地海千花は男の筈である   作:佐那木じゅうき

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私を信じて

 何時の記憶だったか。

 私はまだ小さい樹の手を引きながら、アイツと海沿いの道を歩いている。

 

『これは?』

『お守り。昨日ね、丁度売ってるとこに立ち寄ったからー……だから、あげるわ』

 

 

 ────ああ、そうだ。これは私達が小学6年生くらいの頃だった。

 

 目を合わせるのが気恥ずかしくて、なんとかそれだけ言った私は、顔を前に向ける。

 御守りは我ながら会心の出来だった。興が乗って、売り物だと言ってもバレないくらい丁寧に仕上げた物だった。

 

「風」

「なにー?気に入らなかったら返しなさいよ」

 

 なんでもないように、そう返す。

 学校からの帰り道を3人でブラブラと歩く下校の時間。夕日の暖かで力強い光が海面を照らしていて、何だか心地いい。波の音がゆっくりとした間隔で聞こえて来て、同じくらいの速度で時間が進んでいる。そんな時。

 

「返さないよ」

 

 不意に言われたその言葉に、私は思わず振り向いてしまう。

 視界に入れたアイツは、その御守りを自身のスポーツバックに括り付けているところだった。どうやら悪戦苦闘しているらしい。その様子に私は拍子抜けして、思わず笑ってしまう。

 

「ここまでしてやったんだから。明日の大会、予選敗退とかやったら許さないわよ」

「頑張ってね!広偉さん!」

 

 私と樹の言葉に、アイツは私達をちらりと見て困ったように笑みを浮かべた。

 

「ありがとう。……まあ、勝つつもりで行くけどね」

「けどってなによ?」

 

 返事は返って来ない。

 

 見るとようやく御守りを付け終わったタイミングだったのか、アイツはそれを持ち上げて、その後に。

 代わりにこんな事を聞いて来た。

 

「2人はさ、将来なりたい物って何かある?」

 

「え? そうね、特に考えた事も無かったけど……樹は?」

「えっと……分かんない、かも」

 

「僕も。なりたい物はまだ無い……だけど、やりたい事ならあるんだぜ」

 

「へぇ、それなに?」

「秘密」

 

 ここまで言っておいて答えないのか、と。私は文句を言うが、アイツはそれでも答えない。暫くそんなくだらない掛け合いが続いたけれど、なんだか面白くないので私は話題を戻すことにした。

 

「で? 実際調子はどうなのよ」

「そりゃもう、優勝出来るよ。絶対に」

 

 急に出てきた自信満々の言葉に、少し驚いた。

 普段はそういうキャラじゃなかったから。

 

「おおー……!」

「お、大きく出たわね……」

 

「そうかも。いや、どうだろう?」

 

 そう言うと、アイツは鞄を背負い直し、その場で小さく身体を縦に揺らした。

 プレゼントした御守りがソレに合わせて揺れて、それを見ていた私にアイツはへにゃと笑いかけてきた。

 

 

「だって、これで僕は無敵だし」

 

 その人はまるで私を包み込む、掴みどころの無い空のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん、居た!」

 

 地海千花が目的地に着地するやいなや、樹は高台の方に立っていた姉の方に駆け寄っていく。後に続く千花も風の無事に若干緊張が解れたが、彼女の近くまで行くとその様子が少しおかしい事に気がついた、何やら彼女はボサッとした様子で無感情に自分たちを見やっていたのだ。

 

 それは、まるで電池が切れたような様子で。

 

 

「お姉ちゃん……?」

 

 これには樹も困惑し、姉の目の前まで行って眼前で手を振ったり、彼女の両頬を横に伸ばしたりしてみるが、どれもこれも無反応。

 千花も、これはただ事では無いと思い彼女達に近寄ろうとしたが、しかし風の目が徐々に自分達を捉えて行くのに気が付いて足を止める。

 

「なに……樹? ……あ、それとアンタは昨日の!」

 

 夢から覚めたかのようにさっきまでの態度を霧散させた風は、いつもの威勢の良い声を上げて千花の事を指で差した。それに対して千花は、怪しまれぬよう初対面の体を崩さず彼女の調子を伺う。

 

「犬吠埼さん?……えっと、大丈夫?」

 

 隣りにいる樹がビクリと動いたので、横を見ると「えっ、私の時と対応全然違う……!?」と言いたげな顔で驚いていた。そういえば早く風に会いたいが為に樹に対してはかなり馴れ馴れしかったような気がするが。

 話の腰を折るわけにもいかないので構わずにいると、またもや風はすっとぼけた反応を返してきた。

 

「え、何が?」

 

 それはまるで寝起きのような態度であった。千花は力が抜け、素になりかけながらも再度声を掛けると、風は周囲を見回し始めた。

 

「えっと……あれ? 神樹様の結界? まさか……連日の襲撃!?」

「ええーっ!? お姉ちゃん今気づいたの!?」

 

 樹の心底驚いたような台詞に内心同調し、我に返った様子の風に事情を聞くと、どうやら先程まで本当に寝ていたらしい。

 え。学校で放課後に寝てたのか……?

 

 授業中に寝て、そのまま放課後過ぎまで放置されていた風の悲しい光景を思い浮かべていると、部室で待ちぼうけにされていたらしい樹に突進を受け、彼女は悲痛な声を上げていた。

 千花は彼女が何時もの風である事に安堵して、1人ため息をつく。そして一通りの騒ぎが終わり、風に促された千花は予め用意していた言葉を紡いでいった。

 

「ボクは千花。地海千花だよ。昨日は勝手に帰ってごめんね?」

 

 出来るだけ女の子らしくない範囲の、中性的な口調。

 丁寧に。一句も違えず千花は風にそう挨拶をした。

 

「大丈夫大丈夫!昨日はウチの後輩共がごめんなさいね? えっと……千花、ね。戦ってくれるって事で良いのよね」

 

「うん、ボクも戦うよ」

「そっかそっか、アンタ強いみたいだから頼りになるわ、私は風。犬吠埼風っていうの。よろしく!」

 

 風は屈託のない笑みでそう言った。そしてスマホを確かめると、両手で頬を何度か叩く。

 

「色々聞きたいこともあるんだけど……まず今は急いでバーテックスを片付ける! 二人共、友奈達と合流するわよ!」

 

 続けてそう言うと、こちらの返事も聞かず風は走り出す。

 千花は胸に何かチクリとした物を感じたが、慌てて樹と共にその後を追うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結城友奈が戦えない美森をその場に残し、敵の姿を確認出来る場所まで移動し終わったのと、風達3人が到着したのは、ほぼ同じタイミングだった。

 友奈はその中に昨日挨拶出来ず仕舞いだった千花が居るのに気付いたようだが、互いに挨拶をする余裕も無く、その場に居る全員が現れた敵の方を注視する。

 

 なにしろ、今回出現したバーテックスは1体だけでは無かったからだ。

 

 手前に2匹。

 蠍のような大きな尻尾を持つ敵。

 棒状の物が周囲に漂っている敵。

 

 後方に1匹

 大きな口のような敵。

 

 

「3体同時って!」

「こんな事もあるのか……」

「お姉ちゃん、どうしよう……」

 

 明らかに異常な事態、しかし風と友奈は臆する事無く前に走っていく。

 

「どうもこうも、やるしか無いわ! 先ずは手前の2匹から片付ける!」

「よーし!」

 

 千花もそれに続こうとしたが、後方に居る敵の一つが視界の端で妙な動きをしているのに気付いた。その青い口が大きく開かれ、何かがその中から出て来たのだ。

 それを見て、思わず右足を前に出したのは正解だった。その瞬く間に、敵から特大の黒い何かが飛んできて突き出した足の裏に突き当たったのだ。精霊の守りもあったが、上手く受けて大ダメージは避けられた。しかしそれでもその針の勢いは殺せず、千花は大きな衝撃に後ろに吹っ飛んだ。

 

『千花さん!』

 

 攻撃を見ていたのか、樹の声が耳に付いた端末から聞こえてくる。

 

「大丈夫、だ! 樹、風の所に行ってやれ!」

『は、はい!』

 

 動揺して思わず口調が元に戻ってしまった千花だったが、樹にそれだけ伝えると自分の後方を確認し、神樹の根に右足で着地する。そのまま足をバネにして急いで元居た場所まで戻ると、既に風と樹が敵の1体を封印している所だった。

 

 早まり過ぎじゃないか?

 

 

「風先輩!危ない!」

 

 そう考える間もなく、友奈が叫ぶ。

 蠍の方が、風にその大きな尻尾を叩きつけようとしている。それに気付いた時には手遅れだった。しかし友奈が何とかその振り下ろされる尻尾を横から殴り、軌道を変える。

 

『ごめん友奈!助かった──────』

「馬鹿!もう1回来る!!」

 

 千花は思わず怒鳴り蠍の方に一気に飛ぶと、その勢いのまま尻尾の根本を踵で叩き勢いを削ぐ。そこに間髪入れず友奈が飛び掛かり、その巨体を地面に叩きつけた。

 千花と友奈の視線が一致する。

 

「こっちはボク達で封印するぞ!」

「は……はい!やっちゃいましょう!」

 

 一刻も早く戦力を削ぐしか無い。

 そう考え封印を開始した2人だったが、再び樹の声が耳に入った。

 

「なんかいっぱい飛んできたあああ!!」

「んなっ」

 

 視界一杯。何か針のようなものが周囲一帯に降りかかろうとしていた。

 

 後ろの奴がさっきから攻撃してこなかったのはコレの準備の為だったのか、と。千花は歯を噛み回避を試みようとする。

 しかしその時、千花と友奈の頭上に針を遮るようにして天井が現れた。 

 

「同時に言い寄られても華麗に捌く!それがモテる女の────女子力だああぁぁあ!!」

 

 その天井は、風の巨大化させた大剣だった。

 剣はそのまま横に大きく薙ぎ払われ、向こうの敵から出ていた御霊は避ける間もなくその攻撃で砕け散った。

 

「流石風先輩!」

「……力技が過ぎるだろ!?」

「勝てばよかろうなのよ! ……後2体、急いで倒さないと!」

 

 風の言葉に3人はうなずいて、次に蠍の敵を処理しようとする。だが、それをまたしても針の雨が邪魔をする。1体やられて危機感でも抱いたのか、先程よりも激しく飛んでくる攻撃。風はそれを大剣で受けながら小さく舌打ちをした。これでは封印どころでは無いからだ。

 同時、千花は後方に鎮座している敵の方に駆け出した。

 

「ボクが行ってくる!3人はここでサソリを抑えておいてくれ!」

 

『え?これエビじゃ無いんですか!?』

『分かった!気を付けなさいよ千花!、後友奈!どう見てもサソリでしょこれは!』

『どっちでもいいよぉー!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 東郷美森は、彼女らの戦いを見て焦燥感に苛まれていた。

 自分も戦わないと。そう思うが身体が震えてあと一歩が踏み出せない。

 

 車椅子の肘掛けを、握りしめる。

 

 残る敵は後2体。勇者部の3人は手前の敵を抑え、その間に黒い衣装を身にまとった人が、先程から激しく攻撃を飛ばしている奥の敵に向かって物凄い勢いで迫っていく。

 このまま行けば勝てるのかも知れない。しかし、本当にその通り、全てが終わってしまったら? そこに自分の居場所はあるのだろうか?

 

 そんな所にまで思考が及んだ時、轟音が鳴り響いた。

 

「……あっ!」

 

 力を溜めていたのだろうか、樹のワイヤーで固定され動かなかった前方の蠍が、その大きな尾で自身の周りを薙ぎ払ったのだ。

 その後、3人を吹き飛ばした蠍は一番近くにいた友奈を宙に打ち上げ、間髪入れずに奥の敵が特大の針を飛ばして───────

 

 

 私は一体何をしていたのだろう。

 

 「お役目」をするのが怖い?

 バーテックスと戦うのが怖い?

 戦わないで居場所が無くなるのが怖い?

 

「友奈ちゃんを虐める奴は……許さない!!」

 

 

 親友が傷つくのに比べれば、そんな事。全く以てくだらない事だったのに。

 

 

 身体に青い衣装が現れる。

 手には小銃が現れ、使い方が頭の中に入ってくると同時、心が落ち着いていく。

 

 変身したからなのか、それとも覚悟が出来たのか。銃の引き金を引きながら、先ずは目の前の蠍を友奈から引き離すために銃撃をもう一丁出して連射する。

 そうして間もなく、ワイヤーが蠍に殺到し、大剣で叩きつけられた。

 

『戦ってくれるの東郷……?』

 

 耳に付いていた無線から、部長の声がする。

 東郷は風に部室での一件を謝罪する。するとその後間があって、再び彼女から通信が来た。

 

『私の方こそごめん……。それと東郷だけじゃない、友奈と樹も……』

 

 風は、自分達が勇者として選ばれる事は無いだろうと、どこかで思っていた。

 

 後輩たちに言わなかったのは、皆を無駄に不安がらせるだけだろうから。

 だがそれは彼女が問題から逃げて、先送りする為に作り出した理由に過ぎなかった。と風は表情を歪ませて吐き捨てる。

 たとえ「勇者候補」のまま終わったとしても、黙って皆の命を危険に晒していた事に変わりは無かったのだと、思いが口から零れ出る。

 

『お姉ちゃん……私は別に……!』

『そうそう!私だって気にしてませんよ!大丈夫、だって私達は困っている人を助ける勇者部ですから!』

『そう、私達は勇者部です。なのにその部長がしっかりしてないでどうするんですか?』

 

 

 

 

 

 風は良い後輩に恵まれたな、と。

 千花は残る1体のバーテックスに攻撃を与えながらも通信を聞いていた。

 

『……』

 

 地海千花となったあの日。

 彼女は「お役目」の内容に関して、大赦から説明を受けていた。

 

 各学校に勇者適正のある生徒を集め、選ばれた者が神樹様の加護の元、勇者として戦う。

 全12体のバーテックスを倒せばお役目は終わり。日常生活に戻る事が出来る。

 

 精神が不安定な自分に気を使ったのか、驚くほど簡潔に、淡々と告げられた「お役目」の内容。

 それに対して風は、恐怖で身体がすくんで動けなかった美森は勿論、樹や友奈と勇者部の皆を命を危険に晒してしまっていると本当に心苦しそうに言っていた。そして勇者部の面々はその言葉を受け止め、自分達は変わらず部長に着いていくと。そう応えていて。

 

 

 千花は「12体だけなのか」と戦いの前まで考えてしまっていた自分を蹴飛ばしたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから。

 

 戦いに参加した美森の援護射撃のお陰で、蠍の方を安全に封印した勇者部は、同刻残る1体のバーテックスを封印した千花から逃げるように移動を始めた御霊を、これまた美森が打ち抜いて、終わってみれば呆気なく、彼女らが会話をしている内にこの戦いは幕を下ろしていた。

 

 

 結城友奈は、昨日と同じように戦いの後転移していた学校の屋上の中、何となく周囲を見回した。その様子を見た樹がポツリと零す。

 

「やっぱり居ないですね……」

「うん。やっぱりこの学校の生徒じゃないのかなぁ」

 

 言いながらも友奈は彼女の姿を思い浮かべる。

 変身の影響か色素の薄い目。黒い勇者の衣装を身に纏っていて、右足にある大きな緑のブーツが印象に残っている。紫の長髪は腰まで伸びていて、見た目と反した荒い口調。

 もしかしたら風先輩より男っぽいかもと、若干失礼な事を考えながらふと隣を見ると、美森が自分の方をジットリとした目で見つめていた。

 

「地海千花さん。でしたっけ」

「東郷さんなんで名前知ってるの!?」

「マップに書いてあったよ友奈ちゃん」

「あ、そっか」

 

 そんな気の抜ける会話を聞きながら、風は何とはなしに開いた携帯のメール欄を見ながら頭を掻いた。

 

「結局何者なのか聞きそびれちゃったわね。大赦に聞いても返信来ないし……まぁ、また会えるでしょ」

 

 その後、彼女が何者であるのかの議論は、打ち上げに寄ったうどん屋に到着するまで続いていた。しかしその後に、風がいつもなら3杯以上は食べるうどんを、1杯目の途中で残すという異常事態が起きた。

 おまけにトイレにまで駆け込んだ彼女を心配する3人ではあったが、表面上風はなんでもないようにお昼に食べ過ぎたからだと言ってその場は解散になった。

 

しかしその原因について、樹だけはアパートに帰った後伝えられる事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地海千花は1人、気付けば自室の中で横になっていた。

 

 若干の自己嫌悪を抱えつつ、ノロノロと部屋を出て来ると、母親が既に帰宅していた所だった。

 自分の持っていた荷物まで持っている所をみて、千花は荷物を置いて行った事を謝ったが特に怒られることは無く、代わりに優し気な目で頭を撫でられた。

 

 それが、たまらなく嫌だった。

 

 自分の母親は、もっと自分の事をガサツに扱っていて。こんな悲しい顔で自分を慰めるなんて事は絶対にしなかったから。

 やっぱり、自分はもう別の人間(地海千花)になってしまったのだと。それがただ悲しかった。

 

「泣いてるの?広偉」

「泣いてない。ボク、今日はあっちに泊まるから」

 

 それだけなんとか言って、簡単な荷物を纏めた千花は、後方から聞こえる親の声を無視し夕刻家を出た。

 

 早歩きをすると、ゆさゆさと揺れる胸が妙に鬱陶しい。今は重たいリュックを背負って前後のバランスは取れているが、これじゃあ陸上部を続ける事も出来ないだろう。千花には、これからの日常生活を上手く過ごすビジョンがまるで浮かばなかった。

 

 

 半分現実逃避気味に、今日の事を思い出す。

 

 風と美森は、どうやら気まずい状況にあったらしい。

 聞けば、美森はどうやら風がバーテックスと戦う「お役目」の事を隠していた事に対し相当怒っていたようだ。正直、これが普通の反応だと千花は思った。

 千花も風が大赦からそんな指令を受けていたことを今の今まで知らず、昨日様子がおかしかったのはこれだったのかと内心腑に落ちた。

 

 しかし、そもそもこんな酷な事を中学生の風に実行させた大赦に千花は不信感を募らせた。国を守るための重要な「お役目」を大の大人が子供達だけに任せて、自分達は裏でコソコソと何かをやっているだけなのだ。不誠実にも程があるし、何でも抱え込む癖のある風を駒にしているのも卑怯で気に入らない。

 

 そして同じくらい、今までそれに気が付いてやれなかった自分の事も気に入らなかった。

 

 

「くしゅんっ」

 

 効き慣れないくしゃみが、部屋の中で空しく響く。

 

 千花は何もないアパートの中で、明後日からの転校の準備を1人自室でしていた。

 しかしそれも気晴らしにはならず、一向にモヤモヤが収まらない。そこで彼女は心の整理をする為に外でランニングをしようと立ち上がり、ジャージに袖を通す。走るにあたって胸が邪魔だが、スポーツブラで固定してやれば問題はなさそうだ。いざとなったら勇者姿で走ってやろうと靴紐を結ぶ。

 

 明日、両親が引っ越しの業者と一緒にこちらに来るらしい。その後には暫く顔もロクに見られないだろう。

 地花は、そんな大事な時間をこんな気持ちのまま過ごしたくなかったのだ。

 

 そして玄関近くに掛かっている見慣れた女子用の制服を横目に、彼女は部屋を1人飛び出していった。

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