「美味ぁぁぁ!!」
「おい、もう少し慎みを持ちながらだな・・・」
「てーとくも食べなよ!何これ初めて見る!」
我々は公爵家にて2日ぶりのマトモな夕食をとりながら、談笑していた。
よく味付けされ、ちょうど良い火加減でその旨味を閉じ込めた脂の乗ったステーキなど、ギラギラと光るように輝いておりガリバルディなんて一心不乱に食べている。
礼儀を欠いたガリバルディにヘッケル伯爵が抑えに回るが、徒労に終わりそうだった。
ゆっくりと窓の外を見やれば、外の敷地ではキャンプを張った士官達が火を囲みながら暖かい食事を迎えている。
もちろん、周囲を哨戒する兵士もしっかりいたので、頼りになる存在だ。
そして豪華な邸宅の中でこうして食事をしているのは私や貴族出身の将校・士官にのみに限られている。
部屋やテーブルの大きさから考えれば妥当な判断であろうし、外の士官達もきっと理解してくれているはずだ。
しかし、士気の面も考えると・・・後でワイン片手に様子を見に行ってやろうと考えていたその時に、目の前の光景が微笑ましかったのか、長い机の対面に座るクルシュ大公が苦笑しながら話しかけてくる。
「まだまだ全員分は用意してある。ゆっくり食べれば良いさ・・・そういえば卿は軍に入る前は何を?」
私はフォークとナイフを一旦テーブルに置いてから口を拭き、喉を潤した後に静かに言う。
「・・・修道院に居ました・・・元々は孤児でしたから。」
ぽつりと最後の言葉だけは弱々しく言ってしまったのは、自分が幻滅されると思ってしまったからであろうか。
だがそんな事はお構いなしに大公は少し悲痛そうな表情で、しかし興味深そうに聞いてくれる。
「そうか・・・それは悪かった。しかしどうやって卿は爵位を授かる程にまでなったのだ?それに孤児だったのであれば、家名があるのも腑に落ちない・・・。」
「・・・私が庶子だったからですよ。家名は後から知らされました・・・すでに私以外はヴァロワ家の人間の血筋は途絶えており、それで最終的に私の手に渡ったという事です。
爵位は軍に入隊後、その功績から授かりました。」
私の過去の話を聞いた大公は納得した様子で静かに頷いた。
また、その隣で食事を取っていた騎士フェリスは「ヘぇ〜。」とだけ言って、意外そうな表情をしていた。
ヴィルヘルム殿は生憎剣の手入れだとか言って、この場には居なかったが・・・まあ別に知らなくても良い事だろう、私の過去など。
「なるほど・・・色々聞いてすまない。卿もあまり聞かれたくなかった事であろう。」
「いえ、滅相もない。それより、改めて我々を匿ってくれて感謝する。ガリバルディだけでは全員分の食糧は賄え切れなかったろうし。」
「ほう・・・侯爵、貴殿は料理も得意なのか?」
私のちょうど横でもぐもぐと食事をしているガリバルディ侯爵に大公が尋ねれば、すぐに顔を上げて大公の質問に答える。
「えっ、えと・・・はい、カルステン大公。私は非常時には部隊の補給を担当しているんです。」
「クルシュで良い、ガリバルディ侯。
・・・なるほど。だが非常時に補給・・・一体どういうカラクリだ?」
「えっと、それは・・・てぇとく。」
私達の能力に興味津々で数々の質問攻めを繰り返す大公に対して、答えて良いのか分からずオロオロと狼狽える侯爵は私に指示を請う。
私はため息を小さくつきながら、彼にいいぞと頷いて合図をすれば、主君である大公に緊張した面持ちでありながら堂々と述べる。
「・・・提督が良いと言っていますし、これから永らく臣下として大公に尽くす身ですから・・・わかりました。私の能力について、お見せしておきます。」
大公の前では流石に礼儀正しくなるのか、彼はいつにも増して真面目に自分の生まれ持った才能を披露せしめんと、周囲を見渡す。
それに対して、大公は面白いものを見せてくれるとばかり期待した表情でニヤリと口角を上げている。
「ちょっとガリバルディ。あなたまたあんまり変な事しないでよねー。クルシュ様の前なんだし。」
「・・・分かっています、フェリス。」
おや、いつの間に敬称無しで呼び捨てをしあう仲になったのか、クルシュとガリバルディは互いに微笑みながら会話を交えていた。
そして侯爵は近くの雑談をしていた将校に近づき、その手に持っていた水の入ったコップを取り上げる。
「あっ、ちょっ侯爵!今日は酔っ払う気分じゃ・・・」
「いいから黙って見てて、後でちゃんと戻してあげるから。」
「はあ・・・。」
不満げな貴族将校に悪戯っ子な表情で返事をすると、侯爵は手に持ったコップを高くに持ち上げ、中に入った水を見つめる。
そして、その様子を見つめる大公やフェリスに、わかりきったとばかりな様子の将兵達がじっとその時を待っている。
すると、ガリバルディの手に膨大な魔力が伝わり、この世の理をねじ曲げる行為が繰り返される。
コップの中の水に、ガリバルディの手から魔力が浸透し、その成分を魔力によって創造・付加していく。
そしてものの数秒で、真っ赤な赤ワインへとコップの中の水は変貌を遂げた。
「なッッ・・・・・・!?」
「ほう・・・。」
それぞれ反応はあるが、フェリスは驚きの余り目を丸い皿にしており、口をポカンと開けていた。
だが大公だけは、そんな事は予想していたとばかりに周りの将兵達と共に拍手を送っている。
その様子を見て自慢げになったガリバルディは、再度コップに魔力を押し流して、血の如く滴るワインを淡い青色の水へと戻して行き、先程少し不満げであった貴族将校に手渡す。
「そうか・・・つまり卿は、伝説で言う
「はい・・・土塊から小麦を、小麦からパンを。空気から氷を、水からワインを、砂から火薬を。
私はあらゆる物質を変換し得る能力を持ちます。
もちろん、原料となるものから無関係な成分へと変換しようとすれば、その分使用する
そこまで説明したところで、大公は目を大きく開いた後、口角をさらに吊り上げてこう述べる。
「・・・やはり貴殿等を迎え入れたのは大正解だったな。私達は・・・ひょっとすればあの
「龍・・・神龍ボルカニカの事ですね、大公。」
私は彼女の言葉に、数日前からここの蔵書を読み耽っていた成果ともいえる知識を持って答える。
「そうだ・・・いずれ王としてルグニカを統べる時が来た時、私はあの存在との手を切ると決めている。」
「ほう・・・理由をお聞かせ願えますか、大公。」
どの歴史書にも、この世界において神龍ボルカニカはルグニカ王国に繁栄をもたらした存在として庇護を与えてくれる存在だったと記載されていた。
そんな存在と手を切るなどとは、まさに非合理的思考にすぎるが・・・。
私の質問に対して、食事の手を止め、大公は真剣な目で私を見つめる。
「・・・この国は、あまりにも頼り過ぎている。いつであれ、どこであれ、我々は龍の示す道以外を歩いた事が未だない。
自分の進むべき道を自分で決められずして、どうしてその結果に責任を持てようか。どうしてこの国を龍任せにできようか。それが良い結果を招くと言えるのか?
・・・総じて私はこう言おう。
この国は龍の国などではない、
「・・・なるほど、あなたが王候補に選ばれた理由がわかる気がします。」
私は彼女の言葉を頭の中で反復させる。
(龍、か・・・。)
神に縋るあまり、自らの手による救済を忘れ呆けてしまった不信心者のような指摘に、少しだけ共感を覚えた。
大公は止めていた手を再開させ、食事を取り始める。
静かに大公の話を聞いていたフェリスは目を輝かせながら、「クルシュ様はやっぱり素敵です!」などと賛美していたが。
ガリバルディ侯やヘッケル伯の反応も、そして私含めぎこちないものであったが、私達はそのまま食事を取り続けた。
(・・・我々は、神龍とさえ事を構えねばならないのか。)
未来を憂う私の心は、遠くへと響いた。