地海千花は男の筈である   作:佐那木じゅうき

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日常回


貴方は偽れない

「地海です。家の事情があり引っ越して来ました。残り1年もない期間ではありますが、これからよろしくお願いします」

 

 新しい制服に身を包んだ地海千花は現在、先生に連れられて教壇に立っていた。

 

 そう言って頭を下げ、顔を上げる時にチラと風の方を見ると彼女はポカンと口を開けて固まっていた。

 なんだか千花は少し面白くなって、顔を上げた後小さく微笑んだ。同時、男子の方から少しどよめきが起きる。それに千花は何か変な行動を取ってしまったかと内心焦り、アタフタし始めた所で担任に声を掛けられた。

 

「地海さんはあの席ね。」

 

 そう言って指し示された場所が、以前自分が座っていた席だったのを見て、千花は一瞬動きを止めてしまう。

 

 自分の正体がバレたくない千花にとって、そこは最も座りたくない場所だったからだ。

 しかし考えてみれば丁度空いたばかりの席に転校生が案内されるのは当然であったので、千花は思い直しその席につくと間もなく授業が始まった。

 

 

 

 

 千花は、険しい表情で教科書に齧りつく。

 

 授業内容が、たった数日休んでいた程度で半分以上分からなくなっていたのだ。

 高校受験を控えた3年生。その上、広偉だった頃の千花はあまり頭が良い方では無かった。休む前はどこまで進んでいただろうか、と手元のノートを開いてもそこは真っ白のページが続いているだけ。以前自分が付けていたノートは家に置いてきてしまっていたし、ここでは広げられない。

 

 予習していなかった事を後悔しながら、ノートにガリガリと文字を刻んでいる時、前を座っていた風が後ろをチラと見て来たと思ったら何か紙きれを渡して来た。

 

【放課後付き合ってくれない?】

 

 開いた紙にはそれだけ書かれていた。

 千花はそれを見て、暫く考えてから了承の返事を書こうとしたが、ふと前の方で隣の席の友達とこそこそと楽しそうに何か話す風を見やって、思わず手が止まってしまった。

 

 ────ボクが死んでいるのに。

 

 そうだ、確か教室に入る前から風はクラスの友達となにかで盛り上がっていて、まるで何も起きていなかったみたいに笑っていて。

 今も、ボクなんて最初から居なかったみたいに笑っていて。

 

 

「……っ」

 

 千花は首を左右に振る。

 何でこんな事を考えているのかと、到底受け入れられない自身の昏い気持ちに無理矢理蓋をする。

 

 風に自分の死を悲しんで欲しかったのか?

 不幸になって欲しかったのか?

 

 違うだろ。と、千花は強く自戒しようとしたが、それでも湧き上がって来た悲しみにどうして良いのか分からなくなり、彼女は遂に返事を書くことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 犬吠埼風は、部室の天井を見上げながら思案顔で唸っていた。

 

「むー……むむむむむ……」

 

 放課後。

 少し遅れて部室に到着した友奈と美森は、その様子を見て顔を見合わせる。

 

「風先輩、どうしたんですか?」

「むむ……ん? あ、二人共。……いや実はね────」

 

 そう切り出して風は事情を説明した。

 

 地海千花が自分のクラスに転校して来た事。

 勇者としてのお役目を果たすために、彼女はこれから卒業まで讃州中学に通う事。

 そこで風は千花を勇者部に誘ったが、キッパリと断られてしまい、取りつく島も無い事。

 

 そこまで説明した所。友奈がその場で構えてシャドーボクシングのように拳を何度か突き出した。

 

「よーし、じゃあ今から皆で説得しに行きましょうよ!」

「一応聞くけど、肉体言語でじゃないわよね?」

 

 美森はその会話を横目に、自分の席に荷物を降ろし口元に手を当てる。

 

「でも、もう帰っちゃったんですよね?」

「うん。今日はもう逃げられちゃったし明日ね。お願いするわ」

 

 そう言った風であったが、対話自体を避けるようにそそくさと帰って行った千花の行動を思い返し、きっと一筋縄ではいかないだろうと感じていた。

 

 樹がまだ来ていないが、先に今日の活動を始めようと風は予定表を確認する。

 それで彼女は、今日が特に予定の無い日だった事に気が付いた。依頼自体はぼちぼち入っているが緊急の物は無く、幼稚園等の訪問も一番近くて一週間後な上に準備はリハーサルを残してほぼ終わっていたのだ。

 

 結果、部室のテーブルにお茶を並べて3人はお喋りをしながら各々見つけて来た雑務をこなしていた。

 その合間。友奈と美森は普段通りに過ごしている風の様子を見て、ホッとしたような表情を浮かべる。先日、彼女の幼馴染が死んでしまった事を樹から聞いていたのだ。

 

 ちょくちょくこの部室にも顔を出していた男子生徒。

 宇河原広偉と風は傍目から見てかなり親密な仲に見えた。だからその存在を失った風は表面上は何でもなくても、きっと深い心の傷を負っているのだろう。

 

 話し合った部員たちは、彼女が折り合いを付けるまでこの件に触れない事にした。

 

 そうして、それぞれの精霊の話や学校の行事や日程の話。会話の話題は移りに移り変わり、そうして樹が部室に顔を出した頃には、また千花の話に戻っていた。

 

「それにしても3年生の途中から転校して来るなんて、千花さんも大変ですね」

「ん……そうね。離れた場所に住んでいたら他の勇者と連携が取れないからウチの学校に来たらしいんだけど……ん? それなら勇者部に入らないっておかしくない!?」

 

「何か言ったんじゃないですか?風先輩ですし」

「うっ、東郷私に冷たくない?」

 

「だって、私まだあの件完全には許してないですから」

 

 その言葉に風の表情がピタリと固まる。

 

「え……?てっきり許してくれたと……思ってたんだけど……」

 

 その風の言葉を真顔で聞いていた東郷。

 しかしおもむろに自分の鞄から何枚かの紙を取り出すと、美森は表情を崩して悪戯っぽく笑った。

 

 冗談だったらしい。

 一緒に風の心配をしていた他の2人は最初からそれが冗談だと分かっていたのだが、半分本音も混ざって居そうだと風は苦笑いを浮かべた。

 

 友奈はそんな2人の様子に樹とオロオロしていたが、話題を変えようと美森の持っている紙に視線を移した。どうやら映画のチケットのようだ。

 美森はその視線に気づいたのか皆にそのチケットを配っていく。

 

「今日、これ皆で見に行ってくれたら許してあげますから」

「え、ホント!? 観に行く観に行く! どんな映画な……の?」

 

 言いながら美森からチケットを受け取った風は、それに印刷された絵を見て固まった。

 ます目に飛び込んでくるのはチケットのスペースいっぱいを覆いつくす血飛沫だ。その中央にはボロボロの戦艦のような物の上に立って居る肌が青黒い黒髪の女。極めつけにおどろおどろしいフォントの映画タイトルがデカデカと張り付けられていて……。

 

「はい、ホラー映画のチケットです」

「────え?……ちょっと待ってコレ滅茶苦茶怖いって話題のやつじゃないの!?」

 

 風はそのイラストのせいで失神しかけたが何とか持ち直し、美森に抗議の声を上げる。しかし彼女はその言葉を涼しい顔で受け止めスルー。どんな映画かを友奈に説明し出したのを見て、風は顔を青くする。

 

 控えめに言って、風はホラー物が死ぬほど苦手だったのだ。

 

「いやー……映画館って電車で行くんでしょ?いくら今日の授業が皆早く終わったからって……今からだと少し遅くない? ね? 今日金曜だし、明日にしないかいですはい?」

「語尾がめちゃくちゃになってるよお姉ちゃん……」

 

 退路を確保しなくては。

 風は直ぐに部室を見渡し、出口までの最短距離を見極める。そして逃走を始める為動き出そうと立ち上がった矢先。何者かに後ろから羽交い絞めにされた。振り返ると申し訳なさそうにしている友奈だった。

 それに合わせて樹も席を立ち、美森と下校の準備を始めだした。どうやら打合せ済だったらしい。

 

「い、樹の裏切り者ーっ!」

「お姉ちゃんごめんね……ふふっ」

 

 そう言って申し訳なさの欠片も感じない態度で樹にあしらわれた風は絶望し、苦し紛れに美森の方を向くが、そこには今までで一番良い笑顔を浮かべている彼女が居た。

 

「日本男児たるもの自分の最期は潔く受け入れて下さい」

「私死んじゃうの!? いや、というか私男児じゃないから違っ嫌、イヤ!勘弁してください!!最期迎えちゃうから!ホントに迎えちゃうからぁーー!!」

 

「大丈夫だよ風先輩。世の中には辛いことがたくさんあるけど……それに打ち勝つことでも溢れているんだから……!!」

 

 打ち勝つ必要があるのか。そもそも何が大丈夫なのか。

 友奈の急にスケールの大きくなった既視感のある言葉を聞きながら風は駅まで引きずられて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地海千花は、学校からの帰り道にドラックストアに寄ってから自宅に到着していた。

 

 汗臭いシャツを脱いでそのまま洗濯機に放り込むと、真新しい冷蔵庫に買ってきた大量のお茶のペットボトルを詰め込み始めたその途中。はたと手を止め、ゴウンゴウンと動いている洗濯機に目をやった。

 

 今洗濯機に入っていたのは、自分の持っている服の全部では無かっただろうか。

 

 千花は夕飯を買っていなかった。

 それは彼女が今日の所は外食で済まそうと思っていたからで。つまり今、着ていく服の無い自分は飯抜きの危機に瀕しているのだ。

 

 それに気付いた千花はアタフタと持ち込んでから未だ開封されていない段ボールの中を検めたが、やはり着替えが無い。ジャージも洗濯機の中だし、今まで着ていた男物も一切持ち込んではいなかった。

 そうして部屋の中を探し回って。それからふと、制服の替えがあった事に気が付いて一人赤面した。

 

 シャワーを浴びた後、部屋の中で新しい制服に袖を通しながら千花は考える。

 

 今のままだと服が少なすぎる。

 ウッカリしているとこの先頻発しそうな由々しき事態。ジャージの替えぐらいは買っておかないとこの先やっていけない。

 

 そう考えた千花は、近くの服屋に行くために再び靴を履いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、犬吠埼樹と勇者部の面々は近くの駅に向かっていた。

 

「あ…ああ……ああ……」

「風先輩大丈夫ですか?」

「これが大丈夫に見えるワケ!?」

「元気じゃないですか」

 

 前の方で風が友奈に腕をがっちりと捕まれて項垂れて歩いているのを見ながら、樹は先日の事を思い出す。

 「あの日」から家の中でも外でも、何もなかったように振る舞う姉の空元気に、何か気分転換をさせてあげたいと言い出したのは自分だった。

 そこから美森が何やらアドレナリンを出すと良いと言いだし、その後の謎のアドレナリン推しに友奈もそれに乗っかり、じゃあどうしたら風にアドレナリンを出させる事が出来るかとなった時に、樹はふと姉がホラーの類が大嫌いだったと思い出したのだ。

 そこから、あれよこれよと話が進み現在に至っているのだが、姉のあまりの拒否反応の大きさに樹は苦笑いする。

 

 風は知らないが、結局映画は見に行かない事になっていた。

 

 学校から出てすぐ、美森からスマホにこれじゃ逆効果だから中止にしようというメッセージが飛んできて、駅前まで行った後はお茶をして解散する運びになっていたのだ。

 そろそろ駅が見えてくる。さて姉にネタばらしをしようと樹が風に声を掛けようとしたその時、樹は前方に見覚えのある少女が歩いているのに気が付いた。

 

「あれって……」

「あ、千花さんだ。おーい!チカせんぱーい!!」

 

 友奈もそれに気付き、大きく手を振りながら遠くの千花に呼びかける。

 しかし彼女は聞こえなかったのか、紫色の髪をたなびかせてそのまま曲がり角に入って行ってしまった。

 

「ね、ね、皆で千花を追いかけない!?」

 

 それを見て、映画から逃げたい風が即座にそう提案した。

 対して残りの3人は微妙な顔をするが、元々映画にはもう行かないつもりだったのだ。こうして一行の目的が、千花の尾行に切り替わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地海千花は、げんなりとした表情で鏡の付いた個室に佇んでいた。

 

 眼前の良く分からないワンピースを着せられた自分の姿に、どうしてこうなったと問いかけても返答は無い。しかしその代わり、背後のカーテンが開けられて友奈と風が顔を出して来た。

 

「わぁ!凄く似合ってますよ千花先輩!」

「フフ……また私の女子力が炸裂してしまったわ」

「うん、炸裂したよね。しょうもない悪意が」

 

 そう返しても笑いを堪えるのを止めない風はさておいて、それとは対照的に本当に似合っていると思ってそうな友奈に千花は内心戦慄する。

 そんなやり取りをしていると後ろから今度は東郷が顔を出した。

 

「ねえ、これなんかどうかな友奈ちゃん?」

「あの、せめてボクに問いかけてよ?」

 

「絶対可愛いよ!ね、風先輩」

「いいわね!じゃあ次はそれにしましょ!」

 

「か、勝手に話が進んでいく……」

 

 

 ジャージを買いに行った筈の千花は現在、勇者部の着せ替え人形にされていた。

 

 本当に、何故こうなったのか。

 千花はただあの時、このアパレルショップの隣にあるスポーツ品店でジャージを選んでいた。しかし、いつの間にか背後に例の4人が立っていて(一名は座っているのだが)、そこで正直に買ったジャージを私服に使うと言ってしまったのが良くなかった。

 

 親切心なのか、面白がっているのか。……まあこの店に引っ張り込まれてキャッキャと服を着せ替えられている現状。ほぼ後者なのだろうと千花は死んだ目で東郷の持ってきた服を受け取ってカーテンを閉めた。

 

「……なん、で、ボクはこんな事してるん、だ」

 

 今度は中々着るのが難しい。そうぼやきながらファスナーを上げるのに悪戦苦闘している時、今まで無音だった店内にやたらポップなBGMが流れ出した。

 なんだとカーテンから顔だけだして様子を見ると、服の棚が片付けられたのか眼前に小さな広場が出来ていた。そして左手前には東郷がマイクの置かれたテーブルの前に座っていて、何故か残りの面々は見当たらない。

 

 嫌な予感がする。

 

 そう考えた時には、あまりにも遅かった。

 東郷はおもむろに自分のスマホを取り出し、何やら仰々しいファンファーレをスピーカーで流してから一言こう言った。

 

『これより第一回、おしゃれ番長大集合!?勇者部コーディネート大会を開催します。実況はこの私、東郷美森でお送りします』

「なんだこれ……? なんだこれ……いやおい、店に迷惑だろ!?」

 

 突如開催された訳の分からない大会に思わず面食らった千花は、慌てて周囲からさっきまで店内に居た店長の姿を探す。そして見つけた、東郷の真横の席に。

 

『また今回は特別ゲストとして解説の店長さんに来ていただきました。よろしくお願いします』

『よろしくお願いします』

「それで良いの店長!?コレ営業妨害じゃん!!」

 

 千花がそう言うと店長は仏頂面のまま右手を拳にして上げ、勢い良くサムズアップした。

 

『なお、今大会は店長さんの全面的な支援を受け開催されています』

『おじさん、若い女の子を眺めるの大好きだからオッケーです。あ、間違えた。若い女の子がウチの服を着てくれるのはとても参考になります』

「誰かコイツを警察に突き出してくれ!!」

 

 千花の叫びは当然のようにスルーされた。

 

 

「ぐうぅ……!!」

「ね、千花。この大会で優勝した服はくれるらしいしやってみましょうよ」

 

 その台詞に隣を見ると、丁度服選びの最中らしい風が横からそう言ってきた。

 

「────タダで貰えるの?」

「────そう。全部買えば数万はするこれらが無料で手に入っちゃうのよ? やるっきゃないでしょ?」

 

 確かに。続く風の言葉に千花はそう思った。

 

 しかしこんな事をして店になんのメリットがあるのだろうか、と彼女は考えたが、先程の店長の言葉を思い出して、すぐにそれ以上の事を考えるのをやめた。

 ……さて、そうなると俄然やる気になってきた千花である。

 

「ふん、それで? 最初はどれを着れば良いの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 斯くして大会は始まった。

 

 讃州中学勇者部が精鋭3名。

 この大会に望むため、彼女らは日頃から心血を注いで努力を積み重ねてきた……訳ではないが、それなりに真剣に選んできた衣類の入ったカゴを手に下げ、店から流れ始めたプロレスの入場曲と共に広場に集まった。

 

 千花はそれに死んだ目でそれぞれのカゴを受け取って試着室の中に身体を引っ込めて少しの後、外から見えるように手を上げた。

 

『さて、トップバッターは犬吠埼風選手です』

『どのような装いを見せてくれるのか楽しみですね』

 

 その合図を聞いた後、千花はカーテンを勢いよく開けてその全体像を店内に現した。

 この元男、ノリノリである。

 

 直後、感嘆の言葉が店内にポツポツと上がる。

 違和感に気づいた千花が周囲を見ると、なんと知らない顔が沢山こちらを見ているではないか。どうやら一般の観客まで集まっていたらしい。千花は自動的に死にたくなった。

 

 しかし風が奥に引っ込もうとする千花を掴んで、一つ一つ使った商品を解説しはじめる。

 ここで千花は店の狙いに気付いたし、風に嵌められた事にも気が付いた。要は体の良い実演販売だったのだ。

 

「後で覚えておけよ風……!!」

「えー? 服なんて見てもらってナンボじゃない。それに似合ってるわよ千花!」

 

 そう、そこそこ似合っていたのだ。千花はそれに尚更ムカついた。

 しかし彼女の羞恥心など知らんとばかりに大会は進行していく。

 

『犬吠埼風さん、この衣装のテーマは?』

「はい! 冬の雪解け、春の訪れをイメージしました!」

 

「凄い、言ってること意味不明だしそもそも今は夏だけど似合ってるよお姉ちゃん!」

「これは強敵だ……!」

 

『これは早速優勝候補が出てしまいました!休日に都会でショッピングを楽しむお嬢様といった所でしょうか。解説の店長さんはいかがですか』

『はい。落ち着いた色で纏めながらも、各所に散りばめられたアイテムの色が良い調和をもたらしていると思います。これからの夏にとても合っている良いコーディネートですね』

 

「ま、マトモに解説してる……」

 

 樹がそう呟いていて、千花は一瞬自分の口が滑ったのかと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 大会は滞りなく進み、結局風の優勝という形で幕を下ろした。

 

 地海千花は今日で何か大切なものを沢山失ってしまったような気がしたが、お高い服がタダで貰えたのでまあ良いかと何とかギリギリ吹っ切る事が出来た。

 

 そして、日も暮れた帰り道。丁度信号の前で5人は青になるのを待っていた。

 

「ねえ千花ー、機嫌直してよ」

「そう簡単に治るか、ボクがどんなに恥ずかしかったか……」

 

「けど千花さん、最後の方ノリノリだったよね」

「そうだよね!あー楽しかった!」

「あのなあ────」

 

 千花は勇者部の身勝手な言い分に言葉を続けようとするが、ふと自分が、自然に彼女らの会話の輪に入れている事に気が付いた。

 

「千花?どしたの」

 

 いつの間にか、気を張って繕おうとしていた事を忘れて自然体になれていた自分。

 この変化は前向きに捉えても良いのかも知れない。そう考えながら風の顔を見ていると、自然と言葉が零れ出ていた。

 

「……考えとく」

「何が?」

 

 その時、信号が青になった。

 彼女らが渡り、1人だけその場に残った千花は言葉を続ける。

 

「勇者部に入るの! ……考えとくだけだからな! じゃあボク、家はこっちだから!」

 

「……!! そっか、じゃーまた来週ねっ!千花!」

「いつでも部室に来てくださいね」

「千花さん、またお喋り出来ると嬉しいですっ!」

「チカ先輩!また遊びましょーね!」

 

 

 

「うん、またね……!」

 

 ようやく、地海千花としての日常が始まった。

 

 千花は勇者部の面々に手を振り返しながら、夜の帳が下りる中、1人ふとそんな気分になった。

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