穢れた聖杯《改訂版》   作:後藤陸将

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改訂前とこちらはあまり変更はありません。


英霊召喚

 草木も眠る丑三つ時、雁夜とゴルゴは円蔵山にて召喚の準備を進めていた。

「よし……これで召喚の陣は準備できたな」

 鶏の血で刻まれた召喚陣を見て雁夜は汗を拭き、周辺の様子を伺っている連れの男に顔を向けた。

「Mr.東郷。準備は完了した。後は召喚をするだけだ」

「…………」

 ゴルゴは召喚陣を一瞥し、周囲を再度確認した後、ここまで運んできたアタッシュケースを開く。そしてその中から包みを取り出した。

「これが、今回お前が使う聖遺物だ……」

 包みを渡された雁夜は、それを慎重に開けていく。包みを開けると、中には古ぼけた一枚の紙が入っていた。よく見ると、何か書いてあるようだ。だが、これまで雁夜は召喚する英霊のクラスも真名も知らされていなかったため、これがどんな英霊の縁の品なのか推察することはできなかった。

「Mr.東郷。これはどんな英霊の縁の品なんだ?」

「……説明は召喚が成功した時にする。まだ、この聖遺物を本物だと確定することはできてはいないからな……」

 ゴルゴは雁夜の質問には答えず、M-16を構えたまま近くの木にもたれかかった。雁夜も彼のプロとしての実績を信頼していたため、それ以上の追及はせずに召喚陣の前に立った。

 

 召喚陣の前に立ち、雁夜は静かに息を吐いた。

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公」

 魔術回路が起動し、雁夜の全身が炉となって召喚陣に魔力供給を始める。

「降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 召喚陣に光が灯る。風が巻き上がり、まるで召喚陣そのものが生きているかのように感じられる。

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ満たされる刻を破却する」

 次第に大きくなる召喚陣の鳴動をゴルゴは眉一つ動かさずに見つめ続けていた。彼にとってはこの高度な魔術的な儀式などはどうでもいい。ただ、彼の望む計画通りにことが進められるかどうか。それにしか彼には感心はないのだ。

「――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 満月の夜、燃え盛る焔のように周囲を照らす召喚陣の前で雁夜は己の意志を誇示する狼のように吼えた。

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!」

 

 召喚陣から溢れ出した光は地方都市のはずれにある山中を昼の如く明るく照らし出す。その光はどこか神々しく、神秘的な光で、英霊の召喚という奇跡を体現しているようであった。

 奇跡の光を前に思わず感嘆する雁夜に対し、その傍らで召喚を見守るゴルゴの表情は全く変わらない。ゴルゴは神秘的な召喚そのものには全く目もくれず、光の中に顕現した人間の影だけを見据えていた。

 目の前の光景に見とれていた雁夜だが、光が収まるにつれて我に帰る。同時に全身からエネルギーが吸い上げられ、まるでフルマラソンを完走したかのような疲労に襲われた雁夜はその場に立つこともままならずに倒れこんでしまう。

「あら……貴方が私のマスターかしら。召喚の儀式の魔力消費にも耐えられない未熟者が、よくもまぁこんな戦争に参加しようと思ったものね」

 魔力消費に耐えかねて倒れてしまった雁夜だが、意識ははっきりしていた。目も、耳も、鼻も舌も全て正常だ。だから彼は自身に向けられた妖艶な雰囲気を漂わせる女の声音をはっきりと聞いていた。

 身体に力を籠めて何とか上体を起こし、目の前に顕れたサーヴァントを見据える。

「もう一度、問うわ……貴方が私のマスターであってるかしら?」

 目の前にいたのは黒衣を纏った女性だった。フードで顔は見えないが、その雰囲気からして若い女性であることは間違いないだろう。

「ああ、俺――間桐雁夜があんたを招いたマスターだ。それで貴女は誰だ?」

 雁夜は己の右手の甲に刻まれた令呪を見せ、己がマスターであることを目の前の女に示す。

「確かに貴方がマスターということは事実みたいね。……けれど、そこにいる男は何者かしら?私は敵か味方か分からない男を前に自身の情報を口にするほど自身過剰ではないし、愚かでもないわ。相手がこれほどの実力者なら尚更よ」

 女のフード越しの視線が自身の協力者に向いていることを雁夜は察した。サーヴァントがはっきりと窺い知れるほどの警戒をしていることも分かる。まさか英霊として祭り上げられた歴史上の英雄が実力者と評し、隠しもしないほどに警戒するとは……ゴルゴ13という男はそれほどに規格外な存在らしい。

「彼は俺が雇った協力者だ……俺がこの戦争に参加する事情も全て知っている。警戒しないでほしい」

 女は探るような視線を雁夜におくり、溜息をついた。

「……分かったわ。あの男は貴方の味方ということね。けれど、私のような英霊を最弱のクラスで呼び出すだなんて……しかも召喚一つで疲労困憊なほどの腕前で。マスターは自殺志願者かしら?」

 

 雁夜は女の言葉を否定することはできなかった。魔力供給ですら事欠くことが予想される実力で聖杯戦争に参加したことは事実であり、実際彼を雇えなければ勝機は0だったに違いない。最悪の場合は臓硯の刻印虫にすら頼らざるを得なかったかもしれないのだから。

 ただ、悲惨な自身の実力よりも気にしなければならないことがある。最弱のクラス――先ほど女は確かにそう言った。聖杯戦争において最弱と呼ばれるクラスと言えば、一つしかない。

「俺は自殺志願者ではない。勝つために貴女を呼んだ……して、貴女は魔術師(キャスター)か?」

 

 魔術師(キャスター)。聖杯戦争においてこのクラスにはランクにしてA以上の魔術を行使することができる英霊が選ばれる。クラス特性として陣地作成と道具作成スキルを持つため、彼らが作成した陣地の中においては彼らは7つのクラスの中でも最強クラスと言ってもいい。

 そもそも、魔術師の工房――陣地というものは、外敵の侵入を妨げる要塞というよりは、侵入者を確実に排除する迷宮という性格が強い。現代の魔術師の工房でさえ、工房の主とそれ以上の実力者でなければ突破は不可能だ。英霊として謳われるほどの魔術師の工房となれば、そこは正に難攻不落の大迷宮だ。ゴキブリホイホイに入り込むゴキブリのように侵入者は確実に排除される。

 だが、これほどの能力を持つクラスにも関わらず、冬木の地で行われる聖杯戦争において魔術師(キャスター)は最弱と称されている。勿論、これにはしっかりとした理由がある。

 実は、聖杯戦争に参加するサーヴァントの中で、魔術師(キャスター)を除いた6騎の内4騎、剣士(セイバー)槍兵(ランサー)弓兵(アーチャー)の三騎士と騎乗兵(ライダー)にはクラス特性として、対魔力というスキルがあるのだ。

 これは一定のランク以下の魔術を無効化し、一定のランク以上の魔術でもその威力を軽減するというものである。対魔力Aとなると、Aランク以上の魔術でなければ傷一つつけられないことになる。如何に魔術師(キャスター)であってもAランク以上の魔術だけしか使えない状態になれば不利は免れない。

 ルールからして不利なサーヴァントであるが、雁夜はこの魔術師(キャスター)というクラスに付けられた制約は意図されたものであると考えている。何故なら、魔術師(キャスター)のサーヴァントは聖杯戦争の期間中に限り、地上最高の魔術師だからだ。

 呼ばれる英霊次第だが、神代の魔術師であれば聖杯戦争のシステムそのものに手を出すこともできる可能性がある。ゲームマスターである始まりの御三家を差し置いて聖杯戦争のシステムそのものをハッキングされ、ルールもボードも全てを乗っ取られるということは御三家も避けたかったのだろう。

 故に魔術師(キャスター)のクラスの天敵となりうる能力を残りの4騎の内、3騎にも付与することで弱体化を図ったのだろう。自身の家以外が聖杯を手にすることを頑ななまでに拒もうとする御三家ならばやりそうなことだと雁夜は思っている。

 

 女は雁夜の問いかけにフードの下で妖艶な笑みを浮かべながら答えた。

「ええ。私は魔術師(キャスター)のサーヴァントよ。よろしくね、マスター」

 その何気ない仕草から雁夜はどこか気品を伴った――まるで御伽噺に出てくるお姫様のような色香を感じた。

「でも……自殺志願者でもなければどうして貴方はよりにもよって私を召喚したのかしら?能力の無いマスターが私を呼ぶ……それだけで自殺行為ということは分かっていたはずよ?わざわざこんな触媒まで用意していたのだから、まさか私が呼ばれるとは思わなかった……なんて言わないでしょうね?」

「重ねて言うが、俺は自殺志願者ではない……はずだ。まぁ、俺も貴女が誰かということは知らないんだが。触媒を用意してくれたのは俺の協力者の方で、俺はその触媒がなんなのかすら教えてもらっていないんだ」

 困った様子で答える雁夜に対し、キャスターは疑念を含んだ視線を向けた。だが、結局雁夜の言葉に嘘はないと判断したのだろう、雁夜から視線を外し、彼女はゴルゴに向き直った。その視線は、先ほどまでよりも鋭いものとなっていた。

「どういうことかしら?まさか貴方はこの聖遺物が私の縁の品であることを知らなかったわけではないでしょう?」

「……これが本物の聖遺物であるという確証が取れない以上、何が召喚されるかを話しても無駄だと判断しただけだ」

「本当にそれだけなのでしょうね……貴方には何か別の意図があったのではなくって?」

 キャスターはゴルゴに対し、最大限の警戒をしていたと言ってもいい。彼女は自身のマスターがこの男の傀儡ではないかという疑念を抱いていたのである。生前、信じた男性に利用された挙句に裏切られた経験があるキャスターは自己の利益のために他人をいいように利用する類の男を憎悪していた。

 だが、今にも魔術を行使しそうなほどに警戒感を顕にしているキャスターに対し、ゴルゴは全く動じてはいなかった。

「……俺は依頼を遂行すべく雇われたにすぎず、聖杯にもこの戦争にも興味はない。俺は依頼人であるこの男を聖杯戦争の勝利者とすること以外は考えていない。そして、お前を召喚したのもこの男の依頼の遂行のためだ」

「ふふふ……聖杯戦争に勝ち残るために私を呼んだというの?なら、一体貴方は伝承でしか知らない私の何処を判断して聖杯戦争の勝利に必要だと判断したのかしら?」

 ゴルゴはキャスターから発せられている威圧感などどこ吹く風といった態度を崩さずに口を開いた。

「……最初から召喚させるサーヴァントは魔術師(キャスター)以外の選択肢はなかった。まず、剣士(セイバー)槍兵(ランサー)弓兵(アーチャー)の三騎士はその基礎能力の高さから競争率が高い。この戦いを見据えて何十年も前から準備を進めている始まりの御三家は、おそらくこの三騎士の何れかに強い適正を持つ大英雄縁の品を既に入手しているに違いないからな」

 これまで自身にも明かされてこなかったゴルゴの戦略に雁夜も耳を傾ける。

「同じクラスの枠を取り合う場合、他のクラスの適正が無いか、より強大な英雄が優先される。……そのため、戦争の一年前から準備してもこの三騎士の枠に該当する英雄を確実に引き当てられる保障がない。クラスの椅子取りゲームに敗北し、無理に適正が低いクラスで英霊を召喚してしまえばサーヴァントの弱体化も免れない。また、狂戦士(バーサーカー)を選ばなかったのは偏に依頼者の実力不足からだ。依頼人が狂戦士(バーサーカー)を召喚したとしても、その魔力消費に耐えられず自滅してしまう可能性が高かった。……おまけにそもそも狂戦士(バーサーカー)というのは手綱を握るのが難しいクラスだ。彼では恐らく御しきれないだろう。戦略的にもあまり使いやすい駒ではないことは確かだ」

 冷静かつ現実的な分析に対し、キャスターは口角を上げながら問いかけた。

「……つまり、準備不足ゆえに戦略が最初から制限されていたってわけね。でも、まだ暗殺者(アサシン)騎乗兵(ライダー)が残っているわ。マスターの力が貧弱であるなら、暗殺者(アサシン)の方が魔術師(キャスター)よりも使い勝手が良かったのではなくて?三流の魔術師が神代の魔術師を召喚したところで扱いきれるとは普通は思わないでしょう?」

暗殺者(アサシン)は依頼人には必要ない……敵マスターの暗殺という役割は俺のものだ。わざわざマスター殺しに特化したクラスの英霊を呼んでも意味が無い。騎乗兵(ライダー)となると、その宝具は確実に乗り物となる。英霊によっては空を飛べたりもするだろうから機動力には長けるが、神秘の秘匿を考えればある程度はその乗り物の存在を隠蔽する技術が必要となるが、依頼人にはそれがない。……別に俺も依頼人も神秘の秘匿とやらに義務を感じてはいないが、神秘の秘匿を怠れば監督役からペナルティーを受ける可能性もある……そのため、騎乗兵(ライダー)を選ぶことも憚られた。そして消去法で残ったクラスが魔術師(キャスター)だった。このクラスであれば、依頼人の少ない魔力であっても問題はない。元々燃費がいいし、魔力供給が少なくても魔術によってそれを補う術を持っているものも多いと踏んだ」

「なるほど……それなりに考えてはいるみたいね。でも、まだ一つ回答してもらってない問いがあるわよ。貴方は神代の魔術師が自身より遥かに劣る見習い以下の魔術師をマスターとして扱うと思っていたのかしら?」

 キャスターの離反を伺わせるような発言に雁夜の身体は硬直する。だが、ゴルゴは全く動じてはいなかった。ゴルゴは勝つためにこの女性を魔術師(キャスター)のクラスで召喚したのだ。ゴルゴにはマスターの手に余るような駒を用意するつもりは毛頭ない。

 

「俺はお前が自身より魔術の技量が劣るものには従えないと言い張るほど狭量な女性ではないと判断したまでだ……コルキスの王女、メディア」

 神代の魔術師は自身の真名を口にした男に対して底知れぬ冷淡さを含んだ笑みを向けた。




やはり、オリジナルサーヴァントをつくるのは面倒くさかったんですね。メディアさんでいいやって思いました。
ステータスとかのバランス考えたり、かっこつけた宝具考えるのが非常にシンドイんです。
ゴルゴ陣営(名義上は間桐陣営)は基本改訂前に比べてケイネスやアインツベルンほど大きな変更もありません。

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