穢れた聖杯《改訂版》   作:後藤陸将

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デイブの反響がすごくいい……


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戦争潮流

 時は、冬木の街にクレーターが刻まれ、衝撃波が吹き荒れる数分前に遡る。

 

「ギルガメッシュの旗色が善いとは言えません……」

 

 言峰綺礼は高度成長期に建設された集合住宅の一室で師の遠坂時臣と魔導通信機ごしに戦況の報告をしていた。

 実際には時臣と綺礼は聖杯の正しき使用という目的で結託しているのだが、表向きは師とは聖杯戦争の勃発に際して決別したこととなっているため、綺礼はこの独身者用の住宅を仮初の宿としていた。彼が遠坂時臣に師事した3年の間の拠点としていた冬木教会は聖杯戦争の勃発に伴って中立地帯になっていたこともあってそこから出て行かざるを得なかったのである。

 師の時臣は市内の空き家を秘密裏に斡旋しようとしていたが、それは綺礼自身が固辞した。彼の力量では工房なぞ造ってもあまり意味がないし、どうせ数日でアサシンを失って戦争に敗退して脱落する茶番を演じるのだから、数日の宿など適当な名義上のところでいいと考えていたからだ。

 彼の本心としては、衛宮切嗣に自身の居場所を捕捉されないよう古い集合住宅の空き家に居を構えるのが上策だという考えもあったが。

 しかし、あのバーサーカーの暴走の一件で時臣の考えていた計画は狂ってしまった。アーチャーがバーサーカーを一蹴したその日の夜にアサシンが遠坂邸を襲撃するというのは余りにも不自然であったからだ。アーチャーの戦闘を直接見ていないにしろ、あの投影型の宝具を持つバーサーカーを数分足らずで瞬殺した対象に考えもなく突撃するというのは戦術上不可解であるし、そもそもマスコミが集まって賑わっている最高潮の時期にサーヴァントを動かすというのも状況的にありえないことだからだ。

 結果、アサシンをアーチャーに討たせるタイミングを失ったため、綺礼とアサシンは結局これまで通りの諜報活動を続けるしかなかった。

 

 綺礼はアサシンと意識共有をはかり、アサシンの目と耳を通して戦場となっている冬木港の状況を把握する。

 キャスター以外の全てのサーヴァントが終結していた冬木の港に馳せ参じたアーチャーは、ライダーとの問答の末に突然激昂、そのまま宝具王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を解放してセイバー・ランサー・ライダーを攻撃し始めた。

 突然の乱入者による無差別攻撃は、セイバーとライダーにとっては凌ぐだけで精一杯だった。彼らの後ろには護るべきマスター(セイバーは偽りのマスターだが)がいたからである。しかし、背後に護るもののないランサーだけは違った。

 敏捷EXという破格のステータスを持つランサーは、宝具の雨を掻い潜ってアーチャーに肉薄する。アーチャーは街灯から飛び降りることでギリギリで首を狙ったランサーの突きを回避することに成功するが、他のサーヴァントによって同じ大地に立たせられたという事実は彼の矜持を傷つけることであった。

 怒り心頭に発したアーチャーは王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を全力で解放してランサーに弾幕を張るも、それでもランサーを捉えることはできない。とはいえ、ランサーもそこかしこから出現する天の鎖(エルキドゥ)に気を取られ、中々アーチャーと距離を詰められない。

 神性を持つサーヴァントに対して絶対的な拘束力を持つ天の鎖(エルキドゥ)の能力はランサーも知らないが、トロイア戦争で培われた彼の戦闘経験がその鎖は自身に対する天敵であると警告していたため、ランサーはその警告に従って天の鎖(エルキドゥ)には最大限の警戒をしていたのである。

 

 弾幕を全力で展開してランサーを寄せ付けないアーチャーと、並外れた敏捷性と戦闘技術で弾幕を捌くランサー。一見すると拮抗しているように見えるが、実は不利なのはアーチャーであった。

 王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)という宝具を全力で使用しているアーチャーは継続的にマスターである時臣から宝具の開帳コストの魔力を貢がせる必要があるのに対し、ランサーはその並外れた基礎能力値と生前に培った戦闘技術だけでアーチャーの弾幕を凌いでいるのだ。

 宝具という自身の真名の露見にも繋がるカードを切り、さらにその消費コストを払い続けるアーチャーに対し、その並外れた戦闘能力以外は何も露見させずに戦い続けられるランサー。短期的に見れば互角でも、長期戦となれば話は違う。

 いくら時臣でも延々と宝具の使用を続けられれば魔力消費から消耗するし、アーチャーが尽きることのない宝具の射出を続ければ、そこからいつかはアーチャーの真名も露見してしまう可能性があるからだ。

 となると、ここで取るべき手は撤退か、手札をさらに切ってこの場にいるサーヴァントを脱落させるかという二択になる。そして、そのどちらの手を打つにしろ、時臣は高確率で令呪を使用する必要があるだろう。

 撤退するように諫言したとしても、あの怒り狂ったアーチャーは時臣からの諫言など意にも介さないだろうし、彼の矜持から考えるにアーチャーが自発的に至宝たる乖離剣を抜くこともあまり期待できそうにない。

 乖離剣を抜くとすれば、その時は相当追い詰められている時だけだろう。しかも、あのランサーの敏捷性で異常なまでの槍の技量を見る限り、乖離剣を抜いて発動するまでの間に首を取られるかもしれない。

 また、ランサーのあのステータスと尋常ではない技量を見れば、あれが並大抵の英霊ではないことなど一目瞭然である。真名は不明だが、世界に冠たる大英雄である可能性も捨てきれない。これは真名の露呈しているセイバーやライダーにも該当することであるが、大英雄であればアーチャーと同様に評価規格外の宝具を持っている可能性もある。

 宝具の相性によってはアーチャーの乖離剣でも仕留められないということもありえるため、最悪の場合乖離剣を無駄撃ちすることになる。

 つまり、確実に最小限の犠牲でこの場を切り抜けるためには、令呪を以ってアーチャーを強制的に撤退させる――それ以外ないのだ。

 サーヴァントに対する絶対命令権――令呪は各マスターに三画ずつ与えられているが、サーヴァントの自害用に必ず一画は残しておく必要があるため、戦闘に使用できる令呪は実質二画だ。その内の一画を序盤で使用することに時臣は抵抗を覚えるに違いない。

 綺礼は、魔導通信機のむこうの沈黙から時臣がその決断を渋っていることも、その理由も察していたが、ここで決断をしなければ手遅れになると彼の代行者としての戦闘経験が継げていたため、迷わずに催告した。

「師よ、ご決断を……」

『……………………』

 長い沈黙の末に通信機ごしに漏れてきた溜息をとらえ、綺礼は師がようやく決断したことを悟った。

 

 

 

 何の前触れのなく雨霰と降り注いだ宝具の弾幕が止んだため、セイバー、ランサー、ライダーの三騎は何事かとアーチャーに視線を向ける。ここで彼らがこれまで散々に攻撃してきたアーチャーを攻撃しなかったのは、アーチャーが自分たちに見向きもせずに見当違いの方向に刺すような視線を向けていたことが気になったからであろう。

「貴様ごときの諫言で王たる我に退けと?……大きくでたな、時臣……!!」

 アーチャーは忌々しいと言わんばかりに不満げな表情を浮かべ、臨戦態勢を取る三騎に向き直る。

「雑種共。次までに有象無象を間引いておけ。我と見えるのは真の英雄のみでいい」

 そう言い放つと、アーチャーはその身体を闇夜に溶かすように金の粒子を靡かせて消えていった。どんな事情があったかは分からないが、どうやらあのアーチャーもマスター、遠坂時臣が令呪を使用して強引に撤退させたのだということは三騎のサーヴァントとそのマスターはおぼろげに理解する。

「……さて、邪魔な金ぴかがいなくなったことだし、こっちも再開したいんだがな。アンタはどうするんだ?征服王」

 ランサーの発している一騎討ちの邪魔をするならまとめて相手にしてやると言わんばかりの闘気を、ライダーは軽く受け流して笑う。

「さぁて……とりあえず、勧誘は失敗したからなぁ。しかし、そこのセイバーはお主との戦いで消耗しているのは事実。ここで弱っているセイバーを討つというのは余の王道に反することであるし、お主とやりあうのであれば、互いが万全の状態でぶつかり合うべきであろうよ。それに、お主との戦いは元々セイバーが先約だ。余は今宵はここで退こう」

「別に、アンタもセイバーと一緒になってかかってきてもかまわねぇんだがな……どうせ、セイバーは俺を傷つけられねぇから、これ以上は勝負にもならん。だが……アンタなら、あの金ぴかみたいに俺を傷つけることができるかもしれないだろう?」

 ランサーの身体には、セイバーとの闘いでは一切つけられなかった傷が数箇所に見える。あのアーチャーとの闘いで、ランサーはこの聖杯戦争が始まったから初めて傷つけられたのだ。

 ランサーにとっては自身を傷つけられない敵との戦いなど面白くないものであり、この時点でセイバーとの闘いに対する興味はライダーとの戦いに対するそれよりも小さなものとなっていた。しかし、ランサーにとっては興味を失いかけた闘いであっても、対戦相手のセイバーからしてみればそのような理屈は関係ない。セイバーは険しい表情を浮かべながら吼えた。

「ふざけるなよランサー……貴方の相手はこの私だ!!ライダーと戦うのであれば、私との一騎討ちに決着をつけてからにしろ!!」

「ふむ……セイバーもそう言っておるし、余はここで退こう。後日、この闘いに生き残り万全に回復した方と正々堂々と決着をつける。それでよいだろう!!坊主、最後だから何か言い残したことがあれば……」

 ライダーは自身のマスターに視線を向け、御者台で胃の内容物をリバースしながら白目をむいて気絶している少年の惨状に気がついた。あの宝具の弾幕をすり抜けるためにライダーが取った機動はジェットコースターどころか第五世代戦闘機の戦闘機動をも凌駕する凄まじいものであり、そのGと遠心力、三半規管を狂わせる天と地が定まらない世界を三流の魔術師である彼に耐えろというのは酷なことであった。

 おそらく、ケイネスほどの魔術師でも乗り物酔いは避けられなかっただろう。

「もうちょっとシャキっとせんかなぁ。ウチの坊主は……」

 とりあえず窒息しないようにさりげなく気道を確保しているところからすると、ライダーはライダーなりにあのマスターに世話をやかされているようだ。

「では、さらばだ!!」

 ライダーは一騎討ちに乱入してきたときと同様に、まるで凱旋するかのように堂々と戦車を走らせながら月夜の中に走り去っていく。そして、その姿が見えなくなり再び静寂を取り戻した倉庫街に、ケイネスの声が響いた。

『……ランサー。お遊びはもういい。一度戦場に参じた以上、最低でもそこのセイバーの首だけは持って帰れ』

 ケイネスの命令を受け、ライダーの堂々たる後姿を見送っていた視線をセイバーに移したランサーは、億劫そうに口を開く。

「さて……マスターもこう言っているし、俺も戦場に出といてサーヴァントの首一つとらずに帰るのは性にあわねぇ。そろそろ、決着をつけるぞ。俺を傷つけられない相手と長々と戦ったところで俺は満足できないからな」

「望むところだ!!先ほどの発言を後悔するがいい!!」

 セイバーは剣を構えなおし、ランサーに向かって突貫した。

 

 

 

 

 セイバーがランサーと仕切りなおす様子を観察していた切嗣は、決断を強いられていた。

 馬鹿(ライダー)戦車(チャリオッツ)でやってきてから戦況はしっちゃかめっちゃかにされていたが、これでようやく一騎討ちという形になった。未だに監視役のアサシンは健在だが、用意した駒を使い潰せば注意をひきつけるぐらいはできるだろう。

 そして、ランサーとそのマスターであるケイネスはこの闘いで確実にセイバーの首を取りにきている。既にバーサーカーを取り込んで身体能力が低下している彼女を抱えてあの俊足のランサーから逃げるのは難しい以上、ここは戦うしかなかった。

 しかし、ランサーの槍の技量は素人目から見ても超一級品だということが分かっている。そして、純粋にその武芸の技量でセイバーはランサーに劣っているのだ。既に見えない剣の間合いも全て見抜かれ、防戦に徹していても遠からず破滅することが予想できた。

 それに加え、ランサーの槍兵らしからぬ防御力だ。セイバーは気づいているだろうが、ランサーの皮膚はセイバーの剣を幾度か掠めているにも関わらず切り傷一つつけていないのである。もしもランサーの槍を掻い潜って一撃を喰らわせたところで、ダメージが0となれば意味がない。肉を切らせて骨を断つこともできないのだ。

 おまけにあのサーヴァントはまだ宝具を隠している。ランサーのマスターが痺れを切らして宝具を開帳した場合、セイバーがその時点で討ち取られることも十分に考えられることであった。

 

 ――やるなら今しかない。セイバーの勝利が期待できない以上、自分の手でランサーのマスターを排除するしか、ランサーを脱落させる方法はないと切嗣は判断を下した。そして、WA2000狙撃銃を構えなおし、魔術で姿を隠蔽しているケイネスの姿をそのスコープで捉える。

「舞弥、君は倉庫の窓のアサシンをやれ。α、βはクレーンのアサシンだ。ランサーのマスターは僕が仕留める。タイミングは僕に合わせろ」

『『『了解』』』

 アサシンに居場所が露呈する可能性があるとしても、ここで決めなければどのみちセイバーは脱落し、マスターである自分も脱落する。はぐれサーヴァントを拾うという手もあるが、あのランサーやライダー、アーチャーの気質を見る限り再契約の望みは薄いため、その手は取れない。

 切嗣は覚悟を決め、カウントダウンを開始した。

「――――六」

 舞弥とα、βはここでアサシンへの囮として切り捨てることになる。“量産品”であるα、βを斬り捨てることには戸惑いはないが、久宇舞弥(魔術師殺しの部品)を失うことは決して少なくはない損失だ。

 ただ、舞弥を失うリスクに対する焦燥と同時に切嗣は自身のサーヴァントに対しても怒りを通り越して呆れを感じていた。

 仮にも騎士王を名乗っておきながら騎士の華である一騎討ちで技量の差から劣勢に陥ったセイバーには、切嗣は正直いって失望していた。可愛い騎士王様がもう少し働いてくれればこんなリスクを背負う必要はなかったのに――切嗣は内心で使えない駒に対して舌打ちする。

 念話で文句の一つも言ってやりたいところだが、元々切嗣は栄光だの名誉だの、そんなものを嬉々としてもてはやす殺人者とコミュニケーションを取るつもりは毛頭ない。そもそも、あの必死な様子だとこちらの念話に答えるだけの余裕もなさそうだが。

「――――五」

 駒が不良品であれば、不良品の力量に相応しい仕事をしてもらうまでのことだと頭の中で割り切り、切嗣は意識を標的を狙う狩人に切り替える。標的との距離は350m。有効射程は1000m近いWA-2000であれば十分に狙える範囲だ。また、AN/PVS-04暗視スコープによって視認できる範囲内でもある。切嗣の技量ならば外すことはないだろう。

 切嗣は覚悟を決めて銃口をランサーのマスターに向けた。一撃で仕留めるために照準は頭部に合わせる。

 後は、切嗣が引き金を引くだけでいい――切嗣は機械のように淡々とカウントダウンを続ける。

 

 

「――――よ」

 

『切嗣!!』

 だが、カウントダウンは突然無線に割り込んできた舞弥の声で中断された。自身の右腕たる舞弥がこのタイミングで突然カウントダウンを打ち切ったのだから、それなりの非常事態だと判断した切嗣はWA2000を降ろし、即座に舞弥に問質す。

「どうした?舞弥」

 

 そして、舞弥は切嗣の予想だにしなかった状況の変化を報告する。 

 

『……アサシンが消滅しました』

 

 同時に、切嗣の視界の片隅で銀髪の女性が体勢を崩して膝をついた。




マッハ12でキレイキレイされた綺礼さんがどうなったのかについてはまた次話になりそうです。

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