穢れた聖杯《改訂版》   作:後藤陸将

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デイブの作品は超電磁砲!?
それとも、ムカデ砲?

答えは下の本編で。


デイブの答え

 聖杯戦争開幕の1週間前

 

――――アメリカ合衆国 ニューヨーク

 

 注文した品の受渡期日、『CLOSED』の看板が掲げられたデイブの工房をゴルゴが訪れた。

「……アンタか。注文の品はなんとか出来とるよ」

 デイブは、自身の工房を訪れたゴルゴをくたびれた格好で出迎える。ゴルゴをして世界一の銃職人(ガンスミス)と言わしめるデイブでさえ、今回の無茶苦茶な注文をこなすことは相当に厳しかったのだろう。

「注文の品はこっちだ。流石にでかすぎるからな。ワシの作業部屋に置き続けることもできなんだ」

「…………」

 デイブは店の裏手に作られたガレージを改装した広いスペースにゴルゴを案内する。

 

 デイブが案内したトラック一台は軽く入りそうな空間は、その半分以上を銃身と真新しい金属の箱が占領されていた。

「こいつが、ご注文の品だ」

 ゴルゴは、自身が注文した品物に歩み寄り、その細部を検め始める。

「この銃……いや、こいつはもはや銃とは言えないな。この『砲』について、説明するぞ」

「ああ……」

 『砲』の周囲を一周して一通り検めたゴルゴは壁際に立って愛用の葉巻を燻らせた。

「この『砲』は滑腔戦車砲を参考にして造られている。だが、口径は戦車のように120mmはない。こいつは20mmだ。まぁ、砲身の長さは滑腔戦車砲と殆ど変わらないのに、太さは水道管クラスだがな。そうでなければ、マッハ12なんて馬鹿げた速度で弾丸を飛ばす衝撃には耐えられん」

 デイブは砲身を撫でながら説明を続ける。

「実は、最初にアンタからマッハ12の弾丸を飛ばす銃を作れ、と言われて俺が考えたのはレールガンだった」

 

 ――レールガン。

 それは、電磁力で弾丸を加速して撃ちだす兵器である。その理論の根本にあるのがフレミングの左手の法則ということもあり、基本原理は1900年ごろには考え出されていた。実用化に向けた研究は第二次世界大戦のころにナチスドイツや日本が行っていたということも知られている。

 弾丸に電流を流し、それによって回路がコイルの役割を果たして磁界を産む。そしてその磁界と弾丸を流れる電流によって超高速の弾丸を撃ちだすことができるのだ。その威力に着目した米軍ではスターウォーズ計画の一端としても研究が行われていた。

 理論上、レールガンは亜光速までの加速が可能ということもあり、無重力空間に設置することで宇宙船の加速装置などといった平和利用も考えられている。

「しかし、如何にワシでも、レールガンを造れというのは無理だ。原理は単純だが、その分経験やノウハウがモノを言う。回路の設置方法や、凄まじい電流に耐えられるような砲身、大量の電気を供給するだけの電源装置。どれもワシの手には負えん」

 史実で、大日本帝国やナチスドイツが実用化に失敗した原因の一つにも上げられる電力供給の問題は特に重大だ。当時、対空砲一機稼動させるのに専用の発電所が二基必要とされたという試算がされたことからも問題の深刻性が分かるだろう。

 レールガンの実用のために省電力化や大出力の発電装置の研究等が続いているが、デイブの知る限りでは現在のところ、それらの問題を完璧にクリアーしたレールガンは存在していない。

 

「最低でも、後30年は経たないと実用に耐えうるレールガンはできんだろうよ。試作段階のものが専門の研究所なんかにはあるのだろうが、ああいったものは兵器としての実用性は考えておらんから、アンタの望むとき、望む場所で確実に撃てる保障はないだろうな」

「…………」

 ゴルゴは、静かにデイブの説明に耳を傾けている。

「じゃから、ワシはレールガンは諦めた。他にも、サーマルガンや特殊な火薬の使用など、アンタのいうマッハ12という無理難題を可能とする手段はいくつか考えた。しかし、アンタが実用することを考えると、これらにはあまりにも制約が多すぎたから全て却下した。そして、ワシが導き出した結論が、このライトガスガンだ」

 

 火薬の爆発によって弾丸を飛ばす火砲では、砲弾は砲身内部と砲身外部の大気の圧力差によって加速される。しかし、砲身内部の圧力波は媒質となっている気体中の音速よりも速く伝播することができないため、火薬の爆発を利用する火砲の砲弾を加速させることができる速度は、火薬の燃焼ガス中の音速が上限になる。

 そして、媒質となる気体中の音速を上げるための方法の一つとして、火薬の燃焼ガスよりも分子量の小さいガスを弾丸に圧力をかける銃身内に充填し、砲弾を加速させるための作動流体に使うという方法が挙げられる。その方法を利用した砲こそが、ライトガスガンである。

 レールガンと同様にライトガスガンも未来の兵器として注目されてはいるが、理論上は弾丸を亜光速にまで加速させることもできるレールガンに対し、ライトガスガンの初速は11km/Sが理論上の上限値となる。

 ライトガスガンは単体では地表から衛星軌道にまで物体を打ち上げられる第一宇宙速度を達成し得ないため、マスドライバーなどに転用するには全長1.2kmの砲身や、物体自体に補助ロケットブースターを装備する必要があるとされている。そのためか、宇宙開発への注目度もレールガンなどのEMLの研究に比べれば小さい。

 しかし、高速で飛来する隕石などが衝突したクレーターの形成などの高速衝撃現象にも使用されて証明されているその加速力は、ゴルゴの要求したマッハ12――4083.48 m / sを十分に実現しうるものであるとデイブは判断したのだ。

 

「しかし、ライトガスガンを使うとなると、当然弾丸もそれ相応の一品が必要となる」

 デイブは、砲身の下におかれたトランクを取り出し、中から20mm弾を二つ取り出した。一つは矢のようなフィンがついたスリムな弾で、もう一つはそれにボビンを被せたような形状の弾丸だ。

「使用する20mm弾は、米軍で開発中のレールガンの弾丸を参考に作ってみた。あれもマッハ7クラスの速さで飛ぶらしいからな。こいつは砲身の中にある間は装弾筒(サボー)に包まれておるが、発射後は風圧で装弾筒を分離して、中の弾丸だけが残る仕組みだ」

「……弾丸が細長いな」

「無論、それにも理由がある。弾丸が細長いと風の影響が受けやすいと思ったのだろうが、これは仕方がないんじゃ」

 デイブは、壁にかけられたホワイトボードに図を書き始める。

「大気中を高速で飛行する場合、その物体の突出部は激しく空気を叩いて振動を起こす。そして、そのエネルギーは音波として周囲に伝わる……」

 デイブは、弾丸上の絵を同一直線上にいくつか書き、それぞれの弾丸の先端を中心とする円を図示した。

「…………空気抵抗のエネルギーは、そのエネルギーの発信源が運動しているとエネルギーの中心が前へ前へと進むため、進行方向に進めば進ほど、そのエネルギーは密になって進む……。発生したエネルギーが押し寄せる間隔が短くなるな」

「そして、音と同じ速さ、即ちマッハ1で物体が進む場合、全ての空気抵抗のエネルギーが物体の先端で重なり合い、空気の壁が発生する。……こんな物理学の初歩の話を、アンタのような職業に就いている男に話すのもどうかと思うが。まぁ、最後まで聞いてくれ」

 物理学は、狙撃を行うものにとっては必要不可欠な学問だ。空気抵抗や引力による弾丸の落下なども考慮に入れなければ以下に高性能な銃を持っていたとしても決して目標を撃ちぬくことはできない。まして、引力や空気抵抗、気圧などといった要素は長距離狙撃では、着弾まで一秒近くかかることもあることもあってより重要性を増す。ゴルゴに物理学を教授するなど、まさに釈迦に説法というものである。

「空気抵抗のエネルギーの発生源は物体の先端では、連続して発生したエネルギーが幾重にも無数に重なる。その結果、発生するエネルギーはこのように、先端部を頂点とする錐型となって広がる。この錐型の部分は空気抵抗のエネルギーが重なって凄まじい破壊力を持っておる。これが、所謂衝撃波じゃな」

 デイブは、さらにもう一つ円を書き、その中心から一本の直線を書いた。そして、その直線の先端から円の一点と接する直線を加える。

「速度が上がれば上がるほど、衝撃波の先端角はそれに反比例して小さくなる。そして、衝撃波を生み出す物体自身も、自らが発する衝撃波に触れれば破壊されてしまう。アンタの要求するマッハ12だと、先端角は約9.6度じゃな。普通の弾丸では、その衝撃波で破壊されてしまう。だから、このように細長い矢にしておるんじゃ。だが、着弾速度と距離、そしてアンタの腕があれば、一回試し撃ちして補正すれば問題はないじゃろう」

 

 説明を簡単に終え、デイブはホワイトボードからゴルゴに視線を移した。しかし、どこかその表情は暗い。

「こいつなら、計算上はマッハ12で20mm弾を発射することが可能だ。俺が保障する。……しかし、こいつには制約もある」

「…………?」

「確かに、こいつはマッハ12の砲弾を撃ちだすことができる。だが、マッハ12の衝撃に銃身自体が耐えられん。これも計算上の話になるが、こいつの砲身命数は4発だ。あんたなら一発の試射で補正ができるだろうと思うが、それでも実質あんたが使えるのは3発が限度になる。それに、こいつは非常に重いし、嵩張ってしまうから、設置する場所も限られてしまう」

 デイブは申し訳なさそうに言った。だが、ゴルゴは彼の独白に対し、表情を一切変えることなく答えた。

「…………お前は俺のリクエストに答えた。砲身の命数や砲の大きさの問題は、俺が対処すればいい」

 ゴルゴは、一枚のメモ用紙に何かを書き出し、それを近くにあった作業台の上においてガレージを改装した部屋を後にする。デイブが駆け寄ってゴルゴが残したメモ用紙を確認すると、そこにはゴルゴの協力者がこの工房にライトガスガンを引き取りに来る日時と、その際に使う合言葉が書かれていた。

「どうにか、あの人の期待に応えられたということか…………」

 デイブはメモ用紙に書かれていた合言葉を2、3回頭の中で反芻した後、台所に赴いてそのメモ用紙を火にかけた。

「ワシはいつになったら引退できるんだろうか?ワシが引退した後にあの人からの依頼を受ける後継者も、そろそろ探さねばいかんなぁ……」

 

 

 

 

 

 ゴルゴ13は、貸しビルの一室に持ち込んだ巨砲の矛先を黒いカソックに身を包んだ男に向ける。男はまだ自分がターゲットとなっていることには気づいていないようだ。スコープに写る男は、目を閉じながら目の前の蓄音機のような形をした機械に向き合っている。

 おそらく、冬木港で監視任務についているアサシンと感覚を共有し、そこで見聞きした情報を誰かに伝えているのだろう。通信の相手として考えられるのは実父にして今回の聖杯戦争の監督役を務めている言峰璃正か、同盟を組んでいる遠坂時臣といったところか。

 何れにせよ、感覚を共有しているとすれば好機であるとゴルゴは判断した。自身の感覚の幾分かを周囲ではないどこかの知覚に当てているのだから、当然、感覚を共有している時に比べれば警戒は甘くなる。

 無論、綺礼の警戒が緩む分、複数存在するアサシンの何体かが周囲を警戒しているのだろうが、これからゴルゴが行おうとしている狙撃の前では、並大抵の警戒は意味をなさない。700mという距離は、ゴルゴが使用するライトガスガンから発射される弾丸ならば0.1秒で到達する距離だ。

 綺礼とて元代行者であり、目の前に拳銃の銃口があれば発砲のタイミングに合わせて身体を移動させることで銃撃を交わすことは可能だろう。代行者ならば、銃口が見えずとも拳銃弾の速度であれば撃たれてから反応することも十分可能だ。流石に、至近距離から1000m/sを超える速度のライフル弾を放たれたら完璧に避けることはできないかもしれないが。

 そして、マッハ12という常軌を逸した速度で放たれた弾丸は、代行者であっても反応できるものではない。狙撃の瞬間の殺気に反応したところで、対処可能な時間は僅か0.1秒しかないのだ。加えて、プロフェッショナルであるゴルゴは、ライフルの引き金を引くその瞬間まで標的にその殺気を察知されることはない。

 闇に包まれた夜に700m先に存在する銃口を即座に発見し、その銃口の方向、放たれた弾丸の弾着までの時間を僅か0.1秒で判断することは人外のカテゴリーに属する代行者でも不可能だろう。

 仮に、幾度となく繰り返した戦いの中で育んだ動物的な直感で反射的に身体が反応したところで、マッハ12で飛来する弾丸が発する凄まじい衝撃波を避けることはできない。直撃を避けたとしても衝撃波に身体を引き裂かれることは明白である。マッハ12の飛翔体が発する衝撃波を至近距離で受ければ、間違いなく致命傷だ。教会代行者特性の防護呪札によって隙間なく裏打ちされた分厚いケプラー繊維の僧衣であっても到底耐えられない。

 ただ、サーヴァントであれば人間を超越した存在であるため、マッハ12の狙撃にも対処する可能性があるとゴルゴは当初懸念していた。

 ゴルゴは知る由もないことであるが、とある平行世界において、今回のセイバー、アーサー王は三流のマスターに召喚されてステータスダウンした状態でありながら、4km先から放たれて1秒足らずで弾着する宝具を迎撃したことがある。ゴルゴの懸念は、その点では正しかったと言えよう。

 ただし、このセイバーと同じことを全てのサーヴァントができるわけではない。マッハ12の弾丸を迎撃するためには、マッハ12で飛来する弾丸の軌跡を正確に捉えるだけの知覚能力と、知覚してから反応できるだけの優れた身体能力、手にした武器で正確に迎撃できるだけの実力が必要となる。

 セイバー、ランサークラスのサーヴァントであれば大半は上記の条件を満たすだろうが、他のサーヴァントはその英霊の能力次第だろう。そして、言峰が召喚した今回のアサシン、19代目のハサン・サッバーハについては上記の条件を満たしている可能性は限りなく低いともゴルゴは予想していた。

 アサシンの宝具妄想幻像(ザバーニーヤ)はアサシンを分裂させる能力を有しているが、それは本来は一体であるはずの自身を等割するものであるため、分割すればするほど一人当たりの能力は低下する。

 分裂した個体の戦闘能力は、下手をすれば綺礼をも下回るだろう。ならば、綺礼でも対抗できない狙撃に対応することなど到底不可能だ。マッハ12の狙撃に対して彼らにできることは、精々衝撃波に対する肉の盾ぐらいなものだろう。仮に分裂していなかったとしても、暗殺者のサーヴァントにマッハ12で飛翔する弾丸を迎撃するだけの能力があるとも思えないが。

 結論から言えば、この場所から放たれたマッハ12の20mm弾を防ぐ手段は言峰綺礼には存在しないということになる。

 

 ゴルゴは、手元のディスプレイに表示されている温度、湿度、風量と風向、レーザー測距儀で正確に測定した距離を合わせて照準点を補正する。そして、ゴルゴは手元のトリガーを引き、超音速の化け物を解き放った。同時に、雷でも落ちたかのような凄まじい爆音が深夜の冬木の街を奔った。

 僅か0.17秒後、ゴルゴの瞳が捉えていたのは、黒いカソックを着た男がいたはずの場所にできたクレーターと、眼下に広がる衝撃波の爪あとだけだった。

 

 

 

 聖杯戦争の勃発を監督役が告げてから四日目の夜、雨生龍之介に次ぐ第四次聖杯戦争における二人目の脱落者が決定した。

 

 その脱落者の名前は、言峰綺礼と言った――――




超電磁砲だと思ったアナタ、私はビリビリより佐天さんが好きです。
ムカデ砲だと思ったアナタ、趣味いいです。外れでしたけど、話があいそうです。


正解は『とある科学の超空気砲』でした!!


実際のところ、多分これを造るのはデイブさんのキャパシティー超えちゃってますけど、まぁ、その当たりは補正ということで。

この『とある科学の超空気砲』、現実では実用化には未だに問題が多数ありますが、拙作のように4発撃つだけなら何とかなるかもしれないと私は思います。
兵器またはその他の分野で実用化となれば、コストや量産性、整備性、耐久性などの問題は必然的についてまわりますが、今回のように一品を、整備性、量産性度外視で耐久性は最低限でOKと妥協すればなんとかなると考えました。

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