『動物』図鑑 作:秋虎
『が、ががが、がが』
救いのベルが鳴り響き、地獄のように長かった授業が終わる。
僕の通う学校はいわゆる自称進学校だ。才が無いなら時間でカバー、と言わんばかりに、僕たち生徒には毎日課題と時間外授業の詰め合わせセットが贈られる。
加えて高校特有の新たな7時間目、という文化、更に進級すると課外授業という8,9時間目があるらしいから、入学早々僕たち生徒のテンションがスカイダイブするのも仕方ないだろう。
大人だって8時間以上の労働は残業扱いなのに、僕たちのこれは些か不当が過ぎやしないか。
しかしそんな僕らにも救いはある。理解者集う友情の園、我ら学生における青春の代名詞、部活動とはその事だ。
もちろん僕も加入するつもりだった。何処へ? そんなのわざわざ言うのも馬鹿らしい、当然生物部である。
『我が校に生物部はありません』
僕は次の日学校を休んだ。
翌々日。
「何、コレ」
学校に来ると、僕の机にでっかい箱が乗っていた。
――いや、『箱』だと少し語弊があるな。しかしコイツをどう表現したものか。
――が、がががが? ががっ
……さっきから箱がビデオデッキを噛むような音で鳴いてるけど、今回はあんまり気にしない。
ベースは30センチ程の歪な直方体。色は――確かこれは浅葱色、というやつか。その上面からはホースのような筒が斜めに伸び、支えもないのにピンと立っている。更に同じ面にはT字に線が入り、それは箱の側面まで伸びていた。
子供の工作よろしく適当にはっつけたようなディテールは、例えるなら戦車……いや、『カブトムシ』?
「いや重ッ」
取りあえず机からどかそうとしたけどビクともしない。昨日ふて寝しすぎたせいで早く目が覚め、たまたま1番早く登校していたのが幸いした。もしこんな姿を誰かに見られたら、朝の教室でパントマイムを一人で練習していたとして、以降不審者という不名誉な称号がつけられてしまう。
しかしこのまま居座られてはどの道話にならない。基本的に『動物』は軽くて小さい奴が多いので、今までは机に乗られる程度簡単に対処出来た。しかし今回は――
「試してみるか」
母から持たされた弁当の袋を開ける。中にはいつも通りの二段弁当があるが、今回それは無視。すまないな、お前は昼休みまで待機だ。
幸い目当てのブツは直ぐに見つかった。a○azonでケタ間違ってコイツを10袋注文した母だ。まあ間違いなく入れているだろうと踏んでたけども。
「ほい」
取り出したるはあの名高い老人キラー……失礼、皆大好き某コンニャク菓子(リンゴ味)。前回と同じく包装を開いた後、何処が口なのか分からないので、取りあえず角らしき筒に近づけてみる。
――五分待ったが、全く反応なし。
「マジか」
見た目『カブトムシ』っぽいし、スライムの時みたく食いつかないかな、と思ったんだけど。今回はどうやら別のアプローチが必要らしい。
好みじゃないのか、それとも食物自体に興味がないのか。そもそもスライムがマシュマロ好きなのもおかしいし、もしかすると見た目から行動を予測すること自体、間違っているのかもしれない。
「となると……場所?」
他に案も無いので、とりあえずその線で行く事にする。以前までは間違いなくこんな奴いなかったし、周りの机を見てもカブトムシが居るのは僕の机ただ一つ。でも、別に窓際というわけでもなし、此処が居心地の良い場所とは思えない。
その他に考えつく事といえば――ダメだ、分からない。
「はあ」
生憎僕はあまり頭の出来が良い方じゃない。無理してこの高校に入ったは良いけど、入試の点数順位は下から数えた方が早いだろう。
とまあ嘆いていても始まらないので、僕は早速さっき思いついたプランを実行する。何にせよ僕じゃこいつが居座っている机で勉強なんて出来やしない。
「早く来ていて本当に良かった」
……ホント、朝から災難である。
結果から言うと、アイツの表面にあったT字の線は羽だった。確かに『カブトムシ』とは言ったけど、まさかのアレが羽だったとは。
何故分かるかといえば、皆が登校し教室が騒がしくなってきた辺りで、カブトムシは急に羽を広げると、窓を透過して飛んでいってしまったからだ。
あの重量と図体で飛べるのか、流石にそう思わざるをえなかった。
「……あれ。おい南方、お前俺の机と自分の交換した?」
「ん? ああ、何か俺の机立て付け悪くて」
……しかし、我ながら完璧だと思っていた策がこうもあっさりバレるとは。
いや、きっと隣のコイツが特別そういうのに敏感なだけに違いない。まだ入学して一ヶ月も経ってないのに机のすり替えに気付くか、普通。
「てことは今の俺の机が今ガタガタなんじゃねえか。……うわマジだ、すっげえガタガタ言うし」
「だろ?」
「だろじゃねえよ。さっさと元に戻せ」
斯くして、僕の『カブトムシ押しつけ、そしてそのまま気付かなければ快適机は俺のもの』作戦は半分失敗に終わった。
まあ、本命のカブトムシは何処かへ飛んでいったから文句はないんだけどさ。……でもこの机、本当にガタガタして気が散るんだよなあ。
次アイツが俺の机に来た時は、今度は斜め前の奴からパクろう――そう決めた。
2,カブトムシ
四角い箱から15センチほどの筒が伸びた大型の『動物』。
『動物』の中で珍しく透過を苦手とする種で、窓やベニヤといったかなり薄い壁しか透過出来ない。主人公が重いと感じたのも、机に半分透過しているくせに中途半端に透過し切れず、机と身体が半ば一体化していたため。
故にものが多くある人間の居住区は本来好まないが、ごく稀に意図せず迷い込むものも居る。そういった個体はどうにか人の居ない空間を探し出すと暫しそこで休息した後、人気のない住処へと飛び立っていく。
ちなみに主人公の机に居座っていたのは、丁度その日は主人公だけが欠席し、机が空っぽなのがそこしかなかったから。要は主人公の自業自得。
主人公評:邪魔。