ってほしい」という言葉に、千花は自分の生きる理由を見出していたのである。

 

 風とまだ一緒に居られる。

 彼女が危なくないように守ることが出来る。

 彼女の笑顔を少しでも見ることが出来る。

 

 

 しかし、それしか今の千花には無かったのだ。

 

 

 それから買い物を終えた千花は、母親の後をついて自宅への帰路についていた。

 空を飛んでいるカラスを何気なく見つめている、そんな時だった。

 

 大赦に新しく支給されたスマホからアラームが鳴り響くと同時に、カラスが空中に静止する。

 彼女はスマホに表示された「樹海化警報」の文字を見て、ようやく目を覚ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ、風は────」

 

 結界の中に入った事を確認した千花は、即座に地図を確認する。

 

 風の名前を見つけるが、道中に樹の名前が丁度表示されているのを見て、寄っていく事に決めた、千花は精霊といわれるハンペンみたいな形状をした生き物を呼び出し、ブーツを履いている右足を思い切り地面に叩き込む。そして空中で激しく流れる景色を無感動に眺めながら変身をする。

 

 どうやら、この靴が自分の武器らしい。

 

 風が持っていた大剣を思い出す。アレに比べて随分と扱いづらそうな武器だなと昨日は思っていたが、自分の特性が反映されている武器なのだろうか。今ではこれ以外考えられないほどに身体に馴染んでいた。

 

 そんな事を考えている間に目的地だ。

 

「ひえええええぇぇぇぇえ!?」

 

 樹の前に到着すると、彼女に酷く驚かれてしまった。

 ブレーキを掛けるタイミングが遅れて、たどり着く時の勢いが強すぎたのだ。

 

 自分の作ったボブスレーコースを見なかったことにして、千花は樹に声を掛けた。

 

「昨日はごめんね樹ちゃん。勝手に帰っちゃって」

「え? いや、それは気にしていないですけど……私の名前……」

「あー……地図に描いてあったからさ。改めて始めまして、ボクは千花。地海千花だ」

「ええと、犬吠埼樹です」

 

 千花は、樹のキョトンとした顔を改めて見る。

 最近は、大分疎遠になっていたからか、久々に見た彼女は随分と成長したように思える。まるで孫に会ったかのような心持ちになった千花は、思わず樹の頭を撫でてしまった。

 

「ええ!?しょ、初対面で頭を撫でますかぁ!?」

「あ、ごめん。思わず……まあけど、会ったのは2回目だしセーフって事にしといてよ」

 

 この人は何を言っているのだろう。と、樹は一周回って冷静になった。

 急に美人に眼前まで近寄られたせいで赤くなっていた顔の色が戻っていく。

 

「それより急がなきゃだろ? ボクの背に乗れよ。お姉さんの所に連れて行ってあげるからさ」

 

 樹には、その台詞が不審者の常套句のように聞こえた。

 

「まあ、乗りますけど……」

 

 ────しかし背に腹は変えられない。

 おずおずと自分より少しだけ大きい程度の千花の背中に覆いかぶさると、彼女は樹の足を持って立ち上がり。

 

「よし、しっかり捕まってろ、よ!」

 

 地面にめり込んだ足跡を残し、2人はその場から消え去った。




お読みいただいてありがとうございます。
評価、お気に入りもとても励みになります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。