穢れた聖杯《改訂版》   作:後藤陸将

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昨夜はSEED DESTINY ZIPANGUをこちらに誤って投稿してしまい、もうしわけありませんでした。
反省の意を籠めて最新話を超特急で書き上げました。


第二戦

 バーサーカーがアーチャーの手で討ち取られてから3日後の夜、聖杯戦争は再度動き出した。

 小学校襲撃事件と猟奇的連続殺人事件の報道は聖堂教会の工作で規模が小さくなりつつあり、冬木の町に滞在する報道陣の数も著しく減少したことでようやく聖杯戦争を再開しても問題がない状況にまで落ち着いたのである。

 

 

 深夜の倉庫街、港の一角と言うこともあり、昼間はそれなりに人通りもあるこの場所も、この時間帯には基本的に無人となる。普段は冷たいコンクリートを照らすだけの街灯は、今夜は珍しく人の容をしたものの姿を照らし出していた。

 街灯に照らし出された人影の数は3人分、一人は男のもので、一人はダークスーツに身を包んだ美少年、最後の一人は人間離れした美貌の女性だ。3人が3人とも浮世離れした美しさを持ち合わせおり、地方の小さな港という背景と全くマッチしていない。

「よぉ、お二人さん。そっちの嬢ちゃんがサーヴァントで、ご令嬢がマスターってことであってるかね?」

 そう問いかけたのは男――屈託のない笑みを浮かべ、逆立った若草色の髪を持つ青年だ。青年は一目でスーツの美少年が男装した少女であると見破ったらしい。少女は自分が男装をしている自覚がなかったらしく、特に気にすることもなく返答する。

「……そうだ、私がサーヴァントだ。逆にこちらも問おう。貴公もサーヴァントか?」

「おうよ、俺がサーヴァント、ランサーだ」

 ランサーは名乗りをあげると同時にその右手に槍兵(ランサー)の所以たる槍を展開する。そしてランサーと相対する少女も当代風のダークスーツから白銀の甲冑と蒼のドレスへと装いを変える。そして、少女の手元で風が逆巻き、周囲に彼女の冷たい風が流れる。一方のランサーがその手に握る武器はシンプルな槍だった。白兵戦――人と戦うために造られた代物であることは一目瞭然だ。

「その騎士らしい格好と、その見えない獲物……握りと構えからして、両刃剣ってところだな。厄介な獲物を持ってるじゃねぇか、セイバー。そんな代物を持ってるんだから、少しは楽しませてくれよ?」

 張り詰めた空気の中、騎士らしい清廉な闘気を纏って臨戦態勢に入っているセイバーに対し、ランサーと名乗った男はまだどこか余裕を感じさせる態度をとっているように見える。

「侮るなよ、ランサー!!」

 自身が軽んじられていると感じたセイバーは内に滾る怒りを抑えながら剣を構える。

「アイリスフィール、下がっていてください」

「気をつけて、セイバー……」

 アイリスフィールと呼ばれた女性は険しい表情を浮かべながら言った。

「私でも分かるわ。……あのランサーは只者ではない」

「ええ……ですが、アイリスフィール。貴女は一つ忘れていませんか?」

 セイバーの問いかけにアイリスフィールは首を傾げる。

「私は貴方に背中を預けているのですよ?」

 彼女らしからぬ不敵さを浮かべながらセイバーは言った。

 ――かの騎士王が自分に背中を預けると言った意味をアイリスフィールが理解できないはずがない。常勝の王たる剣の英霊を、そしてその英霊が背中を預けた自分自身を信じろと言っているのだ。

「セイバー、言うまでもないことだけど、敢えてここで命じるわ。この私に勝利を!!」

「はい。必ず」

 そう告げると、セイバーは半身を引き、一足で敵の間合いに踏み込める体勢を取った。それに呼応してランサーもその槍を中段に構え、迎撃の姿勢を取り、獰猛な肉食獣を思わせる笑みを浮かべながら口を開いた。

「来いよ、剣士(セイバー)!!真の英雄、真の戦士というものをその身に刻んでやる!!」

澄んだ清流を思わせる青き風と常人では姿を捉えられない素早さで動く影とが激突した。今、この冬木の地で歴史も国境も越えて英霊が刃を交える歴史家やマニア垂涎の夢の戦いの幕が上がったのである。

 

 

 状況は芳しくない――倉庫街の片隅で息を潜めながらサーヴァント同士の人知を超えた戦いを観戦していた切嗣はそう痛感していた。

 切嗣がその手に握るライフルに備え付けられているスペクターIR熱感知スコープは既に魔術回路を励起させて体温を変化させた魔術師の姿を捉えていた。如何に上手く魔術迷彩を展開したところで、科学の目を誤魔化すことはできないのだ。

 魔術師の隠蔽を看破している切嗣は、直ぐにでもAN/PVS-04暗視スコープのレティクルを標的であるランサーのマスターの頭部に合わせて引き金を引くことができる状態にある。

 そして、彼に命を狙われている魔術師(獲物)魔術師殺し(狩人)の指が僅かに動くだけで自身が葬り去られる状態にあることに全く気がついていない。戦闘職の魔術師でもない研究職の魔術が自身を狙う存在を感知することはまずありえないため仕方の無いことなのかもしれないが。

 だが、既に敵の命を手中に収めているというのに切嗣は引き金を引くことができなかった。敵のサーヴァントであるランサーの素早さは常軌を逸しており、200mほど離れた場所から観察していても、目で追うのがやっとの速さだ。

 セイバーもランサーの文字通り神速の突きを凌ぐことで手一杯で、反抗できそうにもない。凌ぎ切れなかった突きで身体に何箇所も切り傷を負っているセイバーに対し、ランサーは無傷だ。

 セイバーの宝具はあの速さで動き回る相手に通用するものではないので、セイバーには状況を覆せるカードが存在しないと言ってもいい。セイバーに打つ手がない以上、ランサーのマスターを狙撃することが戦略上の上策であることは切嗣も分かっているが、状況がそれを許さない。

 バーサーカー以外の全てのサーヴァントが健在である以上、この戦いを傍観して隙あらば漁夫の利を狙う者がいてもおかしくはない。特に、アサシンのサーヴァントにとってはこの状況は紛れもなく好機である。

 そして切嗣の予想通り、アサシンは既にこの場で最も監視に適したクレーンの上に姿を顕している。もしもここでランサーのマスターを狙撃すれば、発砲音と発火炎によって切嗣は自身の存在をアサシンや他のサーヴァントに露呈することになる。

 切嗣が使用しているワルサーWA-2000の後期型にはフラッシュハイダーも取り付けられているが、それでも.300ウィンチェスター・マグナム弾を発射する際に出る発砲音と発火炎を静かな闇夜の中で隠すことは到底不可能だろう。

 ただ、切嗣は最初からそれも想定済みであった。そもそも、切嗣にとってランサーのマスターはとりあえずの目標ではあるが、最優先で狙うべき獲物ではないのだから。

 彼が最優先で狙っていたのは、ランサーとセイバーの内、死闘に勝利して疲弊した勝者の首を狙う第三者である。サーヴァント同士が戦えば、当然それは聖杯戦争の他の参加者達の察知するところとなるだろう。今回の場合、ランサー自身が誰彼構わず誘っていたのだから、察知されていない方がおかしい。

 わざわざ万全の敵サーヴァントを相手にするよりも、漁夫の利を狙った方がよっぽど効率的で確実な手法である。弱ったサーヴァントを討ち取る千載一遇のチャンスを逃しはしないマスターが一人や二人はいるはずだ。

 そして、切嗣にとっては自分は狩る側と錯覚している彼らこそ格好の獲物である。狩る側が狩られる側に廻ったとき、狩人が獲物に成り下がったとき、その時誰もが脆くなり、最も狙いやすい標的となることを切嗣は知っていた。

 勿論、アサシンの襲来を予測していた切嗣は既に対抗策も準備していた。切嗣は無線機の波長を調節し、口元のインコムを通じて、反対側の工場に隠れる自身の駒に命令する。

「α。デリッククレーンの上だ。こちらからの合図があればすぐに向かえるようにしていろ」

『了解』

「β。お前もαと反対側からデリッククレーンを狙え」

『了解』

 この場にいるのは自分だけではない。自身の右腕たる舞弥だけではなく、切嗣は使い捨てにできる駒を2つ用意してきたのだ。α、βという符丁を与えられた二つの駒の役割は最初から捨て駒だ。それらの役割は、自分達以外に複数の陣営がこの場に現れた時にそれを牽制し、切嗣が獲物を仕留めた瞬間に切嗣の位置が特定されることを妨げることである。

 そして、切嗣はその腕に抱えたワルサーWA-2000に備え付けられたAN/PVS-04暗視スコープ越しに周囲を一通り見回した。他の標的がいないかということを確認することもあるが、何よりも『自分が狩られる側にいないか』という心配からの行為である。

 ゴルゴ13という考えうる限り最悪の狙撃手がこの戦争に参加している可能性がある以上、今こうして敵のマスターを狙っている自分達こそが標的となっているかもしれないという猜疑心を切嗣は捨てきれないでいた。

『切嗣』

 周囲を警戒していた切嗣の耳に舞弥の声が届いた。

『クレーンの向かいの倉庫の窓に()()()()アサシンがいます』

 舞弥の言葉に切嗣は顔をしかめる。切嗣が今いる場所からは確認できないが、デリッククレーンに陣取った個体と合わせてこれで二体のアサシンがいることとなる。だが、アサシンは本当に二体だけなのだろうか。もしかすると、まだこの近くに身を潜めているのではないだろうか――そんな予測が切嗣の脳裏をよぎる。

 そうなれば拙い。こちらの戦力は自身を含めて4。対するアサシンは最低で2だ。α、βにそれぞれ別のアサシンを襲わせれば、同時に二人のアサシンの注意をひきつけられるかもわからない。だが、完全にひきつけられるかどうかはあやしいところだ。できれば、二人がかりで一体のアサシンの注意を確実にひきつけるようにしてほしかった。万が一にもアサシンの注意を完全にひきつけられなかったら、ほぼ確実に切嗣の存在は露呈するからだ。

 下手をすれば、アサシンに狙われることも考えられる。その時、切嗣の勝利は絶望的だと言ってもいい。アサシンのステータスはお世辞にも高いとは言い難いが、それでも相手はサーヴァントだ。生身の人間で対抗できる存在ではないし、自身の武器である近代兵器ではサーヴァントの身体に傷一つつけられないのだ。

 自身のサーヴァントであるセイバーであれば、アサシンを鎧袖一触で斬り捨てることができるだろうが、そのセイバーは今戦闘中だ。とても隙を窺ってこちらにたどり着ける状況にはない。一応令呪を使って召喚することもできなくはないが、その時はアイリスフィールが無防備となってしまう。彼女を使うことは不可能である。

 もしもこのまま他の陣営のマスターが姿を顕さず、使い魔やサーヴァントによる偵察に専念するのならば切嗣の目標は次点のランサーのマスターだ。戦況は自身のサーヴァントであるセイバーの不利であり、もしもここでセイバーが敗れれば聖杯の担い手たるアイリスフィールの安全が脅かされかねないからだ。

 しかし、舞弥の現在位置からはランサーのマスターが狙えず、下手に移動すれば存在がばれるリスクがある以上、舞弥を動かすわけにもいかない。ランサーのマスターは切嗣が仕留めなければならなくなる。

 切嗣は動くに動けない状態となり、ただセイバーの戦いを静観するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 戦場となった倉庫街から離れた月あかり以外にあたりを照らすものが存在しない山道にポツンと存在するつぶれたばかりのコンビニエンスストア、その駐車場に一台のワンボックスカーが止まっていた。

 その車内の運転席では、キャスターが用意した魔術具によって鏡に高画質で映し出された戦場をゴルゴが観察している。だが、助手席に座るキャスターの機嫌はあまりよくはなさそうだった。

 実は、当初ゴルゴはキャスターから使い魔の視覚を共有した方が手っ取り早いと提案されたが、ゴルゴは他人に仕事道具である手を預けることを極度に嫌う。彼が自身の右手を預けたのは、この数十年でイタリアウンブリア州のアッシジの山奥に住む皮手袋職人一人だけだ。

 ゴルゴは、右手と同様に自身の生命線となりうる感覚器を簡単に他人に委ねることも拒んだため、わざわざ使い魔の捉えた映像を映写させているのだ。自身の魔術が信用するに値しないとつきつけられた彼女が不愉快な気分になることも当然だった。

 ゴルゴとの数日の付き合いで、キャスターはゴルゴの全ての行動に客観的判断基準から見ても矛盾がないことは分かっていたが、それとプライドは別物なのである。ただ、彼女が不機嫌な態度を敢えて貫いているのは、他にも理由があってのことであった。

 勿論、キャスターが敢えて必要以上に不機嫌なフリをしていることにゴルゴが気がつかないはずがない。そして、彼女がそんなフリまでして隠したいものも、ゴルゴは既に感づいていた。

「……ランサーの真名はなんだ?」

 ゴルゴが単刀直入に切り出した言葉を聞いたキャスターはフードの下で目を丸くする。自分が敢えて不機嫌なフリをしていたことが看破されていることを知り、キャスターは嘆息する。

 ゴルゴはあの時、そう、()()()の姿を目にした自分がほんの一瞬動揺したことを察していたのだろう。そして、自分の態度からほぼあのランサーの正体にも目星がついているはずだ。それでも敢えて自分に真実を告げさせるのは、不確定要素を無くしたいがため、彼の臆病なほどの慎重さゆえか。

 ただ、キャスターとしても、策謀と思慮深さで英雄として祭り上げられるほどの伝説を造り上げた誇りがあるため、この機械のような男に揚げ足をとられ、策謀と思慮深さで現代の男に劣ると思われるような真似はできれば避けたかったのである。

 しかし、完全に見抜かれているのであれば、ムキになって隠すことはない。そのような見苦しい真似はごめんだ。まぁ、そもそも自分達の勝利のためにはゴルゴの助力が不可欠なのだから、後で彼にも話すつもりであった。結局のところ、この場で説明しなかったのは、自分の動揺などという失態から見抜かれることを避けたいという意地のようなものだった。

 ――認めよう確かにこの男は機械のように完璧だ。こと人との探りあいにおいては、自分は完全に彼に劣ると。

 そして、キャスターは、諦観の念を抱きながらゴルゴが求める答えを口にした。

 

「そうね、もう察しがついているでしょうけど、敢えて教えてあげるわ……あの男は、私の元夫よ」




5話ぶりのゴルゴです。しかし、描写少ない……
ゴルゴを出さないほうがゴルゴらしいと思うので、過度に描写を増やすつもりは毛頭ないのですが。

そして、ケイネス先生のサーヴァントはあのチートさんでした。

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