本編の進行とは一切合切、金輪際、全く持って関係ありません。
拙作をはじめてご覧になる方は、第5話「帰郷」から読んでください。
――――第四次聖杯戦争開戦から5日目
「これは警視総監命令だ」
「納得できません」
東京、桜田門にて睨みをきかす警視庁。その庁舎の主の部屋、警視総監の部屋にで一人の美女が立派なテーブルを挟んで眼前の男性を睨みつけていた。女性の眼光は鋭く、その眼には気炎が湧き立っている。だが、そんな女性に相対している壮年の男の眼力も、女性のそれに見劣りするものではない。
「いい加減納得してくれないか、冴子……この件に関する捜査は打ち切りだと決まったんだ。特捜が追うべき
「お言葉ですが
美女と相対する男こそ、この部屋の主である野上警視総監だ。そして、その警視庁のトップに睨みをきかす美女の名前は野上冴子。野上警視総監の長女であり、警視庁特捜部に所属する妖艶な美人刑事である。
父と娘が警視庁の上司と部下という立場の上で剣呑な空気を醸しだしているが、父娘はどちらも譲るつもりはまったくないらしく、空気が和らぐ気配はない。
「野上刑事、これは決定事項なのだ。そもそも、私に掛け合ったところでこの決定が覆るわけがない。無駄なことだ」
「総監が、ご自分の意志で事件の捜査を中断させるような決定をさせたとは私も最初から思ってはおりません。総監がそのような人間ではないことは、私がよく知っていますから。当然、ご自身の信念を曲げざるを得ないほど重大なものが関わっているのでしょう?それも、とびきりに危険なものが。私たちの命を、立場を護るために総監が捜査中止を命令したと私は確信しています」
「分かってくれているようで何よりだ……」
ようやく納得してくれたか。そんな言葉でも聞こえてくるような重い溜息をつく。だが、冴子の瞳には『納得』の『な』の字も見えない
「だからこそ、納得できる理由を教えていただきたいのです。
冴子は腰掛けていたソファから立ち上がり、父親の瞳をじっと見つめた。警察官としての使命、誇り、そして野上冴子という女の意地。それらが彼女の中から父親に対して事件に対する執念を訴えかけてくるように彼は感じた。
――――この馬鹿娘にはもう何を言っても、命令しても無駄か。
こうなったらこの娘は梃子でも動かない。この場は引き下がらせても、結局は自力で事件の真相を追い求めようと勝手に動き回ることは彼にはすぐに理解できた。娘が父親のことをよく知っているように、父親も娘のことをよく知っていたのである。
「…………お父様はやめろ。
彼は観念することにした。ここで無理に娘を部屋から追い出したところで娘は決して納得ないことは分かっている。だが、この事件は下手に首を突っ込めばそれこそ命が危うい。どうせ首を突っ込むのであれば、できるだけこちらの行動を把握し、制限するように動くべきだと判断した。
彼は先ほどまで外面を取り繕っていた困り顔の仮面を捨て、仏頂面を浮かべながらソファからゆっくりと立ち上がって壁に設けられたブックシェルフに足をむけた。そして、シェルフの中から一冊のファイルを取り出した。そして、彼はそのファイルを娘に手渡す。
「2日前、公安と合同で会議があったことは聞いているな?」
「はい。特捜からの出席は許可されなかったので、仔細は存じませんが」
「そうか。ならば、そこから説明しようか」
娘にファイルを手渡した彼は、眼下の景色を見下ろせる窓に顔を向けて話し始めた。
「先月は横浜でブローニングM2が12門、舞鶴でGE M134ミニガンが10門、佐世保でバレットM82が24門。今月に入って再び横浜でFN ミニミが10門、神戸でM40が6門押収された。これほどの火器が短期間で大量に押収された例はこれまでにはない。我々は、各県警からの連絡を受けた我々は、どこかの組織が日本でのテロを企み、戦力を増強しているものと推察していた。最初は、昨今話題の例の新興宗教団体が絡んでいると考えていたが、その推察は外れていた。受け渡しの現場を押さえることもできず、発注者の身元がわかるような手がかりも、船に乗っていた下っ端の引渡し役は何も知らなかった。2日前までは、我々は犯人の目星すらつけていなかったのだ」
彼はそこで一息つくと、胸元から煙草を取り出してライターで火をつけて咥えた。
「受注者である武器商人があの戦後最大の謎の人物として知られるアレクセイ・スミルノフだということは分かっていたが、そんな男がどんな経路で誰から注文を受けたのか、そんなことが海外での情報収集能力が低い我が国が把握できるはずもない。だが2日前、会議に現れた男がもたらした情報が、捜査に進展をもたらしたのだ」
「その男は何者なんですか?」
「本名かは怪しいが、男はウェルズだと名乗った。彼はCIAのエージェントだ。CIAもスミルノフのことを独自に追っていたらしく、その際に今回の日本への武器大量輸出の計画を知ったらしい。彼らは、日本への武器流入を水際で食い止められるように密輸船の情報を提供する代わりに、私達に日本国内で発生したありとあらゆる銃器を用いた事件の情報を地峡するように要求した。そして、私達はそれを呑んだ。彼らも、発注者の発注経路を知ることで、スミルノフの情報を得ようと企んだのだろうな」
彼は煙草を燻らせながら話を続ける。
「そして、昨夜のことだ。とある地方都市で二つの事件が発生した。アパート1棟が倒壊し、港は大規模な爆発に見舞われた。港の方はガス爆発などのそれとは違う、明らかな重火器による破壊の痕跡が見受けられたそうだ。我々は、この事件が一連の武器密輸事件に関係していると見て、警察の総力をもって件の地方都市に大捜査網を敷く用意を始めた。だが、その矢先だ。上からストップがかかってきたのは」
「一体、どうして……」
「その答えの一つが、ある一人の超A級スナイパーの存在だ。武器が一定数国内に持ちこまれた段階でそのスナイパーが入国したという情報が入った。CIAのウェルズ氏は、今回の武器密輸の背景にはそのスナイパーが絡んでいると見ているらしい。ああ、そのスナイパーについての仔細はそのファイルに記されている。読んでみたまえ」
彼は娘に唸るような口調でファイルを読むように促した。父親の様子をいぶかしみながらも、娘は言われた通りにファイルの拍子を捲り、中に綴じられた資料に目を通し始めた。
――まさか、こんな非常識な男が獠以外にいるなんて……
10分ほどでファイルを静かに閉じた冴子が最初に思ったのは、彼女が愛した万年発情男をも上回る男に対する畏怖であった。彼女の知る最高のスイーパー、冴羽獠にも匹敵、いやそれ以上の腕前を持つかもしれないスナイパーなど、これまで彼女も出会ったことがない。
「読み終えたかね?」
「はい。……しかし、これは……」
「ここに記されていることは紛れもない事実だ。……正確に言うのであれば、事実の断片だな。だが、我々は彼についてはここに記されている断片的な情報しか知らないのだ、ゴルゴ13という男については」
「ですが、この情報だけでも、このゴルゴ13という男の危険性がよく分かります。……日本警察の総力を挙げたとしても、彼を止めることはできないと言ってもいいでしょうね」
冴子の漏らした言葉に彼女の父も頷いた。
「そうだ。そして昨夜入った情報だが、そのゴルゴ13があの爆発のあった地方都市に姿を顕したらしい。タイミングから考えても、あれほどの火器の大規模密輸と無関係とは到底思えん」
「ここで下手に彼に関わればさらに被害が拡大し、警察にも殉職者が両手の指で数え切れないほどに出る可能性があると?」
「ああ。悔しいことだが、我が国の国家権力をもってしてもあの男は止められん。彼は極力仕事に無関係な一般人を巻き込まないように仕事を遂行する。我々としては、下手に手を出すよりはこの男の裁量でできる限り無辜の命が犠牲にならないように祈る方がいい。手を出して彼の仕事の計画を狂わせる方が一般市民の犠牲が拡大しかねん」
「……確かに、そうですね」
冴子は父親の言葉に静かに頷いた。だが、まだ彼女は納得まではしていなかった。冴子は父親に向き直り、再び険しい視線を向けた。
「超A級スナイパー、ゴルゴ13の存在に対する危惧は理解できました。しかし、捜査を強制的に中止させた理由はそれだけではないのでしょう?他に一体、どんな理由があって捜査を中止すると決めたのですか?」
そう、先ほど彼女の父親はこう言っていたのだ。
――『その答えの一つが、ある一人の超A級スナイパーの存在だ』と。
つまり、今回の捜査が中止に追い込まれた背景には、また別の要因がまだあるということである。そのまた別の要因を知るまでは、冴子は到底今回の決定に納得できなかった。
「……ゴルゴ13が事件に関わっているということだけならば、CIAまでは手を引かなかったかもしれん。彼は敵対するものには容赦ないが、だからといって自分の邪魔をする警察や標的の警護の人間を誰彼構わず抹殺するような男ではないからな。ゴルゴ13は、彼を害したり彼のルールを破らない限りは極力標的以外の命を殺すことは避けることも分かっている。だが、上からの圧力がかかると我々もCIAも同じだ。手を引かざるをえまい」
「上……それは一体、どれほど上の方からの圧力なのですか?」
冴子も、何となくは予想がついている。だが、敢えて彼女はそこで踏み込んだ。
「さてな……だが、私の方はあの総理大臣様が直々に伝えてくれたよ。全く忌々しい……」
彼はその時のことを不快感を隠そうともせずに娘に語った。曰く、総理官邸から直接連絡があって警察庁長官と共に呼び出され、そこで総理の口から直々に今回の件から手を引くように命令されたという。当然、納得できるはずがない。この国で未曾有のテロが起きる可能性があり、むしろ現状の倍以上の捜査員を投入する必要があると彼は語ったが、彼の主張は全く受け入れられなかった。どこからの圧力かと聞いても、総理はのらりくらりと彼の追及を避けるだけだった。
挙句の果てには、この国で自衛隊を投入するほどの武力蜂起が起こる可能性もあるとして翻意を促す彼に対して総理は冷笑を浮かべながらこう言ったのだという。
「大げさだ」
今代の総理は、国の一大事を宇慮する国家の保安関係者のトップの主張をこの一言で退けたのだ。一国の総理から飛び出したその言葉を信じることができず、彼は一時目を丸くしたらしい。
「そのような面倒なことが起きる可能性はない。先方もそのように言っていた」
そう言い残して総理は彼の反論も許さずに退室を促したという。どうすることもできずに彼は官邸を後にして警視庁の庁舎に帰還し、捜査関係者に捜査の打ち切りを命令した。腹の底に煮えたぎる屈辱の焔に耐えながら。
解散命令後、CIAのウェルズも彼の下を尋ねて本国からの捜査打ち切りの命令が来たために帰還する旨を報告しにきた。ウェルズは打ち切りの背景については詳しく知らなかったようだが、どうやらゴルゴ13以外のなんらかの強い影響力を持つ人物が今回の捜査打ち切りの裏にいるらしいと自身の推測を彼に話していたそうだ。
ウェルズ曰く、ゴルゴ13が自身のルールに抵触していないのにも関わらず、警察に圧力をかけるということはまず考えられないという。そして、ウェルズの上司は今回の決定については大統領からの圧力があったと話したそうだ。
一体どこの誰が何の目的で一国の指導者を通して圧力をかけさせたのかは全く分からない。だが、彼はこれ以上捜査を続けることが警視庁という組織にとっても、そして現場で捜査に従事する捜査員にとっても非常に危険なことになるということは理解していた。国家に捜査中止の圧力をかけられる権力者であれば、隠れて捜査を進めても捜査員を害することは十分に考えられる。
故に、彼は断腸の思いで有無を言わさずに捜査本部を解散させた。全ての抗議を受け付けない強権的な振る舞いであったが、組織人たる捜査員たちのほとんどはここで命令に逆らって捜査を続けるほどの気概を持ってはおらず、不満を抱えながらも命令に従った。例外は、現在彼の眼前にいる彼の長女だけであった。
納得がいかないという理由で警視総監室にまで乗り込んできたことも、納得させるために今回の事件のあらましを一から説明するはめになったことも予想外ではあったが、これで長女も諦めてくれるだろうと彼は内心で安堵していた。
「分かりましたわ。確かに、今回の捜査本部解散については納得しました」
「理解してくれて何よりだ……全く、手間をとらせおって……」
「お手数をおかけしました。それでは、失礼します」
冴子はソファから腰を上げ、静かに頭を下げた。しかし、彼女が総監室を後にしようとドアノブに手をかけたところで後ろから再度父親の声がかけられる。
「待ちたまえ」
冴子は訝しげな表情を浮かべながら父親の方に振り返る。相変わらず窓の方を向いたまま、背中を娘にむけながら彼は言った。
「これは、警視総監としてではなく、一人の父親としてのお願いだ。……頼むから、今回の件には関わってくれるな。これまでのようにあのシティーハンターの手を借りれば何とかなるとでも思っているのだろうが、ゴルゴ13はこれまでにお前が相手にしてきた2流や3流の犯罪者とは格が違う。おまけに日本とアメリカという二国の最高指導者を黙らせるだけの権力を持った何者かも敵になるかもしれない。もしも、敵に回すことになればお前も、シティーハンター諸共葬られるぞ。冴子、私はお前を死なせたくはないんだ……頼むからこの事件のことは忘れてくれ…………」
冴子には警視総監にまで登り詰めた男の背中がとても小さく見えた。まるで、大切なものが奪われる恐怖に怯える子供のような姿だった。
「……それでは、失礼します」
冴子は父親の心配も、不安も分かっている。娘を思う親の愛を感じている。親に娘を失うかもしれないという恐怖を体験させることに対して、申し訳なく思う気持ちもある。だが、それでも彼女は己の警察官としての生き様を曲げようとは考えられなかった。
故に、事件から手を引くなどという言葉は彼女には言えなかった。
警視総監室を後にした冴子は、警視庁の廊下で寂しそうな表情を浮かべながら呟いた。
「父親としての頼みって……警視総監室で公私混同をしてるのはお父様じゃないの」
「…………」
冴子の父親である彼は、娘の言動を信用できずにいた。真相を知ったとて、この強情な娘が容易く引き下がるだろうか?ひょっとすると、命令を承知の上で単独行動するのではないだろうか?そのような考えが浮かんでくる。
かといって、彼には娘を止める手段はない。あの娘のことだ。監禁でもしない限りは事件を捜査しようとするだろう。
「万が一のこともある……か……」
彼はデスクに設けられた電話の受話器を手に取り、ある番号を入力した。しばらくして、目当ての人物が電話に出た。
「…………ああ、麗香か。私だ。お前に頼みがある」
というわけで、『シティーハンター』から魅惑の女刑事野上冴子とその父親の警視総監に出演していただきました。
この名作を人気があるのに打ち切った当時のジャンプ編集部はどうかしていると思います。今日中に後編を掲載する予定なので、乞うご期待。