「・・・。」
私は、私と部下は目の前の風が少し強めに吹く花畑と、瓦礫に囲まれ廃墟と化した街並みを見渡す。
周りには遥か遠方に高い城壁が見え,この地域が巨大な城塞都市の一角を成している事が窺える。
空は昼間であり青々と澄んでおり、硝煙の煙たさもなければ、戦場の煩わしい唸り声もしない。
「て、てーとく・・・大丈夫?」
「・・・提督閣下,ご指示を。我らは一体どうすれば・・・。」
後に良き思い出として思い返す事になるが、気づけば今この時から私達は放浪の民となっていた。
「というわけで、だ。我々は先ほどまでコーンウォールからロンドンに進軍中だった・・・それは良いな?」
「そうです、てーとく!」
「その通りでございます、閣下。」
私の名前を紹介しよう。
我が名を聞くが良いッ!
第47代目、ヴァロワ家当主 ヴェッテ・ヴァロワ卿である。愛称は提督だ。
爵位は公爵、所属は世界に冠たるスペイン帝国海軍!
そしてかつて無敵艦隊も指揮していた(事がある)。
無敵艦隊とは、あのイングランド海軍に勝るとも劣らずの実力を持つ帝国最大の艦隊の事である。
帝国内にて、自分の出自や外交問題における派閥間の対立など、紆余曲折あって左官されてしまったが・・・。
その後、帝国きっての精鋭部隊に配属された私は今しがた
そしてブリテン島に上陸後、イギリス軍守備隊との苛烈な戦闘の後に、何とか敵部隊は撃退できた。
すぐに敵正面からは迂回軌道を取り、戦略目標であるロンドンへの進軍を行っていた最中、日も落ちた頃合いだったため野営を行なっていた時のことであった。
「いつの間にか・・・見ず知らずの土地に入ってしまったようだな。」
「どうやらそうみたいですなー・・・ごごどごだぁ”ぁ” 」
「これガリバルディ侯爵、そう茶化すでない。事態は一刻を争うのだぞ。」
辺りを見れば,花畑が目に美しく見入ってくるが、今はそれどころではない。風情に浸っている余裕も無いのだから。
とりあえずは現状把握だ。情報収集は軍における生命線であると言えよう。
特に地形や地理においては、敵より優位に立つためには真っ先に把握すべき事項だ。
見たところ我々574名のスペイン軍精鋭部隊
それに、1人も欠けることなくこの場に神隠しされたのは不幸中の幸い、か。
私はほっと胸を撫で下ろした後、深呼吸する。
「・・・とりあえず、命を下す。ガリバルディ、お前は全ての下士官に、野営の装備を全て片付けるように指示を出せ。すぐに移動できるよう、準備するのだ。」
ガリバルディ侯爵とは、私の右腕の部下だ。
欧州随一の錬金術師でもあり、土塊から火薬を作り出せる。ただの水をワインに変える事もできる。まさに神の子の再来といえよう存在である。
我が軍におけるいざとなった時の武器・弾薬・食糧等の補給を担える重要な後方支援戦力でありながら、本人の魔法への適性は『風』。
つまり、近接戦闘においてかなりの効果を発揮する風使いであり、彼は殆ど自由自在に自身の周りの空気を操れると言っても過言ではないだろう。
さらに彼自身の持つ魔力も絶大であり、第一線で戦闘を行うこの部隊に配属されるだけの才を持ち合わせている。
その戦闘能力は下士官を優に越え、その実力故か慢心故か、彼には常に前線での戦闘を要求される。
もちろん、我が軍の秘宝でもある侯爵を無為に前線に出すような真似はしない。
なぜなら、侯爵は魔法や錬金術に才はあっても、
敵の
曰く、神の望みたまふ世界に仇となる世界の敵対者を、現世の肉体並びに必要とあらば敵対者の周囲の物質さえも溶解し、その魂を
最初にこの権能が発見されたのは、時のローマ皇帝ネロによる信仰の同胞達への暴挙がなされた時であった。
殉教者ペテロは、皇帝ネロによって捕らえられ、自らの肉体を炎に包まれながら死の寸前に、神に、神の望みたまふ世界を侮辱する者達すべてを、自らと共に道連れにすることを、己の全てを差し出すという犠牲と引き換えに要求した。
この時から、ペテロの殉教の後に信仰に大いに適性のある者達がその権能に
そしてこの神聖なる力に対抗し得るのは、神の寵愛を同じく受けた、奇しくも同じ信仰を持っているはずの者同士でしか相手にならないのだ。
古来より伝わる魔法は、強烈な信仰心の前では、事象改変という神への最大の冒涜としてことごとく無力化され、効力を失う。
つまり、権能のあの禍々しい黒い気体のようなものは、魔法さえも消し去る。
しかし、魔法による事象改変を無効とするには、信仰の擁護者程度の権能の強度がなければ、むしろ使用者の引き出せる戦闘能力を引き下げてしまうという欠点もあるため、基本的には魔法は権能を有する信仰者達に対して有効だ。
あくまで信仰の擁護者やそれに準ずる信仰心の持ち主であった場合に、魔法はほぼ完璧に封じられてしまうため、同じく信仰の擁護者によって対抗するしか手段はないのだ。
それでも、ガリバルディ侯爵のような猪突猛進型の魔法使いは強敵を呼び込みやすい。...実際、これまで何度も
しかし、異端に対して士気が上がっていたのか、ガリバルディ侯爵は、魔法だけでなく、彼本人の
だが、あの時のように権能を封殺出来るとは限らない。私と同等か、それ以上に信仰心に適性のあるものがこの地にいるとすれば...油断は何一つできない。我々はこの土地を知らないのだから...。
ちなみに、ガリバルディ侯爵の見た目は女性のような顔つきで非常に愛嬌のある可愛らしい子ではあるが,歴とした男性だ。
見間違えると地雷を踏むことになるので注意しなければならない。
「わかったです てーとく!ささ、みんなお片付けの時間だよー!」
彼が後ろを向いてパンっと手を叩くと,皆それぞれ自分の使役する
それぞれの部隊が装備を仕舞い込む容器は、小さな鞄が一つのみ。
だがこの鞄は内側に空間拡大魔法をかけられており、そのスペースは実際の空間の約10の27乗倍と言われている。
今や軍における必需品だが、兵士達はそれにセカセカと荷物を積み込んでいる。
それを見た私は、もう一人の私の左腕にも命を下す。
「ヘッケル伯爵、そなたの配下を数部隊引き連れ、この謎の城塞都市の偵察及び情報収集、住民への聞き込みを行なってほしい。
それから、我々のドゥカート金貨が使えるかどうかも試して貰いたい、引き受けてくれるか。」
ヘッケル伯爵は我が左腕だ。
スペイン軍精鋭兵の中でも武芸に優れ,常に真面目で真剣、一瞬の油断も持ち合わせない。
信仰の方はイマイチだが、純粋な剣の腕前と知覚魔法・身体能力においては一流、その神速の如き剣捌きと機動力には全力を出した私に匹敵する。
ただ、元々スペイン陸軍所属の身であるため殆どが海軍出身のこの部隊の下士官や兵士達とはあまり仲が良いとは言えなかったりするのが玉に傷だ。
酒飲みの場で良く下士官達相手に乱闘を繰り広げる彼を見れば,まるで獣のようだが、本人の体格自体は平均的だ。
神の域にまで達した彼の知覚魔法が、目を開けずとも敵の位置を把握し、微細な空気の揺れさえ逃さない・・・そしてそれに彼の武芸が合わさり、嘗ては帝国陸軍の最先鋒を担い続けていた。
無論,今も我が
「御意・・・では私が居ない間に、今後の方針についてガリバルディ侯爵と相談していただけると良いかと。」
「うむ、良い指摘だ。・・・それと後ほど移動する為、移動先と経路を優先的に巡回してほしい。貴殿との定時連絡は30分毎に送ってくれ。」
「承知しました。
すると彼は颯爽と、後ろに控えていた部下達と共にその場を
契約、とは、生まれながらにして《信仰》に適性を持った者達にできる、神と地獄との契約の一種の事である。
先述したペテロの殉教からこの契約は始まった。そして信仰の権能を引き出すための儀式でもある。
その契約はひとえに、こうである。
《神に仇なす敵の血肉、其方に分け与えん。
それが恩に報いる為、其方は我らに●●●与えん。》
即ち信仰に叛いた行為を取る異端異教に加え、教皇とその付随する帝国から破門を受けたなどの、所謂神の敵とされた者達の血肉を地獄へと献上する。
その返礼として地獄から神、神から我々信徒にある生き物を与えられる、こういったものだ。
信仰への適性をある程度持たない者は、契約を履行しようとしたその瞬間にしてその身を灰に変えてしまう程、強力な古からの呪いであった。
しかしながらこの契約は一度成功しさえすれば、二度と破れぬ代わりに利点もある。
それが先程言った
見た目はドス黒く,霧のようにフワフワとして形は留まっていない。
それゆえに、私たちは『黒霧』と呼んでいる。
だがこの『黒霧』は、契約者の信仰に対する敵を
契約者が命じれば、負傷した傷を数秒で癒し、即死しない限り生きる事を許す。
契約者が命じれば、剣の刃など一箇所に集中してまとわりつかせ使役する事ができ,その攻撃力は、つまりは溶解力だが、格段に跳ね上がる。
契約者が命じれば、契約者自身にまとわりつかせ、使役し,自らの身体能力を比類なきモノへと躍進させるであろう。
契約者が命じれば、その生き物を肉壁として扱う事も、スコップのように土を掘る道具として形を定め、扱う事も出来よう。
だが条件がただ一つ存在する。
生涯を通して神の敵を殺し,その血肉を分け与える事である。
これが1000年もの間、キリスト教諸国の間で行われてきた神々と
そしてその契約には、契約者の信仰への適性に応じて
信仰への適性が高い者程,使役できる
そしてそれが、何の魔法の才も、生まれながらの才能を何一つ持たない私に唯一与えられた
ヴェッテ・ヴァロワはヨーロッパ世界で、類稀なる信仰への適性を持ち、帝国を全盛期へと持ち運んだ英雄、イスパニアの保有する唯一の
「さて、と・・・ガリバルディ!終わったか。」
私が彼を大声で呼べば,彼は嬉しそうに此方に小走りで戻ってきた。
「はい、てーとく!各員、全ての装備を収納し終えました!・・・それで、これから我らはどこへ行くのでしょうか!」
「・・・それも含めて,歩きながら話そう。全員、行軍開始!街道沿いに進む!」
話は後回しにして次々に命令を下す。
そうして私たちは少し大所帯となりつつも、列を為して未開の地を探索し始めた。
この地が廃れた場所なのが幸いしてか、我々の姿を見た者はまだいなかった。
街道も同様寂れており、人通りは全くなかったため目立つ事もなかった。
「・・・ガリバルディ、それでは今後の方略を決めようと思う。」
それを聞いた彼は,この異常事態に多少緊張していたのか、ゴクリと喉を鳴らして真剣に耳を傾けてくれる。
「昨今、我々の任務はイングランド首都ロンドンの陥落であった。
だが、今は原因不明の何かによってこの未開の地へと・・・そうだな、転移させられたとでも言おうか。」
「転移・・・確かに,それ以外では説明がつかないですね・・・。
しかし転移魔法は高等魔法の中の一つ・・・それとこの規模で仕掛けられたとなると・・・敵軍が仕掛けたとは考えにくいです。」
「その通りだ。それにそもそも敵軍が転移魔法など目の前で発動しようものなら、野営地の警備に当たっていた哨戒兵に真っ二つにされているだろうさ。」
私が我が軍をまるで褒めるように言えば,彼も「それもそっか。」とポンと手を叩き納得したようだった。
しかし,転移という大掛かりな工作がなぜ行われたのかという疑問は,やはり解決しなかった。
「・・・ひとまず原因は置いておこう。
ここで我々が取るべき行動は第一に、祖国に帰る術を探す事だ。まだ戦争も続いている事だ、早急に帰らねばなるまい。
そしてそのためには足掛かりとなる拠点と、情報収集が不可欠である。」
「にゃるほどです・・・。」
1兵士として、いかなる状況下でも冷静に、努めて冷静にいる事が重要であると、皇帝陛下は仰っていた。
あの訓示が今ここで役に立ってくれるとは、感銘を受ける。
「そのためにヘッケル伯爵には既にこの都市の偵察に行かせてある。
とりあえずここが何処なのか、この都市の勢力には如何なるものがあるか等・・・それくらいは抑えておきたい。」
「了解です!
それではこのガリバルディ、一層てーとくに忠義を尽くし最後まで帝国のために奮戦するのです!
・・・それで、この先はどこに繋がってるのですかにゃ?」
ガリバルディ侯爵が不思議そうに今歩いているこの街道の先の目的地を聞いてくる。
すると、丁度前方にタイミング良くスペイン兵が伝令の為サァーッと移動してきていた黒い霧から実体を取り戻し現れた。
伝令兵はそのまま、一枚の丸く収められた紙を私に恭しく献上してくれた。
「閣下、ヘッケル伯爵からでございます。」
「・・・受け取った、もう戻って良いぞ。」
「はッ。」
そういうと彼も自分のヘッケルに指定されているであろう持ち場へと、再度黒霧と共に消えて行った。
ちなみに彼らは瞬間移動をしているのではない。
黒霧により、
もちろん、これは貴重な信仰に対する適性の強い者のみが可能とする難儀な使役方法だが、ヘッケル率いる偵察部隊にはこう言った者が数多くいる。
ヘッケル自身は、あまりあの移動方法は本人の信仰への適性上、得意ではないらしいが。
出来ない事はないから、本人の知覚魔法等の適性から考えて偵察部隊に配属させている次第だ。
「てーとく〜、それにゃあに?」
唐突な書状に、横からグィッと顔を出す興味津々なガリバルディ。・・・顔が近いぞ。
「ヘッケルに頼んでおいた定時連絡だ。簡単な報告が記載されているはずだ。」
私は彼の疑問に何でもないといった感じで答えた後、青いリボンで結ばれた報告書を開く。
「・・・どうやら、私達は相当廃れた旧市街とやらにいたようだ。」
「通りで人がいなかったわけだにゃあ。」
ウンウンと横で頷く侯爵に続けて私も内容を噛み砕いて伝えていく。
「・・・この道は城塞都市の中心部に続いているとの事だ。地形からしても私もそう思う。」
「おー、都ですかい!
略奪!虐殺!滅ぼすにゃ!!」
ガリバルディ侯はいきなり目の色を変えて、その狂気的な発想を口に出してしまう。
私は即座に慌てて彼の行き過ぎた言動を諌める。
「馬鹿ッ、ここはロンドンじゃないんだぞ・・・不用意な敵対行動は慎め。
敵の戦力は未知数であり、我々を越えた存在があり得ないと言う可能性がないのだから・・・国に帰る前に押し潰されては困るだろう?」
それを聞いたガリバルディは「はぁーい。」と生返事を返すだけで、再びしょぼくれた顔をしてそっぽを向いた。
「はぁー・・・。」
私は大きくため息を吐きながら、彼の本性を忘れていたとばかりに項垂れた。
いや、忘れていたわけではないのだがな。
・・・数々の猟奇的殺人・・・。
初めて彼の経歴書を見た時、それは驚いたものだった。
フランドル地方にて5件、リバプールにて7件、マドリッド・カディスにおいて10数件の無差別殺人を実行したという。
あの可愛らしい仮面を被った下には、私には到底理解できない異常性があるのだろう。
だが、彼はそれでも才能に秀でた優秀な人材であった。
風魔法でやたらと人を斬りつける事以外は至って才に恵まれ、錬金術師としては欧州きっての腕だった。
幼い頃の彼は孤児であり、出自も両親も分からなかったそうだ。
日々の食い扶持は、錬金術師として物心ついた頃から金銀を作り出し,それで生きていたという。
現行の技術ではあり得ない、純度の高い完全な金塊を、幼少期から単なる木材から生み出せる。
100年モノの高級ワインに匹敵する酒を、滝の如く川の水から作り出すその才は絶大であった。
だから、まだこの
そして・・・傲慢であさましい事この上なく、あのクソ餓鬼だの何だのと違いを罵り合った彼が、今私と共に永遠に従軍してくれているのは、まだ未熟だった頃の私と彼との一戦 その
さて、昔話はここまでにして,現状に戻るとしよう。
「・・・まだ話は終わっていないぞ、ガリバルディ。」
その言葉を聞いて不貞腐れていた彼は耳をピクリと動かし、再びこちらに顔を向ける。
「我々は丸二日も補給無しに、突出して進軍していただろう?
下士官から兵士に至るまで、全員腹が減ってるはずだ・・・勿論、この私や貴公を含めてな。」
彼はわかりやすく首を上下にブンブンと振り回し肯定した後,口を大きく開け指さす。
大方早くメシをヨコセと言っているのだろう。
「上陸後の戦闘で,我々の物資は粗方あの忌々しいイングランド軍共に燃やされてしまった・・・兵糧攻めとは、中々不意をつかれたものだったな。」
私は自嘲するかのように己の失態とイングランド軍の優れた知謀を思い返しながら話す。
「・・・そこでだ、食事が出来る所を探したいと思う。
お前は錬金術師とは言え,500名以上の料理を作らせるのは酷だ。」
以前,補給切れで一度だけガリバルディ侯に永遠と土塊と川の水からパンとワインを製造させていた事があったが,彼の目が死んだ魚の様になっていたのはよく覚えている。
現に今目の前のガリバルディ侯爵の表情はどんよりと一気に暗くなっており,目を細めてガクンと項垂れている。
「それに恐らくこれ程規模の大きな城塞都市なのだから、そこに住まう民とその富も豊かなはずだ。
ゆえに、露店でそれぞれの部隊に食べたいものを買って好きに食わせてやりたいと思う。
・・・勿論、我々の金貨が使えればの話だが。どうだ?」
それを聞いたガリバルディ侯爵はわかりやすいくらいに先程のやる気のない低姿勢からは打って変わって笑顔を浮かべ、大いに喜ぶ。
「お買い物!好きにしていいんですか!?やったです!!」
わーいわーいと、ぴょんぴょん飛び跳ねながらこの寂れた街道を彼と共に歩くのは何とも奇妙な光景だった。
「だが、各員に厳命を下しておくように。
決して目立つような行動は控え,問題を起こすな。
我らは大海を知らない井の中の蛙だ・・・この地の勢力・派閥や、敵対構図などもっての外である。
それから・・・そうだな、ピストルや帯剣を除いて大型のマスケット銃を晒せば相手を刺激するだろう、それも仕舞っておくんだ。
何か揉め事に遭遇した場合、速やかに地点Eに撤退するよう各員に伝えてくれ。」
「了解ですにゃ!」
「あ,おい待て、まだ話は終わっていない。」
「まだ何かあるんですか、てーとく!」
彼はスタコラサッサと少し後方を歩く下士官達の方へと伝令を伝える為下がって行こうとするが、呼び止めに応じて引き止まる。
「・・・我々の正体を聞かれた場合,遠方からやってきた商隊だと言うんだ。
名前は・・・そうだな、ヴァレンシュタイン取引商会とでも名乗れ。良いな?」
これほどの大所帯では最早商隊を装うしか身分の誤魔化し方はなかろうと考えたわけだ。
案の定、彼もそれを理解してくれたのかガリバルディ侯爵は再び「了解ですにゃ!」と言った後に漸く後方へと伝令に向かった。
時々、この寂れた街道も漸く田舎町程度の人通りとなり、すれ違う民達が奇妙な目で私たちのことを見てくる。
私は提督として姿格好は少し一般の兵とは違うが,下士官や私の補佐官であるヘッケルにガリバルディ等は全員、黒い三角帽と軍服に身を包んでいる。
我々の服装は市民と大して変わるような珍奇なものでは無いし、そこまで変ではないとは思うが・・・恐らく,そこら辺の価値観にも違いがあるようだ。
住民の意識・文化面の調査も情報収集の一環であるが故に、ヘッケルに放り投げる脳内リストにまた追加項目が増えた。
「我々の姿格好を見てあのような反応をするということは、やはりここは相当辺鄙な場所なはず・・・恐らくまだ誰も探索した事がない、な。」
今まで世界各地で戦ってきたかく言う私も、すれ違う民達の中に猫のような顔をした女性がいたり、尻尾を生やしたトカゲのような男性が荷物を担いでいたりした場所を知らない。
「あぁ、神よ・・・御加護を。」
「何だと・・・貨幣が使用、できない・・・!?」
「ナ、ナナナナナナ、ナンデスト・・・!!」
それを聞いた私は、既にこの城塞都市・・・偵察に出ていたヘッケル伯爵が戻ってきた彼が言うには、『るぐにか』王国なる王都であるらしい。
このルグニカ王国の王都の噴水前の賑やかな場所でかなり項垂れていた。
ちなみに、部隊を5つほどに分け,大所帯にならないように待機させている為あまり目立ってはいない・・・はずなんだが周囲の住民の目は結構私達に向けられている。
商隊なんざ珍しくも何ともないはずなんだがなぁと困惑したが、今はそれどころではない。
「はい、提督閣下。ある
「・・・
「はぁ・・・その露店の店主は頑なに
言葉に関しては通じましたが・・・耳にするは
また、こちらから話しかけた場合も、難なくこちら側の言語を話せたようで・・・不可思議です、閣下。」
・・・確かに,周りの喧騒から聞こえる言葉は聞いた事もないような言葉なのに、スラスラとその意味を理解できてしまう。
更に、その言語を話せる・・・非常に不可思議だ、まるで私達に
「・・・それより先にやるべきことがあるだろう。その事は後回しにする。」
「はッ・・・。」
「・・・てーとくぅ・・・ガリバルディはお腹が空いたのです・・・うぅ。」
食料だ。
今横にいるガリバルディは土塊を少量の小麦に、小麦を一欠片のパンに変えてむしゃむしゃと食べ始めている。
このままでは一般の下士官達が土塊をそのまま食べ始めかねない。そうなれば部隊存亡の危機である。
「・・・ヘッケル、ほかに情報は?この王都で有力な貴族や豪族はいるか。」
こうなればなりふり構っていられまい。
食事抜きでは兵の士気も落ちてしまう故、癪に触るがどこかの大貴族のお世話になるしかあるまい。
辺境の地でも、いくらなんでもそれくらいの存在はいるはずだろう。
ましてこの王都とやらは見たところ文明レベルは、物語の中に出てくる遥か昔の祖国やヨーロッパに近かった。
それで貴族の一人も居ないとなれば奇怪な話この上ない。
それにこれだけの部隊を養えるのは、やはりそれなりの権力者でなくてはならない。
後ろ盾が必要なのだ。
ゆえにヘッケルに聞いた所、意外な事にあまり期待していなかった良い返答が来た。
「はッ、提督閣下。
どうやらこの王国は現在、
国中にその事実は広まっており,政情は不安定で我々に対する衛兵の目もかなり険しいものでした。」
「ふむ・・・続けろ。」
王が不在とは・・・皇太子も第二王子もいない、つまり王族の全滅といったところか。
「その上で新たな国王を迎える為、王選なるものを開始し、その中の候補者達から選抜する模様であります。」
「・・・なるほどな。それで、その候補とやらは如何程いる?」
私が噴水の周囲に置かれた椅子に腰掛けて周囲の様子を一望しながら聞いてみると,彼も側まで付いてきて会話を続ける。
ガリバルディはそこら辺の街路樹を登って木登りを楽しんでいる・・・放置しておこう、あぁいうのも我々は脅威でないという印になるだろう。
「・・・4名ほどおります。
まず第一に,クルシュ・カルステンという公爵家です。噂によれば王選における最有力候補であり、若くして当主を務めるとか。」
「ほぅ・・・優秀な官僚は嫌いじゃない。お世話になるならそこかな・・・残りの三人は?」
「それが・・・。」
そこまで言うと、彼は顔を下に俯かせながら、希望薄だと言うことを暗に伝えようとする。
「申せ、判断材料にする。」
「・・・評判、あまりよろしくないようです。
一人は銀髪のハーフエルフ,と言うこの国の価値観に依存すれば大層嫌悪されている者でございます。
もう一人は・・・独断的で王国の気質に向かない令嬢との事です。
また、もう一人は商人の出との事で、財政面は非常に裕福との噂ですが、私兵団を引き連れて各地を転々としているとか・・・我々の足掛かりとしては不適切かと。」
「ふむ、確かに今その三人にお世話になるはあまりに愚鈍な選択だな・・・よし、決めたぞ。
そのカルステン公爵とやらにお会いしようではないか。」
「承知しました閣下。」
「・・・して、どこで会えるのだ?」
ふと疑問に思い,一番肝要なそのカルステン公爵家の場所を聞く。
「そ、それが・・・。」
「はぁ・・・また問題か。今度はなんだ。」
私が深いため息と共に、うまくいかないなぁと内心愚痴を吐く。
その態度に怖気付く事なく、ヘッケル伯爵は意を決して伝えようとする。
「・・・捕らえた役人や住民に精神支配の魔法をかけても、誰も知らないと申すのです・・・。」
「ありえるかッ!!」
パリンッ・・・
私は思わず癇癪を起こし,噴水の大理石に黒霧を使役してヒビをいかせてしまう。
「か、閣下・・・この大勢の人前では行動に留意せよと申し付けたのは閣下自身であります。
どうかお怒りをお収めください・・・。」
その言葉に,私は胸を打たれたようだった。
すぐに冷静さを取り戻し,目の前の諸問題に対処する。
「・・・ありがとう伯爵。次から次へと不運の連続で、憤りが知らぬ間に溜まっていたようだ。」
「いえ、それは閣下だけの事ではありません。我らとて同じ思い・・・。」
「・・・。」
この異国の地に唐突に転移させられ,訳もわからず露頭に迷うと言うのは複雑な心情を生み出すには十分だった。
私達は少々黙りであったが、漸く私の方から口を開ける。
「・・・そういえばヘッケル、衛兵の詰所の位置は分かるか?」
「え?・・・はい、確かここからそう遠くないはずです。」
私はそれを聞いて一安心した。
「偵察による情報収集だけでは限界がある・・・相手は公爵だ。名は知れ渡っているが、己の住処はしっかりと隠匿しているわけだな。
衛兵の詰所でそのカルステン公爵本人に面会を求めた方が良さげだろう。」
それを聞いたヘッケルは顎に手をやり、「なるほど・・・。」と一言。
「・・・拘束した役人や住民は記憶を弄ってから元の場所へと帰しておけ。
ヘッケル伯爵、貴殿には引き続きこの地の偵察と情報収集を頼む。定時連絡は二時間毎だ。
食事の用意ができればこちらから連絡をよこす。」
「御意・・・。」
「私はこれからガリバルディと共に衛兵の詰所へと向かう。不要だとは思うが・・・」
「警護、お任せください。腕の立つものに詰所までの経路の監視と伏兵の任を持たせ配置させます。」
「・・・いつもすまない,恩に着る。」
「いいえ、お気遣いは無用です。それでは私は任務に戻ります、どうかお気をつけを。」
「あぁ、神の御加護を。」
そう言ってヘッケルは急足でこの場を離れ,人通りの少ない裏路地へと向かって行った。
それを横目に見送った後、私は方針を決定したらいざ行動とばかりに辺りを見渡す。
「おい、移動だ侯爵!」
立ち上がり,向こうの方で下士官と強制的に鬼ごっこを始めたガリバルディを呼びつける。
「はいはいのはいです!
漸く移動だよ〜、ほら早く一緒に来て!モタモタしないの!」
またもぴょんぴょん飛び跳ねながら
まぁ、それは良いとして今後の方針を告知する。
「良いか、これからクルシュ・カルステンという公爵家に面会を求めようと思う。」
それを聞いたガリバルディは目を輝かせて嬉しそうな笑顔でこう言う。
「おぉ!ヴェッテ卿と同じく公爵の地位の者にですか!
それはつまり・・・そこを頼って美味い食いもんを飲み食いし放題しまくるわけですにゃ!」
ガッハッハ、主君の考えなどお見通しだぞとばかりに高笑いするガリバルディ。
その自信を半分打ち砕くために私は「いや・・・」と口を挟む。
「それもあるんだが、第一は後ろ盾だ。
どうやらカルステン公爵は王選という国の一大事に参加する、ルグニカ王国の中でも重鎮の中の一人らしい。
そんな彼女を
それを聞いたガリバルディは半分しか自分の予想が当たっていなかったことにしょぼくれている。
「むぅぅ・・・食べ物は大事なのに・・・。」
「わかったわかった。
早速だがガリバルディ、部隊を上級貴族邸区画付近に移動させ、影魔法に秀でた者達に身を隠させろ。
公爵が受け入れたなら即座に駐屯できるようにするためだ。
それと腕の立つ者を数名、私の警護につけてくれ。
・・・貴公もついてきていいぞ。」
「なぬっ!」
それを聞いた彼は久々に主君のお供が出来ると知り、血が沸き立つような構えでこう言う。
「では早速、武勇に秀でる我が精鋭兵を連れてくるです!」
ビュゥッ、と風が立つほどの勢いで彼は後方の部隊の中へと突っ走って行った。
「あー、くれぐれも無礼や粗相のないように・・・ってもう行っちゃってるし。」
はぁー、と本日何度目になるかわからないため息をつきながら、私は彼を待つのであった。
爵位階級:大公・大公爵>公爵>侯爵>伯爵>男爵