『動物』図鑑 作:秋虎
『ふぁんふぉんふー』
昔から、僕は良く『動物』を見る。
動物といっても犬とか猫とか、アニマル的な意味の動物じゃない。もっと単純に、『動く物』って意味での生物なんだけど……うん、何言ってるかわかんないのは自分でも思う。
でも、それ以外に表しようが無いんだ。そもそも生きているのか死んでるのかもわからない奴らだし。
――とにかく、僕は良く動物を見る。そいつらは長かったり丸かったり大きかったり硬かったり、種類によって住む場所や形も色々だ。
だけど、みんな例外なく物をすり抜けられるっていうのと、僕以外には見えないっていう特徴がある。
小さな頃はそいつらがお化けだと思って怖がっては周りの皆を気味悪がらせていたけど、『動物』が皆基本的に人に無関心なのを知ってからは、単なる風景として徐々に受け入れることが出来た。だから小学校くらいからは僕も他の皆と同じ輪の中で、平々凡々な毎日を過ごすことができた。
でも高校に上がってからというもの、僕はこの動物を再び意識するようになった。
理由は思春期特有の病から……では、多分ないと思う。単純に学校で色々学んでいるうち、こいつらが一体何なのか段々気になってきたのだ。
――ふぅー、ふぁふぁーん?
世間一般的に、高校になってから一気に授業は難しくなる。
国語は古文漢文と現代文に分かれるし、社会なんて一体何教科に分裂したのか分からない。いっそそのまま分裂したきり何教科か忘れ去られてしまえば良かったけど、その分教える先生も分裂するのでそうもいかない。
勿論理科も分化した。生物と化学、あと将来的に理系は物理分野も学ぶらしい。
で、僕はつい先日生物の授業を受けたのだけれど。
ハマった。生物って科目に僕はもうこれ以上無いほどのめり込んだ。
遺伝の法則、色んな環境に適応した生物の生態や、その構造――他にも色々あるけれど、これ以上無いくらい合理的に、そして機能的に作られたそれらの仕組みに僕はどうしようもなく惹き込まれた。こんなに面白い内容を、今まで簡単にしか教えてくれなかった中学の先生を責めたいくらいだ。
斯くして僕は、生物の仕組みというものを深く考えるようになった。
――ふ、ふぉーんふぉんふぅん?
さて、ここで話を戻そう。
文献や先生への質問攻めにより、世間一般における『生物』の仕組みは大体分かった。しかし僕の周りには、仕組みはおろか生物かも分からない『動物』達がいる。
ならコイツらは一体どんな仕組みで動いているんだろう? そう僕は疑問に思った。
コイツら、別に幽霊ってわけじゃない。ちゃんとこの動物達には質量がある。それはこの目の前をふよふよしているコイツだってそうだ。
ただ、僕は触れるし持ったりも出来るのに、他の人や物が当たると綺麗にそれをすり抜けてしまうのだ。
意味が分からないし、そもそも今までなら解らなくても別に良かった。だってそれで困ったことがなかったから。でも、こうして解明しようと思った今だと不便ったらない。
「おいこら、動くなったら。……はあ」
隙あらば何処かへ飛んでいこうとする『動物』を押さえ込んで、何とか計量秤の上に載せる。けどそいつは秤をすり抜け、今度はべちゃりと机に張り付いてしまった。
ついさっき、動物達は僕以外の人や物をすり抜けるって話したけど、実は常にそうなるって訳でもない。
まずこいつら、普段は何でもすり抜けるけど、何故か地面は透過出来ない。
それとたまに何かの上に載ってたり、人の背中に張り付いてたりする奴もいる。完璧な条件はわからないけど、こいつらも頑張れば僕以外の物に触ることが出来るらしい。ちなみに僕の読みでは、その条件とは多分こいつらの気分だ。
「仕方ない」
こういう時のためにと、途中で寄ったコンビニの袋を鞄から取り出す。
中身は無○良品のマシュマロ。今回調査する動物――『スライム』の好物(多分)だ。
「ほい」
包装を開け、秤の上にマシュマロを載せる。すると、さっきまでだらしなく机にひっついていたスライムが徐々にまとまっていき、また元のように宙へ浮き始めた。やがて秤の上まで来ると、マシュマロに覆い被さるように形を変える。
その瞬間、今まで0を指していた秤が急に数値を刻み始めた。
「え、チョロ」
コンビニに寄った時マシュマロの棚にコイツが2、3匹浮いていたので、多分好きなんだろうなとは思ってはいたけど、それにしてもまさか一発で狙い通りいくとは。
正直拍子抜けだけど、とりあえずコイツの気が変わらないうちに計量を済ませる。――コイツ、握り拳ほどの大きさのくせに異様に軽い。10グラム刻みの秤じゃ数目盛りしか動いてないし、見づらいったらない。
「20……いや30グラムくらい、かな?」
おかしい。さっき自分で持った感じは100グラム以上あったというのに。
もしや完全に秤に乗っていないのかと思ったけど、下を覗き込んでも別に秤の皿を貫通している部分はない。そもそもコイツに重量詐称なんて乙女チックな考えがあるとは思えない。
そうこうしているうちに食べ終わったのか、スライムが秤の上から浮き上がる。当然、そこに置いてあった筈のマシュマロは何処にもなかった。しかもまだ足りないのか、またマシュマロの袋の周りを旋回する始末。……というか、袋を透過して直接食べようとは思わないんだな。
「分からん」
そこまでの知能がないのか、または他に条件があるのか。どちらにしても解明までの道のりは長そうである。
取りあえずやることもないので、何処まで食うのかの実験も兼ねてソイツにもう一つマシュマロをやる。その姿からマシュマロのスライム包み、なんて安直な料理名を思いついて、軽く死にたくなった。
ちなみにコイツを僕は『スライム』と呼んでいるけど、これはその姿の印象からそう名付けただけだ。コイツに限らず、僕は『動物』達をそいつらに良く似た既存の物の名で呼ぶ。
……たまに複数の見た目を取る奴もいるけど、その時は初見の姿の名前で呼ぶことにしている。
「なあ。……お前らは一体何なんだ?」
心なしか最初よりも膨らんだように見えるスライムに、僕はそう問いかける。勿論答えが返ってくることはない。
スライムは二つ目を完食し、早くも三つ目のマシュマロと格闘し始めたところだった。その姿には此方への警戒はおろか、関心を持つ素振りすらない。宙に浮かんでいた時はフォンフォンとあれ程騒がしかった鳴き声も、マシュマロを食べ始めてからはすっかりなりを潜めている。結局帰宅の校内放送が流れるまで、僕はスライムの奴に餌をやり、眺める機械となった。
『スライムはマシュマロを4つまで食べられる』……今日分かったのはそれだけだ。
ああそう、言い忘れてた。
これは僕とこいつら、一人と沢山による、山も落ちもない物語だ。
1,スライム
半透明で楕円型の『動物』。基本は白色でたまに色が変わるが、代わりに透明度が失われたその時の見た目は完全にスライムのそれ。
基本的には人も物も関係なく透過して周囲を回遊するが、好物を食べる時はその接面が透過しなくなる。逆にそこ以外は透過したままのため、主人公のような測り方をすると接地面だけの重量しか計れない。
主な目撃例はスーパー等の特定の一角。マシュマロを買う者に何となくついて行く素振りが見られるので、恐らくはマシュマロを食物だと認知しているようだが、いかんせん動きが鈍いので毎回失敗に終わっている。
たまにマシュマロの棚ではなく竹輪のコーナーにも居るらしい。多分大いに勘違いしている。
主人公評:無害。